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異世界創星記[another mythology]  作者: 亜真
第2章【学園】
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第二十三話【知っている君のこと、知らない人のこと】


 泣き崩れてしまった少女の背をさする。

 ヒックヒックと嗚咽を漏らして、白いローブに涙の跡を落とす。


 どれだけの思いを、その小さな体で抱えてきたのだろう。

 この世界に来て、彼女がどんな人生を送ってきたのかは分からない。

 けれど、その道が安易なものであったはずがない。


「落ち着いてきたか? ゆっくり深呼吸だ。吸ってー、吐いてー」


 俺の合図に合わせるように、少女はゆっくり呼吸を戻していく。

 何度か繰り返すと、深呼吸がしっかりとできるようになった。


「……あ、ぃ、あおう」


 優しい声だ。

 だからこそ、それが何の言葉を指しているか容易に分かる。


「いいんだよ、礼なんて」


「ぁ……わ、あ、い、あ……」


「……?」


「わ、あい、ぉ……ああえ」


 少女は必死に何かを伝えようとする。

 舌っ足らずな状況を、少女は身振り手振りを交えながら打破しようとしていた。

 自身を指さしたり、空中にひらがなの文字を描いたり。

 

「……もしかして、名前、教えてくれるのか?」


 その結果、たどり着いたのがこの答えだった。

 すると少女はコクコクと頷いて、それが正解だと分かる。


「う、う、あ!」


「えーっと、一応確認するけど女の子、だよな?」


「ん!」


「んー……3文字の名前?」


「うん! う! う! あ!」


「そうだな……”ゆうあ”とかか?」


「んーん!」


「違うか……女の子で3文字の名前か。なんだろな」


「う、あ! あっえう!」


「え? ”ゆ”と”あ”は合ってる? んー、じゃあ”ゆうか”とか?」


「んん〜!! うー……」


 なかなか答えに辿り着けない。

 前世のクラスメイトの名前を挙げていったが、どうも違うらしい。


 そんな俺に痺れを切らしたのか、少女は立ち上がって部屋中を見渡した。

 部屋の角にあるポツリと置かれた机を見つけ、何かを思いつたように俺に背を向ける。


 少しすると、少女は一枚の紙を持って俺の前に座った。

 その紙には、ひらがなで3つの文字が書かれていた。


「”ゆうは”……それが、君の名前?」


「ん! ん!」


「そっか、ゆうはちゃんか……あ、何て漢字なんだろうな?」


「……わ、ぁんあい」


「そ、だよな……よし、じゃあ決めよう! この世界じゃ日本語は使えねえけど、俺たちだけの暗号ってことにできる! うん、かっこいいしな。そういうの」


 そう考えると何だか楽しくなってきた。

 俺はゆうはちゃんに紙とペンを貸してもらい、”ゆう”という読みに使える漢字を書いていく。


「これは夕日の夕で、こっちは紐を結ぶとかに使われてるな。あとのこっちは優しいって意味の漢字と、友達の”友”って意味で……あと、あとは何があるんだ? ゆうはちゃん、どれがいいとかって……」


「う、あ! あ!」


「え、俺?」


 彼女が指を示したのは、紙の中の文字ではなく、俺に対してだった。

 そういえば、名前を口頭で教えはしたが書いて見せてなかったっけ。

 例題として見せて欲しいのだろう。


「俺の漢字は、こう書くんだ」


「ぅ……、あー」


「あはは、難しいよな。俺も書けるようになったのは小学校の中学年……あ、いや高学年? の時からだったし——ってそうだ。ゆうはちゃん今いくつ? ……その、こっちに来たのは、えっと」


「あい、あっあい」


「えーっと……」


 口ごもった俺に対して、ゆうはちゃんは左手で5を、右手で3を作った。

 8歳、ということだろう。


「そっか、8歳か……そっか……っ」


 思わず、膝の上で拳を握った。

 17で死んだ俺より9つも年下の少女は、不思議そうに俯く俺を見ている。


「ん、ん?」


「……ごめん、なんでもない。さ、続きだ。どれがいい?」


「んー……ん!」


「これか? 夕日の”夕”……うん、いいと思うぜ。でもどうしてこれなんだ?」


 8歳の少女が書くには一番簡単だ。2年生くらいならもう習っていてもおかしくはない。

 あとはもう一方の……”は”の漢字を決めなければ。

 俺の少ないボキャブラリーが果たしてどれだけ役に立つだろうか。


 そんなことを思い、少女を見上げると彼女は満面の笑みで俺を見ていた。


「……どうした?」


「あい! ああい!」


「……俺の髪? 俺の髪が、赤いから……?」


「ん! ぅ、う、ぇ……うれ、い……うれ、し、かっあ。た、す……え、たすけ、ぇ、うれえ」


 ”たすけてくれて、うれしかった”。そう言って彼女は笑った。

 まるで言葉を覚えた赤子のように。

 

 けれど——違うのだ。

 あの時、あの瞬間、確かにこの子を助けたいと思った。

 けれどその感情が純潔なまでのそれであったかは分からない。

 もしかすると、この子を助けたという事実を得たかっただけなのかもしれない。自分が正しいと俺は俺に言い聞かせたかったのかもしれない。


 今だってそうだ。

 気を抜いたら溢れそうな疑問の言葉を、すんでのところで押さえている。

 それを聞いたら、この子が傷つくと分かっているのに。


「お、おにい、あん? ろうい、た?」


「……最低だって、言ってくれていいんだ。嫌ったっていい。でも一つ、答えて欲しいことがある」


「うん」


「ゆうはちゃんは、自分が死んだ時のことを……覚えてるか?」


 彼女の息が詰まった。

 今までの雰囲気とは打って変わり、張り詰めた空気が満ちる。


 沈黙が何秒も続いた。目を伏せた彼女の表情を見る勇気はなかった。


「……お、おおえ、えう(覚え てる)。おぼ、え、える(覚えてる)」


 数秒して、彼女は顔を上げた。

 まっすぐ俺を見ていたその表情は、驚くほど穏やかだった。


「お、おとうと、と……おつ、あいに、いって(お使いに 行って)……とらっうに、ひ、か(トラックに ひか)……れあ(れた)」


 ゆっくりと時間をかけた言葉だった。

 この数分で、着実に彼女は言語能力を上げている。

 こうしてゆっくりと、一文字一文字ごと話せばちゃんとした単語として話せるようだ。

 

「こ、あいし(怖いし)……わあら、ない、こ、お(分からないこと)……おおいけお、へいい(多い けど 平気)……へいき(平気)、らお(だよ)。おに、いや……おにいあんあ(お兄ちゃんが)、いてうえう、あら(いてくれるから)」


「……っ」


 笑顔だった。

 こんなことを聞いた俺にその表情を向ける理由はないというのに。


 けれど——嬉しかった。

 俺のやったことが肯定されたような、そんな気がして。

 気づけば、ゆうはちゃんは俺の手を握っていた。


 あの日から、何度も反芻した言葉があった。


 『——自分が正しいかなんて、結果でしか示すしかないのよ!』

 

 みんなが傷ついた。みんなが死にかけた。

 あと一歩で、全てが終わるところだった。

 

 それでも、俺は確かにこの子を守れていたんだ。



「——まったく……これじゃ、どっちが励ましに来てるか分からないわね」


 突然、ドアの方から声がした。

 そこにいたのは壁に背を預けるエイナさんだった。


 一人驚いていると、俺の手を握る少女の手が震えた。

 肩を縮め、俺の背に隠れるようにしている。


「大丈夫だよ、この人は味方だ。洞窟で俺たちを守ってくれた、エイナさん」


「え、い、あ……」


「あら、いつの間にか親しくなっちゃって。初めまして、えぇっと何て呼ぼうかしら……」


「……」


 彼女は上目遣いに俺を見た。どうすればいいのか、と眉を寄せている。

 本当の——前世の名前を言っていいのかどうか、ということだろう。

 とはいえ、それ以外の名をこの子は持ち合わせていない。

 13というのは名前でもなんでもないし、俺もエイナさんもその呼び方を使うつもりはない。

 とすればやはり。


「エイナさん。この子はゆうはちゃんって言うんです。さっき教えてもらいました」


「ユウハ……そう、可愛い名前ね。よろしく、ユウハちゃん」


「……よおいう(よろしく)、おえあい、しあう(お願い します)」

 

 エイナさんが差し伸べた手を、ゆうはちゃんはゆっくり握り返した。


「と言うか、ノックもなしに突然どうしたんですか」


「急に悪かったわね。ちょっと連絡が入ったのよ、入り口に協会の連中が来てるって。今は隊員の人が食い止めてくれてるらしいけど、時間の問題でしょうね。だから単刀直入にはなっちゃうけど、色々話を聞かせて欲しいの。幸い、あんたとも仲が良くなったみたいだし」


「……そうか。ゆうはちゃん、いいかな? 答えたくないことは答えなくていいから」


「うん……」


 ゆうはちゃんは俺のローブをギュッと握った。


「あなたを作った人のこととか、その場所について覚えてることはあるかしら。覚えているか分からないけど、洞窟で見た桃色の髪の男の子のこととか」


「……わあんらい(分かんない)」


 左右に首を振ったゆうはちゃんは、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。

 そんな顔をする必要はないというのに。

 

「……えお、おとこお(でも 男の)、ひろ、あ、いら(人 が いた)……め、あえお(メガネを)、あえらひろ(かけた人)。おいあ、あん(お医者さん)、みらいあ(みたいな)」


 辿々しく呟きながら、少女は一枚の紙に絵を描いていた。

 これは……メガネをかけた、男か?


「こいつが、ゆうはちゃんを……?」


「ん……うえれ、みあ(夢で 見た)」


「……夢?」


「うん。め、さえるあえい(目 覚める前に)、みあお(見たの)。おういん(病院)、いらいあ(みたいな)、とおろえ(ところで)、いっえんみらいあこお(実験みたいなこと)、さえらえれ(させられて)。すおう、いらあっあ(すごく 痛かった)」


 ゆうはちゃんはあの洞窟で行われた転生の儀で、こっちの世界に来た。

 つまり、彼女が見た夢は予知夢でも、ただの夢でもなく——この肉体が覚えていた記憶、ということだろう。


 あり得ない話ではない。

 俺は赤子の頃からこの体で過ごしているから体験したことはないが、神と名乗った天の声も意識が俺の星神力にくっついている……的なことを言っていた気がする。

 だからきっと魂だけが別口の俺たちも似たようなことになっているのだろう。


 とはいえ、この仮説は俺だけしか知り得ないことで、正しいのかどうか分からない。

 これから色々調べてみるとしよう。


「そう。ありがとう、話してくれて。もし思い出したことがあったら、ここにいる人か……ソルに話してくれればいいわ。あんた、どうせまたこの子に会いにくるんでしょう?」


「おう、言われずともな。それに、まだアレが途中だったもんね」


「ん! うん!」


 まだ名前の漢字を全て決め切っていない。

 それに多分、この子の存在は俺にとっても大切になる。

 何せ、唯一故郷を知っている者同士だ。

 嬉しそうに何度も頷く彼女を見ては、ここでさよならと言えるはずもない。


「よく分かんないけど、話はまとまったみたいね。それじゃ、私たちは一旦ここでお暇しましょうか」


「え、もう帰るんすか?」


「……ぅー」


「もう、二人してそんな顔しない! 仕方ないでしょう。協会の連中と鉢合わせしないようにするためにも、足止めしてもらってる今がチャンスなんだから。捕まったら、何を聞かれるか分かったもんじゃないわ。最悪、話すまで軟禁ね」


「……それは最悪っすね。分かりました。ゆうはちゃん、そういうことだから今日はごめんな。また明日来るからさ。もし協会の人たちに何か聞かれても、答えたくなかったら言わなくていいから」


「うん……」


 ゆうはちゃんの表情が分かりやすく落ち込む。

 見た目は12歳ほどだが、中身はまだまだ8歳の少女。親しい人とは離れ難いのだろう。

 まあ、俺がこの子と親しい仲かどうかは置いておくとして、この短い間でそうなれていたら光栄なことだ。


「じゃあな、ゆうはちゃん」


 俺は笑顔で手を振った。

 ドアが閉まる直前、その隙間から寂しそうに、でも晴れた顔をした少女と目が合った。



 ✤✤



 涜神者収容施設——アセベイア。

 そこに複数の靴音が響く。コツコツと響いていた足音たちは、鉄格子で隔離された独房を横切っていく。

 

 身なりの整ったスーツ姿の彼女らを、誰もが見ていた。

 荒んだ視線——そこにあるのは絶望だけではない。いつの日か再び地上の光を浴びたいという欲望だけ。

 そこに確かな悪意が含まれる時点で、彼らに更生の余地はない。


 その中で一つの独房前に差し掛かった時、彼女らの足は止まった。

 鉄格子の向こう側にいたのは、両手を拘束された一人の少年——キマイラだった。


「やあお姉さん。また会ったね」


「……」


「挨拶もなし? っていうか、後ろにいるお兄さんたちはお姉さんのお仲間?」


 キマイラが話を振った相手——白いスーツに黒いネクタイの男性2人。

 黒髪で青い瞳、その頬や額には縫い目がいくつも見られる男と、銀白の瞳をした白髪の男。


「君にいくつか質問がある。できれば素直に答えてくれると助かるんだが」


「……答えなきゃ、拷問でもされるの? 俺、痛いのは嫌だからなあ。もしかしたらお兄さんたちを殺しちゃうかもよ?」


「ふん。星神力を封じられた身でよく吠える。貴様の両手を拘束している封印具は、我が国の匠が加工した一級品。貴様のような子供の筋力で壊せるはずがないだろう」


 なんの変哲もない表情で言ってのけたのは、白髪の男だ。

 白銀の瞳がレンズの奥で細められている。


 その態度に、笑みを浮かべていたキマイラは口を突き出して、不服そうな顔をする。


「……なんか、やーな感じ。お姉さんはわかりやすくて楽だったのに、お兄さんたちはめんどくさそう」


「それは結構。さっさと始めるぞ。おい、バイギス」


 白髪の男に呼ばれたのは、彼らの後ろにいた黒髪の男。

 一歩前へ出た男の手には、一つの鍵が握られていた。


「せ、先輩! 普段ならともかく、涜神者の前です。せめて隊長への敬称を……」


「いいっていいって。ウリスのこれはいつものことだ、ほとんどの奴が知ってるさ」


 渋い顔をしたまま、エイナが一歩下がる。

 するとバイギスと呼ばれた黒髪の男が独房の鍵を開けた。

 3人が中に入ると、早速というようにウリスと呼ばれた白髪の男が話を切り出した。


「貴様、この男に見覚えはあるか」


 そう言って、ウリスが懐から出したのは一枚の紙。

 それは各街に貼られている、未だ捕まっていない涜神者の似顔絵や特徴を記したもの。

 そこには、一人の男が描かれていた。


「あなたが13(サーティーン)と呼んでいた子に、逃亡中の涜神者の肖像を見せて証言も得てる。4年前の違法実験で摘発されるまで【金の街】の国務機関に所属していた男、そいつがあんたたちを生み出したのね?」


「……ハハッ、やっぱり容赦ないねお姉さん。あいつからもう根掘り葉掘り聞いたんだ? どう? あいつ、思い出して泣いた? 実験の時はうんともすんとも言わなかったのにさあ。あの変な術をかけたら人が変わったみてえに泣き出すんだもん。あれじゃ、ただの人間だよ」


 写真に描かれていた男の姿を見た途端、キマイラは身を屈めて笑った。

 

「ほう? 貴様は人ではないというのか。ただ感情のままに暴れ、自身のことだけを考える……子供のそれとしか、俺は思えなかったがな」


「……」


「しかし、ただの子供と侮っているわけではない。何せ、君はその年で星神術を使えるのだからね。【天】と【火】と【水】の複合で生み出した水蒸気爆発と見ているんだが……その表情、どうやら合っているらしい」


 先ほどまでの笑みは消え、睨むような視線を向けるキマイラを見て、ウリスは変わらぬ表情で告げる。


「君は先ほど、少女に対して『術をかけたら』と言った。洞窟に残っていた術式の陣……あれがどういうものであれ、陣というのは属性によって特徴がある。今回のものは召喚を得意とする創星術、【冥】の属性の術式だった。さて、ここで一つ質問だ——君はなぜ、本来一つしか使えないとされる創星術を、二つも使うことができる?」




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