第四話【不条理の通達】
「さしあたってはソルよ。貴様には我が学園に通ってもらう」
「は、学園?」
強く固い握手を交わしたあと、ミルキールは当然のように言った。
「そうだ。”フィックスト学園”……無知な貴様でも名前くらいは聞いたことあろう?」
当たり前のように無知認定されている事に突っ込みたくなりつつも、グッと堪える。
(フィックスト学園……か。確かに聞いたことはあるが、あそこは……)
「その学園って、星神術者を育成する学校だろ? 俺は別に術者になりたいわけじゃない」
これもまた、以前ファーバスが教えてくれた。俺はあのまま順当にいけば司祭として勤めていただろう。だから俺には端から縁がない場所だと思っていた。
だがどうやら、それは彼女の思惑とは違うものだったようで、ミルキールは目を丸くした。
「何を言う。術者になろうとなるまいと、今のお前は一にも二にも星神力の制御と習得が急務。これ以上うってつけな場所もあるまいよ」
「うってつけ?」
「そうとも。とはいえ、ただで入学させるわけにもいかんからな。貴様には入学対象年齢になるまでの残り3年、私の組んだプログラムをこなしてもらう。さすれば、神の道とやらの第一歩を無事に歩めるようになるだろうさ」
「何から何まで悪い——って、3年!? そんな悠長にしていられるわけねえだろ!」
俺は思わず叫んだ。心の中で滲んでいた焦燥感に指を引っかけられたような感覚だ。前世の俺が余命宣告された時と同じ年月とは、俺は偶然を恨んだ。
暗黒についても、その期限についても足りない情報に、足りない知識、経験、技術……一朝一夕で手に入ると思っているわけではないが、それにしたって長すぎる。たった十数年の時間しか生きられなかった俺だからこそ、その時間の長さをよく知っている。
自然と目尻が吊り上がる俺に対し、ミルキールはあきれたようなため息をこぼし、その声を張り上げる。
「これを悠長と捉えるか。まったく……貴様はよくよく自分を顧みろ! 破裂寸前である貴様が、普通に星神力を扱えるようになるまでどれだけかかると思っている!」
「だとしても俺には為すべきことがある!」
「なればこそだ愚か者!! 私は貴様を殺すために生かしたわけではないのだぞ! この私の慈愛を無下にする気か!?」
ヒートアップしていく俺とミルキールの言い合いに水を差したのは、メルディアンの冷静な声だった。
「——養生せよ、ということです。ソル、あなたは安静を要する身。あの儀式の失敗例がすべてあなたのようになるなら、苦労はしません。魂の有無を問わず、肉体だけでなく精神さえも摩耗し、本来の道を歩めぬ人がほとんどなのです」
「……」
「母様とて、彼の焦燥を理解しているのでしょう。その人情によって救われた私が言うのもお門違いですが……今はただ、ミルキール・ディオネとしての矜持を思い出しくださいませ」
その声に何を思ったのか。ミルキールは視線を彷徨わせたあと、小さく息を吐いた。
「……あ、ああ。そうだな、すまない」
彷徨っていた視線が、突然に俺を見た。そんな俺を見る彼女の瞳に、わずかだが同情の色が滲んでいる気がした。
(いや、それよりももっと身近な——)
その感情を俺は知っていた気がした。だが、それを言葉にするにはまだ俺は彼女のことを知らなさすぎる。
「さて、そうと決まれば時は金なり。ソル、貴様の焦りと養生の身を鑑みて——今からプログラムを開始する!!」
「それ片方鑑みてねえだろ!?」
さっきまでの雰囲気は何処に。ミルキールは声を高らかに張り上げて胸を張った。
「何を言う! この私が考案したのだぞ? もちろんバッチリに決まっておろう!」
「不安しかねえ〜〜〜……」
これぞ日頃の行い。明日の俺は生きているのだろうか、と思いつつも意気揚々と話すミルキールの説明に耳を傾けた。
「口酸っぱく言うが、このプログラムにおけるお前の最終目標は”星神力を制御すること”。そしてそれと並行して”フィックスト学園の入学試験に向けた基礎的教養を学ぶこと”だ」
「基礎的教養? それって、座学のことか? ああ、確かにそれなら今からでも——」
「たわけぇい!! ほんっとに貴様は物を知らんな! いいか!? フィックスト学園は、この私が設立した歴史ある最高級の教育機関だ! 名だたる星神術者を多く輩出し、近年では夜巡隊への入隊者や国務機関への採用者を多く輩出している名門中の名門! その基礎ともなれば、一般的な教養を前提とした術への応用……つまり、文武共に兼ね備える必要があるということだ!」
それは何と大層な。自身のことを褒めちぎるよりも声を張り上げた自慢っぷりに、俺は唖然とする。その横で話を聞くメルディアンも、当然のように頷くばかり。
(これはもしや、俺の方がおかしいやつか)
言うところの、ミルキールはこの世界における生ける偉人なのだろう。ならばこいつの横柄な態度も腑に落ちるわけだが……それにしたって、と俺はこめかみが痛くなってきた。
「あー、とりあえず分かった。俺に教養がないのは認める。それと今の俺の力じゃ、神になる以前の問題だってこともな」
「やっと理解したか。よし、それではさっそく着替えよ。顔も洗って、その寝ぼけた面をスッキリさせてこい。それが終わったら、表に出てくるのだぞ」
「着替えはこのクローゼットの中にあります。寝ている間にサイズは測ったので問題はないと思いますが、何かあったら言いに来てください。一階にいますので」
「あ、おう……って、寝てる間に測った!? あっ、おい待て——!」
有無を言う間に扉が閉められた。きっと聞こえていて無視を決め込んだのだろう。
ぽつりと部屋に残された俺は、はあとため息を吐いた。
(この先、俺やっていけんのかな……)
勝手も常識も違う——いや、特殊な二人との生活に頭が痛くなる一方だった。
✤✤
言われた通り着替え、顔を洗った俺はメルディアンに案内されるまま、屋敷の外へ向かった。その道中、俺は不意に何も発さない彼女を見上げた。
「なあメルディアン。あ、さん? つったほうがいいのかな」
「別にお構いなく。それと、メルディアンではなく”メルディー”と。それで、何のご用です?」
「あ、ああ。分かった、メルディー。別に大したことじゃないんだが……あんたから見ても、俺ってやっぱ異常なのか? あいつは色々言ってたけど、ぶっちゃけ実感が湧かなくってさ」
そう言うと、メルディーはじっと俺を見下ろした。足先から頭のてっぺんまでを見られているような気がして、自然と背筋が伸びた。
「それは、あなたの……いえ、そうですね。そうかと問われれば、あなたの星神力の異質さは顕著です。まず一人の人間からは観測されないほどの星神力量。それに加え、その核たる部分が分離しているようにも思える」
「分離?」
「はい。正確に言うなら、あなたの体には馴染めていますが、あなたの魂……そうですね。あなたの精神とは馴染めていないような感覚です。だからこそ、自身の意思とは違った量の星神力を使用してしまい、体がその負荷を処理しきれずヒートする……というのが、今のあなたの現状でしょう。さらに最悪なのが、あなたの意思に100%応じないせいで、その膨大な星神力が体内で野放しになっているのです」
「だから、”破裂寸前”ってわけか」
「ええ。今は野放しになっている星神力を、ミルキール様の術で封じている状態です」
「なるほど……じゃああれか。それって俺の魂が外付けのもんだからってことか」
俺にとっては何の気なしに、笑い飛ばす冗談のつもりで言った言葉だったが——メルディーは目を丸くして立ち止まった。
「外付けの……なら、私は……? 私もいずれ、このような——」
ぶつぶつと訳の分からないことを呟くメルディーは、まるで小さな子供のようで。俺から目を背けるその瞳は、必死に不安や疑念への回答を得ようとしているみたいだった。
「——おい!!」
だんだんと青ざめていくその顔を見ていられなくて。俺は思わず彼女の目の前でパチンと両手を叩いた。
その音に我へ返ったのか、メルディーは目を見開いて俺を見ていた。その瞳には、数十秒前と変わらない光が宿っている。
「ソル……」
「大丈夫か? 具合でも悪いんなら、部屋で休めば……」
「……いえ、お気遣いなく。少し考え事をしていただけです。さあ、早く参りましょう。これ以上母様を待たせてはいけない」
瞬きを数度した彼女は、そう言って再び廊下を歩きだした。廊下に響く靴音がいやに冷たかったのを覚えている。
外へ出ると、屋敷の影が伸びた先に仁王立ちをして待ち構えるミルキールの姿があった。二つに結えた髪を水色のリボンで括り、魔女のような帽子をかぶっている。黒いノースリーブのタートルネックは、いかにも運動しやすそうな風体だ。その首元にあしらわれている赤いリボンは、せめてものオシャレ……なのだろうか。
【地の街】でも見たことのある服装に、きっとこれが彼女の勝負服なのだと理解する。
「何をもたもたしていた! 事を急いていたのはお前のほうだろうに!」
「悪い悪い、勝手が違くて手間取っちまったんだよ」
ミルキールに謝りつつも、横目にメルディーの様子を見る。あれ以降、彼女が表情を変えた姿は見たことがない。我に返ったように歩き出した後、そっと覗き込んだ表情はいつも通りの無表情。一ミリの誤差もないほどに、それは今も継続されている。
「どうした、メルディーの顔をまじまじと……ははーん? さては惚れでもしたか?」
「はあ!? 何でそうなる! つうかまじまじとなんか見てねえ!!」
「そう照れるな。隠さんでもよい、何せメルディーは学園でも大人気だからな」
「だからなあ! ……って、学園? メルディーも通ってるのか」
「ああ、今は1年だがな。貴様がこのまま入学するなら先輩になるな……っと、今どうでもいい! ほら、さっそく始めるぞ!!」
「どうでもいいって……話逸らしたのはそっちだろ」
俺のため息もいざ知らず。聞こえていないかのように表情を変えて話すミルキール。そのマイペースさは彼女の味とも言えるが、振り回される身となってはたまったものではない。
「さて、まず貴様にやってもらうのは……」
そう言って、ミルキールが口を開いた時だった。俺たちの間を裂くように、鳥の羽がひらりと落ちたきた。
「——鳥?」
頭上を見上げると、そこには一羽の鳩。俺たちの頭上をぐるぐると旋回している。
「伝書鳥か。まったく突然な、何の用だ一体……」
首を傾げる俺と違って、ミルキールは慣れた手つきで自身の腕へ鳥を誘導する。降り立った鳥の足には、小筒が括り付けられていた。ミルキールが慣れた手つきで取り外すと、入っていたのは一枚の手紙を取り出した。
「……これは」
ミルキールは眉を寄せ、手紙を睨みつけるようにして見ていた。その様はまるで、初めて彼女と対峙した時を彷彿とさせる。自然と肩が張った。
「ソル、プログラムは中止だ。今すぐ出るぞ」
「……え?」
「メルディー、屋敷を任せる」
「はい、母様」
冷たい声音で言い放ち、屋敷の方へと歩いていってしまうミルキール。それを当然のことのようにメルディーは受け入れているが、俺の頭には彼女が俺に告げた言葉が反芻していた。
「おい、何をぼうっと突っ立っている。早く来い、貴様もお呼びだ」
冷たい視線だ。だが疑念をより集めたあの時の声より、どちらかというと怒りを強く感じた。
「……は? い、いやちょっと待てよ!! ——中止ってなんだよ!? 今すぐ出るってどういうことか説明しろ!」
訳がわからなかった。半ば八つ当たりのように口走ってしまった言葉は、なぜかとても納得できた。
そう、俺は説明が欲しかったんだ、ずっと。
不安にも似た何かは、俺の腹の奥をかき乱し——今まで飲み込んできたものさえも巻き込んで渦巻いている。
——今思うと、生まれてきてからその繰り返しだった。
何万とあった言いたいことを押さえ込んで納得してきた。
自身の置かれている状況さえまともに理解できずに時が流れて、巻き込まれる形でその全てが過ぎ去って。
冷たい視線が、心の臓を貫くようだ。
ミルキールは、小さく息を吐いて俺を見据えた。
そして彼女から吐き出された言葉は、この世の不条理を体現していた。
「【土の街】の司祭から通達だ。——ソル、貴様を【地の街】虐殺の容疑者として司法所への出頭命令だ」




