第二話【決意】
見知った街並みを、何時間も歩き続けた。家の中で倒れる人も、坑道で作業をしていたであろう人も。誰一人も残らず、地に伏している。そうして現実を自身の目に焼き付けていると——突然、目の前に一つの影が落ちた。
「——小僧。お前、それは一体なんだ?」
見上げると、そこには宙に浮かぶ一人の女……いや、少女がいた。二つに束ねられた金髪の髪が、風に揺れている。
「見るからに星神力を抜かれた住民に、およそ一人の人間からは想定できないほどの星神力を持つ貴様。ここに、何らかの関係がないと言う方が無理だと思うが……せめて言い分くらいは聞いてやる」
少女が持っているとは思えないほどの迫力ある声に驚きつつも、彼女がなぜ冷ややかに俺を見つめるのか、今の俺は冷静なまでに理解していた。
「言い訳も何も……あんたが想像する通り、この街の住民の命が俺の星神力へと変換されている。だから俺には、その責任を果たす義務がある」
「……義務だと?」
少女は眉を寄せた。だがそれは、意味が分からないというより、辻褄が合わないような納得のいっていない表情だ。
たとえどう思われようとも、俺の中にこの使命がある限り歩みを止めるわけにはいかない。品定めするような視線をじっと見つめ返していると、遠くから少女へと駆け寄る一つの影があった。
「ミルキール殿、ご報告が」
「なんだ」
白いローブを纏った男は、身を屈めて少女へ何かを耳打ちした。男がやってきたのは俺が歩いてきた道の方角——祭壇がある場所だ。
「……なぜ、人間はここまで愚かなのだ。どうして愚者の経験から学ぼうとしない」
耳打ちの直後、少女の口からは忌々しげに言葉が漏れた。より深く皺が刻まれた眉間を持って、その鋭い視線が向けられる。そしてため息混じりに少女は言った。
「貴様も貴様だ、小僧。さっきお前は『責任を果たす義務がある』と言ったな? バカなことを考えるな。そんな義務はどこにもない。お前は巻き込まれたに過ぎず、恨みこそ正当な感情だろう。少なくとも、貴様のそれが正しいとは思えん」
「……正しいさ。何せ、最初に騙していたのは俺の方だ」
「何?」
「彼女たちはこの12年、俺の魂が神のものであると思って接していた。だが、現実は違った。そこにあったのは、何の力もない——ただの人間だった」
そこに希望があると信じて捧げたものが、ただのガラクタになっていいはずがない。誰が何と言おうと、俺自身がそれを許せない。彼女を、彼女たちを真の意味で報わせるためには——俺が、彼女たちの望む存在にならなくてはならない。
「……分かったのならそこを退け。俺は神になって、皆の願いを叶えなくちゃいけないんだ」
眼前に見据えた少女は、今まで寄っていた皺をなくし、冷え切った瞳で俺を見ていた。その両足は地面を踏み締め、退くことを知らぬようだった。
「それが、貴様の義務か。ならば問おう、神を目指し者——今、貴様の内にあるのは希望か? それとも罰か? 貴様の強さは、一体なんだ」
彼女の足が宙に浮く。片腕を宙に掲げ、手のひらの中心に光が収束している。
分かりやすい挑発だ。だが、その問いに証明を示さなければいけない。
なぜならそれが、今から歩く俺の道だからだ。
直後に放たれた一直線の閃光さえも、この膨大な力においては脅威になり得た。
自身の手のひらから放たれた力が地面を抉り、雲を裂く。
(……この力なら)
これが手応え、というやつなのだろうか。グッと拳を握る。平坦な心でわずかに揺れた感情が波打つ。それが高揚か希望かはまだ分からないが——その直感が間違いであった事は、確かだ。
「その程度で神になろうとするなんて、実に愚かで浅はかだ」
視界の端で、小さく何かが光った。それが何なのかを認識する暇もなく——視界が回った。脳が揺れ、ぐらりと体が傾いた。
「——がッ……!?」
重力に従って倒れると——少女の声と共に、体を押し潰さんとするほどの重みが乗った。
「問うまでもなかったな。貴様の中にあるのは、ただの自虐心——罰でしかない。希望の宿らぬ心に生まれる強さなど、所詮は紛いもの。たとえ貴様の背負う義務がエゴであったとしても、そこに希望が宿っているのなら見逃してやろうと思ったが……」
「ぅ、ぐ……ッ」
どれだけ体に力を込めようとも、自身の体が起き上がることはない。体の上には明確な物体が乗っているわけではないというのに。まるで、重力がそのまま重みを増したかのようだ。
「見たところ、星神力のまともな扱い方さえ知らんではないか。司祭の息子なのだろう? いや……あんな博打的な儀式に希望を宿していた連中だ、まともに教えていなかったのか」
「ば、くち……だと?」
重みに抗う中で聞こえた独り言は、侮蔑にまみれた声音をしていた。小さく湧いた怒りが、一層その抗いを強めた。
だがそれよりも、彼女が言った言葉の一つが嫌に耳へ残った。その違和感は嫌な想像を巡らせた。
そして、それを肯定でもするかのように——少女は平坦な声で続けた。
「貴様が巻き込まれた儀は”転生の儀”と言ってな。この国では禁忌とされている。それはひとえに、依代が必要であることよりも——高確率で儀式は失敗するからだ。それを知らぬ愚か者は、叶いもしない希望を宿し、手を伸ばす……言ったろう? ”そんな義務はどこにもない”と」
その理由が、これだというのか。俺は少女を睨み上げた。だがどこ吹く風という態度で、少女は俺を見下ろしたまま。あまつさえ、この様を見下ろしている。
(ふざけんな……愚かなわけがない。あの涙が、あの温もりが、そんな一言で一蹴されていいわけがねえ!)
腹の奥から怒りが湧いた。その怒りが熱を灯す。その熱はやがて全身を巡り——自身を屈服させていた重りを爆風と共に吹き飛ばした。
「なっ……!?」
土埃が舞う。抉れた地面の中心に立つのはただ一人——俺だけだった。
血液のように全身を巡る熱は、まるで元から自身のもののように体に馴染んだ。
目先には、やはり彼女がいる。先ほどの爆風でも吹き飛ばず、傷ひとつさえ負わない。だが、その壁の厚さに辟易している暇はない。
「……あの人たちを、バカにするな。その行いが悪であったとしても……彼女たちの願いと涙が、侮辱されていいはずがない! 俺はたとえその道が罰であったとしても、進むと決めた! 何も知らないお前に罵られる言われはない!!」
力一杯叫び、再び腕を伸ばす。その先に集まる光が、この道を貫いていくと信じて。
どの言葉が彼女の逆鱗に触れたのかは分からない。だが、彼女の言葉は絶えず俺の逆鱗に触れ続けていた。
そして呼応するように腕を天へと掲げた彼女も、俺に向かって言葉を叫ぶ。
「やはり貴様の言葉は矛盾だらけだ。事実、自身の力さえ満足に操れていない。強さの先にあるものが必ず希望であるとは言わん……だが、弱さの先に希望はない! 希望を灯せしは強き道のみ! ——貴様の道は何だ! 希望か!? 破滅か!?」
その言切れを合図とするように、対する光が無数に直線上へ放たれる。それらは相手へ届く手前の空中で、互いを相殺した。
何度も同じ応酬が続く数秒間。こちらが放つ物量に対し、きっかり同じ物量で返される——。それは、相手が格上であることの証明だった。
(このままじゃ埒が明かない! この世界での経験が全くない俺じゃ勝ち目なんてない……どうする!)
唯一、打開する術があるとすれば——内に溢れる、圧倒的なまでの力だろうか。
「——笑わせる。この程度で”神”などと大層な口をよく叩けたものだ! 星神術の何たるかを、直々に教えてやろう!!」
応酬によって生まれた土煙が舞い上がる。腕で薙ぎ払った前方には、比べ物にならないほどの巨大な岩が無数に浮かんでいた。
(まさか、あれをぶつける気じゃ……!?)
言わずとも分かる結末に息を呑む。だがその恐怖を振り払い、前を見据えた。
ここで恐怖に足がすくむようなら、それこそ先なんて無い。
「……ただで死ぬ気も、死んでやる気もねえ」
万一の可能性に賭けるのもひとつの手段か。
——腹に力を込め、全身を巡る熱を一点に集中させる。心臓が張り裂けそうなほどに痛む。骨がミシミシと音を立てて軋む。
「ぐっ……ああァ!」
伸ばした右腕を左手で支え、吹き飛びそうな両足を地面に食い込ませる。
ひとつひとつの挙動が精一杯になる中で——自身さえも覆い隠すほど巨大な光の玉を生み出した。
「覚悟しろ!!」
「その勇敢さは受け取ってやろう!!」
次の瞬間、周囲が爆風と共に爆ぜた。闇夜の中に瞬いた光は——大地を覆うほどの轟音となった。
✤✤
パラパラと、砂粒になった瓦礫や土屑が舞う。もはや地面は立派なクレーターとなっていた。
「……神の力か。どうやら嘘では無いらしい」
真の意味で荒野になった街で、少女は立っていた。
星神力を放出しすぎたのだろう。無様にもクレーターの中心で横たわる赤髪の少年に近寄り、見下ろした。
「いい寝顔を晒しおって……まあだが、その覚悟だけは認めてやらんでもない。この”ミルキール・ディオネ”の名において、貴様の行く末を見届けさせてもらうぞ。神を目指し子よ」
あわよくば、その先が希望に満ちておらんことを——などと、口が裂けても言えやしない。
(いつの時代もいるものなのだな。他がために戦い、生きる者が)
懐かしい面影を見た気がした。とはいえ、その志にかまけては碌な結末を辿らない。
「——その少年をどうするおつもりですか、母さま」
背後から声がした。感情の起伏のない鈴のような声。
振り返ると、腰まで伸びた金髪を揺らす白い肌の少女——メルディアンがいた。
「その言い方はよせと言っているだろう、メルディー」
「それは学園内では、です。それに今は二人きり。そこの少年が起きる気配はありませんし、問題はありません」
「はあ……もういいメルディー。それよりさっさとこのガキを家に運べ」
「……協会に渡さないのですか?」
「どうせ施設に入れられるだけだろう。ここら一帯を更地にする星神力だぞ、そこらの施設には預けられん。他でもないこの私が預かると言うのだ、異論はあるまいよ」
メルディーが少年を背負う様を横目に収めつつ、その荒野を歩き出す。
(流石にやりすぎたか……いや、こうでもしないとあの膨大な星神力が体を破裂させていただろうな。感謝こそすれ、とやかく言われる筋合いはないな!)
うん、そうだ。これは彼のため。この街に起こった一部始終を知る者をみすみす死なせるわけにはいかない。
「メルディー、お前は先に戻っていろ。私は事後処理に努めねばならん」
「分かりました。協会本部への報告はどういたしますか」
「それもこちらで処理しておく。そのガキのことも、私の口から直接話す。いいか、何を問われても知らぬ存ぜぬで通せ」
「はい」
去っていくメルディーを見送る。担がれて揺れる赤髪は、闇夜の中でもよく映えた。
(あの祭壇で倒れていた司祭と助祭長は、どちらとも茶髪だった……あの赤髪、他の民にもない特徴。あいつは本当にただの器として生まれた子供なのか?)
各街の民は、各街が信仰する神の特徴を持つ。その代表例が髪色であり、その髪の色を見ればその者がどの街の出身なのかが分かる。自身とメルディーが同じ髪色をしている理由も、この街の者が茶に近い髪色をしている理由もそれだ。——だが、彼だけは違う。どの街の民の特徴とも一致しない。
(それに、いくらまともに教えられていなかったとはいえ、星神力の扱いがなってなさすぎる。もっと幼い子供の方が自由に扱うぞ)
ただ手のひらで掬った水をそのまま撒き散らすことしか知らないようだった。道具を使うだとか、撒き方を変えてみるだとか——そういった考えさえ持ち合わせていないとでも言うように。
(それではまるで、星神力のあり方さえまともに知らない赤子だ)
いや、実際子供ではあるのだが——腐っても司祭の息子。確か、あいつの年齢は12歳。一般の子供が10歳から学ぶ星神力および星神術についての基礎——司祭の家柄であれば、それ以前に習っていても不思議ではないというのに。
(いくら儀式に賭けていたとはいえ、星神力の基礎を知らなければ意味がない。これは色々と、問い詰める必要があるな……)
やることの多さに頭痛がしそうだ。大袈裟に息を吸い込んで吐き出す。夜明けまでに帰れることを祈り、私は夜の道を歩いた。




