第七話【入学試験Ⅰ】
——時は流れ、それから早二年。
俺は15歳になった。
「……懐かしいな、この場所も」
目の前に聳えるのは、レンガの壁に覆われた荘厳な建物——あの司法所だ。
ここに来るのは三年ぶり。と言っても、それはこの三年間、休む間もなく行われたミルキール特性プログラムのせいだが。
(けど、今日やっとその成果を発揮できる)
喜びか、好奇心か。自然と拳を握った。
今日ここに来た理由——それは、三年間のプログラムの最終目的である、フィックスト学園の入学試験を受けるためだ。
「……っと、見てる場合じゃなかった。早く会場に行かねえと」
試験開始は午前9時。今は午前8時数分、ここから会場までの距離を鑑みても十分間に合う時間だ。しかしこの場所を見に来るため少し早く家を出たとはいえ、余裕を持って行った方が身のためだ。
(試験は確か、1次と2次があるんだよな。今日は1次だけって聞いたが、何すんだろ……何も教えられてねえんだよな)
会場に向かうまでの道中、路面を走る大型星力四輪車——もといバスの後方に座る俺は揺られながら考える。
公平を期すため、学園の教師であるミルキールからは試験問題について何も教えられることはなかった。教わったことと言えば、【地の街】にいた時にも教わったような各街についての基本知識や、星神力・星神術に関する基礎的知識だけ。実技の面でも、集中して行われたのは自身の力を制御することと、その使い方について。
プログラムと聞いていたせいか、当初は俺を入学させるために試験内容の訓練をみっちり仕込まれる……と思っていたのだが、予想とは反する結果になった。
(当然っちゃ、当然か。普段あれだから忘れるが……あいつ、一応教師だったな)
そこらへんの倫理観はしっかりしているようだ。とはいえ、司法所の件といい普段の抜けた態度からは想像がつかないことをさらっと成し遂げるのもあいつだ。そこは、年の功というやつだろう。
それにしてもと、俺は目の前の光景をまじまじと見つめた。似たような色合いが広がる光景を。
(【地の街】はほとんど茶色とか焦茶ばっかであんま違和感なかったが……【土の街】の民が金や橙に近い髪色をしてるってのは、ほんとなんだな)
ミルキールやメルディーたちと暮らして慣れたと思っていたのだが、やはり色とりどりの髪色が並ぶ光景はどこか落ち着かない。
「——なあお前、そんなに俺が面白いのか?」
「えっ……?」
突然の声に、間抜けな声が出る。聞き慣れない声に我へ返ると、その声の主は自身の隣から聞こえていた。
俺の右隣——窓から差す日の光が、その姿を逆光で照らしていた。車内だと言うのにフードを被ったそいつは、肩にかかるわずかな黒髪が窓の木漏れ日に照らされている。
フードの影が落ちる中で淡く光る青い瞳が細められた。
「さっきからジロジロと見やがって……気づかれていないとでも思ったのか?」
「えっ、あ、いや違う! 俺は別にあんたを見ていたんじゃ……!」
「へえ、じゃあ誰を見てたんだ?」
「だ、だから俺は別に誰かを見てたわけじゃ……!!」
何度否定しても、俺に向けられる視線が変わることはない。いや、これは否定するほど墓穴を掘るやつだ。
言われてみれば確かに、今の俺の状況は都会に出てきたばかりのお登りと大差ない。
(もしこれで俺が保護区のやつだってバレたら……いや、これ以上余計なことを言わなきゃいい話だ。そうだ、落ち着け俺)
表向き、【地の街】が滅んだ事は公表されていない。ただ、鉱山の爆発事故の影響により封鎖措置が取られていることになっているとミルキールは言っていた。それに加え、今の俺の戸籍が【土の街】の民になっているとも。
この世界についての知識は増えてきたとはいえ、この3年間家の敷居を跨がなかった俺にとって、家の外が未知の場所であることに変わりはなかった。
「ま、そう言うことにしとく。とはいえ、お前の趣味がどんなでも俺には関係ないがな。だが一つ忠告しとくぞ……お前が誰かを見ているように、お前も誰かに見られてることを覚えておけ」
言われずとも——というか、そのことについてはこの道中嫌というほど思い知った。すれ違うたびに、多くの人は俺のことを横目に見る。相手にとっては気づかれていないつもりでも、思いのほか人の視線は分かりやすい。
(やっぱ赤髪は目立つんだな)
とはいえ、それ以外を危惧している俺の考えを知らないであろう相手は、再び窓の外へ視線を戻した。
(俺も人のことを言えないが……黒髪って事は、こいつも他の街の民なのか? 確か黒髪に青い瞳は【火の街】の民の特徴だったはず)
なんでここに他の街の民がいるのだろう——なんて疑問は、見るなと言わんばかりに逸らされた視線によって憚られた。
名前だけでも聞いておけばよかったと思い至ったのは、バスを降りて会場に着いた頃だった。
溢れかえる人の波。【地の街】でもこんな光景は見たことがない。いくら背伸びをしても一向に前が見えない状況だ。
仕方なしに人並みで揉まれること十数分。やっとたどり着いた試験会場の入り口。どこもかしこもピリついた空気を纏う人ばかり。当然の如く、その中に見知った顔はいない。
もしかしたら、バスで出会ったあの黒髪のやつがいるかもと思ったのだが。
「──これより、第448回フィックスト学園第1次入学試験を開始します。受験生の皆様は受験番号表に記された指定の会場へ移動してください」
頭上から機械を通した音声案内が聞こえてきた。
言われた通り、俺は055と記された受験番号と、その横に記載された『Aー03会議室』と書かれた場所へ足先を向けたのだった。
「……って、1次試験は筆記かよ!?」
静寂。俺の声だけが静まり返っていた部屋に響いた。
何も言われていないにも程がある。睨まれているような視線が痛い。恥ずかしさと申し訳なさで肩を縮ませながら、受験番号順に振り当てられた席へ座る。
なんとも言えない肩透かしを感じながら、過ぎていく時に集中するのだった。
✤✤
「改めて。1次試験、お疲れ様です。ソル」
数日後の夜。高級ホテルのディナーを思わせるような食卓についた俺へ、いただきますの手合わせをした直後、メルディーは言った。
「なんだよ藪から棒に。もうあれから3日だぜ?」
「そういえば、まだちゃんと聞いていなかったなと。どうでした? 久々の外は。会話はできましたか?」
「できたわ! お前は俺をなんだと思ってんだ……ってか、お前らのせいで赤っ恥かいたんだからな。事前に1次試験が筆記ならそう言えよ」
「聞かなかったあなたも悪いでしょう」
「それはそうだが……言うもんだろこういうのは! ったく、俺を入学させる気あるのかあいつは……」
ため息を1つ落とし、俺は食事に手をつける。数口手をつけた後、不意にもう一人の元凶の姿がないことに意識が行き始めた。
(ってか、その張本人はどこに……)
本人が不在であること以前に、そもそもあいつの皿さえも用意されていない。この3年、どんなに忙しくとも夕食だけは共にしていたと言うのに。
その視線に気付いたのか、ミルキールはスプーンを置いて口元を拭った。
「母様は学園長ですから。次の試験に向けた手続きで色々と忙しいのです。ですから、お食事はお一人で済ませると」
「そうなのか? 大変なんだな学園長ってのも……ってか、それを言うならお前だって学園の生徒だろ。いいのかよ、新学期の準備とかしなくて」
「ええ。母様には、あなたと夕食を共にする許可を得ていますので」
「俺と? なんで」
俺にとっては素直な疑問だったのだが、どうやらメルディーにとっては違ったらしい。彼女は食事の手を止めてじっと俺を見てきた。最近になって、その表情の機微が分かってきたのだが——これはあれだ、呆れている時の顔だ。
「……あなたは本当に何年経っても変わらないのですね。今日は1次試験の結果発表の日。そして今日の私は、家族としてここにいるのです」
「……つまり?」
「——第1次試験合格おめでとう、ソル。こういうことをお祝いするのも、家族なのでしょう?」
時々、ふとしたこいつの言葉に驚かされる。1次試験の結果は彼女に言われずとも、今朝訪れた伝書鳥が持っていた手紙に記されていたため、知っていた。二人に言わなかったのは、きっと二人は俺が知る前から結果を知っているのだろうと思っていたから。だがまさか、こんな不満そうな表情をされるとは思わなかった。
メルディーは自分を人形のようだと評するが、俺とミルキールよりもよっぽど暖かいものを持っていると思う。
「そ、か……ありがとな」
呆気に取られつつ返した言葉だったが、メルディーは満足げに再び食事へ手をつけ始めたのだった。
——そして翌日。ようやく、第2次試験……実技試験当日を迎えた。




