第三十四話【彼らの現状】
復讐とは、なんなのだろう。
グラグラと揺れる視界の中で、考えた。
肋は折れ、呼吸のたびにヒューヒューという音が鳴る。
どうやらまだ野獣どもには気づかれていないらしい。
だがその幸運もいつまで持つか。
「待っていろ……ソル、リィリス」
二人の子供について考える。
赤髪の少年は言った。俺たちの恨みを受け止めると。
口が回らないところや、食べ盛りなところは見た目相応だが、その実——どこか達観した目をする少年だった。
(俺たちの恨みとは何だ……家族を、大切な者を殺された怒りや憎しみか)
数年前、仲間の一人が村の少女を人質に取った。
その少女は解放したあと一目散に親元へ走って行った。
両親は少女を抱きしめ、家族揃って泣いていた。
(俺は、俺たちは……理不尽に奪われる苦しみを知っていたというのに、それを誰かへ強いるところだった。他でもない、俺たちが)
赤髪の少年も、きっとそうだったのだろう。
突然に、理不尽に、大切な家族を奪われた。
だから手遅れになる前に取り戻そうとしている。
けれどもし……あの少年が俺たちと同じ立場に陥ったとき、彼はこの選択を取るだろうか?
(あいつはきっと、復讐なんてしないのだろうな……これはきっと、誰のためでもない。自分自身のためにある行為だ)
だが、少年は自己の欲求のみに動く俺たちを見ても、バカにすることはなかった。
眉を寄せて、ないはずの責任を取ろうとしていた。
それを壇の下から見ていた俺の隣で、一人の少女もまたじっと少年を見ていた。
その時、彼女が何を思ったかは分からない。
少女は自分を語らなかった。だからきっと、少女もまた少年と同じ境遇なのかと思っていた。
それが違うと分かったのは、その夜のことだった。
『——私も彼女と同じ人造人間です。人のようで、人ではない存在。感情はありますが、作られたもの』
夜の見張りをしていた俺の隣へ座り、ポツリと話し始めた。
砂漠を行動することになった日、ソルから話は聞いた。
そして彼は頭を下げた。どうか、こいつを殺さないでくれ——と。
『どうしたんだ突然。まだ寝ていなかったのか』
『……ソル様ふうに言えば、私も仇そのものです。でもあなたはこの事実を知ってもなお、私を見る目を変えません。それは、どうしてですか?』
分からない。咄嗟に思い至った言葉は、それだった。
驚きはあった。が、それと同時に納得感も湧いた。いや、そっちの方が大きかったか。
なんにせよ、少女の姿は人相書とそっくり——いや、髪型以外は同一だ。
けれども俺は、少女に対して不思議とそういう感情は沸かなかった。
何故だろう。
死に急ぐような言葉を放った少女の瞳に憂いがあったからだろうか。
『主人に使えることを、最大の喜びとする……私たちの作られた感情の一つです』
答えを言いあぐねていると、少女は再び話し始めた。
今日はいつにも増して饒舌だ。
『人には感情がある。それを蔑ろにしては、完璧な存在と呼べません。メルディアン様を元に、多くの個体が製造されましたが……その中でも私は欠陥品だった。感情の起伏が少なく、博士が求める能力の値にも満たない。そのため、売られた時でさえ何の疑問も抱きませんでした』
そうだろうか、と思う。
こうやって話をする彼女はとても感情の起伏が少ないとは思えなかったのだ。
『私が作られた頃にはすでに、メルディアンという個体は近くに居らず、その存在は研究資料の中で見る偉大な他人でした。何より彼女は、私よりもよほど多くの感情を得て、多くの出来事に心を動かされていました。それを知った時、私は彼女に憧れたのです。羨ましいと思ったのです』
彼女の瞳には、パチパチと燃える炎が映っていた。
まるでその時の感情を表すかのように。
『ご主人様からの命をこなし、どんな言葉であれ呼び名をいただける——そんな喜びさえも、作り物だったのかと。けど今は、そんなことどうでもいいとすら感じます。私はただ、借りを返したいのです。ご主人様を助けてくださった借りを』
ただ、それだけでいいと少女は微笑んだ。
なんだ、随分と立派じゃないか。俺たちよりもよほど。
だからこそ、少女の裏切りは想定外だった。
いや——困惑したのだ。何せ、彼女の表情や言葉に嘘はなかった。
「……ぐァッ」
思わず足がもつれる。
砂漠の砂が足に絡みつき、持ち上げることさえ厄介とさせる。
だが、倒れるわけにはいかなかった。
重い重い足を引きずるように、一歩一歩をこなしていく。
吐き出される息が熱い。
水ももう、残り少なかったはずだ。
唇が乾燥し、血が滴る。
照りつける太陽が皮膚を焼く。
「……っ」
一体俺はどこを歩いている?
北東とリィリスは言っていた。
もはや足元くらいしか満足に見えないが、7年間の経験だけを頼る他なかった。
「……ビルベッド? ——ビルベッドじゃねえか!」
遠くから声がした。
知っている声のような……ああ、誰だったか。
ザクザクと砂を大股で踏み荒らす足音がした。
「お前、こんなところで何を……って、顔真っ青じゃねえか!? 何があったんだよ。あの坊主たちは?」
「び、ずー……か。それに、他の皆も」
ゆっくりと顔をあげると、後方にいたのは見知った顔たち。
一様に武器や防具、荷物を持っていた。
「とりあえず傷の手当てだ! おーい誰か! 治療道具を持ってきてくれ!!」
ああ、とりあえずは一息つけるらしい。
そう思うと何故か体が軽くなる。
「おお、サンキューな。おいビルベッド、お前こっちに横んなれ——っておい!!」
違った。体が軽くなったと思ったのは、どうやら力が抜けたせいらしい。
ぐらりと視界が揺れるまま、俺は思わず瞬きをした。
瞬間、俺の視界は暗闇に包まれた。
「……ったく。この怪我でここまで歩いてくるたあ、無茶するぜ相変わらず」
手当てをされ、目を覚ました俺はことのあらましをビズーに話した。
どれだけ眠っていたか聞けば、ほんの数分くらいだと返ってきた。
よかった、これでまだ二人を追える。
「な、何起きあがろうとしてんだお前!? 人の話聞いてなかったってのか!?」
「手当てには感謝するが……お前たちはここで引き返せ。これは、俺の仕事だ……っ!」
体が軋む。
だが痛みになんてかまけてはいられない。
物資も武器も置いてきてしまったが……俺だけでも早く向かわなければ。
「ビルベッドよお。どうして俺らを頼ろうとしねえ? いくら坊主があんなこと言ったからって、ガキ一人見捨てるような薄情モンになった覚えはねえぞ俺ァ」
ああ、そうだろうとも。
だがそれを話してしまったら、お前たちは喜んで俺についてくるだろう。
リィリスを——ソルの家族である、メルディアンという少女たちを殺しに。
「はあ……まぁたダンマリかい。オメェの悪い癖だぜビルベッド。お前が向かおうとしてる先っつーのは、もしかして北東にある遺跡か?」
「なぜ、それを」
「ここに来る道中、数人の星神術者に会ったのさ。事情を聞きゃあ、司祭直々の命だって言うじゃねえの。その司祭様はひと足さきに”転送術”で遺跡近くの転送陣へ送られたって話だが……その場所にゃ、禁忌を犯し人造人間を造って縄付きされてる涜神者がいるらしいじゃねえか」
ビズーは真っ直ぐに俺を見ていた。
確か、ソルは司祭と知り合いだったな。
だとすれば、彼らもソルを助けに向かっているのだろう。
それは朗報と捉えていいはずだ。
ただ問題なのは、その場所にビズーたちも向かっていると言うこと。
このままでは対立になりかねない。
そうなったら俺は、どちらに付けば……
「なあビルベッド。お前さん、集会の時に隠してた子供……ありゃあ——」
「悪いが悠長に話をしている暇はない。俺はただ、知り合った子供を助けに行くだけだ」
いや、違う。こいつらがたどり着く前に、俺がなんとかすればいい。
長年の悲願が果たされるとなれば——誰が、何をしでかすかも分からない。
起き上がり、ビズーに背を向ける。
やつからの視線は変わらず俺を向いていた。
「この7年。確かに俺らは復讐っつー目的のために生きてきた。だがそれら全てが完全一致だったわけでもねえ。去っていく奴が何人もいたのがいい証拠さ。グエイも、その一人だったなあ」
あの日——少女を解放した日。グエイは俺たちの元を去った。
お前らの目は、俺とは違いすぎると。
その言葉の意味は分からなかった。ただ、そんなグエイに賛同して出て行った者が何人かいたのを覚えている。
「俺らがやろうとしてるのは、確かに顔向けできるモンじゃねえ。だがな——大人としての道理を見失ったわけじゃねえぞ」
「ビズー……?」
「あんなガキに頭下げさせて無視したとなっちゃ、俺ァカミさんにどやされちまう。俺らは誰かに同じ思いをさせたくて、こんなことを始めたわけじゃねえだろ? ビルベッド」
振り返った先では、ビズーと同じような顔で頷く仲間の姿があった。
✤✤
人形として生まれた。
その人生は、機械的なものであれと願われた。
けれども、なぜか私を助ける存在がいた。
冷たくも暖かい眼差しに導かれるまま、私は生きた。
動いた。息をした。眠った。食べた。
そうして気づく。
私自身の生き方は、何なのかと。
人形は、持ち主の手によってその在り方が変わる。
最初の主人は機械的に生きろと言った。
幾度目かの主人は人間のように生きろと言った。
人間のように生きるとは、何のだろう。
ならばまず、人を知らなければならなかった。
だから、人が多く集う場所へ通う許可を得た。
だが、やはり私には人というものは分からなかった。
人は、人を嫌う。
人は、人を愛する。
人は、人の心がある。
私に、人としての心は——ない。
それはどうやって手に入るのだろう。
それはどこにあるのだろう。
それは一体何なのだろう。
そう思っている中、あなたに出会った。
——眠りから目が覚める。
私は一体、何をしていたんだっけ。
「ああ……博士に、腕と足を切り落とされたんでしたね」
改めて見ても、この姿はみっともない。
椅子に肩と腰を拘束され、腕や足は先がない。
どうやっても、この状況から抜け出すのは不可能だ。
たとえ抜け出せたとしても、その後の行動に未来なんてない。
でもなんだろう、それ以外にもっと——大切なことが。
「……いえ。諦めてはいけませんよ、メルディアン。ソルを巻き込まないと決めたのでしょう。【金】と【木】の属性で義手と義足を具象化して、切断面に嵌めればまだ——、っ!?」
そのためにはまず、拘束を破らなければ。
全身に星神力を巡らせた途端、全身に違和感が流れる。
まるで液体の中に小さな物体が入り込んできたかのようだ。
「ぐっ……なんです、これは……!? まるで、あの時と同じ……」
それは、自身が犯した罪の記憶。
一つの村を火の海にした、あの朧げな記憶。
あの時も確か、同じ感覚があった。
まるで回路の流れを逆流したかのような——いや、普段とは比べ物にならない量の星神力が循環している、ような。
体内が燃えるように熱かった。
今すぐ、今すぐこれらを吐き出したい。
グラグラと視界が揺れ始めた。
意識も朦朧として……
「……ぁ、ああ……だ、だめ……また、あの時のように、なるわけには……! ——っ、うぁ……!」
拘束されては、身悶えさえできない。
そのもどかしさが、さらなる苦痛を生む。
おかしい。ここに来た時——いや、この数年、こんな感覚は訪れなかった。
何せ、7年前の一件以降、母様は私の気孔の一部を封じていた。
体内には星神力を循環させる回路がある。
回路の中には星神力を体外に放つための気孔があり、その数は星神力量の多さに比例する。
一般人は15〜20、術者は30〜50。1級や司祭ともなれば60に近い。
私が使えるのは45、博士に設計されたのは55だった。
「まさか、あの時……封を、破られて……っ?」
意識が朦朧とした中で、思い出したことがある。
ここに連れられ、四肢を切り落とされた後、私は眠らされた。
おそらくその時だろう。
「ぁ、あああ……っ!!」
全身が熱い。
どくり、どくりと鼓動が早まり、意識が朦朧としていく。
すったもんだの末、椅子は転倒し、床に体を打ちつける。
その衝撃や痛みが、鋭く全身を巡った。
「くぅっ……」
ゆっくりと見渡した目の前には、一つの大きな鏡が立てかけられていた。
そこに映る、無様な自分。
何より——その瞳は赤かった。
驚きよりも、恐怖よりも——嬉しさが混じった。
ああ、彼と同じだ、と。
朦朧とした意識は、すっかりいつもの調子を忘れていた。
さんざ秘めていた思いを、無自覚なほどに湧き出すだなんて。
薄れゆく意識の中で、本来持たなければいけない危機感を忘れた。
きっと、私の罪を数えるならば、これは二つ目の背徳だ。




