第二十話【課外授業ⅴ[理解しえぬ自分自身]】
人はおよそ、自分自身のことをその一生でどれだけ理解できるのだろうか。
ソル——夏威という俺自身は、短いながらもその第一の人生で及第点をもらえる程度には、自分を理解していると思う。
だがしかし、第二の人生はそうもいかないようで——俺は、俺自身に困惑しっぱなしなのだった。
その一つである天の声——もとい自身を神だと名乗った謎の声が目下疑問の種だった。
「えぇ〜っと……失礼を承知でお聞きしますけど、およそ14歳という齢で罹る精神病を克服できなかった方、というわけではないんですよね?」
「総名代よ、神を名乗る者が全て厨二病と思ってはいけない。これは自称であり他称でもあるのだ」
「そりゃつまり、自他ともに認める厨二ってことじゃねえか……」
他人からも手のつけようがない、と宣告されているようなものだ。この自称神は相当ヤバいやつなのでは——と思うと同時に、意外とノリのわかるやつでもあった。
「んじゃあ神様よ。さっき、俺の星神力を依代にしてるって言ってたよな。あれはどういう意味なんだ?」
「言葉通りだ。私は君がこの世界に来た理由の根本。とはいえ、あの一夜の結果は偶然の重なりによるもの……この意識だけの不完全な顕現も、道理というわけだ」
なるほどなるほど——よく分からん。
俺は数度頷いたあと、その回答に辿り着いた。
さっきまで砕けた口調で冗談を言い合ってた相手が、急にそれっぽいことを言い出した。神の言葉なんて、自分のことさえ理解していない人間がわかるわけはない。
とはいえ、ここで思考を放棄すれば一生話が進まない気がする。質疑応答の円滑さは、質問者の技量で決まる……はず。
「んえ〜〜〜っと、つまりだ。あんたがそんな状態なのは、母さんのやった転生の儀が失敗したからってことでいいんだな? で、意識だけが俺の星神力に付随してると」
「訂正したいところはあるが……まあその認識で合っているよ、総名代」
「そりゃ何より。……ところで、俺が死んでないってどういう意味かもう一度聞いていいか」
「話が帰着したね。けどいいだろう、その質問はもっともだ。そして、答えもまたそれと同じくらい単純——ソルという人間を真の意味で殺すには、彼の攻撃では不十分だったというだけだ」
「…………は?」
こいつは今、何と言った?
当たり前のように平然とした声は、驚きを通り越し俺に怒りをもたらした。
「……ざっけんなよ。——あの激痛が不十分!? 俺がどれだけ苦しんだと思ってる! そりゃ、俺以外の誰かがってよりかはいいけどさ! 痛えもんは痛えんだよ! 俺だって!!」
正確な時間は分かりはしないが、いつまで続くか分からない痛みに苛まれ続ける——という現実は、あの時の俺にとって絶望と同義だ。助けたい者も助けられず、うずくまる様がどれほど無様かきっとこいつは知らないんだろう。神に人の心は分からないのだ。
「何を憤っているのだ総名代。私が言いたいのは、肉体の破壊と精神の破壊は別物だということだ」
「……はい?」
質疑応答の質について、独自回答を導き出した俺は思う——回答者の答えを理解できなければ、結局意味はないのだと。
さらに首を傾げる俺が見えていないのか、天の声は話を続けた。
「ソルという人物が特殊な人間というのは理解しているね? 君の肉体と星神力は同期しているが、魂たる君が分離している。故に、ソルという人間を殺すには器となる”肉体”と魂である”精神”の両方を破壊しなければならない」
似たようなことを一度メルディーが言っていた。
『——正確に言うなら、あなたの体には馴染めていますが、あなたの魂……そうですね。あなたの精神とは馴染めていないような感覚です』
それが今回良い方向に働き、結果として仮死状態のような形で生きているということだろう。
「なあ、現実で俺の体ってどうなってる? みんなは……あの子は……?」
「君の体は白髪の少年が治療中だ。少女の方もね。安心しろとはいえないが、切羽詰まるほどではないさ。ただね……」
「ただ、なんだよ」
安堵の息を吐いた束の間、天の声は意味深に言葉を切った。
その言葉の先が朗報であるという期待は、当然生まれなかった。
「桃髪の少年による能力で洞窟内が爆発してね。小規模なものだったとはいえ、何人かが巻き込まれた。しかし安心したまえ、全員命に別状はない。黒髪の少女が白髪の少年を庇ってくれたおかげで、君への治療も継続できている。それに夜巡隊と言っていた者が敵を足止め中だ」
朗報、なんてものでは決してなかった。だが天の声は言葉の節々に少しの喜びを滲ませていた。それが、今の俺にはどうしても理解ができなかった。
「……”安心したまえ”、だって? ——ふざけんじゃねえぞ! その情報のどこに安心できる要素があるってんだ! おい! 今すぐ俺を戻せ! ——ん? 待てよ。ここって俺の精神世界なんだよな……じゃあ自力で戻ってやる!! あばよ!」
なんだかやればできるような気がしてきた。目を閉じ、考える。
戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ、戻れ——!!
「——ちょ、ちょっと待ってくれ総名代! 今君が戻っても何もできやしない! 肉体の回復をまちたまえ!」
「うるせえ! 守ると誓ったもんも守れねえで、おいそれと退場してられねえんだよ!」
「ああもう! 本当に待ってくれ総名代! 分かった! 分かったから! 君の望む力を与える! だから待ちたまえ! 君に死なれると大いに困るのだ!」
今までの落ち着いた態度はどこへやら。取り繕うことも忘れ、慌てふためく様に既視感を覚える。
そんな様子を聞いては、どうにも耳を貸してやろうと思えてしまう。何せこんな感じで俺を助けてくれたやつがすでにいるもので。
「……俺の望む力ぁ? この状況を打破できるような、神様パワーみたいなもんか?」
「ああ、そこは保証するさ! 何せこの私の力だ。このくらいの状況、打破できて当然だとも」
「俺の中じゃお前の評価は”自称神のヤバくてノリのいいやつ”なんだけど……まあ、そこは突っ込まないでおく。で、その力ってなんだよ」
「驚きたまえ総名代。その力こそ、自己治療術!」
「はい解散。さっさと戻ります」
「——ま、待ちたまえ! 待ちたまえ! これこそ最適な能力だろう! あの大怪我も一瞬で治り、たとえ爆発で腕が吹き飛んだとしても元に戻せる! しかも全自動だ! ”おーと”にも”まにゅある”にも切り替え可能だぞ!」
「現代語ガバガバじゃねえか! つーかバカ言うんじゃねえ!! そんな力でどう戦えってんだ! 俺は、敵を倒せる力が……この状況を覆せる力が欲しいんだっつーの!」
自分の体が治ったところで、元と状態が変わらなければプラマイゼロだ。
何を言っているんだこいつと思う俺だったが、天の声は俺の方がおかしいと言うような口調で、言った。
「……総名代よ、その力を君はすでに得ているだろう」
まるで突然に指を指されたようだ。
スッと臓腑が冷えるような感覚。それは途方もない疑問の果ての感情だった。
「それって……俺が我が身可愛さに本来の星神力を使わなかったから、こんなことになったのか」
天の声は何も言わない。きっとそれが答えだ。
つまりは俺が与えられた星神力じゃなく——本来の星神力を全力で使っていれば、どうにかなっていたと言うこと。我が身可愛さ、なんてものを意識したことはなかった。どちらかといえば、俺は俺自身が嫌いだったはずだ。だが心のどこかでブレーキがかかっていた。そして履き違えた。
最悪なのは”倒れてみんなの足を引っ張ること”じゃなく、”何もしなかったせいでみんなが傷つくこと”だ。俺はそれを理解していなかった。
「そう自責するな、総名代。過ぎ去った時の後悔は、訪れる時の礎にすればいい。愚かなのは、うずくまってその機会を逃すことだ。それに君が全力を出せないのは自明の理。何せ、君が把握する全力は私からすれば本来の3分の1でしかない。本当にすまない、こんなに早く謁見させる予定ではなかったのだ」
「3分の1……? ははは、そりゃ笑い話だ。申し訳ねえと思うなら、その残りの3分の2とやらを寄越せよ。まあ、こんな俺がそれを使いこなせるかは分からねえけど……省みなけりゃいけんだろ」
今まで俺が省みていたのは自分自身の安全。
莫大な量の星神力を一度に使えばショートしてしまう、という保身。
「不貞腐れているのかい、総名代。まあ、いつもいつも人のためを願ってきたんだ。たまには人助けを休むのも道理かな。けれどね、総名代。君は知っているはずだよ、他人よりも自身を優先した結果を。その果てに自身が抱く思いを」
「……知ったような口、聞いてんじゃねえよ。——分かってんだよ、そんなこと! お前よりもよっぽど! だから今度はそうしないようにって……」
「ああ、ああ、分かっているとも。だから君が二度とそんな思いをしなくていいように、この力を明け渡すんだ。自己の治癒などと君はバカにしたけれどね、この世界からすれば複数の属性を掛け合わせなければ使えない高度な術だ。加えて、完治するまで治療し続けられる膨大な星神力が必要になる」
「皮肉にも俺はその条件を満たしている、ってか。でもお前、なんで”自己”なんだよ。自分以外には使えねえってのか」
「使えないことはないが……医術に関するノウハウのない君を、私が補助してやっと成り立っているのだ。だから君の星神力のみに依存する私が明確に干渉できる量の星神力を相手に送らなければならない。それでは本末転倒だろう?」
みんなを治して一気に形成逆転——とはいかないらしい。
ならばどうすれば良いのか、だんだんと冷静になってきた脳みそは、天の声が言った言葉を咀嚼する。
だがしかし、たとえ体が治ったとしても俺自身のできることは限られている。その限られた中で皆を洞窟から連れ出し、エイナさんの援護——引いては敵の撃破ができれば最高だ。
「なあ天の声、俺の体っていつ治るんだ?」
「君が譲渡を受け入れてくれるなら、いつでも。ただ、肉体が完全に回復した瞬間、この世界との接続は切れる。ここは言わば、君の精神が崩壊しないため繋ぎ止めた一時的なものだと思いたまえ」
痛みだけが鮮明に感じる時間——それは地獄以外の何ものでもなかった。こいつが強制的にこの空間へ連れてこなければ、俺はどうなっていたか。考えるまでもない。
「……ありがとな、天の声」
「何、気にすることじゃない。君を助けることが私の義務のようなものだ。どうしたんだね突然。今生の別のような挨拶をして。……ああ、そうか」
「ああ。やるべきことは分かった。そのために必要な覚悟もな。だからその譲渡を受ける。そして俺を現実に戻してくれ」
✤✤
リレールにとって、友人という繋がりは煩わしいものであった。それが短くも重厚な彼の人生において、たった一人の人間に、たった数日で覆された。自身を一人の少年として見てくれる——ソルという友人は、その心地よさを与えてくれた。
死なせない——そう意気込んだはいいものの、彼にも限界はあった。
自身の背後で横たわる仲間たちを見た。仕方がないとはいえ、もどかしい感情に駆られる。
エイナが注意を引きつけてくれているおかげで、あの一度の爆発以降、自身に攻撃が飛んできたことはない。だがしかしそれも時間の問題だろう。
「殺してやる! 全員、全部、俺が!!」
「させるわけ、ないでしょ——ッ!」
彼女の刀が空間を割く。その音が聞こえるた度に空気が揺れた。
その振動で手先がぶれてしまわぬよう、リレールはさらに身を強張らせた。
そんな緊張状態があとどれだけ続くのか——彼の額に滲む汗が、地面へ落ちた。その時、
「うわっ——!」
目の前が光に包まれた。いや、正確に表すならば——ソルの体を白い光が包み込んだ。
何が起きたのかリレールは理解できずにいた。
自身の星神力のせい?
それとも新手の攻撃手段?
もしくは——。
と、リレールは考えられる限りの可能性を考慮した。
だがそんな彼は、確かに聞いた。
「——もう大丈夫だ。ありがとな、リレール」
聞き慣れたその声は、自身が確かに望んでいたもの。
彼の瞳には、その姿が鮮烈に映る。
「……ソル?」
「おう。おはよ、ってことでいいのか?」
自身の目の前で起き上がった彼は、以前にも見た笑顔を浮かべていた。
「……意外と、元気そうでよかった。これも僕の手腕って思いたいけど……違うんだろ?」
「ああ、ちょっと色々な。でも俺はもう平気だから、その子と他のみんなを治してやってくれ」
立ち上がった彼は、いつも通りの笑顔でリレールを見ていた。
だがしかし、リレールの脳にはあの光景がこびりついている。
自身の治療では、立ち上がるどころか目を覚ますことさえできなかったはずだ。
と彼を見てみれば、破けた服の下に何事もなかったように綺麗な腹部があった。
じゃあ、彼の言うことは本当に——、とリレールの心が安堵に包まれた時。
足を動かしたソルの姿が見えた。
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「何を……!? まさか、あの戦闘に加わる気じゃないだろうね!? いくら怪我が治ったからって、君は安静にしてないといけない身だろ!? エイナさんが苦戦してる相手をなんて……無茶がすぎる!」
「ああ、分かってる。それでもまだ、俺にしかできないことが残ってる。だからみんなを頼むぜ、リレール。お前に出来ないことはないんだろ?」
それはいつぞやに言った言葉。初めて彼と出会った時、なんてことなく口にした言葉。
ああ、なんてずるいやつなんだろう——と思わずリレールは苦笑してしまう。
けれども、あまりに真っ直ぐな彼の瞳に、リレールは開いた口を引き結ぶしかなかった。勝ち目がない、などという言葉で今のソルが止まることはないと分かってしまったのだ。




