第二十四話【3年越しの解明】
「——あなた、幼女趣味だったの?」
開口一番。図書室で調べ物をしていた俺に対して、スピネルはそう言った。
瞬間、周囲の視線が俺に注がれる。
「……はい?」
待て、濡れ衣だ。
何がどうしたらそんな結論になるんだ。
その軽蔑するような目をやめろ、本当にそれっぽいじゃねえか!
「もうスピネル! 言い方ってものがあるでしょ!? ソルくんにだって事情があるかもしれないし」
「でも、あなたの言うことが本当ならこれ以外思いつかない。まあ、彼の趣味がなんであれ、私からの感度が下がるだけだけど」
「すでに好意はねえってか。いや、そういう意味じゃねえってのは分かってんだけど……つか何のことだ!? 俺は特殊な趣味を持つ誤解を招いた覚えはねえぞ!」
冷静にツッコミをしている場合ではない。
ここは図書室。1秒でも早く誤解を解かなければ、平穏な二度目の学園生活が崩壊する。
いや、すでに平穏とは程遠いか。
そんなことを自己ツッコミしていると、訝しげな目をむけるスピネルの代わりに、アルナちゃんが説明をしてくれた。
「課外授業で助けた女の子、いるでしょ? もうあれから1ヶ月だしどんな様子なのか気になって、昨日久しぶりに帰ってきたお姉ちゃんに聞いてみたの。そしたら、ソルくんが毎日会いに行ってるって聞いて……」
「……なるほどな。てかお前、湾曲に解釈しすぎだろ。見当違いもいいとこじゃねえか。一応言っとくが、ちゃんと許可もらってあの子の様子を見に行ってるからな。俺はあの子を助けるって誓ったんだ。だったら、他の人に任せて終わり、なんてことにはできねえだろ」
「字面だけ見れば、そういう解釈もできる。というか、名前も素性も知らない子に対して、そこまで奔走する意味の方が分からない」
「名前はゆうはちゃん。素性……は、知ってるけど言えねえ。それに、人を助けたいって思いはお前だってわかるんじゃねえの」
俺はスピネルの隣にいるアルナちゃんを見た。
いつもいつも、彼女に何かあった時、いの一番に駆けつけるのがスピネルだ。
授業で倒れたアルナちゃんを助けるスピネル、というのがもはやこの教室ではお決まりになっているほどに。
だがスピネルの表情は晴れない。どころか、俺を睨んでいる始末だ。
彼女は散々、俺の”そういうところ”が嫌いだというが……それはブーメランではないかと思ってしまうのも事実。
いまだに理解しきれぬ同窓を疑問に思っていると、一つの咳払いが聞こえた。
「——おいお前ら。図書室だぞ、静かにしろ」
聞き慣れたハスキーボイス。
この声はもしや……と思い振り返ると、そこにいたのは見慣れた黒髪の少女だった。
「クオール……それにリレール? どうしたんだよ、そんな大量に本なんて抱えて」
「や、やあソル……それにアルナさんとスピネルさんも来てたんだね」
クオールの横にいたのは、大量の本を抱えるリレールだった。
腕をプルプルと振るわせて、本のせいで顔が見えないでいる。
「そういうお前はどうしたんだよ。前見えてんのか? ほら、半分持ってやるから」
「ああ、ありがとうソル……いやあ、図書室に行くクオールを見かけたからね。調べ物なら手伝ってあげようと」
「どうせ付き纏われるなら、荷物持ち兼、索引にしようと思ってな。意外と便利だった」
「そ、そりゃ大層なこって……」
意外と容赦ないな、と思いつつも当の本人は嬉しそうだ。
ねぎらいの言葉をすんでのところで飲み込み、俺はスピネルに向かい合った。
「ま、そういうわけだから。お前のそれは完璧な誤解だ。俺の名誉のためにも、訂正してくれると助かる」
「あなたの名誉なんてどうでもいいけど。いいわ、訂正してあげる。行きましょうアルナ」
「あっ、待ってスピネル! ——ソルくん、もしよかったら今度、アタシも一緒にその女の子のところへ行っていいかな?」
「アルナちゃんも? 別に俺はいいけど……どうして急に?」
その答えは実に意外だった。
スピネルの言う通り、普通の人なら安否を知って終わることだろう。
俺の場合は、そうできない事情があったというだけで。
(……まさか、アルナちゃんにも並々ならぬ事情があるのか?)
だとしたら、この場で話すのはまずい。
どこか人目のない場所へ——と、それとなく周囲を見渡していると、アルナちゃんは言った。
「ソルくんみたいに立派な理由はないけどさ。アタシ、小さい頃からずっとこの体質だったから星神力の矯正施設に通ってたんだ。だから、なんて言うのかな。全然状況は違うけど、昔の自分に重ねてたっていうか……あの子のことがずっと頭に残ってたの。でも、アタシはアタシのことも満足にできなくて、いつもみんなやスピネルに迷惑をかけてばっかりで」
「アルナは必死に頑張ってる。そんなに自分を卑下しないで」
「ありがとうスピネル。でもね、課外授業のソルくんを見て思ったの。自分のことも満足にできないからって理由をつけて逃げてただけなんじゃないかって。だから、今からでも……例え、何の役に立てなくても、できることをやりたいと思ったの」
顔を上げたアルナちゃんの瞳は、とてもまっすぐだった。
課外授業から、約1ヶ月。
あの日のことは忘れないだろうと確信を持てる。
それは、俺にとって重要なことが重なりすぎていたから。
けれども、それは俺だけではなかったのだ。
授業の後、皆が自主練に励む姿を知っていた。
図書室に通い詰める姿をよく見かけていた。
理由はどうあれ、あの日が鮮烈だったのは俺だけじゃなかった。
だから何と言うわけではないが、今の俺には虚を突かれた感覚だった。
「俺からも頼むよ。ちょうど、ゆうはちゃんも女の子の知り合いが欲しいかと思ってたんだ」
エイナさんだって頻繁に来れるわけじゃない。
何より、そのエイナさんの妹であり洞窟での一件もアルナちゃんは知っている。
これ以上の適任はいないことだろう。
改めて、よろしく頼むと伝えると、アルナちゃんは心底嬉しそうに笑った。
「……で、お前は何を調べてたんだ?」
アルナちゃんとスピネルが帰った後。
すっかり空が茜色に染まっているのを窓越しに見た俺たちは、図書室を後にした。
そんな時、クオールがふと聞いてきたのだ。
特別、勉強が好きではない俺が図書室にいた理由——それは単純。
”転生の儀”について調べるためだ。
ゆうはちゃんの元へ通い始め、約1ヶ月。
彼女もだんだんと実験の後遺症が治ってきて、今ではだいぶ話せるようになった。
だからというか、俺たちは二人っきりになると時々日本の話をする。
そんな時にふと思う。転生の儀とは、いったい何なのか。
ゆうはちゃんが実験されていた頃の記憶を、夢で見たと言う現象の説明もそうだ。
何か知っていそうな天の声とは、課外授業の一件以来、音信不通。
自力で調べようと、この1ヶ月図書室に通っているわけだが……全く手がかりがない。
分かったことと言えば、大規模、もしくは高度な術を行う際、相応の星神力と術の陣が必要ということだけ。
その片方でも所要量を満たしていない場合、失敗する可能性が高くなるのだとか。
そもそも、禁忌である”転生の儀”に関する書物が、こんな学園に置いてあるとも考えにくい。
いったいどうすればいいのか、と手詰まりなのだ。
しかし、そんなことを話せるはずもなく。
二人が首を傾げる前で、俺はただ唸った。
そして、唸りに唸った末、やっと捻り出した言葉はたどたどしかった。
「お二人はー、そのー……人を召喚させるー、だとか……転送させるー、だとか……そういう術をご存知ありませんかねえ……? あ、いや、別に深い理由があるわけじゃねえよ!? ただ、えっと……そう! なんとなく! そういう術があったら面白いかなーなんて思ったり……ははは」
苦しい。苦しすぎるぞ、俺。
案の定、二人から帰ってきたのは沈黙だった。
何言ってんだこいつ、と言わんばかりの表情を向けられているに違いない。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのはやっぱり目を丸くする二人だった。
「えーっとソル? それってつまり、【冥】の属性について調べてたってこと?」
「……はい?」
二人の反応に、俺は首を傾げた。
【冥】の属性? 何だそりゃ——って知ってるわ。確か創星術の属性の一つだったよな。
「そのー、【冥】の属性って召喚とか転送だとかができるってことか?」
「できるというか……そういう属性だからね」
「な、なるほど……?」
いまいち要領を得ない。
何せ、この1ヶ月主に習っているのは星神術の基礎である創生術についてだ。
特別属性の方はその特殊さゆえか、後期になってから習うのだとか。
いまだ頭をひねる俺に対し、クオールが一冊の本を開いた。
そこには創星術についての解説が載っていた。
「創生術も創星術も、個々の属性には特徴があるって習ったろ? 【火】なら炎の具象化や熱を操れたり、【水】なら液体を操れたり。それは創星術も同じだ。例えば【天】の属性は文字通り、天候や空気に関する属性なんだ。で、お前が知りたがってる【冥】の属性は物同士の位置を入れ替えたり、それこそ召喚とかもできる」
「な、なるほど」
「俺も詳しいことは知らないから、もっと知りたければこの本を読め」
クオールから一冊の本を渡される。
本の表紙には『創生術・創星術に関する解説』と書かれていた。
パラパラとページを眺めていると、大量の本を持たされたリレールが顔を覗かせた。
「あ、そうそう。もしそれ以上の情報が知りたかったら、ガウフ先生に聞いてみるといいよ」
「ガウフに?」
「うん。【冥】の属性を専門にしてたはずだから。それに【死の街】の民だから召喚術については人一倍詳しいんじゃないかな」
「分かった、ありがとな二人とも。ちょっと行ってみる」
ほんと二人には頭が上がらない。
クオールだってこの本を読みたかったはずだろうに、わざわざ貸してくれるというのだから。
俺はつくづく良い友人を持った、と思いながら職員室へ向かった。
✤✤
職員室に訪れたは良いものの、目当ての姿はなかった。
どこにいるのかと他の先生に聞いたところ、研究室にいるらしい。
言われるまま訪れた研究室のドアをノックする。
教師が持つ研究室は万が一実験失敗した時のために防音・防火・防水と、さまざまな結界が施されているのだとか。
重苦しいドアからの返答を待つ。
その間、俺はガウフという教師について考えていた。
分からないことを聞けば教えてくれるし、俺たちの様子を見ながら進行してくれる。
最初の評価は散々だったが、その見た目と口調の割には授業はちゃんとしている。
何せ、彼の見た目はこの世界でもあまり見ない青緑の髪に紫の瞳。
それに加え、サメのような歯に、一瞥だけで背筋が伸びてしまうほど鋭い眼光。驚いたって無理はない。
その特徴が彼以外類を見ないのは、その特徴を持つ民——【死の街】の民が彼を除いて、存在しないからだ。
火神戦争によって数を減らした【火の街】の民でさえ、その民の半数は生きている。
けれど、プルートの民に至っては、一人を除いた全滅。
理由は単純、虐殺——ミルキールはそう言っていた。
何が起こったのか、誰がやったのか。
28年前に一夜として起こったその事件は、各街を震撼させ、未だ謎の多く残る未解決事件とされている。
そんな生い立ちを背負った我がクラスの担任は、そんな節さえ見せないほどに真っ当な教師をやっている。
そんな彼なら、ミルキールさえ知り得ないことを知っているのでは、と思っているわけだが……。
——と、そんなことを考えているとドアの向こうから声がした。
入室の許可が降りたのだ。
「失礼します」
重いドアを開け、中を覗く。
本がぎっしりと棚に並べられた室内は、灯りが行き届いていた。
その隅——大量の本がつまれた机の前の椅子に腰掛けるガウフが振り返った。
「こんな時間に何のようだァ? 生徒はさっさと帰れ」
「自習してたらこんな時間になってしまって……聞きたいことがあるんすけど、良いですかね」
「ったく。なんだ」
「【冥】の属性の創星術についてなんですが……その、召喚とかってどの程度できるのでしょうか。例えば、別の場所にいる人を召喚する、とかは……」
「できるぞ」
「ははは、そうですよね。流石にできな——って、え!?」
「なァにを驚いてやがる。この世界で使われる転送術の大元は、【死の街】に伝わる術が元になってんだ。それと比べりゃ、召喚や転送なんてのは初歩みてえなもんだ。転送や召喚には限りがねえ、物だろうが人だろうが……何より、魂だろうがな」
そう言った彼の顔には影がかかっていた。
しかし、それが気にならない程に——俺はあっさりと答えを得てしまった。
俺は異世界転生、というやつを果たした。
そう、言い換えればこれは——異世界に転生という形で魂が召喚されたと見ていいだろう。
在り方はどうあれ、召喚というカテゴリーに含まれるであろうこの術もまた【冥】の属性に当てはまるということ。
きっとこの仮定の実証が俺だけだったら、信憑性に欠けただろう。しかし、不名誉なことではあるが今や”ゆうはちゃん”という二人目の実例も現れた。
このことから仮定するに、転生の儀——その本質は”異世界から人を召喚すること”にあるのだろう。
なるほどなるほど、段々と紐解けてきた。
転生の儀とは異世界から人を召喚する術。だがその成功例が少ないせいで、博打的な儀式として誤った伝承がなされてしまった、ということだろう。
噂話でさえ、人の手を経由すればするほど紆余曲折したものになる。
術という複雑なものが対象なのだ。こうなるのは必然だったのかもしれない。
(その結果が【地の街】の崩壊、か……)
まだ仮説の域を出ないとはいえ、もしこれが事実なら、やるせないことこの上ない。
「——おい、どうした急に黙り込んで」
「え。あ、いや……」
ガウフの声でハッとする。
突然黙り込んだ俺に、ガウフは眉を寄せていた。
何か言わなければ怪しまれてしまう。
そんなこと分かっているはずなのに、放心状態にも似た脱力感がなくなることはない。
「話はそれだけか? 用が終わったんなら、さっさと帰れ。日が暮れるぞ」
「あ、じゃあ最後に一つだけ。これはただの興味本位なんすけど、転送術の大元になった【死の街】に伝わる術って何なんですか?」
「……それを知ってどうする気だ」
「どうもしませんけど……ほんと、ただの興味本位ですって」
動揺を悟られないように、けろりと笑ってみせる。
だが、なぜかガウフ先生は今以上に眉間の皺を深くした。
最近わかってきたが、俺はどうやら誤魔化しが下手らしい。
今日だって、リレールやクオールに微妙な顔をされたばっかりだ。
「まあいいさ。どうせ知ったところで、使えるやつなんていやしねェ。無様にも生き残った俺でさえ、術の陣を知らねえんだからなァ」
ゴクリ、と俺は生唾を飲んだ。
余談として聞いたはずのことが、意外にも大きなものの一端として返ってきている。
そんな気がしてならない。
「この術はなァ、俺たちプルートの民の居住区が【死の街】っつー物騒な呼ばれ方をする理由ってェのにも起因してくる。それはひとえに、俺らにはあの世たる冥府の魂を管理する役割を持ってるからだ。そして【死の街】の司祭にのみ伝承される術——”蘇生術”は、死者の魂を蘇生という形で現世に召喚するもんだ」
かちり、とまるでピースが噛み合ったようだ。
転生の儀という名前のせいで、根本的なことを忘れていた。
俺もゆうはちゃんも、転生する直前の記憶は——前世での死だった。
まさかそれにさえ由来があるだなんて、想像もしなかった。
転生の儀——それは異世界から死んだ魂を召喚させる術だった。
その答えを得た瞬間、納得感と共に訪れたのは——虚しさだった。
それが、命を差し出し、涙を流した母さんたちが託したものの正体。
あれから3年。
俺の中ではとっくに整理がついた、そう思っていた。
けれどこうも虚無感に見舞われては説得力もないというもの。
一時とはいえ、あの人たちは確かに俺の両親として本当の愛情を注いでくれた。
街の人たちとの日々も、鮮明に思い出せる。
たとえ、その最後にしたことが何だったとしても——きっと俺は、あの人たちに報われてほしかったのだ。
整理のついていない頭で帰った俺は、そのままベッドに沈み込んだ。




