第三十六話【調子に乗るなという戒め】
「——うぉぉおおお!!」
怒りのまま、感情のまま、ケートスへと星神力を放つ。
今度は具象化した土をドリルのようにして。
この一瞬で具象化できたのは、わずか6つ。
一斉に放つが、奴は——いや、奴を守るように立ちはだかった人造人間の少女一人に、呆気なく防がれてしまう。
「くそっ……!」
あの後——ケートスが高らかに宣言をした直後、俺は痛む体を押して立ち上がった。
理由なんて大したものはない。
ただこれ以上、この男の声を聞きたくなかったというだけで。
「……っ、どいてくれ、つっても聞かねえよな」
残り3人。
一人はケートスを守るように、俺の前方へ。
もう二人は、右側へ一人の少年が、左へ一人の少女が。
完全に囲まれている。
その誰もが、赤い瞳を有していた。
「おいテメェ! まだ俺の質問に答えてなかったよなあ! なんでこいつらの目が赤い!? リィリスとは違う……コラプスとやらの特徴だってのか!?」
しかしながら、やはり未だ背中の傷は癒えていない。
いつもならとっくに治っているはずなのに。
天の声は言っていた。『完治するまで治療し続けられる膨大な星神力が必要』だと。
先ほどよりも息があがるペースが早いことを鑑みても、余裕は刻々と減っている。
少しでも時間稼ぎをしなければ。
「ふふふ……やはり君は勘がいいようで。ええそうです、コラプスの適応者が星神力を使えば、その瞳は赤くなります。その点で言えば、あなたはとても異質なのですよ」
確かに。俺の瞳は常時赤い。
色々な髪色があるこの世界でもそれは異端であるらしく、この赤い髪と共に人の目を引いてきた。
しかし、だ。俺はそんなコラプスなどというものを埋め込まれた覚えはない。
いや、埋め込み式かも分からないが……とにかく。
俺は生まれた時からこの髪と瞳の色。
もしそこに理由があるとすれば、それは——。
(まさか、母さんたちはこいつらと……?)
いやいや。そんなバカな話があってたまるものか。
俺は必死に頭を振る。
落ち着け、今は目の前のことに集中しろ。
メルディーを助けるんだろ?
そのために、ここにいるはずだろ。
俺は改めて戦況を見渡した。
目の前には、少女とケートス。
そしてその隣に変わらぬ表情で立つリィリスは、先ほどから一向に動く気配はない。
主人であるケートスに攻撃が仕掛けられようとしても、だ。
それを咎めないケートスへの疑念もある。
だが今は置いておこう。リィリスに関しても、警戒はしとくべきだろうが優先順位は低い。
次に、右側方にいる少年。
いつでも攻撃できるような臨戦体勢。
それは左側方にいる少女にも言えることか。
「さっきの爆発……あれもコラプスってやつの仕業か」
「半分正解、半分不正解と言ったところですね。あれは僕が改良を施したものです。いえ……改良というより、劣化版ですね。故に数発が限界……許容量を超えれば、体内を循環する破壊エネルギーはその身を蝕み、体外へと居場所を求めます。暴発、という形でね」
「チッ……物はいいようだな。テメェはそれを見越して攻撃させたんだろうが。責任転嫁してんじゃねえ。つーか破壊エネルギー? 星神力は神から与えられた恩恵……なんだろ? 真反対じゃねえか」
名は体を表す。
陳腐な名称はさておいても、言葉の意味やさっきの爆発の説明を聞くに——世界に恵みをもたらす存在とは考えられない。
口ぶりからして、こいつらが新たに生み出したエネルギー物質……のようなものだろうか。
「ま、なんでもいいさ——俺にとって重要なのは、テメェを倒せるかどうかだ!」
俺は両手を頭上に伸ばし、巨大な岩石を具象化する。
直径5メートルといったところか。これが当たればひとたまりもない。
目の前の少女はケートスたちを庇うように一歩前へ踏み出す。
俺はそれを見据えると、両腕を前へ倒した。
しかし——少女が想定していた衝撃は来なかったのだろう。
目を見開く少女は、呆気に取られた表情をしている。
「……!?」
代わりに、左右の少年少女が無数の瓦礫に埋もれていた。
勢いも十分だっただろう、満足に四肢を動かせないはずだ。
簡単な話だ。
巨大な大岩を前方へ放つ——と見せかけ、瞬きの間に大岩を瓦礫の大きさに分割した。
そしてそれらを、警戒の甘かった左右に放つ。
左右に分断していた少年と少女は、前方への警戒ばかりを注視し、自身の防御が疎かになっていた。
加えて、ギリギリまで前方に岩石を向けていたことも幸いしたのだろう。
おかげで、左右にいた少年と少女は瓦礫に埋もれている。
以前、ミルキールが言っていた。
回路には星神力を放出するための気孔があり、それらは主に手のひらへ集中していると。
腕や全身の回路はそこへの道筋。
骨折や怪我は、その回路をひん曲げると。
「戦闘の基本、まずは数の少ない方を叩け——って、ミルキールに口酸っぱく教えられたからな」
こういう戦闘ごとになると、思い出すのはやはりミルキールとの猛特訓。
冷静に、冷静にと心を落ち着ける内、そんなくだらなくも大切なことを思い出した。
それがいい冷却装置となったのだろう。
俺の思考は柔軟になった。
ケートスは言っていた。
コラプスを使うには許容量があると。
たぶんそれは、あいつらが重視していた星神力量と比例しているのだろう。
俺を見る度に、星神力量がどうたらと言っていたし。
だから俺は考えた。
あいつらがどんな理由で生み出されようとも、あんな結末を肯定する理由があってたまるか。
コラプスを使わせないためには、そもそも星神力を使わせなければいい。
どれだけの時間が稼げるかは分からないが——少なくとも、このクソ野郎を倒さなければ解決しない。
目の前を見据える。
さっきの一手で数は削れたが、警戒心を高めてしまった。
同じ手は通用しないと考えていいだろう。
「んじゃ、今度は……!」
再びの鉄パイプ。
先ほどの会話で、やっと背中の傷が癒えた。
使い物にならなくなったローブを背中から翻し、片方の拳へ巻きつける。
そして俺はそのまま地面を蹴り——振りかぶった。
「っ……!」
すかさず、少女はケートスを庇う。
いや、俺の攻撃を防ぐ。
腕の一部を具象化した金属で覆っていたのだ。
「肉弾戦……ですか」
「技術は我流だが、タフネスは仕込まれてんでな!」
基本的に、星神術者は遠距離を好む。
俺だってさっきまで距離をとっていたし。
それは単純に、星神術者の戦闘における鉄則だから。
「お、ラァ——!!」
腹部への蹴り。
少女はケートスとリィリスを下がらせ、俺との一騎打ちを受けた。
だが、少女はノーダメージとでもいうような表情で、軽々と受け止めた。
「っち……だったら——!」
「何度やろうと、——っ!?」
再び俺の攻撃を防いだ少女だったが、その腕はだらりと項垂れている。
一部には赤紫のアザがあった。
驚いたと言ったふうに、少女は顔を顰めた。
「知ってんだろ? 属性の具象化は、物体として生み出すだけじゃないって。【水】の具象化が”液体を操ること”であるように、【火】の属性は温度を上昇させる……ってな」
「……自身の体温の上昇、ですか」
これは俺が引きこもる前——学園でクオールに教わったもの。
【火】の属性を得意とする彼女らマーズの民は、体温の上昇による身体活動の活性化——つまるところ身体強化を得意とする。
入学試験の時も、クオールは木の根を蹴りや拳で破壊していたし。
ミルキール仕込みのサンドバック耐性を活かすには、その戦い方は合っているのでは? と考えた結果だが……
想像以上だ。
俺は確かな手応えに、拳を握った。
しかし——、
「それは、こちらとしても好都合」
気づけば目の前に少女がいた。
姿勢を低くし、引いた拳は——俺の腹部を殴りつけ、全身を吹き飛ばした。
「ぶッ……!!」
臓器が押し潰された。
居場所を失った血液は、逆流したまま俺の口からダラダラと流れ出る。
背中を壁に打ちつけた衝撃が、電流のようにビリビリとあった。
視界が霞んだ。
ゆっくりとした瞬きの末、誰かの足元が見えた。
「お忘れのようですので、今一度。我々人造人間の本懐は、コラプスに適応する肉体と星神力を持つこと。そのため、人の並以上の筋力を持ちます。あなたは選択を間違えた。あのまま星神力の戦いでしたら、やがてこちらはコラプスの使用に際した許容量オーバーで自滅していたことでしょう」
「……ぁ、ぐ……ごふっ——」
何か発しようとしても、逆流する血によって遮られる。
「り……ぃ、す」
意識が曖昧だ。
このまま意識が落ちる前に、せめてあいつの言い分を聞きたかった。
だが、やっとの思いで見上げた視界には——、
…………え?
そこにあったのは、
赤い瞳をした長い金髪の少女に腹部を貫かれるケートスの姿だった。
✤✤
もう何度、眠っては覚めてを繰り返したか分からない。
意識は鮮明で、視界が開けたようによく見える。
「ああ……よかった。まだ、間に合うのですね」
真っ先に、彼の存在を確認する。
彼以外の探知反応がいくつかあるけれど……どうでもいい。
「この拘束も、私と彼を阻むもの……ああ、鬱陶しい。煩わしい。
ですが、ふふふ……何を躊躇うことがあるのです、メルディアン。
邪魔ならば、憎らしいのならば——彼以外の全てを壊せばいい」
それはなんと香ばしいものでしょう。
思わず夢見心地になる。
初めからこうしておけば良かったと思えるほどの。
腰や肩を縛る拘束を、四肢の断面から具象化した刃物を向ける。
弧を描いて自身の方へ半円型に曲がった刃先は、そのまま肩の拘束に触れる。
黒い革を材質とした拘束は、刃先が抜けていく先にぐいっと伸びたが、伸縮の限界が訪れ——綺麗な断面を見せる。
そうやって、面倒なほど、煩わしいほど、辟易するほど、鬱陶しいほどの時間をかけ、拘束を破った。
「……あぅ」
しかし、私と彼の間を阻む障害がまだあった。
立ちあがろうとして、それが不可能と思い至る。
どうやら事を急ぎすぎたらしい。
再び、断面に星神力を込める。
先ほど具象化した刃では、彼の手を握る事なく傷つけてしまうから。
「……ふぅ。これでようやく、あなたに会いに行ける。待っていてくださいね、ソル」
やっと立ち上がれた。
前を向くと、ちょうど目の前に大きな鏡が立てかけられていた。
改めて観察すると、以前とは全く違う。
鋼色の金属を材質に足と腕を型どった。
関節から関節の間は一本の金属を通した。
それを固定する二本の金属が巻き付く様は見てくれが悪く、黒い革質の布で覆った。
まるで二の腕まで革製の手袋やブーツをまとっているみたいに。
母様から頂いた、この白いワンピースがよく映える。
どれだけ見てくれが変わろうと、これなら彼はきっと気づいてくれる。
ああでも——この赤い瞳には、驚かれてしまうかな。
そんなことを考えながら、部屋を後にする。
先ほどから聞こえる、足元からの戦闘音。
その中心部に、ちょうど彼の反応もある。
「私を迎えに、ここまで来てくれたのですか? 本当に……なんて愛おしい」
何度も焦がれたあの赤い瞳。
空を染める夕焼けのような、暖かい瞳。
会いたい。会いたい。会いたい——。
自然と歩くテンポが速くなる。
重いはずの義足がとても軽々しいものに思えて、コツコツと愉快な足音を鳴らす。
「——対象の脱走を確認、拘束を……」
だから。これも邪魔。
思った時には、すでに事は成されていた。
新鮮な果実を誤って落としてしまったかのように、赤い赤い果汁は床に散らばった。
グジュリ——と音を立て、私は果実の芯を抜き取ったのだ。
柔らかすぎず、硬すぎないそれは、意図も簡単に握りつぶせた。
ドサッという音を立てて、同じ顔の少女が倒れていた。
そこで思い至る——しまった、と。
白いワンピースの一部が果実の色に染まってしまった。
今の私と同じ、赤い色に。
これでは彼に余計な心配をかけてしまう。
けど、それもそれで素敵かもしれない。
私の姿や行動で、彼の感情を変化させられる。だったらこれも、悪くはない。
そうして、多幸感に包まれた私は階段を降り、長い廊下を歩き——たどり着いた。
視界の端で、とても小さな姿で、彼が見えた。
遠くにいるせいで、多分彼はまだ気づいていない。けれど私には鮮明だった。
「……ソ——」
声を出そうとした。
手を伸ばそうとした。
足を踏み出そうとした。
けれど、それは血を吐いて壁に打ちつけられる彼の姿を見て、止まった。
あ——。
ああ。
ああ……、
あああああああああ、あああ!!
ダメだダメだ、それだけはダメだ。
どうして、なんで。誰が、何を。
混乱した。絶望した。憎悪が湧いた。
瞬間、私は地面を蹴っていた。
その一瞬はただの衝動に任せたものだった。
けれどそれは正しかった。
あんなに離れていた距離は瞬きの間に狭まり、腕一本分の距離となる。
そして、博士を貫いた。
壁に打ちつける彼を恍惚とした表情で見ていた、その男を。
「——博士っ!!」
男の隣にいた、短髪の少女が叫んだ。
ずるりと腕を引き抜くと、男は醜い音と共に血を吐いた。
「……お前、は……メルディ、アン……?」
まだ倒れない。
思えば、こいつが全ての始まりだ。
私が彼と離れる原因となった。
許せない。
私と彼を阻むだなんて。
もう一度、腕を振り上げる。
掴みかかってきた隣の少女を壁に吹き飛ばして。
もう一度貫けば、こいつは止まる。
腕を振り下ろす。
コンマ1秒——1メートルほどの距離が縮まった。
しかし。
「……ぇ、る……でぃ……い?」
微かな声で、ぴたりと腕が止まった。
顔を上げた視界の先には——私を見る、ソルの姿があった。
体全体を血で汚した、私を。




