第三十話【口腔の門】
サンド地区は砂漠地帯。故に【土の街】で最も広大な地区だ。
代わりにサンド以外の三地区は道も整っていて、星力四輪車を使えば一日ほどで突っ切れる。
宿屋を出てから、早一日。俺たちは星力四輪車を乗り継いでサンド地区の入り口までやってきた。
「——通行証の提示をお願いします」
幸先悪し。
立ち塞がる門兵を説得する方法を俺は思いつかなかった。
白いローブを着た人が、何人かの列を作っている。
その先端で、彼らを検閲している門兵がいた。
「……通行証、ってのは……?」
「通行証はサンド地区の北東部に入るための許可証です。ここから先、サンド地区の中央から北東にかけては野獣が多く蔓延る危険地帯ですから。準2級の資格を持つか、それ以上の資格を持った人の同伴が必要になります」
この少女曰く、博士とやらが根城にしていた遺跡はサント地区の北東——【土の街】の端っこにあるらしい。
そこにたどり着くためには、この先の検問を通らなければならない。
星神術者は3級からが正式な位。
4級の俺がどうこうできる問題ではなかった。
「こんなことになるならスベギライスの一人や二人、連れてくりゃ良かったな……」
「そうですね。私も星神力は扱えますが、明確な資格は持っていませんし」
完全な手詰まりである。
検問所を力づくで突破——という策もあるにはあるが、面倒ごとは増やさないのが流儀だ。
それにあの門兵は立派に仕事を果たしているだけだしな。
さて、それではどうしたものか……と周りを見渡した時。
俺はもう一つ、列が出来上がっているのに気がついた。
ちょうど俺たちの背中側に。
しかも、だいぶ長い。
まるで某夢の国のアトラクションレベルに。
「なあ、あの列はなんだ?」
「ああ、あちらは観光客用の検問所ですね。サンド地区は大まかに扇状の地形をしているのですが、外側に行けば行くほど危険になり、遠回り。逆に観光客が通れるほど安全な内側は距離も短く、気候によっては半日で抜けられるのだとか」
「ち、ちなみに俺たちが行く方は……」
「はい、最も危険で最も遠回りの道です。ここから抜けていくとなると、一週間ほどかかるかと」
「一週間!? それじゃ期限に間に合わねえだろ!?」
俺が自由に動き回れるのは今日を入れて後四日。
それはサマースクールの休校期間の残りを示していた。
俺は学園に席を置く身。
その行動が学園側の規定に則られるのだ。
というか、スベギライスならそのことを把握していそうなもんだが。
まさか、忘れてた……なんてことじゃないよな?
……ありうる。
何せ、遺跡に向かう道中で通行証が必要なことを知らされていなかった。
突然のこととはいえ、司祭ならその権力で通行証の一つや二つ、くれたっていいものを。
とはいえ、あいつはそういうのを渋るタイプじゃなさそうだ。
ってことは、そういうことだ。
「お待ちください。それはあくまでサンド地区を横断するならの話。私たちは道中にある遺跡にさえ辿り着ければいいのです。メルディアン様を連れ出したあとここまで戻れば良いのです」
「……確かにそうだ。悪い、気が急いてた」
焦るな。目的を思い出せ。
俺は小さく息を吐く。
考えるべきは、あの検問所をどう突破するかだろう。
「なあ、ちょっと思うんだが……内回りから外回りに向かうってのはどうなんだ? あんな大勢いるんだ、一人や二人いなくなったってバレねえと思うんだが」
見たところ、ツアーのように団体で、というわけではないらしい。
数名、もしくは一人で検問所を通る人が多い。
だからいい案じゃないかと思ったわけだが……
「……それは、難しいですね」
少女は眉を寄せて言った。
とても難しそうな顔をしている。
行けなくはないだろうが……といったふうに。
「——なあ、坊主ども」
その時。俺たちの背後から大きな影が伸びた。
知らない男の声。
低く低く、警戒を全面に押し出したような。
「……な、なんですか?」
振り返ると、そこにいたのは鎧を着た大男。
顔に傷痕があって、スキンヘッド。
四十代前半くらいだろうか。
いかにもな防具を身に纏い、鉄製の盾や、腰には剣を携えている。
部族のような服装に、俺は思わず顔が引き攣る。
何なら、睨まれている気がする。
「そっちの嬢ちゃん、名前は」
「……え?」
身構えていると、男が視線を向けたのは少女の方。
少女は目を見開いて驚いていた。
というか、俺も驚いた。
「子供二人でこんなところに何をしに来た。親は?」
「……え、っと。それは」
少女は口どもる。
まずい、これは非常に。
何せ周囲を見渡せば、そこにいるのは大人ばかり。
しかも俺たちより二回り、三回りも上くらいの。
そんな中で子供が二人というのは、相当目立っていたのだろう。
男の視線がだんだんと鋭くなる。
「……お、俺ら兄妹で!
こんな髪色っすけど、俺、こいつの兄貴なんすよ!
で、今日は俺の——そう! 社会科見学に付き合ってもらってて……あ!
このローブ! 見たことないっすか!? フィックスト学園のローブ!
俺、そこの生徒で……! ぇ、っと、だから……」
だから、なんだ。
口を止めるな。話せ。
話せ、話せ、話せ……!
いくら捲し立てても、俺の口は情けなく開いては閉じてを繰り返してる。
男の視線は鋭くなるばかり。
そうだった。
俺、こういうのって下手くそなんだっけ。
いつも苦しい言い訳を並べては、訝しげな視線を向けられる。
今回もそうだ。
いい嘘のつき方とか、ミルキールは教えてくれなかったもんな。
仕方ない、ここは隙を見て逃げるしか——
と、俺が視線を漂わせた時。
男が口を開いた。
「フィックスト学園か……ああ、もちろん知っている。俺の息子も通ってたからな」
その声は、雰囲気に似合わず優しかった。
思わず俺たちが面食らってしまうほどに。
「……着いてきなさい。ここは、子供だけじゃ危ない」
男は俺たちに背を向けた。
訳もわからぬまま、俺は少女と顔を見合わせる。
どうやら、納得してもらえた……みたいだ。
とはいえ、一応警戒はしておこう。
そう思いながら、優しさを感じた声音を信じて、俺たちは男の後に続いた。
「さっきは怖がらせてすまなかった。俺の名前はビルベッドだ」
「俺はソルって言います。んでこっちは……」
と、そこで思い至る。
俺はこの子の名前を知らない。
というか、多分名前はないのだろう。
何せ主人からはあんな扱いだ。
即席で決めるか?
いやでも、拒否られたら面倒だし……
だからって、ここで何も言わないのは怪しまれる。
他になんか手立ては——
「リィリス。私はリィリスと言います」
「そうか。可愛い名前だ」
少女は突然に言った。
え? という声をなんとか飲み込む。
けど、内心は驚きでいっぱいだ。
そんな名前だったの?
そう思い、少女——リィリスを横目で見ると、彼女はひっそりと言った。
「即席で考えた名です。以後、合わせてください」
と。
そうか、即席か。
よかった、まさか名前を教えられていないかと。
一日も一緒に過ごしてこれじゃ、流石の俺も傷つく。だいぶ。
今の俺は絶賛傷心中。デリケートなのだ。
「だが、学園も無茶を考える。生徒だけでサンドに出向かせるとは。
坊主がさっき見ていた検問所は観光用じゃない。
大の大人でも死人が出る死への入り口だ。
ここらの人間は、口腔の門って呼ぶ有様だ」
「口腔……口、ですか」
「不思議な呼び方だな」
「確かに側から見れば意味が分からんだろう。だが、あの道で選択を誤れば待つのは野獣共の胃袋。そうやって死んだ人間は多い」
なるほど、だから”口”と言うわけか。
にしてもそこまで危険な場所なのか、サンド地区は。
よくそんなとこで研究しようと思ったな。
いや、だからこそなのだろう。
虎穴に入らずんばということだ。
「——おい! ビルベッド!!」
突然、ビルベッドの背が止まる。
と同時に、知らない声が聞こえた。
彼よりも少し若い男の声。
何事だ?
と思った矢先、突然ビルベッドは隠すように自身の背の後ろへ俺たちを引き寄せた。
ぐっ……く、苦しい。
だがリィリスはどこ吹く風のように無表情。
本当に何事かと、俺は困惑するしかなかった。
「また集会に来なかったな!? テメェの息子への思いはそんなんだったってのか!」
「……集会に行かなかったことは謝る。門兵の手伝いをしていた。通行証の規定を知らない星神術者に絡まれていたんでな」
「ケッ、そうかい、そうかい! そりゃご立派だな。——けど、テメェが何を思っていようが過去は変わらねえ。無念を晴らせと、テメェの家族は言ってるぞ」
何やら言い争っているようだ。
ビルベッドの肉厚で大きい背が壁となる。
そのせいで状況が全く分からないが、彼はこの男から俺たちを隠したいのだということは理解した。
「……ああ、分かっている。忘れることはない」
「分かってんならいい。だが今日の集会には来いよ。そうすりゃ認めてやる」
「ああ」
だんだんと、一つの足音が遠くなっていく。
どうやら男は去ったらしい。
その証拠に、俺たちはビルベッドの拘束から解放された。
「すまん、痛かっただろう」
「あ、いや……大丈夫、です」
そう素直に謝られると、逆に言い辛い。
にしても何だったんだ?
ビルベッドは未だ周囲を警戒しているし。
もしや、こいつはだいぶヤバいやつなのか?
「……じきに日が暮れる。お前たち、宿は取ってるのか?」
俺とリィリスは顔を見合わせる。
あ、そういえば忘れてたな。
ここって、宿屋あったっけ。
見渡す限り、あるのは二つの検問所と、いくつかの武具屋。
あとは住民の家々。
その中に宿屋があればいいのだが……希望は薄い。
「まあ、そんなことだろうとは思っていた。今日は俺の家に泊まっていけ。ちょうど2部屋空きがある」
「いいのですか?」
「ああ。構わない」
それは何とも助かる話だ。
色々気になることはあれど、こんな願ってもない話を断る理由はなかった。
リィリスも、こくりと頷いている。
よし、そうだな。
俺はリィリスと共にビルベッドの家へお世話になることを決めた。
✤✤
案内されたビルベッドの家は、広場で見た民家と変わらなかった。
豆腐型の四角い建築で、粘土やレンガを基調として作られている。
ただ、家の中は生活感が溢れていた。
壁に沿って置かれた家具にはインテリアのように置物が置いてある。
男の一人暮らしにしては、意外と物がある印象だ。
「ソルと言ったか。お前はこっちの部屋を使え。リィリスはこっちの部屋を。何かあったら声をかけろ、俺は居間にいる」
端的に案内される。
一階建てにしては内装がとても広く、ざっと4部屋くらいありそうだった。
ビルベッドが用意してくれた部屋は、明らかに客間というより誰かの部屋だった。
埃をかぶっているが、生活感がある。
小さめのベッドに、本が積まれた机。おまけに羽ペンが置かれたペン立て。
(なんか、子供部屋みたいだな……)
質素ではあるが、温もりを感じるというか。
使っていいと言われたからには使うが、後々この部屋の主がいたと言われても不思議じゃない。
そうなった時のため、家具は動かさないでおこう。
ひとまず荷物を置いた俺は、隣にいるリィリスの部屋へ向かった。
「リィリス、ちょっといいか?」
ドアがない代わりに、部屋の入口には布がかかっていた。
ノック……はできないから、声をかける。
『レディの部屋に入るときはノックをせい!』と当初は怒られたものだ。
誰かは言わずもがな。
「はい、構いません」
「失礼しまーす……って、おお。こっちは結構広いんだな」
リィリスが宛てがわれたのは俺より一回り大きめの部屋。
俺が子供部屋としたら、こっちは大人部屋ってとこか。
だが、それよりももっと——
「……きっと、ビルベッドさんの奥様が使われていた部屋なのでしょう」
言われて納得する。
そうか、確かにこれは女性の部屋か。
「旦那様もそうでしたから」
旦那様……ああ、あの領主か。
言われてみれば、屋敷で倒れてたのは領主と息子以外にいなかった。
あの時は疑問に思わなかったが……つまりはそういうことだろう。
そして、きっとそれはビルベッドも同じ。
客間として提供したのがいい証拠だ。
「それにしても、何のご用ですか」
「え? あ、ああ、そうだった。いやー、この先どうしようかと思って。宿の目処が立ったのはいいけど、ここに滞在するわけにもいかねえ。ここらを見回るなり、策を練るなりしねえと。でさ、ひとつ聞きたいんだけど。さっき内から外回りに行くのがむずいって言ってたけど何でだ?」
まだ日が昇っている内に手立てを見つけないと。
今日は無理としても、せめて明日の朝イチで動きたい。
リィリスの隣に座る。
特に嫌そうな顔をされなかった。よかった。
「それは単純に、断崖が高すぎるからです」
リィリスはキッパリと言い切る。
「一番低くても200はあります。そうなっては、【天】の属性を使った飛行でしか降りられないでしょう。一応聞きますが、ソル様は創星術を扱えますか?」
「いんや、無理だな。ちなみにお前は?」
「無理ですね」
うーん、どうしたものか。
二つ目の手詰まりだ。
というか、そうか。断崖って言ってたもんな。高くなきゃおかしいか。
準2級以上が出張ってくるレベルの場所がそう単純なわけはなかった。
「……ビルベッドさんに相談してみる、とかは」
「彼を信用する理由がありません。宿を提供してくださったことに恩はありますが、彼は彼でも事情があるご様子。それは安易かと」
「……だよな」
そう、それは分かっている。
けれどリィリスが危惧するほどだろうか。
「ですが、ここらを見回るというのは賛成です。何か手掛かりが掴めるかもしれません」
イタズラを思いついた子供のような笑み。
そうと決まれば、話は早い。
俺たちは早速、ビルベッドにここらを見回りたい旨を伝えた。
だが、
「ダメだ」
と一蹴された。
「なぜですか?」
すかさずリィリスが問う。
この現状は彼女にとってもよろしくないのだろう、眉を寄せている。
だがビルベッドはそんな彼女に物怖じすることなく言う。
「言っただろう、ここらは子供だけじゃ危ない」
「ならあなたも付いて来ればよろしいのでは?」
「……」
おいおい、それじゃ本末転倒だろ!
と思うのだが、どうやら彼女には考えがあるようだった。
俺は黙ってことの終結を待つ。
「首を縦に振らないところを見るに、単に私どもの身を案じているわけではないようですね。口論になっていたあの男性……内容は分かりかねますが、人の目を避ける理由はあなた自身にあるのでは?」
リィリスの目が細められる。
緊迫した雰囲気に俺は息を呑んだ。
何か事情を抱えているとは思っていたが……やっぱり家族のことなのか?
俺たちが返答を待っていると、ビルベッドはひとつ息を吐いた。
そして立ち上がると、「ちょっと待ってろ」と言って家具の引き出しから一枚の紙を持ってきた。
「これは……」
ビルベッドが無言で見せてきた紙には人物画が描かれていた。
そこに描かれていたのは一人の少女。
ぱっちりと揃った前髪。
整った顔立ち。
タレ目の瞳。
上半身だけだが、それが綺麗な長髪であることを確信した。
どこかで見た——いや、見慣れた顔だった。
思わず呼吸が止まる。
俺の視線は釘付けになった。
「瓜二つだろう。お前と同じ金髪と金眼という話だが……あれからもう7年。今頃は20そこらの女性になっているだろう。さっき絡んできた男はギズーと言ってな。あいつ……いや、俺たちは7年前の一夜から、この子を探し続けている」
ビルベッドはリィリスを見ていた。
その本人は、驚きつつもすぐに冷静さを取り戻していた。
かという俺の頭は真っ白だった。




