【17】 観客のヤジとレーサーへの想い
ちょうど丹沢の目の前を速水爽香が通った。
丹沢は、爽香の顔をヘルメット越しに確認した。
丹沢「間違いない! 彼女だ!!!」
横一線の揃ったスタートだった。
第一マークまでの直線では、爽香のボートが半艇身ほどリードした。爽香が第1ターンマークを左へ旋回しようとしたがターンが膨らんだ。
向こう正面では、トップが1号艇、
2着が2号艇、3着が3号艇、
少し遅れて4着を5号艇、
5着を4号艇、最下位が6号艇、
枠順通りで走っていた。
そして2周目、内側を走っていた5号艇と
外側を走っていた4号艇が接触し、
4号艇のレーサーが水面に落ちた。
その事故を横目に見ながら速水爽香は大外をスピード落として旋回した。
丹沢「あっ、4号艇が転覆だ!」
由利「いや、あれは『転覆』ではなく『落水』だね」
丹沢「『転覆』と『落水』は違うのかい?」
由利「舟は浮いたままで、レーサーだけ落ちたので、この場合は『落水』だね」
最下位を走っている6号艇、速水爽香に向かって、
スタンドから罵声が飛んだ。
観客A「バカ野郎、いつになったら、ちゃんと走るんだよ!」
観客B「速水へたくそ! 金返せ!」
観客C「帰れ速水!」
観客D「水面のクズ!」
観客E「浮遊物、引っ込め!」
丹沢「速水さん、観客から随分言われているね」
由利「言ってる連中は、ハズレたからうっぷん晴らしをしているんだろう」
丹沢「速水さん、可哀そうだな」
由利「速水さんが悪いんじゃないよ。自分の予想が下手なんだよ。それを棚に上げて罵声を浴びせるなんて卑怯だよ、とんでもない奴だ!」
丹沢「あーあ。由利さんの言った通り、速水爽香は最下位かぁ~」
由利「残念ながら……」
丹沢「あそこから抜く事は無いのかな?」
由利「転覆や落水などの事故があった場合は、抜いてはいけないことになっているんだ。救命救助が最優先だからね」
丹沢「へーっ、そうなんだ。そうだよね、命は最優先だよ、そう思って私も飛び込んだんだから」




