第二十六話【瓜二つの少女】
丘を下り、東へ少し進めば集落に隣接した大きな市場がある。
そこが【土の街】の中心部、シルト地区。街にある四つの地区の一つだ。
中心部というだけあって、民家よりも市場や宿屋が多い。
俺がメルディーと串焼きを食べた場所だ。
「んで、次はどこ回るんだよ」
「そうですね。このまま東へ行ってクレイ地区を通り、最東端のサンド地区を目指します。そこで遺跡等を観光した後、帰りは南にあるローム地区を通り、このシルト地区へと戻ってくる予定です」
「本当に一周する気なんだな……」
「ええ。ですがその前に祭殿へ寄ります。今から行けば、待ち合わせ時間に合致するかと」
「は、祭殿? なんでんなとこに」
祭殿——それは司祭が民の祈りを神へ捧げる場所。
母さんが転生の儀を行った場所でもある。
とまあ、俺にとっては色々嫌な思い出のある場所だが——今の懸念はそれじゃない。
司祭と星神術者協会には強固な繋がりがある。
俺にした司法所での裁判もそうだが、最近ではゆうはちゃんの件もある。
特筆して何かをしたという訳ではないが、夜巡隊が保護しなければ俺の二の舞になっていたことだろう。
根掘り葉掘りゆうはちゃんに尋問していたのがいい証拠だ。
「……ん? てか、祭殿で待ち合わせ? おいおい、まさかその待ち合わせの相手って……」
嫌な予感がする。
この話の流れで該当する人物などただ一人。
「——よぉソル! 嬢ちゃんも久しぶり」
「はい、お久しぶりですスベギライス様」
相変わらず無造作に結えた橙色の髪に、しば犬のような笑顔を見せるこの男。
そう。【土の街】司祭、スベギライス・タイタンその人である。
なぜだ、なぜこうなった。
今の俺にとって、この人は一番会いたくなかった人物なのだ。
何を隠そう、スベギライス・タイタンという男は俺とゆうはちゃんの件——その両方に関わっていた。
だからこそ、信用すべきか否か値踏みしている最中だったのだ。
「ミルキールさんから聞いた時は驚いたぜ。まさかお前が引きこもっちまうとはなあ。その様子じゃ、ちったぁ回復したみたいだな?」
「……傷心中なのは変わりないんすけど。てかメルディー、待ち合わせていたのってスベギライス……さんなのか?」
「はい。この方を護衛として付けること、それがこの傷心旅行で母様が提示した条件です」
条件……ということは、ミルキールはこの旅行に反対だったのか?
その割には、「おお、楽しんでこい」と気楽に送り出されたはずだが。
まあ、【金の街】での件といい、最近の世の中は少し物騒だ。
ミルキールが懸念するのも分かる気がする。
とはいえ、側にはスベギライスがついている。
問題はない、と願いたい。
「人使い荒いよな、あの人。俺、これでも司祭だぜ? この街で一番偉いはずなんだがな」
ははは、と軽く笑うスベギライスさん。
いいのかそれで、と思いつつ俺はとある違和感を感じた。
(しかしまあ、この人……こんな感じの人だったか? 司法所じゃ、俺のこと『くん』付けだった。それにもっと……もっと軽いノリの人だった気がする)
いや、今でも十分ノリは軽いのだが。
司法所で感じた司祭としての威厳のような……奥ゆかしさが増した気がする。
この三年で箔でもついたのだろうか。
ま、分からないことを自問しても意味はない。
今はただこの人を見極める材料を増やす機会を得たと考えるのが一番だろう。
「それで嬢ちゃん。まずはどこに行くんだ? 今さっきの連絡だったから、何するか全然知らねえんだけど」
「これからローム地区に向かいます。そこで昼食を確保し、サンド地区へ向かう予定です」
「へえ、サンドにね。つってもそこまで行くのにだいぶ距離があるだろ? ロームは今日中に着けるとしても……日が暮れちまうか。宿でも取るのか?」
「ええ、その予定です。スベギライス様もご一緒されますか?」
「おうともよ。でなきゃ、何のための護衛だってあの人にドヤされちまう。……それに、たまには民の生活を見ておくのも司祭としての仕事だからな」
トントン拍子に話が進んだ結果、連れられてきたのはシルト地区の北東部。
さっきいた場所より人の往来は落ち着き、住宅が並ぶ街並みへと変わった。
その際、いろいろな人間がスベギライスを目にしては手を振った。
司祭様、司祭様、と笑顔を向けていた。
「どうかこれをもらっておくれ」
「これも食べてってくださいな」
「この前は野獣に荒らされた畑を直してくれてありがとう!」
曰く——この国、この世界での神への信仰は星神力の行使にある。
神からの恩寵で、この世界を発展させる。
技術の進歩、国への貢献、人助け——その手は様々だが、結果は一つへ収束する。
だからこそ、民からの賞賛は司祭の偉業そのものを示す。
「すごいですね、スベギライス様。ここまで慕われる司祭様は見たことがありません。この文化の礎を築いたとされる初代の司祭様方でさえ、その最後は民からの闇討ちだったとされていますし」
「へえ、そうなのか。闇討ちって聞くと独裁者のイメージだが……そんなのが各街のトップやってちゃ、内ゲバでとっくにこの国は瓦解してるか」
「ええ。色々な説は見られますが……人民からの信仰はあまり良好とは言えなかったそうです。しかしというか、そんな状況だったからこそと言いますか……各街の司祭様たちの結束は強固なものであったと聞きます」
「ふーん。じゃあ今とは真逆だな」
今の司祭たちはどちらかというと、独立して街々を運営している。
【地の街】にいた頃も、他の街の司祭が会いに来る場面なんて見たことがなかった。
いや、俺が知らぬ間に会っていたのかもしれないが。
とはいえ、そんな状態は”結束”という言葉とは真反対だ。
ただ、初代の方々と違うのは司祭の慕われ方もそうだろう。
スベギライスを見れば一目瞭然だろうが、俺も【地の街】にいた頃は司祭の息子というだけでチヤホヤされたものだ。
だが歩くたびに声をかけられるほどではなかった。
彼も彼で、嫌そうな顔一つせず真摯に住民へ向かい合っている。
きっと慕われているのはその人柄もあってこそだろう。
とはいえ、このペースで進んだら四日どころか一週間あっても足りない。
その証拠に……
隣に在らせられるメルディアンさんがそろそろお怒りだ。
早く戻って来てくれスベギライス。
俺に八つ当たりが来る前に……!!
「——うおっ」
そんなとき、突然何かが背中を押した。
つんのめりながらも、その後方を見るとそこにいたのは一人の頭巾。
「大丈夫ですか、ソル」
「あ、ああ。俺は平気だけど……」
俺の目線の先に気づいたのか、メルディーも背後へ視線を向けた。
薄緑のくたびれたマントの頭頂部が見える。
俺の肩くらいの身長で、どう見ても子供だ。
「あー、っと。大丈夫か? 悪いな、俺も前を見てな——」
そこで、息が止まる。
視線を合わせてその子が少女か少年か確認しようとしたのだ。
ついでに、その頭を撫でて安心させようともした。
けれどその手すら空中で止まる。
なぜなら、そこにいた少女は金髪金眼で——メルディーと、瓜二つだったのだから。
✤✤
「……えっと、つまりこの子はメルディーとは無関係……知らない子ってことか?」
「……はい」
驚いた俺に対して、メルディーは知り合いであることを否定した。
それにしては浮かない顔だ。
これで何もないと言われてもダチョウだって騙されないだろう。
一方で、フードをとった金髪の少女は眉ひとつ動かさない無表情。
まるで初めて出会った頃のメルディーのようだ。
そんな点さえ、ますます似ている。
ただ、唯一違うのは髪型くらいで、腰まで髪を伸ばしたメルディーとは裏腹に少女は肩の長さに切り揃えられた短髪だ。
「——おーいお前ら! 悪かった、足止めしちまって……って、何してんだ?」
民衆からやっと解放されたらしいスベギライスがやってきた。
俺とメルディーと少女を順に見ると、どう理解したのか知らないが、とりあえず何かを察したらしい。
そして少女の顔を覗き込むと、彼もまた俺と同じ反応を見せた。
ただ違ったのは、目を見開いた直後——彼が顔を顰めた点だ。
「あー……くそ、ミルキールさんにどやされたくねえんだけど。とりあえず二人目の嬢ちゃん、名前を教えてもらっていいか?」
「……ご主人様からは『メイド』『召使い』『愚図』『のろま』『役立たず』と、様々な呼び名をいただいております」
それは名前と言うのだろうか。
それとも顔に似合わず冗談を繰り出したつもりか?
……わからない。
が、今の俺たちは顔を顰める他なかった。
「あの、そろそろよろしいでしょうか。ご主人様からの命を果たす最中ですので」
命を果たすだなんて大袈裟な——と、言うわけでもないらしい。
なぜか一層メルディーの顔色が悪い。
似た者同士、その言葉の重要性が分かる……のだろうか。本人は他人と言い張っているが。
「じゃあ俺たちにも手伝わせてくれよ」
「……え?」
「足止めしちまった詫びだと思ってさ。俺たち今日一日暇だし……何をするかは分かんないけど、時には人手ってのは役立つもんだぜ?」
メルディーには悪いが、俺にはどうもこの子が気がかりでならない。
このままこの子と別れては、満足な傷心旅行にしこりが残ってしまう。
それでは本末転倒だ。
少女は数秒視線を漂わせた後——こくり、と小さく頷いた。
「……えーっと、ヤッカの実を5つに、ミナシ草を4枚……うん、ピッタリあるな」
端的に言えば、少女が頼まれていたのはお使いだった。
およそ八歳くらいの少女に頼む量ではないが。
俺は少女に渡されたメモ通りのものを買い終えると、待ち合わせ場所へと赴いた。
そこには未だ見知った顔はおらず。
どうやら一番乗りは俺らしい。
とはいえ、俺が一番簡単な買い物だったのは事実。
ヤッカの実もミナシ草も、どの街でも買える品なのだ。
それぞれどこへ行ったのだろうか……と周囲を見渡した。
その時。偶然にも俺は、その人影を見つけたのだ。
路地裏にいた、見慣れた二人の人影を。
そこにいたのは、やはりメルディーとスベギライスで、俺は何をしているのだろうと路地裏へ近づいた。
けれどなぜかその中へ入っていこうとは思えなかった。
それは路地裏の雰囲気が不気味だったことよりも——単純に、二人の会話が気になったためである。
「……どうか、頼みます。スベギライス様」
「しかしなあ嬢ちゃん。何も知らなかったことを悔やむのがあいつだろ?」
「それでも、です。いえ……そうならないように隠し通してみせます。ですからもし何かあったら、ソルを頼みます。あの子を巻き込むわけにはいかないのです」
俺を巻き込む? どう言う意味だ?
この傷心旅行を企画したのはメルディーだし、あの子の手伝いをしようと言い出したのは俺だ。
どちらかと言えば、巻き込んだのは俺の方じゃないのか?
さっきからこの状況に理解が追いついていないのが俺だけな気がする。
メルディーもスベギライスも何か知っているような——というか、少女と知り合いなのかも知れない。
そんな疑念を抱え、路地裏から離れた俺は、買い物を終えた少女を見つけた。
少女は布の生地を抱えていた。
「君はさ、メルディー……金髪のお姉ちゃんと本当に知り合いじゃないのか?」
「……メルディー、それがあの方の名前ですか」
「おう、そうだぜ」
俺の返答に、女の子は視線を下げた。
やはり、聞き覚えがあったのだろうか?
もしかして、生き別れの姉妹……だったとか?
あり得なくはない。
思えば、俺はメルディーのこともミルキールのことも知らなすぎる。
血の繋がりがないとはいえ、俺たちは家族だ。少なくとも俺はそう思っている。
メルディーは、どうなのだろう。
二人の事情を知らないが、きっとミルキールとメルディーにも血のつながりはない。
それでもメルディーはミルキールを母と慕っているし、ミルキールもメルディーには人並み以上の信頼を置いている気がする。
「……あの」
遠慮がちに、少女が声を上げた。
「あの方をどう思っておられますか?」
「あの方、ってメルディーを?」
「はい」
そう言われると、何とも言い難い。
主に小っ恥ずかしいという方面で、だ。
クオールにメルディーとの関係を”姉”と呼称された時は驚いた。
けれど違和感は感じなかった。
ただ、あいつは姉というより”お母さん”という呼称の方が合っている気がする。
普段の光景を見るに、ミルキールは母というより父的な役割の印象が近い。
ほら、よくメルディーに怒られているところとか。
少なくとも、【地の街】での両親はそんな関係だった。
とはいえ、それを改まって口にするのはこそばゆい。
本人がいないとはいえだ。
「あの方はどのような生き方をしているのですか?」
なかなか口に出せずにいると、少女は質問を変えてきた。
まるで初めて希望を見出したかのような瞳だった。
淡々と受け答えをしていた少女が見せた、初めての変化。
「……んー、そうだな。少なくとも、俺から見たメルディーは毎日が楽しそうだな。朝飯作ったり、学園に通ったり。本人も言ってたが、あいつ的にはそんな当たり前が大切らしいし」
そんな俺の答えを少女は興味深そうに聞いていた。
そして、そんな少女が言った最後の質問。
「当たり前が、大切……あの、最後に一つ聞いてもいいでしょうか。
あの方は……一体何を命じられているのですか?」
その言葉の正体を、俺は知らなかった。
✤✤
それから——何事もなかったようにやってきたメルディーとスベギライスたちと合流した。
四人分の荷物は、すっかり少女一人で持てる量ではなくなっていた。
というか、少女が抱える布の生地でさえ顔を越している。
「家はどこなんだ? その量じゃ一人で運べないだろ? ついでだから持ってくよ」
「ここから少し北に行った場所です……ありがとうございます」
だんだんと警戒がほぐれていったのか、少女は小さく頭を下げた。
だが俺の脳裏には、少女がした最後の質問がこびりついていた。
少女が案内したのは、とある集落。
ポツポツと家があって、そのどれもが畑を持っている。
さすがは【土の街】といったところだろう。
畑を耕す人や、駆け回る子供。至って平凡な村といった具合だ。
その中で一際目立つ家があった。
歩き際に見かける家々より一回りは大きく、屋敷といった風貌だ。
それに加え、周囲にあるのは畑ではなく庭。
見るからに、この村で一番偉い人が住んでいると分かる。
(ま、ミルキールの屋敷ほどじゃないな)
それはそうだろう、というツッコミはなしとする。
そして案の定、少女が向かったのはその屋敷だった。
「——遅いぞ! このノロマ!! 午後のおやつタイムまでに買ってこいと言っただろ! 2分も過ぎてるじゃないか!!」
聞こえてきたのは金切り声で叫ぶ少年の声。
屋敷の目の前には仁王立ちする小太りな男児がいた。
「申し訳ありませ——」
瞬間、目の前に光が散った。
ドガッ——という鈍い音と共に土埃が舞う。
数メートル先で少女が吹き飛ばされていた。
「——なっ……!? お、おい大丈夫か!?」
少女のそばに寄って起き上がらせる。
どうやら星神力を撃たれたらしい。
だが衝撃音よりは軽症のようで、すぐに起き上がった少女に目立った傷はない。
ケロッとした顔で服の汚れを払っている。
少女が大丈夫だと分かると、感情の矛先は尚も仁王立ちする少年へ向いた。
「テメェいきなり何すんだ!!」
「んん〜? お前こそ誰だ? このボク様を誰だと思ってる! 口の聞き方を考えろ!」
ボク様と来たか。
ふっ、悪いがこっちは現司祭様がいるんだ。
口の聞き方を考えるべきはそっちじゃないのか?
というか、それ以前に——だ。
「お前、人を傷つけて何平気そうなツラしてる! この子は家族なんじゃねえのかよ!?」
「家族だとぉ? このボク様とその愚図が? ふんっ、そんなの死んでもごめんだ! 虫唾が走る!! 人間のボク様と人形を一緒にするな!!」
なんて言い草だ。
少なくともこの子は、お前のことを『ご主人様』と言ってしっかり任を遂げようとしてたんだぞ。
だが待て……人形だと?
俺の聞き間違え——じゃねえな。
メルディーもスベギライスさんも渋い顔をしている。
人形——少年はそう形容したが、どう見たってこの子は人間だ。
ちゃんと話すし、分かりにくいだけで感情もあるだろう。
そこをどう切り取ったら人形だなんて——、
と、そこで俺の思考は止まった。
嫌な予感がしたのだ。
俺はつい最近まで、似たような事象と関わっていたはずだ。
人と遜色ない見た目。
意思疎通のできる知能。
笑ったり泣いたりできる心。
だが人ではない存在。
その特徴を持った者の呼称を、俺は知っている。
人造人間——そう呼ばれた少女の顔が脳裏をよぎった。




