第二十七話【忽然と消えるもの】
人造人間——それは星神力を核として作られた、人であって人でない者。
その存在と出会ったのは、つい数ヶ月前。
俺を殺そうとした少年と、俺が助けようとした少女。
言われるまで彼女らが人間ではないと分からなかった。
だとするなら——。
俺は隣で座り込む金髪の少女を見た。
メルディーと瓜二つな横顔に、ヒヤリとしたものが背筋を伝った。
(……いや、俺は何を怯えてる?)
そうだ。俺は知っているじゃないか。
どんな生い立ちを抱えていようとも、懸命に生きようとしている少女のことを。
その笑顔を、その温もりを——俺は知っている。
だから、たとえ彼女たちの存在が何であれ関係はない。
名前も知らないこの子はこの子のまま。
メルディーはメルディーのままだ。
突然のことで動揺してしまったが、考えれば単純なことだった。
そして自ずと俺は少年を睨み上げた。
少年との睨み合いが続く。
どうやら向こうも謝る気はないらしい。
ならばここは、力づくでも謝らせるか。
何せ先に暴力を振るってきたのは向こうだ。
人にやっておいて自分は音沙汰なしとはいかないし、させない。
俺は片手に星神力を集中させた。
「……! ソル、何を——」
「——おい! 何やってるベーブ!!」
突然、屋敷のドアが開け放たれた。
その音と同時に、これまた知らない男が屋敷から出てきた。
「うわっ、と、父さん……」
男は少年と同じく小太りで、ズカズカと俺たちの間を割って入った。
「まさかそいつを家の外に出したのか!? あれほど人の目につけるなと言っただろう!!」
少年の肩を両手で揺さぶり、すごい剣幕で叱りつける。
その威圧っぷりに、すっかり縮こまってしまった少年は視線を彷徨わせた。
「で、でも父さん……僕の実験道具が切れちゃって……お、おやつもなくって……だから、その」
「そんなくだらないことで……っ!! こいつを買うのにいくら出したと思ってる! これがもし奴にバレでもしたら……」
男の剣幕に驚いた俺は、途端に怒りが冷める。
やつ? やつとは誰だ?
それに『こいつを買う』って……まさかこの子を?
あり得ない話ではないだろうと、冷静さを取り戻した俺の脳は告げる。
何せ異世界で死んだやつの魂を召喚する術なんてあるのだ。
薄暗い話の一つや二つ、ないという方が不自然だ。
……しかし。
それが納得できるかどうかは別問題。
俺は男を睨んだ。
「——あー、オホン! ちょっといいっすかね?」
親子喧嘩を仲裁したのは他でもないスベギライスだった。
今まで棒立ちを決めていた様子の彼は、じっと親子を見た。
彼の存在に気づいたらしい父親は、さぁっと顔を青くした。
「お、おま——い、いや、なぜ貴方様がここに!? こんな辺境の田舎に何の御用でしょうか……!!」
突然態度を変え、手揉みをする父親。
見え透いた繕いに、もはやため息すら出ない。
「いやな? お前んところのお嬢さんが困っていたからつい。民を助けるのも司祭の仕事。ただまあ、小さい嬢ちゃんにこんな大荷物は持たせちゃなんねえと言いに来ただけなんだが……この嬢ちゃんが、何だって?」
「い、いい、いいえ! この娘は親戚の子でしてね! 訳あって預かっているのですよ! ははは、まだ慣れないのかニコリともしなくて……おかげで息子がふざけ半分で呼称したに過ぎませぬ! これは我が家の問題、司祭様の手を煩わせるほどのことではございません!」
苦しい言い訳だ。
必死に弁明する姿は滑稽としか言いようもない。
誰だって、その言葉が嘘であると分かる。
父親はどうにかして俺たちを帰らせたい事情があるらしい。
当然、帰ってやる気など毛頭ない。
どうやらスベギライスもその気のようで、ニコリと微笑む目が笑っていない。
いいぞスベギライス。
そのまま職権濫用でも何でもしてしまえ!
冗談混じりに——いや、本音八割といった具合に思っていた。
けれどもそんな期待の眼差しは、一つの背によって遮られた。
「——そうですか。それは失礼いたしました。家族の問題に口を出してしまい、申し訳ありません。……スベギライス様、ソル、もう行きましょう。このままではクレイ地区へ着く前に日が暮れてしまいます」
「……いいのか?」
スベギライスの問いに、メルディーは無言で頷いた。
それを見たスベギライスは、頭をガシガシと掻いて踵を返した。
おい待て。なんで立ち去る!?
その子を助けるんじゃなかったのかスベギライス!
「——っ、メルディー!?」
呆気に取られていると、片腕をグッと引っ張り上げられた。
そのままの勢いで立ち上がると、今度は腕を引かれる。
納得も理解もできない俺をよそに、メルディーとスベギライスはその場を後にしようとする。
「待て……っ、おい待てって!」
「……」
どれだけ足掻こうともびくともしない。
どころか、踏ん張ってもズルズルと引きずられる始末。
メルディーってこんなに力強かったか!?
いや、確か三年前の特訓でも気絶した俺を運ぶのはいつもメルディーだったような……
って、そんなことはどうでもいい!!
「おいメルディー! いい加減に……」
「——ソル、あなたはこのまま屋敷に帰ってください」
「し、ろ……——は?」
俺は耳を疑った。
突然立ち止まったかと思えば、メルディーは俯きざまに言った。
気づけば俺は街中まで引きずられていた。
腕を掴んでいたメルディーの手からは力が抜け、そのまま真っ直ぐに項垂れる。
「な——! 何言ってんだよ! このまま帰れ!? 帰る訳ねえだろ! せめてあのガキを一発ぶん殴って……!!」
「帰ってください」
「……っ、せめて理由を言えよ! あの子もゆうはちゃんと同じかもしれねえ! 何も知らないまま、はいそうですかって帰れるほど俺が聞き分け良くないこと知ってんだろ!?」
「理由は言えません。言ったら、あなたは余計に帰らないでしょう」
「は、だったら余計に帰る道理はねえな! それになあメルディー、俺が帰らなくなる訳ってのは、言っちまえばそりゃあ——」
「——はいはいお二人さん。ちょーっとそこら辺でやめとこうか。続きは宿で、な?」
「……」
「……」
言い合う俺たちの間を手刀で割くスベギライス。
彼の視線の先には、俺たちを見る通行人の姿。
どうやらだいぶ目立っていたらしい。
それもそうか、真っ昼間の往来で口喧嘩など目立たない訳がない。
そして、スベギライスが指差す先には宿屋。
俺はメルディーと目を合わせることなく、宿屋へ向かった。
訪れた宿屋は本来予定していた隣のクレイ地区ではなく、屋敷のあるシルト地区の北東部だった。
「これはこれはスベギライス様! 本日はどのようなご用件でしょうか」
宿に着くや否や、宿屋の男は引き攣った面持ちで笑みを向けてきた。
そりゃ誰だって、突然街のトップがやってきたら驚くものだ。
「用っつーかな。3人分の宿を取りたいんだが。ああ、一泊でいい。空いてるか?」
「そ、それはもちろんご用意できますが……その、スベギライス様もご一緒されるのですか?」
「ああ。なんてったって今日はお忍びだ。内密に頼むぜ」
「そ……! それは畏まりました! ええ、ええ。最上級の部屋をご用意させていただきますとも!」
「うーん……普通のでいいんだが」
困ったように笑うスベギライス。
意外と感覚は庶民派なのかもしれない。
「……で、俺の部屋に何でスベギライスさんがいるんですか」
「嬢ちゃんと一緒はまずいだろ? それに男同士たまにはゆっくり語り合いたいこともあるだろうと思ってな」
「いや、そうじゃなくて! 1人1部屋じゃなかったかって……! ……聞いてん、ですよ」
「ははは。いいぜ敬語じゃなくて。近所の兄ちゃんと思ってくれ。立場的には似たようなもんだろ?」
「そう……すかね。んじゃあ、まあ……はい」
近所の兄ちゃんか……ミルキールの屋敷から祭殿までは確かに遠くはない。
とはいえ近いと言える距離でもなかった気がするが。
まあ、彼が言っているのはそういうことではない。
そうではないのだが……
(——気まずい)
いくら彼がそう望んでいたとしても、本人の素養や立場というものもある。
色々と聞きたいことこそあれど、それができれば苦労はしないというもの。
ベッドの淵に腰掛けた俺はどうしたものかと視線を彷徨わせた。
「あーあ! こういうことなら、司祭になんてなるんじゃなかったぜ。人と満足に話せもしねえ!」
「……え?」
スベギライスは腕を大きく広げ、そのまま上半身を仰向けにベッドへダイブした。
司祭の威厳とはかけ離れた姿と言葉に、俺は目を丸くした。
「一ヶ月くらい前だったかな。【金の街】で保護した女の子いただろ? あの子に話を聞きに行ったんだ。けどぜーんぜん口を開いてくれなかったんだよ。そりゃ、後ろに怖え顔したおっさんが何人もいたら、気を許すも何もねえんだろうけどさ」
それはエイナさんが言っていた時のことだろう。
結局、協会側はゆうはちゃんから情報を得られなかったと聞く。
「司祭ってのは、神輿みたいなもんなんだよ。実際街の運営を担ってんのは助祭長やら助祭の連中で、司祭はただのハリボテ。まあその中でも、ちゃんと街のことを司祭が管理してるとこもあるんだが……俺は違ったよ。司祭になったのも家の名誉のためだとか、そんな理由で。そりゃ俺も、なったばっかの頃は俺自身の手で街をよくしていくんだ! って息巻いてたんだけど」
「ふと思ったんだけど。スベギライスさんは司祭になって何年経つんだ? 歳とか」
「俺は24だ。今年でちょうど5年目になるかな」
ということは、司祭になったのは十九の時か。
今から四年後なんて想像もできないが、あと四年で一つの街を背負えと言われる方がピンとこない。
(……いや、もしかしたら俺もこの人みたいになってたのかもな)
転生の儀なんてものが起こらなければ、ソルという少年は順当に【地の街】の司祭になっていたのだろう。
たとえそこに俺が居なくとも、そうなっていた未来があった。
「……俺はただ、見上げられるだけの神輿じゃなくて、その重い神輿を一緒に背負う存在になりたかっただけなのにな」
エイナさんはああ言っていたが、俺にはどうもこの人がそんな悪い人だとは思えない。
俺を助けてくれた恩もあるわけだし……少なからず、信用はしていい気がする。
「さ、もう寝ろ。明日はどうせ朝一から動くんだろ? まだまだ子供なんだからよ、食って寝ることが一番だ」
子供とは心外な。
とはいえ、確かに二十四歳からしてみれば十五なんて子供もいいとこだ。
仕方ないと思い、ベッドへ横になる。
するとなぜか体が重くなった。
どうやら自覚していた以上に疲れていたらしい。
息を吐くと、そのまま瞼を閉じた。
——翌朝。
朝日と共に俺は目が覚めた。
窓からは朝日が差している。
隣のベッドから、スベギライスがぐーすかと寝ている呼吸音が聞こえた。
(メルディーは……もう起きてっかな)
この宿には時計がない。
未だ高級品として扱われる時計は、俺も屋敷や学園でしか見た覚えはなかった。
寝ぼけた頭でそんなことを考えつつ、俺は部屋を出た。
(今日は確かクレイへ行くんだっけ?)
昨日の一件が未だ脳裏をチラつく中、傷心旅行という本来の目的の方も頭にあった。
再び帰れと言われるのか、それとも旅行を続けるのか。
おそらくその采配はメルディーが決めるのだろう。
そこらへんも確認しとかないと。
まだ大抵の人は寝ているのだろうか、宿はとても静かだった。
だから、きっと気づけたはずなんだ。
でもその時の俺は寝ぼけていた。
いつも起こしにくるメルディーが来なくて、きっと俺の中でのルーティーンが崩れていたんだ。
「メルディー、起きてるか?」
ノックをする。
だが、応答はない。
「……メルディー?」
もう一度声をかける。
やはり応答はない。
(寝てるのか?)
昨日は様子がおかしかったし、疲れていたのかもしれない。
そこで俺は閃いた。たまには俺が起こしてやろうと。
いつも起こされている側の俺が行けば、きっとメルディーも驚くに違いない。
ドアノブを握った。
その冷たさが、なぜか鮮明に伝わった。
ドアを引く。廊下とは違った空気が鼻をくすぐった。
「………………は」
俺はただ目の前の光景を疑った。
——何もなかったのだ。
持ってきた荷物や道中で買ったお土産さえ。
あるのは、ベッドや机といった家具だけ。
そう。そこには人影の一つすら、なかったのだ。




