第二十九話【メルディアンという少女のこと】
——私はいつ生まれてきたのかを知らない。
どちらかといえば、”いつ造られたか”という方が正しい。
けれども、そんなことはどうでもいい。
大切なのは、命令通りに生きること。
「——目が覚めましたか? メルディアン」
パチリ、と電源がつけられた機械のように意識が覚醒する。
目の前に一人の男がいた。
薄暗い室内で、どうやら椅子に拘束されているらしい私と、男は目線を合わせている。
白衣を着て、メガネをつけた深い紫色をした髪の男。
メガネを覆うモサモサとした前髪の一部は白い。実験の影響だと言っていた。
男は、”ケートス”と呼ばれていた。
ただ、それが本名であるかは定かじゃない。
何せそうやって呼ばれ始める前は違う名で呼ばれていたから。
「7年ぶりですね。その名を使い続けているとは、きっと先生も冥府で喜んでおられる事でしょう」
「……いいえ、私の名はメルディー。母様から頂いた名であり、私の罪を忘れないため。決してあなた達のためなんかではない」
「罪、ですか……随分人の心を持つようになりましたねえ。思えば、あの一件からでしたね。あなたが僕に逆らうようになったのは。先生の作品のさらなる進化をこの目で見ることができたのは彼のおかげ。先生の作品を盗んだことは万死に値しますが、きっかけを作って下さったことには感謝の意を示さねば」
しみじみと男は語る。
誰に聞かせるでもなく、鬱陶しく独り言を語る様は昔と変わらないようだ。
けれども、私が感じるようになった思いも願いも、この男から与えられたものじゃない。
全ては母様が与えてくれたもの。
決して、こいつらのお陰などではない。
——そうだ。
私は帰らねばならないのだ。
母様のもとに、ソルの元に。
きっと突然消えたことに対して、彼は色々勘繰ってしまうだろうから。
この三年、共に過ごして理解した。
ソルという人間の脆さを。彼は心がすり減った時、思考が否定的な方向に傾く。
感情の発露が一直線な彼は、その否定的な思考を是として思い込む。
加えて、彼はまだ本調子ではない。
きっとまだその余韻は続いているはずだ。
急いで帰らねば。その一心で体を動かす。
ガシャンと金属音がぶつかり合う。
——だが。
「ああ、暴れても無駄ですよ。四肢を切り落としましたから」
ハッとして、自身を見下ろす。
男の言う通り、硬い椅子の肘掛けや地面に触れているはずの四肢はない。
二の腕と太ももに、ぱっくりと断面が見えている。
痛ましさを感じさせないほど綺麗な肉の切断面。
「……っ」
痛みはない、痛みはないのだが——焦燥感が渦巻く。
これでは満足に星神術が使えない。
いや、星神術どころか星神力さえ満足に放てるかどうかすら。
「……今度は一体何をしでかすつもりですか。先月、キマイラという少年が【金の街】の国立病院を爆破し、夜巡隊に捕まったそうですね。これも、あなた方の計画の一部だと?」
「ええ、ええ——ええ! そうなのです、そうなのですよ!!」
突然、男は興奮したように声を荒げた。
「彼は僕の最高傑作だった!
だというのに、賜った力を全て発揮することもなく破れ去った!!
ああ、ああ……!
これでは先生と僕が作り上げた研究の全てが無に帰してしまう!
先生から受け継いだ椅子さえも!! そうなれば、そうなっては……!
許されざるは夜巡隊と共にいた、フィックスト学園の生徒ども!!」
ぞわりと、嫌な予感に背筋が震えた。
母様から事件の話は聞いていた。
何せその当事者を私はよく知っていたから。
男は散々喚いた後、呼吸を整えて私を見下げた。
メガネの奥から桃色の瞳が光る。
「ですが、あなたを再び迎えられたのは幸運でした……”コラプス”の適合者たるあなたなら、キマイラの席も埋められるでしょうから」
ああ、私はどこで間違えたのでしょうか。
どうか、どうか——私の大切な人たちが、私の手で壊される未来が来ませんように。
再び眠りにつく直前、願ったのはただそれだけだった。
✤✤
一人の少女について考える。
名前はメルディアン。愛称をメルディー。
腰まで伸びた金髪に、垂れ目な金色の瞳。
身長は俺より低く、ミルキールより高い。
身内であれ他人であれ敬語口調。
ただそこにある温度は、しっかりと感じ取れる。
目の前で、そんな彼女のことを語る少女がいる。
しかも、その見た目はメルディーとそっくり。
生き別れの姉妹と言われれば信じられるほどに。
「7年前、博士は先代から受け継いだメルディアンという完全体を失いました。私や、私のように闇市で売買を繰り返されている人造人間は、元々彼女をベースとして作られた模倣品——イミテーション・タイプ」
「4年前までこの街じゃ、領主みてえな金のある上流階級の間でその手の売買が横行してたんだ。
そのきっかけこそ、嬢ちゃんを保護した7年前の事件。
”人造の儀”を元にした人体実験……いや、人造人間の開発か。
その痕跡がサンド地区にある遺跡で見つかったんだ。
主犯は国務機関に勤めてた男で、わずか14歳でスカウトされた天才。
摘発のどさくさに紛れ、そいつは人造人間の何割かを闇市に売り流した」
ベッドの淵に腰掛ける彼女の真向かいで、俺も同じようにベッドに座っている。
そんな隣でスベギライスが話を聞きつつ、補足を説明している。
とはいえ、根深い事情を色々聞かされ混乱してきた。
俺は二人の話を脳内で反芻し、咀嚼する。
「……つまりメルディーは7年前ミルキールに保護されて、お前は4年前摘発のどさくさで闇市へ流された……ってことか?」
「ええ。博士は何よりも自身の研究を途中で放棄させることを許さない方だったので。どんな形であれ、残るのならばと」
とても熱心なやつだったんだな。
ま、尊敬はしないが。
俺はその中で一つの言葉が引っかかった。
『”人造の儀”』
その言い方は、”転生の儀”と同じ。
この世界で星神力を行使するものは、基本的に『XX術』として明記される。
創生術や創星術、星神術もそうだ。
だが例外もあった。それは俺が何度も聞いてきた言葉——”転生の儀”。
引きこもる以前、図書館へ通い続けた俺はその疑問へと辿り着いた。
なぜ、同じく星神力を行使する術なのに表記が違うのか。
答えは単純。
人の理を超えた術であること。
発動の規模であれ、その条件であれ。
発動させてしまえば人の枠を越える——だから人では完全な術として発動はできない。
故に犠牲は避けられない。そのための禁忌なのだと。
そうミルキールは言っていた。
俺は思わずスベギライスを見上げた。
もしかして、と。
彼は視線の意味に気づいたのか、俺と目を合わせ頷いた。
——ビンゴだ。
”人造の儀”とやらもこの世界では禁忌として扱われる術みたいだ。
話の流れから察するに、人の手で人を造り出すというものなのだろう。
ただ、ゆうはちゃんが致命傷を負っても尚、生きてた点を踏まえてもミルキールの話は正しい。
キマイラのやつも、エイナさんに背中と腹をばっくり斬られていたっけ。
そんな状態でも存命だったのは、核が無事だったおかげ。
理由はしっかりしている。
が、なぜか解せない何かがあった。
「……なあ、思うんだが。そいつがどんだけの天才だとしても、結局実験は失敗続きなんだよな?」
「そうですね。でなければ私のような存在が何体も流通していません」
「だよな……じゃあ一つ聞くが。メルディーにも核はあるのか? どんなに怪我を負っても核が無事な限り、生き続けられる?」
「ええ。何せ彼女は人造人間ですから」
「……? 何が言いたいんだ、ソル」
スベギライスが眉を寄せる。
少女も首を傾げていた。
「研究を途中で放り出すことを良しとしねえ完璧主義の人間が、”完全体”っつー名称を易々使うとは思えねえ。けど、メルディーはそう呼ばれてる。矛盾してんじゃねえかって話だよ」
思い返せば、俺はミルキールに保護されてからいくらか身長は伸びた。
もうとっくに二人の身長は追い越しているし、170センチだって夢じゃない。
けど、メルディーは出会った時から変わらない。
成長期云々の話をされたらお手上げだが、今回に至っては人造人間としての特徴でもあるのだろう。
言い換えれば、メルディーは成長しない人間。
核が無事な限り、どんなに怪我が重症でも命に関わることはないとされる。
言いたくはないが、そういう者を世間では”人間”と呼称しないだろう。
そんな、完璧な人間とは呼べないメルディーを”完全体”と呼称する理由。
それが違和感だった。
俺は少女を見た。
少女は一瞬目を見開いた後、薄く微笑んだ。
その回答を待っていたと言うように。
やっぱり、この子は何かを知っている。
「——まあ待てよ、お前ら」
その時。
極めて明るい口調で、スベギライスが割って入った。
「ここで色々話ちまうのは簡単だ。けど、今回の件は俺たちにとっても嬢ちゃんにとっても想定外。こんな形で知られるのは本意じゃないはずだ。特に相手がお前じゃあな」
スベギライスは曖昧な笑みをしていた。
まるでメルディーを庇うかのように。
俺は未だ整理のできない感情に、居心地の悪さを感じた。
「俺はまあ、ミルキールさんの友人っつーか同僚っつーか……そんな間柄だけどよ。こんな俺でも分かるんだ。一番身近にいたお前が気づいてないハズがねえ。分かってんだろ? 嬢ちゃんは騙したわけじゃないって。ただ、お前を巻き込みたくなかったっだけだってよ」
——ああ、分かっていたさ。
だってこの3年間、俺を助けてくれたのはいつだってメルディーだ。
昨日だって、酷いことを言ったはずなのに話を聞いてくれた。
ずっとずっと、俺は助けられていた。
でも、だからこそ、気に食わない。
「お前は裏切られたことに怒ったんじゃない。肝心な時に頼ってくれなかったことに怒ってんだ。悔しいんだよ、そんなに俺は頼りないのかってな」
分かったような口を聞きやがって。
そう思うが、言い返せない。
何せスベギライスの言ったことは事実だ。
俺がしんどい時はそばにいるくせに、自分の事となると遠ざける。
そりゃ、準一級のメルディーに比べりゃ弱っちいけどよ。
最近じゃこの世界のことも色々分かってきて、入学したてと違って星神力の扱いにも慣れてきた。
……それに、新たに得た力もある。
できることは少ないだろうが、何もできないわけじゃない。
少しくらい、俺だって。
「ほんっと、お前ら姉弟だなあ」
「……うわっ——何すんだよ!」
スベギライスの手が乱暴に俺の頭を乱した。
わしゃわしゃと頭を撫でられる。
突然のことに驚きつつも、不思議と嫌な感情は湧かなかった。
「……って、いつまでやってんだ! いい加減にしろ!!」
バッと手を払いのける。
嫌な気はしないとはいえ、ずっとやっていい訳ではない。
スベギライスは「わりい、わりい」と言うが、絶対思ってない。
笑ってるし。
「でも良かったぜ。調子戻ったな」
「……別に、俺はいつも通りだっつーの」
そうだ、俺はいつも通り。
ただちょっと、心にくる出来事が重なってただけで。
とはいえ、スベギライスはそんな考えさえお見通しと言うように、軽く笑った。
ついでに頭をポンポンと撫でられた。
だからやめろっての。
「なあソル、お前はどうしたい?」
隣で俺を見下ろす顔は、とても穏やかだった。
さっきまでのからかいも、気楽さもない。
ただ真っ直ぐに俺を見ている。
「……あいつに、直接聞きに行く。
俺ばっかり知られてんのは不公平だし。
それに俺、まだメルディーに教えてねえ。
……あいつが教えてくれって言ったのによ。
なのに勝手にいなくなりやがって。
だから言いに行く。
俺自身のこと、俺が何を思ってたのか」
何を言ったって、もう聞いてやんねえからな。
だって最初に言い分を無視したのは向こうだ。
だからこっちが勝手をしてもおあいこだ。
「……だから、君にも、手伝って欲しい。俺のわがままで、見返りなんてねえけど」
「何をおっしゃいますか。あなたにはご主人様と旦那様の恩があります。返すのは私の方です」
手を伸ばすと、少女は不思議そうな顔をした。
俺は思わず面食らう。
けど、それと同時に嬉しかった。
きっと彼女がいなきゃ事は運ばないから。
「っし、決まりだな。んじゃあさっそく——」
「いえ、スベギライス様はここで応援を呼んでください」
「…………えぇ?」
気持ちを新たに手を打ち合わせたスベギライスだったが、それは無情にもストップをかけられた。
少女は雰囲気に流される事なく、至って冷静だ。
「夜巡隊……もしくは協会から術者の応援を頼みたいのです。私共ではまともに取り合っていただけないでしょう。それに、博士はとても狡猾な方。一方の退路を塞いだ程度では簡単に逃げおおせるでしょう」
確かに、二人の話を聞く限りじゃ博士とやらは二回もの追跡を逃れている。
一筋縄でいないのは確かだろう。
「ですから、私とソル様で先に遺跡へ偵察に向かいます。博士の動向だけでも把握しておく必要がありますから」
「それは、そうだろうけどよ……」
「ご安心ください。ソル様は私がお守りいたしますから」
「普通逆じゃねえ?」
少女の実力はわからない。
だが、絵面的に俺が少女を守る方が合っているだろうに。
が、口ぶりからしてきっと俺が一番下なんだろう。くそう。
「ほんとなら止めるべきなんだろうが……言っても聞かねえか。分かったよ。ただ無茶はするな。お前らに何かあっちゃ、司祭としても友人としても合わせる顔がなくなっちまう」
「わーってるって。それにボロボロのまま会ったら、メルディーに何言われるかわかんねえし」
ケロッとした様子で「年相応にはしゃいだのですね」なんて言われかねない。
いや、そんな調子であればいい。
まさか、あいつの皮肉が愛おしくなる日が来るとはな。




