第八話【入学試験Ⅱ】
2次試験はフィックスト学園が各街に保有する地区で行われる。受験者はランダムに振り分けられ、俺は【木の街】の試験会場となった。
(でっけえ木……何十メートルあるんだ?)
数メートルの柵がちっぽけに見えるほど天高くそびえる木々は、その幹さえ太く逞しい。
その光景に圧倒されつつも、俺は周囲の様子を伺った。第1次試験とは異なり、ここには様々な街の民がいる。
その誰もが緊張を纏っており、かという俺もその一人だ。
だからこそ、それを落ち着かせようと周囲を歩き回っているわけだが、こんな色とりどりな光景の中でなら、俺のこの目立つ赤髪も緩和されているような気がした。
「——お待たせ致しました。これより、第2次試験の説明を開始します、受験者の方々は会場中央にお集まりください」
突然に聞こえた頭上からのアナウンスに、俺は思わず足を止めた。
偶然にも、自身のいる場所が会場の中央であったらしく、わらわらと人が集まってくる。そして人の動きがやんだ頃、桃髪の男性が俺たちの前に立った。
「それでは説明を始めます。2次試験の内容は至ってシンプル。2次試験の受験番号表に記された番号の方とペアになり、制限時間以内にこの森にあるゴールへ辿りついていただきます。なお、この森の中には我々が仕掛けたトラップがありますのでご注意ください。制限時間は60分。10分間の猶予を挟んだのちに開始となります」
男は説明を終えると、俺たちに背を向けて合図を出すように片腕を上げた。
直後、二つの木々を覆うように巨大な布がかけられる。その先端は幹の一本に固定されており、『10:00』という数字が布に表示される。
どうやらそれらはプロジェクターと、先ほど言われた猶予の時間を示しているようだ。
(っつーことは、この10分間にペアの相手を探せってことだな)
全員、その意図に気付いたのか、今度は声を掛け合ったり合図をおくったりしながら、自身のペアを探し始めた。
かと言う俺のペアの相手は——と受験票を見る。そこには『143』と記されていた。
「143番か……」
そう呟いて周囲を見渡すが、誰も彼もが自身のペアを見つけたり探したりと人が入り混じっていて、誰に声をかければいいのかさえ分からない。
どうしたものかと頬を引き攣らせた時——不意に、服の裾が引っ張られた感覚があった。
「——55番というのは、お前か?」
なんだろう、とてつもないお決まり展開を感じる。
こういうのは大抵、以前出会ったキャラが偶然にもペアの相手だったというのが定石なわけだが……
恐る恐る振り返った先には、やはりというかやっぱりというか——見覚えのあるフード姿があった。
相手も同じこと思ったのだろう、青い瞳は小さくし目を見開いていた。
「お前、赤髪の……」
「あー、まてまて! その呼び方はまずい。非常によろしくない」
「は?」
そのあだ名で呼ばれて喜ぶほど、俺は自惚れちゃいない。そもそも俺、海賊になりたいわけじゃないし。
「……まあいい。とりあえず、お前が55番でいいんだな?」
「そういうお前は何番なんだよ」
「俺は143番だ。お前が探してたんだろう」
「……俺が? 探してたっちゃ探してたが……ただ呟いただけだぞ、俺は」
近くにいたのだろうか。地獄耳レベルで耳が良ければ可能な話でもないか。だがそれにしてはこいつの姿を見かけなかった気がする。
バスの時は分からなかったが、意外とこいつは背が低い。俺が少し見下げる形になるため、150センチ後半といったところだろうか。
(って、そういやさっきからこいつ微動だにしてないが……)
何か癇に障ることを言ったのだろうか。いや、バスの時の態度といい、ジロジロ見られるのが嫌なのだろう。ま、それは俺もいい気分ではないが。
自分の行為を棚に上げた自問。申し訳ないと思いながらも、ことを進めるために俺は一つ咳払いをした。
「とりあえず柵の前まで行こうぜ。俺、ソルってんだ。よろしくな」
「……え、あ。ああ、俺はクオールだ」
ミルキールの時のような握手はしなかったものの、今はそれで十分な気がした。
柵の前にはすでに何組かが待機していた。残り時間は『2:04』と表示されている。
「そういやおま……いや、クオールはさ。【火の街】の民だろ? なんであの時、【土の街】のバ——大型四輪に乗ってたんだよ」
ボロが出そうなところを寸前で抑え、何事もなかったように言い直す。
だが、クオールはそんなことは気になっていないようだった。ただ、フードをより深く被り直し、俺を睨むような視線を向けていた。
「……お前、意味を分かって聞いてるのか」
返答を間違えれば、殺す——とでも言いたげだ。あの時のミルキールほどではないにしろ、喉元にナイフを当てられているような気分は変わらない。
(一度、ミルキールから聞いたことがある。【火の街】は一度滅んだと)
その時は詳しく聞かなかったが……今はそれを少し悔やむ。
どう返答すればいいのか、どんな返答が正解なのか。
”滅んだ”という言葉の意味が一体どこまで通ずるものがあるのか分からない現時点では、同じ立場であると打ち明けていいのかさえも分からない。それともありのままを話せばいいのだろうか。
今の俺には、それすらも分からない。無知というものの愚かしさを痛感する。
俺が言葉に詰まっていると、前方から目覚まし時計のように音が鳴り響く。
「——お待たせ致しました。それではこれより、第2次試験を開始します!」
土煙とけたたましい音を響かせながら、ゆっくりと鉄の柵が開いていく。
大勢の背を超え、木々の全容が顕になった。
「……行くぞ、無駄話はここまでだ」
俺を振り返ることなく、クオールは歩いていく。半歩遅れるように、俺もその背に続く。
何百という木々が根強くそびえ、木漏れ日は微々たるもの。薄暗く、昼夜の感覚を忘れてしまいそうだ。
「ゴール、と言ってたが……どこにあるんだろうな」
「さあ。それを探すことを含め、の制限時間なんだろ。それにしても……こう暗くちゃ、トラップの見分けがつかないな」
「ああ、それにどんなトラップかも分からねえしな。慎重に行こうぜ」
と言ったはいいものの、あまり悠長にしていられないのも現実だ。
先ほどから、周囲の人がまばらになりつつある。それぞれがゴールを探すため別の道を開拓しているのだろう。そこかしこから上がる悲鳴が良い証拠だ。
「……一つ、聞いてもいいか。いや答えろ。それでさっきの沈黙を許してやる。お前のその赤髪と赤眼は一体なんだ」
「聞いてどうする?」
「何も。お前と同じく、ただの興味本位だからな」
仕返しと言うようにクオールは笑ったような気がした。
その笑みを見た時、俺は悪意のないものが時に一番凶悪であることを思い知る。
仕方なしに口から出た言葉は、出鱈目もいいところだった。
「……昔、事故に巻き込まれてな。これはその後遺症だ」
「事故?」
「ああ。おかげで俺の星神力に異常が出来ちまって、今はリハビリのおかげで大丈夫なんだが……見た目はどうしてもな」
「……そうか」
うまく誤魔化せたのか、はたまた興味が薄れたのか。どちらだとしても、これ以上言及してこないという事実以上の成果はない。
それ以上気にしないように言い聞かせ、周囲を見渡した——その時。この場にそぐわない歓喜に満ちた声が前方から聞こえてきた。
「——あれっ! そのマントに黒髪……もしかしなくても君は……!!」
「げっ、お前——っ!?」
迫ってきたのは白髪の少年。少年と呼ぶには中性的な顔立ちだが、おそらく合っているだろう。
印象的な緑と銀白色のオッドアイを輝かせている。
呆然とする俺をよそに、クオールは心底嫌そうな顔を見せていた。
「まさか君も同じ試験場所だったなんて! やっぱり神様っているんだね。ほんと運命的だ! ああ、でも悔やまれるはそれがくじ運にも及ぼされなかったことだ。ほんと、僕と君がペアじゃないことは心底残念だよ——それで、彼女のペアに選ばれた運のいい君は……いったい誰だい?」
マシンガントークとはまさにこのこと。
だが、その言葉を受けている張本人のクオールは、死んだ表情で聞き流している。
しかし白髪の少年はそれを機に止めることなく——柔和な表情を引き締め、冷えた目つきを向けてきた。
「……あー、俺はソル。【土の街】の民で、そいつのペアの相手なんだが……」
促されるまま自己紹介をするが、俺には先ほどの白髪が言っていた言葉がつっかえた。
(……クオールのこと『彼女』って言ってたよな。こいつ、女子だったのか)
名前と一人称からわかりづらかったが、背丈といい声変わりのしていない中性的な声色といい、男にしては妙な違和感があった。まだ声変わり前なのだろうか……などと、呑気なことを考えていた自分を殴りたい。
けれども俺はここで悟る。この気づきを——というか、気づかなかったことをバレてはいけない。
主にこの白髪に。
精一杯無表情を演じる。彼の発言が当然であるように。
「……ま、いいか。僕はリレール・イオ。よろしくね、ソルくん?」
どうやら俺の回答は合格点をいただけたようで、リレールと名乗った少年は品定めをするような視線を止め、含みのある笑みと共に手を差し伸べてきた。
「おう、よろしく」
「……で? お前、ペアの相手は」
俺とリレールが握手を交わし終えると、機を見計らったようにクオールがため息混じりに言った。
「いるよ。と言っても今は別の場所だけどね。開始早々トラップに引っかかって、僕は楽に避けられたんだけどその子が怪我を負っちゃったんだ。だから僕がゴールを見つけてくるまで安全な場所で隠れてもらっているんだ」
「ならお前一人でさっさと行けばいい。お前なら、それくらい楽勝だろ」
「……そうなんだけどね——単純に、君が心配だったんだ」
今までのおどけた口調から打って変わり、そこには単純な思いがあった気がした。それが何なのかを、俺は覚えていた。そう思うと、こいつがクオールに見せる態度や言葉に納得がいく。
クセの強いやつだが、好感が持てる——と思っていた矢先、リレールは人差し指をビシッと俺へ突き立ててきた。
「現にほら! こんな得体の知れないどこぞの馬の骨とペアにさせられてるし! 大丈夫? 変なことされてない?」
「してねーよ! お前、俺をなんだと思ってんだ! さっき名乗っただろ!?」
「あれっぽっちでクオールとペアになる許しが得られると思うなよ!」
「なんでお前の許可がいるんだよ!?」
「いるに決まってるだろ! なんせ僕は——」
「——いい加減にしろ! この減らず口!」
「あでっ……いや痛くない! クオールからの愛の鞭なら痛くない!」
肘で横腹を突かれたリレールだったが、すぐに飛び起きてなんてことない様子を見せている。いや、逆に喜んでる節さえある気がする。
「悪いな、こいつのことは気にしないでくれ。俺たちは俺たちでさっさと先を急ごう」
「お、おう……」
「わー、なら僕も……」
「お前はここで伸びてろ!!」
「ぐへっ……」
どさくさに紛れて付いて来ようとしたリレールを、クオールは容赦無く叩き落とす。
いいのだろうか、と思いつつもなんだか既視感のある光景に俺は深く突っ込まないことを決めた。
「……なあ。気づいてるか?」
森の中をしばらく歩いていると、不意にクオールはつぶやいた。
「人、いなくないか?」
「言われてみれば確かに……」
「だいぶ奥に来たからね。他のルートにいるんじゃないの?」
「お前、結局着いてくんのな……」
「君がいつ変な気を起こすとも限らないだろ。クオールのためさ」
どちらかというと、それはお前のような気がする——なんてことは、これ以上事態を悪化させないために言わないでおく。
とはいえ、確かに周囲を見渡すと人の気配どころか影すらない。俺たち三人が取り残されてしまったかのように。その考えに至った瞬間、嫌な想像が脳裏をよぎる。
「……な、なあ。今って試験開始から何分だ? もしかしてもう、俺たち以外のやつはゴールに辿り着いちまったんじゃ」
「それはないよ。微かではあるけど、離れた位置に幾つかの星神力を感じる」
「へえ。お前、そんなこともできるのか」
「当然だろう? 僕に出来ないことはないよ」
誇らしげに言うリレールだが、俺にとってはその自信の持ち用を教えて欲しいくらいだ。
(そういやこいつ、『イオ』って名乗ってたな。確かその名前って、【木の街】の民の家系名だった気が……)
加えて言うなら、イオ家は【木の街】の現司祭を務める家系だ。
言うなれば、以前の俺と同じ立場なのかも知れない。そう思うと、親近感が湧いてきた。
「人がいるってんなら、そっち行った方がいいんじゃねえか? その方が、いろいろ情報も増えるだろ」
「……そうだな。なら、向こうの方に——」
「——っ、おい!!」
手を伸ばした。けれど、その瞬間すでに彼女のマントは俺の手をすり抜け——俺もまた、浮遊感に見舞われていた。
いつの間に、一体誰が——という問いほど単純なものはない。
瞬間、脳裏には試験開始前に言われた言葉が浮かんだ。
「トラップか……!」
尚も続く浮遊感に、これが相当な高さであると理解する。
そして、この身のまま地面に落ちればどうなるかということも。
(仕方ねえ……!)
地面に向けて片腕を伸ばす。段々と迫ってくる地面との距離を見計らい——星神力を放つ。
自身の体より一回り小さい程度の星神力はそのまま地面と衝突し、向かい風となって微かな爆風を生んだ。
「いって……!」
爆風によって地面とそのまま衝突することは避けられたものの、あらぬ方向に吹き飛んだ俺は、そのまま数回地面を転がった。
とはいえ、全身が潰れるよりマシか——と思い直し、周囲を見渡した。
「おいクオール、リレール! 無事か!?」
俺の声が空間に広がり、霧散していく。
どうやら自身が思う以上に広い空間らしい。
見上げると、俺が落ちてきたであろう穴が僅かに見える。しかも、ネズミがやっと通れる程度の大きさに。
なるほど、これなら長い長い落下の感覚にも納得がいく。が、もしあの時星神力で落下の衝撃を抑えなかったら……と考えると、同時に恐怖心が湧いてくるのも事実だ。
「ああ、何とか——って、お前はいい加減離れろ!」
「わあ、暴れない暴れない! クオールってば恥ずかしがり屋だねえ」
姿は見えないが、聞き慣れたやり取りが聞こえてくる。どうやら大丈夫そうだ——と安堵を覚えるが、周囲を見渡そうにも暗すぎて何も分からない。
それもそうだ、ただでさえ薄暗い森からこんな地下に光が供給されるわけはない。
「——もしかして、灯りをお求めかな?」
すぐ後方で聞こえた声に振り返ると——そこには、松明を持ったリレールの姿があった。
「お、お前ら……って、その松明。どこから持ってきたんだよ」
「僕のお手製さ。星神力でちょちょいーっとね」
リレールの後ろにいるクオールから、松明を受け取る。
「へえ、星神力ってそんなこともできるんだな。なんて言う技なんだ?」
「技って言うほどのものじゃないさ。”星神力の具象化”だよ。各属性の特性を、物体化したり現象化したり……っと。その説明は、ここから抜けた後の方が良さそうだ」
リレールの言葉に、足元に向けていた松明を前方へと向けた。
そこには、二つの分かれ道が広がっていた。




