第二十一話【課外授業Ⅵ[夕焼け]】
死んで、転生して、また死んで。
そして目覚めたら、神様に認められてすごい力が手に入っていました——なんてことはなく。
少しのパワーアップはあったかもしれないが、それでも俺は俺のままだった。
小さな爆発の余韻が空気を振動させ、俺自身へと伝わってくる。
一歩、一歩と歩みを進めればそれがさらに伝わってくる。
眼前には、桃髪の少年とエイナさん。
彼女は少年を狙うことなく、なぜか何もない空間を斬っている。だがその直後、彼女の刀が水蒸気のような爆煙に包まれる。
(爆発が起こる箇所を斬ってるのか)
後方にいるリレールたちを守るため、自身の怪我を顧みず。
だがそれでは一生を賭けても決着などつきようもない。彼女も隙あらば——と狙っているようだが、中々決定打は訪れない。
どうすれば俺はその中で役に立てるのだろう。
そう思いながら二人の戦闘を見ていると、不意に少年と目が合った。
「——は? なんなんだよ、お前。お前は、俺がもう壊しただろ!」
もはやそこに無邪気な少年の面影はなく。
ただただ、怒りと恨みに身を任せたような声を発していた。
「あんた……! 怪我は——いえ、そんなことより! 何してるの! 目が覚めたならさっさと——」
「お前えええええっ——!!」
エイナさんの言葉を遮って、少年は咆哮する。
それと同時に、空気が揺らぎ——衝撃と激痛が腕に訪れる。
だがしかし、爆煙が晴れると、そこにあったのは傷ひとつない腕。
「……俺はもう、壊れねえよ」
「なんで……何でだ! どうして!!」
「どうもこうもねえ。これが現実ってだけだ。だがお前はどうしてそれにこだわる? 嫌なものなんて生きてりゃこの世に五万とある。それを一つずつ壊してちゃキリがねえ。何がお前を駆り立てる」
「ぁああああアアア!!」
我を忘れたように、少年は地面を蹴った。
手のひらには、黒い光の玉が——星神力の塊が収束していた。
一点に集中したそれを構え、俺の方へと迫ってくる。
「——ちょっと……私を無視しないでくれる?」
「……エイナさん」
だがその攻撃を防いだのは、他でもない彼女だった。
星神力で纏った刀を盾に、俺と少年の間を割く。
「私の任務はあんたたちの警護。今更、なんて思うかもしれないけど……途中で任務を放りだせるほど、私は往生際がよくないのよッ——!」
刀に重心をかけ、黒い光を薙ぎ払う。しかし少年は弧を描いた太刀筋を容易に避け、後方へ飛び退いた。
そしてそれを見るエイナさんの鋭い視線はなおも少年に向けられ——るわけではなく。
予想外の方向から緊迫した空気を一刀両断してしまった俺へと向けられた。
「詳しくは聞かないけど、怪我が治ったんならそこの連中連れてさっさと応援を呼んできてくれる? ここにいられても邪魔なだけよ。まさか、病み上がりでそんな体力がないなんて言わせないわよね」
それは俺への遠回しの皮肉だ。
この真っ只中に乱入してきたたくせに、それはできないの? という。
それと、彼女なりの優しさもあるのだろう。言うところの、「ここは任せて先に行け」というやつだ。
彼女の真意がどうであれ、この提案には乗る気はない。
「それくらいの体力どころか、あいつとタイマン張るために戻ってきたんですけどね、俺。まあつっても、あいつを一撃で伸せる力はないんで、そこはエイナさんにやってもらいたいとこっすね」
「はぁ!?」
「だってエイナさん、結構限界でしょう? あいつの爆撃は俺がどうにかしますから。信じてください」
一部始終を見ていなかった俺でもわかるほど、彼女の姿はボロボロだった。
隊服は焦げ、額から血も流している。きっと俺が倒れている間も、ずっと敵を足止めし続けていたのだろう。
俺はまっすぐに彼女を見つめた。
分かりやすく驚愕の声を上げたエイナさんは、その後に続く俺の言葉にも何か言いたげだ。
だがしかし、俺が口早に捲し立てたおかげか彼女の気遣いのおかげか、百面相をしてから彼女はその言葉を飲み込んだ。
「……あー、もう。分かった。分かったわよ、ええ、信じるわ。けど途中でぶっ倒れたら許さないから覚悟しときなさい」
「んじゃ、任せました」
彼女の返事を聞き届けることなく、俺は一歩前へ踏み出した。
その瞬間、理解する。戦いというものを、命のやり取りというものを。あの時の恐怖がないわけではない。再びあの激痛の海に身を投じるのかと思うと、体が震えそうになる。
けれども、それは逃げ出す理由にはならない。
「よお、待たせちまったな」
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで! なんでお前は動く! お前は壊した! 壊れたんだ! 壊れたら、二度と治らないだろ!?」
「んなこたぁねえぜ。治してくれる人がいれば、壊れたもんもこの通り綺麗さっぱり、ってな」
「……そんなもの、そんなもの、俺は知らない。——だったら、もう一回壊してやる!!」
青い瞳が小さく見開かれる。その先にいるのは、ただ悠々と立つ俺。
目の前の少年が、なぜここまで怒りを露わにしているのかなど知りはしない。
だが、その感情を腹の奥で煮えたぎらせているのが自身だけだと思ってもらっては困る。
(俺のすべきこと……いや、俺にしかできないこと)
膨大にある本来の星神力——神曰く、それを使えばこの状況は覆せる。
だけれども、神はその手段までは教えてはくれなかった。人頼みならぬ神頼み、なんて情けないのだろう。
しかし天才でもなければ秀才でもない俺は、そうでもしてくれないと神が思い描く答えに辿り着ける気はしなかった。
だから、何も教えられなかった俺は、俺なりに考え、納得し、唯一思いついた手段を行動に移す他なかった。
「——ちょ、ちょっとあんた! 何やってるの!?」
エイナさんの声が爆発音の合間に聞こえた。信じられないとでもいうような、驚愕に満ちた声。
しかし彼女の疑念はもっともだ。俺だって、きっと他の人がやっていたら驚く。
——耐えていた。
防御を捨て、洞窟内にある石や瓦礫を星神力で操って投げる。
その間、自身を守るものは一切ない。
どれだけ腕が焼かれようとも、足が焦げようとも。
「ははははっ! 死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ!」
「だ、から……俺は死なねえんだっつの!」
焼けた皮膚は、抉れた肉は、瞬きの間に再生する。
痛みを感じた次の瞬間、それはどこかへと消える。
その繰り返し。やつに隙ができるまで、星神力で瓦礫を操り攻撃に耐える。
そう、この場において必要だったのはタンク役。
どれだけ殴っても倒れない屈強な盾が必要だったのだ。
「っ——」
「平気……っすよ、エイナさん。ほら、ッ……怪我なんて、すぐに治る」
証拠と言わんばかりに、爆発して焼けた右腕は次の瞬間には元の姿へ戻っている。
とはいえ、だんだんと爆発の威力が上がっていく。
怪我は自動的に癒えていくが、その衝撃は伝わる。
バランスを崩して膝をつく。しかし、決して倒れることはない。
皮膚が焼けては治り。
肉が抉れては治り。
四肢の一つが吹き飛んでも、治る。
いくら攻撃しても倒れない様は、いいサンドバック。
少年も躍起になって俺ばかりを狙っている。
おかげで敵は隙だらけ。まあ、その代わりに俺は相手に攻撃を仕掛ける暇はあまりないのだが、今はそれでいい。何せ——、
その隙を逃すほど彼女が甘い人間ではないと、俺は知っていた。
——一閃。
少年の背に、一筋の鮮血が刻まれる。
「——か、ぁ……っ!」
「……これでようやく終わりね」
刀に付いた血を振り払う。ビチャ、という聞き慣れない音が洞窟内に響いた。
それと同時に、人が倒れる音も。
見ると、そこには確かに背中や腹から血を流して倒れる少年の姿があった。
「いやだ……俺はまだ、壊しちゃいない。壊すんだ! 壊せば、きっと……この痛みだって、消えるのに」
その言葉を幕切れに、少年は瞼を閉じた。
その時——彼の頬に伝い、地面に落ちた影を俺は知らない。
だが、ただ一つの事実だけを知っていた。
(終わり……終わりか)
そう、これで決着。言葉通りに、終わったのだ。この長いようで短い戦いが。
疲れた。その一言に尽きた。
多分これは大量の星神力を消耗した影響だろうと、ぼうっとする頭で理解する。
(ああでも、そうだ——最後、これだけは、やらないと)
膝をついた足に鞭を打って、なんとか伸ばす。
けれど、立ち上がるとすでに膝が笑っていた。それはもう、大爆笑だ。
鉛のような足を引きずって、転げないようにゆっくりとした歩みをする。
「ソル! お前……!!」
「目、覚めてたんだなクオール……リレールに感謝だな」
もはやピントすらまともに合わない視界だが、駆け寄ってきた人物くらいは判別できた。
顔を上げて彼女がやってきた先を見ると、他のみんなも目を覚ましているようだった。
ただ、その中心で一人、目を覚まさない人物がいる。腹を貫かれたあの少女だ。
俺が、その人物に目を向けたとき。
彼女の表情を見ていなかった俺は、次にきた衝撃を予期できなかった。
——パシン。
甲高い音が、洞窟に響いた。
直後に俺の頬に、ジンとした痛みが襲った。
「…………痛い」
頬に手を伸ばす。打たれた頬が熱い。
でもそれ以上に、目の縁に涙を溜めるクオールの顔に驚いた。
(……どうしたんだ?)
何かあったのか。それとも、また彼女の気に障ることをしたのか?
なんて、お決まりの文言を自問してみても、一向に答えは出ない。
代わりに、クオールの叫ぶような声が聞こえた。
「……そうだっ、頬を叩かれると、痛いんだ! 怪我をすれば、その部分が痛むんだ!」
つっかえつっかえに、彼女は言った。
嗚咽まじりに叫ぶ彼女の声が、洞窟に響く。
——分からなかった。彼女が、そんな顔をする理由が。
みんなが、苦しそうな表情で俺を見る意味が。
「なのに、お前は……っ、知ってたんじゃないか! 痛みも、その辛さも! なのに、どうして笑っていられる!? 当たり前みたいな顔をして俺たちの前に立って、敵を引きつけて……お前の腹が抉れた時、俺はどうすることもできなかった! ショックだったんだ! 怖かった! お前が、死ぬんじゃないかって……いや、死んだかもって、思ったんだ」
それは、そうだろう。
俺だってあの怪我でまさか生きているとは思えなかった。
天の声から、みんなが爆発に巻き込まれたと聞いて、気が気じゃなかった。
命に別状はないと言われはしたものの、それでも冷静になれるはずがなかった。
言葉で聞いただけの俺がこうなのだ、目の前でそれ以上の光景を見ては——そう思うと、何も言い返せなかった。
「でもお前はこうやって生きてて……目を覚ましたら、お前が目の前で立ってたんだ。夢だと思った。あの爆発できっと俺は死んで、そこで見た最後の幻覚なのかなって」
俺が生き返った後、クオールは目を覚ましていたのか。
リレールが治療したからか、彼女が自力で目覚めたかは分からない。
けれど、彼女はその光景を見ていた。
「そんなこと思ってたら、お前は片腕を吹き飛ばされて……なのに、お前は笑ってたんだ。何も感じないみたいに、爆発の中にいた。——なあ、お前、本当に……大丈夫、なんだよな?」
俺の両肩を掴んだクオールと視線が合う。
青色の瞳が、揺れていた。不安と悲しみという色で。
彼女の立場になって俺自身の行動を俯瞰すれば、クオールの言いたいことがよく分かる。
気が狂ったのかと思っただろう。
彼女の不安はもっともだ。
だから俺は、できるだけいつも通りの笑みを浮かべた。
いつも通りがどんなふうか、分からないけれど。
でも俺は確かに、いつも通りだと伝えるために。
「……色々、説明できないことは多いけど。クオールが懸念することは何もねえよ。あの時だって、気が狂ったわけじゃないんだ。ただ、それが俺のできる唯一だったから。みんなの役に立てるって……こうしてりゃ、みんなが傷つくことはねえんだって。そう思ったら、痛みなんて気にならなかった。逆に嬉しかったくらいだ。——あ、つってもあれだぞ? 別にMってわけじゃねえからな?」
勘違いされては困るので、そこは念押しして言っておく。
とはいえ、クオールは意味が分からないと言った表情で俺を見ている。
そうか、この世界じゃMって単語では伝わらないらしい。
どう伝えたものかと頭を捻らせていると、突然くらりと体が傾いた。
「——って、おい!」
倒れ込みそうになった俺は、情けなくもクオールに支えられる。
どうやら脳みそも体力も、思いの外限界だったらしい。
「あ、ああ……悪い。病み上がりのとこ悪いんだが、肩貸してくれね?」
「別にいいが……って、人の話聞いてなかったのか!? ダメだ! お前はここで休んでろ!」
「そう言わずにさ。みんなの無事を確認したいんだ……いいだろ?」
「うっ……そう言われては、仕方ない。連れてくから、ほら。俺の背につかまってろ」
「いや、それは男の名誉にかけて遠慮したい。なんで、肩を貸してくれりゃいいよ」
俺の前でしゃがみ込み、背を向けてきたクオールへ俺は丁重にお断りをした。
皆の前でこれ以上恥を晒すわけにはいかない。
特に、スピネルのやつになんと言われるか分からんし。
そんなこんなで、みんなの元へ行くと目を覚まさない少女を除いた皆が顔を上げた。
「……ソルくん! 大丈夫なの!?」
「どうやら無事に、ってわけではないようね。でも相変わらず図太い」
「そこは”しぶとい”って言ってくれ。——で、リレール。その子は? ずっと治療続けてんだろ」
そう、今すぐにベッドで十時間睡眠を決め込みたい俺がクオールに肩を借りてまで、この体を押してきた理由。
——この少女を治す。そのためだ。
桃髪の少年との戦闘で莫大な星神力を使ったとはいえ、頑張って歩ける分は残してある。
いや、結果的に言えば『残せた』が正しいか。
とはいえ懸念点はある。
天の声は『私が明確に干渉できる量の星神力を』と言っていた。
それがこの残りで賄えるかどうかだ。
俺は尚も目を覚まさない少女と、治療を続けるリレールを見た。
「正直言って、僕の治療術もどきじゃこの子は助からない……と、これは君にも言えることだけどね。本当にそう思っていたんだよ。何せ僕の術で何とか止血できても、失った臓器を復元することはできないから」
腹にぽっかりと空いた穴。
そこからはもう血が流れることはないが、リレールの星神力が暖かな光として包んでも何ら変哲もない。
普通に考えて、即死……なのだろう。
しかし、リレールの口ぶりからして言いたいのはそうではないらしい。
「でもこの子はまだ生きている。生き続けられている。およそ人と同じ生命活動をしているとは思えないほどに」
「じゃあ、なんだよ。こいつは人じゃないってか」
「どうだろう、そこまでは……でも、とりあえず一息つけたと思っていいんじゃないかな。けど、急いで医者か、最低でも治療術の扱える術者に見せないと」
色々と思うところはあるが、リレールの言う通りこの子が重症なのは違いない。
彼女の現状としては『生きている』と言うより『死んではいない』と言った方が正しい気がする。
「……だったら早くここを出よう。敵もこうして気絶してることだし、一件落着ってことでいいんじゃね? いい場所に着地できてるといいんだけどさ」
「少なくとも、お前が生きてるって点に関してはいいことだろ」
「そうだねえ。いやー、まさか君が生き返るとは。冥府の神様もびっくりだ」
「いや、俺まだ死んでねえから。勝手に殺すなよ」
「でもびっくりしたのは事実なんだよ? ソルくん。いい意味でも悪い意味でも。ね、スピネル」
「そうね」
そうやって、みんなは笑っていた。
泣きそうに、でも心底嬉しそうに。
そこで俺は自分が死にかけたことを改めて理解する。
思わずさすった腹は、温かい肉の感触がした。
「ちょっと、何やってるのアンタたち。さっさとここから出るわよ」
いつの間にかエイナさんは気絶したキマイラを石製の拘束具で拘束し、俵担ぎをしていた。
彼女だって軽傷とはいえない怪我のはずなのに、なんともたくましい。
俺はクオールの肩を借りて、洞窟を出た。
倒れた少女はリレールが背負い、アルナちゃんとスピネルが先導をする形で。
気づけば外は夕方になっていて、西陽が眩しく木々の間を照らしていた。
こうして、俺たちの初任務——課外授業を終えたのだった。




