第三十五話【嫌悪を煽る】
「テメェが、博士か……」
腹の底からつま先、頭のてっぺんまで。
全身を何かが支配している。
それらは次第に吐き気へと変わって、ぐるぐると胃の辺りを彷徨ってる。
——嫌悪だ。
その胡散臭い笑みも、わざとらしい声も、表情も、態度も、姿も、存在も。
全部、全部……気持ち悪い。反吐がでる。
こいつはダメだと、生理的に俺の全てが跳ね除ける。
「そんな睨んで……どうやらだいぶ嫌われているようですね。まあ構いませんが。さあ、実験室へ戻りましょう。これ以上の怪我は星神力の消費を招く」
「ハッ! 誰が戻るかよ!! ここでテメェをぶっ飛ばして、ゆうはちゃんやメルディーにしてきたツケを払わせる!! ついでに、謝ってもらうからなリィリス!! ビルベッドさんに!」
まだ弁明くらいは聞いてやる。
そんな意志を込めてあいつを睨んだが、リィリスは変わらずの無表情。
代わりに答えたのはケートスの方だった。
「ふむ、それは困りました。では、強制的に捕まえましょう」
お呼びじゃねえ。テメェじゃねえよクソ野郎。
と思った途端——奴はパチンと指を鳴らした。
「なっ……! まだ動くのか!?」
先ほどまで伸びていた少年らが、もぞりと体を起き上がらせた。
だけど、どこかその動きは歪だ。
腕の並びが非対称だったり、額から血を流していたり。
まるで痛みを感じてないような痛々しさ。
「おかしなこと言うのですね。彼らが人造人間である事は承知のはずでは……」
「ああ、おかげさんでな——!」
歯を食いしばりながら、襲いかかってくる少年たちを振り解く。
さっきより力が弱い……怪我のせいか。
だが、いくらちぎっては投げを繰り返そうが、彼らが一向に足を止める気配がなかった。
「くっそ……キリがねえ!」
「ほらほらほら。ここから逃げたいのでしょう? 止まっている暇があるのですか? 彼らの核を破壊し、その活動を止めなければ……命の限り君を足止めし続けますよ」
「うっせ! わかってるっつーの!!」
とはいえ、こいつの言うことも一理ある。
……殺すしかないのか? こいつらを。
投げ飛ばすたびに、星神力で吹き飛ばすたびに……彼らの体温や流れる血を見た。
けれども、彼らは立ち上がる。
「ああ……このままでメルディアンはどうなってしまうのでしょうね。
ただでさえ、四肢を失っていると言うのに」
「…………なに、言ってやがる」
「いえね、逃げられては困ると思いまして。喜ばしいことに、今や彼女は準1級。そんな彼女に抵抗されては、この研究所が持ちません。何せ初代司祭が使っていたとされる祭殿跡です。いろいろ設備が古いのですよ」
「……違う。そうじゃねえ……テメェ、メルディーに何をした」
「ああ、そうです。その呼び名。彼女も言っていました、母様から頂いたと。ミルキール・ディオネがそう名付けたのですか? 破壊衝動に呑まれたメルディアンを捉えた時は、殺そうとさえしていた彼女が」
「ちげえよこのクズ野郎!! テメェ、メルディーに何しやがったって聞いてんだ!!」
ああ、だめだ。こいつは本当にだめだ。
典型的に話が通じないイカれ野郎なんだ。
「気になるのなら、どうぞこちらに」
ケートスの笑みに虫唾が走る。
要は、大人しく捕まれということだろう。
ふざけんな。俺はお前をぶっ飛ばして、メルディーを助けるんだ。
だが現状のままでそうなりかねない。
(もう、こうするしか……!)
俺の脳裏には、一つの解決策しかなかった。
瞬間——なおも俺にしがみつく少年の胸元に向けて、星神力を撃った。
ぽっかりと空洞のできた胸元。
途端に、少年は倒れ込んだ。地面に大量の血を流して。
「——っ……」
酷い感触だ。
思わず吐き気が込み上げてくる。
けれどもここでうずくまるわけにはいかなかった。
だから、必死に奴を睨む。
それだけで意識を保てるように。
「おやおや、なんと可愛らしい。こんなことで参ってしまうとは……メルディアンが気に入るのも分かる気がしますね。しかし……このままでは埒があきません。仕方ない、星神力の使用を許可します。皆さん、できるだけ彼を傷つけないように。貴重な人材ですから」
後戻りはできなくなった。
この選択をしたのは俺だ。だったらもう、腹を括るしかねえ。
ケートスの言葉を皮切りに、少年たちは一斉に星神力を放ってきた。
その中には具象化された炎であったり、杭のような金属であったり様々だ。
(逆走しといて助かったな……!)
これらの攻撃を一斉に防ぐ術は一つだけ。
きっと、大理石でできたあの廊下ではできなかった。
俺は遺跡の地面にありったけの星神力を流し、大きな土壁へと地形を変えた。
前方にいた数十人もの人造人間と分断する。
「おお、これは素晴らしい! その年でこれほどの地形変化を行うとは……やはり星神力量の差ですねえ」
「次はテメェだ、このやろう!!」
今度は鉄パイプを作り、男へ向かって振り上げる。
「——なっ!?」
だがしかし、それを阻んだのは一体の少女。
金髪で髪は短いが、リィリスではない。
どうやらさっきの分断で運よくこっちに逃れたのだろう。
鉄パイプを受け止めた少女の腕は反対方向へ曲がっている。
「ターゲット捕獲。拘束を——」
「くそっ……」
掴まれた片腕を振り解くことなく、俺は少女の胸元目掛けて片方の手で星神力を放つ。
瞬間、少女の胸には大きな空洞ができる。
瞳は光を失い——少女は床へと沈んだ。
ずるり、と俺の腕を掴んでいた手が離れる。
俺はそれを静かに見下ろした。
「……っ、ごめんな」
名前も知らない、少女と少年たち。
背後からは、廊下を塞ぐ土壁に攻撃を仕掛ける音が聞こえる。
「この子だけじゃねえな……何体かこっち側に残しちまった」
数として残り5人。
俺の背後——土壁の側に二人。俺の右側へ一人、左側へ二人。
今は様子を伺っているが、彼らもきっと隙あらば俺を襲ってくるのだろう。
その命すら顧みず。
その異質さが、俺の心にこびりつく。
そしてその感情の矛先は、現状を作り出した根源へと向いた。
「なんでだ……何でこんなことができる!?
こいつらにはちゃんと、感情があるんだろ!?
なのにこんな……っ、これじゃまるで、死ぬことを恐れてねえ!!」
ああ、そうか。
ずっと感じていた違和感、気色悪さ。その正体がやっと分かった。
彼らに感情はあった。
けれども、この数分間の戦闘ではそれが感じられなかった。
死の恐怖を忘れたかのような——そんな瞳を。
「おかしなことを聞くのですねえ。
彼らを殺した君が、一塊の殺人者となったあなたがそれを問うのですか。
いえいえ、咎めているわけではありません。
彼らの本分は完璧な人間として生きることではないのです。
戦いにおいて躊躇いを生むものなど、不必要というもの。
ですが。ああ、そうか——あなたにはまだ、本懐を見せていませんでしたね」
「……何を——っ!?」
瞬間、少年たちが動き出す。
何をする気だ——と身構えた俺の目に映ったのは、信じられないものだった。
「なんだ、それ……どうして、こいつらの目が赤い?」
そう。真紅だったのだ。
俺と同じ、真っ赤な瞳。
どう言うことだ?
だって、数十秒前まではちゃんと、瞳は金色だったはずだ。
思わずリィリスを見る。だが、彼女の瞳は変わらない。
じゃあ、この少年たちだけ? どうして?
赤い瞳を特徴とする民なんて、いないはずなのに。
「……しまっ!!」
その動揺が、一瞬の隙を生んだ。
すかさず、少年と少女が向かってくる。
急いで迎撃に備えようとした——だが。
「——グァあああっ!!!」
背中が焼けた。
爆風の勢いごと、地面を何度も打ち付ける。
何が起こった?
どうして突然、爆発が。
星神力によるもの? それとも元から仕掛けられていた何かか?
——いや違う。
その回答を、吹き飛ばされる寸前の俺は見ていたはずだ。
爆発したのだ、彼らの体が。
胸元を——その核を起点に。
転がった末に見えたのは、小さな小さな肉片たち。
床には、大小様々な肉片と大量の血溜まりが2つ。
嗅いだこともない、ひどい匂いもした。
証拠に、先ほどまで5人もいた彼らの姿が3人しか見えない。
まるで忽然と消えたかのように。
「……て、めぇ……これも、お前の……!」
ああ、どこまでいけば気が済むんだこの男は。
知りうる限りの罵詈雑言を並べたって、男の醜悪さには敵わない。
それほどまでに、やつの行ってきた行動の因果が、俺を逆撫でする。
「意識はまだあるのですか。頑丈で——いや。治療術の影響ですか。206の報告通り、自動的に回復する肉体……いや、星神力? しかし、先ほどより治癒が遅くなっていますね……地形を操るため、大量の星神力を消費した影響でしょうか?」
「しつ、もんに……答え、やがれ……! テメェだけは絶対に許さねえ! このクソ外道……どうしてこんなことが思いつく!?」
人の命を爆弾として変える。奴のやっていることは、詰まるところそれだ。
それはもはや、感情の有無に限らない。
いや、奴は言った。戦いにおいて躊躇いを生むもの——その恐怖や感情を、不必要と。
地べたから睨み上げるやつは、相変わらず気色悪い笑みだった。
「外道とは心外な。僕はこの破壊しかもたらさないものを、体内に押し留める術を見出したのですよ? といっても、僕は先生が生み出した成果を完成品に持っていったにすぎませんが」
「何……言って」
少しずつ、背中の傷が癒えていく。
痛みが和らいできたおかげか、俺の脳はケートスの言葉を鮮明に理解する。
「君に、今一度教授しましょう。コラプスという、新たな星神力の存在を」
✤✤
——見上げた遺跡は、とても古びていた。
いや、それは材質から感じた印象ゆえだろうか。
ビズーたちと合流した後、俺たちは遺跡の前へ辿り着いた。
どこから潜入すれば——と周囲を見渡していたとき。
門前でしゃがみ込む数名の星神術者を見かけたのだ。
その一団は、遺跡にかけられた結界を解除している最中らしく、目的は俺たちと同じという話だ。
「なああんた、ビルベッド……だっけ? ソルと嬢ちゃんたちを助けてくれることに感謝するが、やっぱ解せねえな。お前らが俺らと協働する義理はねえだろう?」
白いローブを纏った男——スベギライスという司祭は言った。
その後方には3名ほどの術者の男たち。
数で言えばこっちが優勢ではあるが——手数では向こうが圧倒的に上。
まあ、仲間がどうあれ、俺にその意思はない。
が……どうもこの若造からは警戒が見える。
いや、これは警戒というより……緊張か?
「何度も言うが、俺は俺の道理に従う。今までやってきたことの償いでもなく、俺たちが成そうとしているもののためでもない。ただ、逡巡していた答えを掴めた……その礼がしたい」
「ははは! こりゃ頼もしいやつを懐柔したもんだなァ、あの小僧! 安心してくれ司祭様、こいつの仏頂面はいつものことだ。そうビビることはねえ。このでかい図体だって、子供に懐かれねえってもんで、こいつ自身も辟易してんのさ。今回は例外だったようだが」
「おいビズー、余計なことを言うな」
無遠慮に肩を組んできた同僚の手を払う。
まったく、こいつはいつも一言余計だ。
ただ、おかげで緊迫していた空気が解けたらしい。
司祭の男も、は、と肩の力を抜いていた。
「こりゃいいことを聞けた。見かけで人を判断しちゃいけねえな。今回の件が済んだら、俺の方から正式に詫びと扶助を入れよう。それであんたたちの無念が晴らせるとは思っちゃいないが……」
「お、そりゃいいことを聞けた」
「ビズー、いい加減にしろ。今重要なのは俺たちのことじゃないだろう」
その話に浮かれては、まるで俺たちが見返り欲しさと思われるだろう。
時間の無駄に等しい誤解で揉めては、それこそ本末転倒。
金にめざとい友人の悪い点だ——と思っていると、白いローブの男が一人、司祭へと耳打ちをした。
「……やっと解析が終わったか。よし、段取りを確認するぞ」
どうやら潜入の手筈が整ったらしい。
司祭は勇躍な表情で俺たちを見た。




