↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界創星記[another mythology]  作者: 亜真
第3章【サマースクール】
PR
37/37

第三十七話【手を離した距離】


 一目見て、彼女だと確信した。

 けれど、覚えている彼女の姿と現在とがあまりにも違いすぎて、俺は視線を動かせずにいた。


「……ぇ、る……でぃ……い?」


 わずかに開くことができた口からは、そんな舌っ足らずな声しか出なかった。

 ああそれと、逆流した血。


 ぼやけた視界で見えたのは、白いワンピースを真っ赤に染め上げるメルディー。

 そんな彼女に腹部を貫かれて、床に倒れるケートス。

 そして壁に吹き飛ばされているリィリス。


 目の前の光景に混乱していると、やがてメルディーと目が合う。

 とどめを刺そうとしていたらしいメルディーは、俺のか細い声で止まったようにさえ思えた。


「ぶ、じ……で、よかっ——ぐっ……」


 立ちあがろうとしたが、できなかった。

 おかしいな……いつまでも、傷が治んねえや。

 思わずついた尻餅が余計に痛い。


 それでも何とか動こうとして、四つん這いに床を這う。


「……がぁ! ——ッ」


 しかし、それを阻んだのは俺を伸した少女。

 踵でグッと背中を踏みつけられる。

 その部分がちょうどひしゃげた内臓の真上に当たって、グジュリと小さく嫌な音がした。

 逆らえずに口から血が溢れる。


「やめなさい」


 しかし。すぐにその圧迫感から解放された。

 何かが吹き飛んだ大きな音と共に。


 思わず頭だけを動かして見ると、左側の壁にめり込む少女の姿があった。

 そしてその子を蹴り飛ばしたのであろう、メルディーの姿も。


「……ああ、なんて忌々しい。

 ソル、大丈夫ですか?」


 床に伏せる俺に手を差し伸べたメルディーは微笑んでいた。

 その珍しさと、俺の方を向くまで見せていた怒りに満ちた表情の差異に、俺は目を瞬いた。


 とはいえ、さっきまでケートスがいた数十メートル先にいたはずなんだが……。

 ただの脚力だけの力なら相当だ。

 しかし納得感もある。何度も言うが、3年前の特訓で気絶した俺を運んでいたのは毎回メルディーだ。


 驚きと納得感に苛まれながらも、俺はおとなしくその手を取る。

 けど……あれ。


「金、属……?」


 触れて分かる。

 これは義手というやつだ。しかも金属の。

 立ち上がって彼女を見ると、それは腕だけでなく足までに及んでいたと分かった。

 そこで思い出す——ケートスが言っていたことを。


「おまっ、その腕と足! ——ぁ、ぐっ……」


「ソル! ほら、私に掴まってください」


「あ、ああ……さんきゅー……」


 思わず力むと、その分の痛みがやってくる。

 だが肩を貸してくれたメルディーはいつも通りの態度。

 その表情だって、いつもと——、


「——お前、その目……!!」


 いつもと同じ。そう思っていた。

 思わず見上げた彼女の瞳が赤かった。

 その変化が何をもたらすのかは知っている。

 とても嫌な現実として。


 だが、その事実を知っているのかいないのか——

 メルディーは口角を上げて言った。


「え? ああ……ふふふ。そう、そうです。これであなたとお揃いになりました」


 お揃い? 何言ってんだ、メルディーは。

 困惑する俺をよそに、メルディーは心底嬉しそうだ。

 その頬が、若干赤く染まっているのは……気のせいだろうか。


「——って、んなことはどうでもいい! 今すぐどうにかしねえと……!」


 もしこれがメルディーの核と繋がっているのなら、相当にまずい。

 いや、爆発した彼らの様子を見る限りその説は濃厚だ。

 吐き出した言葉の陳腐さとは裏腹に、痛みさえも消し去るほどの焦りが襲う。


 俺の脳裏に過ったのは、一瞬の想像。

 いつ訪れるか分からないその瞬間——その一瞬。

 弾け飛ぶ体。長い金髪はその爆炎に巻き込まれ、きっと跡形もなく灰になる。

 冷たいのに優しい手のひらも、微々たる変化しか見せない造形美のような顔も。

 面影を残さず、見分けのつかない肉片になる。

 はっきりと彼女の影が残る床には、きっと——赤く染まった、水たまりだけが残る。


 一瞬にして沸いた想像。過った瞬間。

 いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ……!!


 どうにかしなければ。

 この場には俺一人しか、メルディーの味方はいない。

 スベギライスやビルベッドさんたちがいつ来るのか、いや……そもそも来てくれるのかさえ分からない。

 だから、俺一人でどうにかするしかない。


 でも人造人間の構造なんて知らないし、向こうで死にかけているケートスのやつが教えてくれるとも思えない。

 状況は絶望的。

 けれども、一つだけ対策は残ってる。


「メルディーはもう星神力を使うな! 何があっても俺がぜってえ守ってやるから!!」


 思わず彼女の肩を掴む。

 こんな状態で言われても説得力はないだろうが、この体が死んでも、守ってみせる。


 だって、そうしなければ——。


「……ぁあ、メルディアン。実に誇らしいその姿——歪な獣たる”キマイラ”の代替として相応しい」


 気持ち悪い声がした。

 嫌悪を逆撫でする、はらわたの煮えくりかえる声。


「テメェ、生きてやがったのか」


「これでも元医者でしてね。【金の街】の国務機関に雇われていたこともあるのですよ」


 リィリスに支えられながらも、傷が塞がっているケートスが立っていた。

 ただ、その足つきはおぼつかない。

 完璧にとはいかないらしい。


「……下がってろメルディー。こいつは俺が——っ、」


 メルディーを後ろに下がらせ、一歩前へ出る。

 けれど、肝心なところで言うことを聞かない俺の体は、ぐらりと視界が揺れた。

 まだ治ってなかったのか。

 天の声(あいつ)は何やってんだ。こういう時のための、だろ。


 と、心の中で悪態をつきながら倒れそうな体を踏みとどまらせる。


「その怪我で僕とやろうと? ああ、それとも君には彼らの方が効きますでしょうか?」


 何を言っているんだ——という疑問は、

 あいつの薄気味悪い笑みと、背後から聞こえた轟音にかき消された。


「なっ……壁が!」


 いつの間にやら、廊下を分断していた土の壁が壊されている。

 いくら急造品だったとはいえ、相当の厚みはあったはずだ。

 証拠に、ずっと壁を壊そうとする音が響いていた。

 それがまさか、こんな最悪のタイミングで成されるなんて。


「標的、補足。こうそ——こう——こう、げきを……かい、し、し……シ……マス」


 もはや流暢な言語すら無くした彼らの赤い瞳が無数に向く。

 その数はもはや目算では分からない。

 ただ言えるのは、俺一人では手に負えないということ。


(メルディーを守って……助ける方法も探して。ケートスをぶっ倒して、リィリスからも言い分を聞いて……)


 すべきことが脳内に羅列されていく。

 頭がパンクしそうだった。

 どこを見ても敵だらけの中で、自分の体も精一杯な奴が。


 まるでスローモーションのように見えた。


 壁を壊した人造人間たちが、様々な具象化を構える姿。

 炎に、木に、岩に、鉱石、水、風——。

 その無数の攻撃が一筋の線として迫ってくる……そんな想像は容易かった。


(——間に合わねえ!!)


 再び地面を操って壁を作るより、俺たちが木っ端微塵になる方が先だ。

 俺は咄嗟にメルディーを庇おうとした。だが——。


「その必要はありませんよ、ソル」


 背後から声がした。

 振り返る間もなく、その声の主は俺を後ろへと追いやった。


「私は求めるだけ。私と、私が愛する人との時間を。それを阻む者がいるのなら——私はそれを許さない。どんな手を使ってでも、私はそれを根絶やす」


「メル、ディー……?」


 目の前の彼女は笑っていた。光を宿さない瞳で。

 俺の知るメルディーとは別人のような姿に、俺は思わず息を呑む。


 呆気に取られる俺をよそに、メルディーは片手を空へ掲げた。


「さあ、壇上へ上がって? 二度と戻れぬ地上への愛執に蝕まれながら」


 瞬間、周囲には強風が吹き荒れる。

 彼女の手のひらを中心に、砂嵐のような渦があった。


(なんだ……これ)


 肌を焼くように感じる威圧感。

 キマイラという少年と相対した時にも感じたものだ。

 ただ、どちらかというとあの時はあいつの狂気じみた雰囲気がもたらしたもの。

 それがメルディーに当てはまるかと言われれば微妙なところだが、別物とも呼べなかった。

 

「おいメルディー! お前、何を……!?」


「安心してください、ソル。私がいる限りこれ以上あなたを傷つけさせません。あなたを傷つける者は、私が必ず殺しますから」


 直後、周囲には鮮血が弾け飛んだ。

 メルディーの手のひらから生み出された砂嵐——その風が人造人間(彼ら)を切り裂いたのだ。


「…………え?」


 彼らの足が宙に浮いた途端、天へと巻き上げられる最中に風圧の鋭さで四肢がもがれる。

 声を上げる間もなく、今度は体全体が細切れに切り刻まれる。

 体が爆発した時とは違う——だが確かに、見分けのつかない無数の肉片が転がる。

 血を巻き上げた砂嵐は、真っ赤に染まって廊下を蹂躙する。


 土の色をしていた床は、あっという間に赤色へ染まる。


「——ぅ……ゔぇッ……ぐ、げぇ……」


 あまりにもグロテスクな光景に、俺の胃は逆流した。

 いや、胃がひしゃげていたせいで、出てきたのは血に混じった唾液ばかりだったが。

 えずかずにはいられなかった。


「ソル!? ああもう、無茶をするからですよ? ほら、私の手を……」


「っ……!!」


 ぱしん、と俺は差し伸べられた手を叩いた。

 それは反射であり、正当な感情だったように思う。


「何……平然と、してられるんだ! 何やったか分かってんのか!?」


 メルディーの胸ぐらを掴む。

 目を丸くしていた彼女は、俺の発言に驚いているようだった。


「……いけないことなのですか? 彼らはあなたを殺そうとした。そうでなくとも、このままではやられていたのは私たちの方だったのですよ」


「だとしても! あんな方法で殺す必要はなかった!」


 ああ、そうだ。

 メルディーの言うことは確かに正しい。俺だって自己防衛のために殺した。

 けれど……それでもだ。こんな方法はあんまりだ。

 いくらなんでもやりすぎだ。


「——ああ、すばらしい。素晴らしいですよ、メルディアン……これこそまさに、我々が求めていた破壊衝動、その化身」


 しかし、一人の男だけは感嘆していた。盛大な拍手と共に。

 振り返ると、その男は一層笑みを深くしたように見えた。


「てめえ……いけしゃあしゃあと。破壊だ何だの知らねえが、メルディーはそんなもんじゃねえし、俺がさせねえ」


「他の意志など関係ないのです。彼女が深く思い、その想いに呼応した力を使うたびに呑まれていく。ただそれだけのことなのです」


 メルディーは言っていた。俺を傷つけるやつを殺すと。

 普段の彼女らしからぬ言動に驚いてしまっていたけれど——意図を紐解けばそれは簡単な話だった。

 奥歯を噛み締めた俺に、ケートスは細めた瞳で答えを示した。


「君がそこにい続ける限り力を使わずにはいられない。故に、彼女を破壊する一指は、図らずとも君だったというわけだ。ハハ……守りたいと願ったものに殺される。これほど美しい結末もないでしょう」


「——黙りなさい。先ほどから耳障りです。確かに、私が許せないものは彼を傷つける存在。しかしそれと同等に許せないものもあるのです」


 再び俺を押し除けたメルディーは、ケートスを指差した。

 その手首を捻ると、くいっと伸ばしていた指を曲げた。

 瞬間、博士とリィリスがいた地面が競り上がる。


「——待て! メルディー!!」


「私と彼とを引き裂く存在……あなたも、その一人だということを」


 手を伸ばした。

 メルディーの足元もまた、俺がいる地面と切り離されていたから。


「少し待っていてください。大丈夫、私は必ずあなたの元に戻ってきますから」


 遠ざかっていくその背に、触れることができなかった。

 ほんの数センチが数メートルになった。数十メートル、数百メートルと変わっていく。


 振り返った彼女は、笑っていた。

 やがて手も声も届かなくなった天井を破壊して、上の階へと姿が消えた。

 降り注ぐ瓦礫に目もくれず、俺はただ穴の空いた天井を見上げていた。


「……違うだろ。俺を引き離したのは、お前だったじゃねえか。メルディー」


 だから、お前の手を握ろうとした。

 今度こそ離さないように。今度こそ、お前が離れていかないように。


 ぐらり、と眩暈がした。

 いつの間にか押し留めていたらしい生体活動が、この瞬間に再開された——ということだろう。

 口の中が鉄の味でいっぱいだ。今日はよく感じる味だなあ。


「……ごふっ」


 あいつはきっと分かっていたんだ。

 思い返せば、それは7年前から続く因縁らしい。

 メルディーを保護したのがただの素人であれば、まだ彼女は止まっていただろうか。

 けれどそれは奇しくも生きる伝説、ミルキール・ディオネ。そんなやつが何も解明しなかったという方が不思議な話。


 だから彼女は知っていた。その事実を受け入れ、懸命に生きようとした。



 ——ばたり、と大きな音が静かな空間に響いた。

 衝撃が体全体を襲った。

 天井を見上げていた俺の視界は、その衝撃の後に床だけを映すようになった。


(あれ、なんで俺……倒れて)


 床が赤くなっていた。

 もう血さえも止まらなくなったらしい。


 瞬きが遅くなっていた。一度、二度、三度……回数を重ねるごとにタイムラグが増えていく。

 やがてその行為すら億劫になった頃、赤かった視界には複数の靴が見えた。

 くぐもった声で、誰かが何かを言っている。

 たぶん、知っている声のはずだ。

 朧げな輪郭が捉えたのは、オレンジの髪と大柄な体躯。


(……この人たちは?)


 もう、瞼が重い。

 きっと次は開けられないのだろうと思って——目を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。