↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1章完結】国王に虐げられた悪役王女が、転生した呪いの力で復讐する〜呪いは二人の共同作業〜  作者: 降月
第2章 首飾りを差し出せ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

首飾りを差し出せ(3)

 宝物方の部屋は、王宮の西の翼の日当たりの悪い一角にあった。


 戸口の前には、紫の師団の若い侍従が二人立っていた。王女が歩いてくるのを見て、二人とも目を丸くした。オルティーネは茶色の毛織りのふだん着に、飾り紐一本で髪をまとめただけの格好だった。


「宝物方の頭に、お会いしたいの」


 侍従の一人が、慌てて中へ入っていった。


 しばらくして出てきたのは、背の低い老女だった。


 六十をいくつか過ぎているだろう。白髪をひっつめて、紫の頭布できっちり包んでいる。首から細い鎖で、宝石の傷を見るための小さな水晶の玉を下げていた。手の指はどれも節が太く、爪のまわりに黒い墨の跡がしみついていた。


「宝物方の頭を務めております、ゲルダと申します」


 老女はゆっくりと頭を下げた。声は低く、乾いていた。


「王女殿下がこのようなところへ。ご用でしたら、こちらから伺いましたものを」


「急ぎの用なの」


 オルティーネは背筋を伸ばした。


「衣装方の三番の箱に、黒い鎖の首飾りが入っているでしょう。紫の石の。あれはわたしの品なの」


 ゲルダの目が、わずかに細くなった。首から下げた水晶の玉に、指先がふれた。


「三番の箱は明朝、陛下のご検分を待っております」


「知ってるわ」


「陛下のお触れでは、王宮にある宝飾品はすべて王家のものでございます。王女殿下のお品であっても、王家のものであることに変わりはございません」


「それも知ってる」


 オルティーネは一歩前へ出た。


「だから、返してとは言わないわ。あの首飾りは古い品なの。鎖が細くて、留め金も緩んでる。衣装方の人たちが、ほかの飾りといっしょに箱へ入れたでしょう。傷がついていないか、自分で確かめたいの」


 ゲルダは黙っていた。


「一晩だけ預からせて。確かめて、自分の手で包み直して、明日の朝、陛下のご検分の席へ、わたしが自分で持っていくわ」


「王女殿下がご自分で」


「わたしの品だもの。わたしが陛下にお見せするのが筋でしょう」


 ゲルダは長いあいだオルティーネの顔を見ていた。


 それから、首から下げた水晶の玉を指先でつまんで、くるりと一回転させた。考えるときの癖らしかった。


「控えに、取り出した者の名を残さねばなりません」


「残して」


「明朝、品が戻らなければ、その名の者が責めを負います」


 オルティーネの後ろで、ついてきたマグダが小さく息をのんだ。


「わ、わたしの名前を」


 マグダが一歩前へ出た。


「わたしが、姫さまのお使いで取り出したことに――」


「わたしの名前を書いて」


 オルティーネはマグダの前に腕を出して止めた。


「オルティーネ。取り出すのはわたし。持っていくのも、わたし。戻らなかったら、責めを負うのもわたし」


 ゲルダの指が、水晶の玉をつまんだまま止まった。


 しばらくして、ゲルダは小さく息をついた。それから、ふり返って、侍従に帳面を持ってこさせた。厚い革表紙の帳面だった。ゲルダは帳面を台の上に開くと、細い羽根筆を墨の入った小さな器に浸した。


 一行、書いた。


 ゲルダは羽根筆を置いて、帳面をオルティーネのほうへ向けた。


 黒き鎖の首飾り、紫の石、一。王女殿下ご自身にて取り出し。明朝ご持参。


 その下に空いた欄があった。


「お名前をご自分の手で」


 オルティーネは羽根筆を取った。墨をつけて、空いた欄に自分の名前を書いた。手が震えなかったことに自分で少し驚いた。


 羽根筆を返すとき、ゲルダの目がオルティーネの手の上で止まった。


 指先に、小さなやけどの跡がいくつもある。人差し指の腹には、包丁で切った古い傷が白く残っている。王女の手には、似合わない手だった。


「料理をなさる手でございますね」


 ゲルダが言った。


「ええ。毎日」


「わたくしの母も、こういう手をしておりました」


 ゲルダはそれだけ言った。帳面の上で、ゲルダ自身の節の太い指が、墨の跡のついた爪のまま、しばらく動かなかった。


 ゲルダは帳面を引き寄せて、名前を確かめてから閉じた。それから、侍従に衣装方の鍵を取りに行かせた。


 鍵を待つあいだ、ゲルダはぽつりと言った。


「王女殿下は陛下の幼いころのことを、お聞きになったことがおありで」


「ないわ」


「陛下はお小さいころ、ご自分の玩具を、先代の陛下に取り上げられてばかりいらしたそうです。木の馬も鉛の兵隊も。お気に入りの品ほど、王子のなさることではないと言われて、どなたかに下げ渡されたとか」


 ゲルダは帳面の表紙をなでた。


「わたくしが王宮へ上がったのは、陛下がまだ十をいくつか過ぎたころでございました。陛下は、ご自分の持ち物をいつも数えておいででした。夜、寝る前に一つずつ。誰かがそれに触れると、たいへんお怒りになりました」


 廊下から鍵の触れ合う音がした。ゲルダは帳面の表紙から手を離し、戻ってきた侍従に向き直った。


 衣装方の奥の部屋は、窓が一つもなかった。


 ゲルダが小さな明かりを掲げると、壁際に、大小の箱がいくつも並んでいるのが見えた。どの箱にも、取っ手に布札が結んである。札には、集めた場所と品の数が書いてあった。箱と箱のあいだに、衣装方の手入れを待つ衣装の包みが、山のように積まれていた。黒と紫の服の包みも、きっとこの中のどこかにある。


 ゲルダは迷わず奥から三番目の箱の前へ歩いていった。


「この部屋の箱は、わたくしが自分で数えております」


 ゲルダは振り向かずに言った。


「ゆうべ、宝物方の頭のわたくしが帰ったあとで、箱が一つ増えておりました。今朝、数え直して気づきました。若い者たちは、わたくしが気づいていないと思っております」


 オルティーネは、何も言わなかった。


 ゲルダも、それきり何も言わなかった。


 ゲルダは三番の箱を開けた。新しい布札が、箱の取っ手に結んであった。箱の中には、指輪や腕輪や髪飾りが、柔らかい布に包まれてぎっしり詰まっていた。ゲルダはその中から、迷わず一つの包みを取り出した。


 包みを開くと、黒ずんだ銀の鎖と、深い紫の石が出てきた。


 オルティーネは両手で受け取った。


 石は冷たかった。


 いつもの、少しだけ温かい石ではなかった。半日、ほかの品といっしょに箱の中にいたせいなのか、それとも。


 オルティーネは石を両手で包んで、胸に押し当てた。


 手のひらの中で、石がゆっくりと温まっていった。


◇


 離れへ戻る道で、オルティーネは首飾りを一度も手から離さなかった。


 台所の戸を開けると、ファルがかまどの前に立っていた。鍋の中の豆を、腰をかがめてのぞきこんでいる。オルティーネが入ってきたのに気づいて、ファルは慌てて背筋を伸ばした。


「火はつけていない」


「つけてていいのに」


「どこまでつけていいのか、分からなかった」


 オルティーネは笑って、握っていた手を開いてみせた。


 ファルの目が首飾りの上で止まった。肩から目に見えて力が抜けた。


「……取り戻したのか」


「一晩だけね。明日の朝、お父様の検分の席へ、わたしが自分で持っていく約束」


 オルティーネは食卓に首飾りを置いて、ゲルダとのやりとりを話した。帳面に自分の名前を書いたことも話した。ファルは黙って聞いていたが、名前のところで眉のあいだにしわを寄せた。


「戻らなかったら、あなたが責めを負う」


「戻すわよ。ちゃんと首に着けて、持っていくもの」


 ファルは何か言いかけて、やめた。代わりに、首飾りのそばにしゃがんで、石に顔を近づけた。


 しばらく、そのまま動かなかった。


「色が少し深くなっている」


「え?」


「前に見たときより、紫が濃い。三日前、国王の手首から吸い戻した呪いが石の中に残っている」


 オルティーネもファルの隣にしゃがみこんで、石をのぞいた。言われてみれば、そうかもしれなかった。黒に近い紫の奥に、さらに暗いところがある。墨を一滴、水に落としたばかりのような。


「残ってて、平気なの?」


「首飾りはそのための器だ。呪いを受け止めて、しまっておく。それに」


 ファルは言葉を探すように少し黙った。


「魔女の魂は、呪いと同じものでできている。吸い戻した呪いは、魂のそばに降り積もる。何度も重なれば、魂のほうも目を覚ますかもしれない」


「目を覚ますと、どうなるの」


「分からない。郭の書物にも、首飾りのことはほとんど書いていない」


 ファルはゆっくり立ち上がった。


「だから、三日ごとに見に来ることにした」


 オルティーネはしゃがんだまま、ファルを見上げた。


 それから、ファルの長衣の肩に、白っぽいものがついているのに気づいた。宝物方の部屋で、帳面の上に身をかがめていたときについたのだろう。古い紙の粉だった。


 オルティーネは立ち上がって、手を伸ばした。ファルの肩を、手のひらでぱたぱたと払った。弟の礼服の肩を払うときと同じ手つきだった。ついでに、襟が少し折れていたのも指で直した。


 ファルが固まった。


 払い終わって手を引っこめても、ファルはしばらくそのまま動かなかった。長い腕を体の両脇にぴたりとつけて、まっすぐ前を見ている。耳のふちが、じわじわと赤くなっていった。


「ファルさん?」


「……紙の粉か」


「うん。宝物方の帳面の」


「そうか」


 ファルはくるりと背を向けて、窓のほうへ歩いていった。窓の外を見ている。窓の外には、菜園の豆のつるの束があるだけだった。


 戸口のほうで、マグダが前掛けで口元を押さえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。