第十五話【結成?】
それは、暗闇を漂っていた私の目の前に現れた、たった一つの光だった。
その輝きは、闇世の中に落ちていた宝石のように神秘的で、でもどこか頼りない光だった。
(あなたを助けるためなら、私は何だってする)
あの日に決めた誓い。今度こそ、私は私の何を失っても、この唯一の希望を助けるのだと。
✤✤
「あなたなら、アルナの体質を治す手がかりを知っている……でしょう?」
「いや、えっ?」
そんなことを言われましても。
と、言ってしまいたいところだが……彼女の瞳があまりにも真剣で、それを口に出すのは憚られた。
だが、その態度が余計に期待感を与えてしまったのだろう。彼女は口早に続ける。
「昨日、あなたがメルディアン先輩といるところを見た。何を話していたのか知らないけど、もし知っているなら全て教えて。……私にできる事なら、何だってする」
まるで人が変わったかのように、彼女の表情には必死さが現れていた。
俺に向けていた冷徹無比な態度が嘘、というわけではないのだろう。きっとそれ以上に大切なことなのだ、彼女にとって。
だがしかし。
「——ちょ、ちょっと待て! 何でもって……いや、それよりも! 何でそこでメルディーの名前が出てくるんだよ!?」
分からないことが多すぎる。何とかしてあげたいのは山々だが、一つとして状況が理解できない。
すると彼女は、俺の方がおかしなことを言っているかのように首を傾げた。
「だってあの人は学園長の養子でしょう? そんな有名人……この学園で知らない人はいない」
「そ、そんなに有名なのかあいつ……」
そういえばミルキールも、メルディーが学園で人気だとか何とか言っていた気がする。
「だから教えてほしい。どうやったらあの子の体質を治せるか。治せなくてもせめて……制御の方法だけでも」
「い、いやっ、だから待てって! とりあえず落ち着け! そんで説明してくれ! 体質とか治し方とか……でないと、してやれることもしてやれねえよ」
宥めるように言うと、彼女はハッとしたような表情をして目を伏せた。
とりあえず彼女を椅子に座らせる。十数秒という間をおいて、息を吐いた彼女はゆっくりと話し始めた。
「……あの子は、アルナは生まれつき星神力が人の数倍多くて、体内を循環する星神力が安定しない体質。この学園に来たのは、そんな体質を治す手がかりを掴めるんじゃと思ったから」
「じゃあ要するに、膨大すぎる星神力に体が追いついてないってわけか。だからあの時熱を……」
つまり、このスピネルという少女は似た症状で倒れた俺を見て、その処置をしたであろうメルディーならどうにかする手がかりを持っているのではないかと思ったわけだ。加えて言うなら、その治療を受けた俺なら解決策を持っているのでは——という考えだったのだ。
(こいつにとってイレギュラーなのは、俺の体質が想像通りじゃなかったことか……)
それに加え、俺の使える星神力量は人並みときた。
誤算……いや、期待外れもいいところだろう。
「でも、それでどうしてソルを頼りにしてきたの? それこそ、メルディアン先輩に直接頼めばよかったじゃないか」
「たとえ俺がその方法を知っていようといなくとも、元であるあいつに聞いたほうが手っ取り早いもんな。あいつも結構な鉄面皮だけど、素直に頭下げられて拒否するようなやつじゃないぜ?」
「……それは、そうだけど」
彼女はどこか申し訳なさそうに目を背けた。
そこに疑問を持ったのも、その憂いを見逃さなかったのも確かだ。
「ま、ひよっこの1年が面識の無え4年の先輩に頼み事ってのも勇気いるよな。いいぜ、俺から頼んでみるよ」
「……助かる」
「——と、いうことで。頼まれてください、メルディアン先輩!」
本塔2階の廊下で90度に頭を下げる生徒が一人。そう、俺である。
目の前で頭を下げられている金髪の少女は、俺を見下ろしていた。
どんな視線かは言わずもがな。ま、俺には見えていないので知らないふりをする。
「……何事かと思えば。とりあえず顔を上げてください、ソル。ご友人の前でこれ以上みっともない姿を見せたいという曲がった精神性なら考慮しますが」
「そんな精神持ち合わせてねえって知ってんだろ、お前」
俺たちがやってきたのは本塔2階、4年生のクラスがある階だ。
顔を上げると、わずかに驚きを滲ませているメルディーがいた。
「な、なあソル……お前、ほんとこの人とどういう関係なんだ?」
耳元でこっそりと聞いてきたのは、気まずそうな表情を見せるクオールだった。
「どういう……と言われてもな。見た目も似てねえし、かといって一緒に暮らしてるわけだから……」
「一緒に暮らしてるのか!? じゃ、じゃああれか……!? いわゆる所の……!」
「——そう、いわゆる所の姉と弟です。義理の、が頭につきますが」
「そうそう、いわゆる所の……って、は!? おいメルディー!? なに勝手言ってんだ!?」
突然割り込んできたかと思えば、なにを口走っているんだこの人は。
しかも、なぜか満足げだし。
しかし、何を勘違いしていたのか、頬を赤く染めていたクオールが「やっぱりか」と納得していたので良しとしよう。いや、やっぱりってなんだ。
「……ところで。私に用があるのはそちらの方ですか?」
「んえ? あ、ああ。そうだった……ほら、スピネルちゃんからも」
「ちゃんはやめて」
「あ、はい」
俺の一歩前へ出る直前、どさくさに紛れて睨まれた。
だが彼女はすぐに表情を戻し、メルディーに向き合った。
「……勝手なお願いだというのは分かっています。私にできることなら、何だってします。だから……その、アルナを助けてください」
彼女は再び頭を下げた。
ここまでお膳立てしたのだ、いくらメルディーといえど断ることはないだろうと思っていると、彼女は誰にでも分かるような笑みを向けて、言った。
「私が役立てることなら力を貸しましょう。ですがそのためには、一つ条件があります」
✤✤
保健室に、一つの光が瞬く。その中央には、ベッドに横たわる桃髪の少女——アルナちゃんがいた。
息は荒く、目に見てわかるほどに顔が赤い。
そして彼女を治療するメルディーを囲むように、俺たちはベッドの周囲を囲んでいる。
その中で両手を合わせ、瞼を閉じる姿があった。まるでこの世界にいると言う神にでも祈るように。
「……これで、しばらくは大丈夫でしょう」
メルディーの声で俺たちは顔を上げる。すると、今朝からずっと閉じられていたと言う瞼が、ぴくりと動いた。
「う、ぅう……ん」
「——アルナ!」
「あ、あれ……スピネル?」
呆けたように首を傾げるアルナちゃんの頬に、もう赤みはない。
「ど、どうしたの? ……って、あれ。ソルくんにリレールくん、クオールさんまでいる……え。これってどういう状況!?」
起き上がった彼女は、訳もわからず視線を行ったり来たりしている。
「その様子であれば大丈夫ですね。ですが油断は禁物。もし何かあれば、また私を訪ねてください。ソルにつけておきますので」
「返礼は俺持ちかよ……」
「冗談に決まってるじゃないですか」
彼女の様子を確認したメルディーは、変わらない表情で言った。
そうですか、冗談ですか。
そんな俺たちの会話の隣で、心底嬉しそうな表情をしたスピネルが、メルディーに対して頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼は結構です。それで、私の条件は飲んでいただけますね?」
「……はい」
「えっ、条件? なんのこと? ねえスピネル」
ヒヤリとした空気を悟ったのか、アルナちゃんは先ほどより困惑した表情でスピネルの顔を見上げる。
これ以上彼女を困らせるのは本意ではないのだろう、スピネルは今までの経緯を説明した。
「……そ、そんなことが。なんか迷惑をかけちゃったみたいで、ほんとごめんなさい」
「迷惑なんて思っちゃいねえよ。俺も似たようなもんだしさ。困った時はお互い様って言うだろ?」
俺だって似たような症状で倒れたのだ。自分のことを棚に上げてとやかくは言えない。
だからそんなに謝らなくても、と言う意味を込めたのだが——スピネルが真っ直ぐ俺を見ていた。
「今回の件、本当にありがとう。だから、その条件を受け入れる」
いや、うん。それはありがたいけど……そんな深刻にならなくていいんだぞ?
もしや、そこまで嫌なのか。
若干のショックを受ける俺の横で、この不自然に重い空気の中、何を思ったのか意を決したような表情でアルナちゃんが言った。
「——それって私が代わりになれませんか? 元はと言えばアタシが原因な訳だし……スピネルは、アタシを思ってしてくれただけなので。アタシが責任を取りますから」
その発言を聞き、俺は悟る。というかメルディーも悟ったはずだ。これは、盛大な勘違いをされていると。
「……何を勘違いしているか知りませんが。条件というのは、あなた方二人がソルの班に入る、というだけの話です」
「……………………え?」
唖然としたアルナちゃんの声。
沈黙がこの一室の空気を満たした。
うん、わかる。その気持ちは大いにな。
「ま。そりゃ驚くよな。でも、こんな重い空気になるとは俺も思ってなかったんですけど……俺と班になるのそんなに嫌だった?」
「当たり前。アルナのためじゃなかったら、絶対にしない」
「うわー、ショック。でも俺だってびっくりしたぜ。何言ってんだコイツと思ったし」
「失礼ですね。そもそもこれは、昨日様子がおかしかったあなたのためでもあるのですよ」
「へ、俺?」
「だってあなた、昨日夕飯の時に言ってたじゃないですか。クラスの子に嫌われているかもしれないと」
「あ、あ〜〜……? そんなこと言ったっけか……」
ぶっちゃけ、昨日の夕飯で何を話したかなんて覚えちゃいない。
何せ、その前にミルキールからこの星が地球だ、なんて重大なカミングアウトをされたんだ。
だが仕方ないだろう、前世の話なんて言える訳ないし。
(でもそっか、コイツなりに俺のことを心配してくれてたんだな……)
それが何だか嬉しくなる。今までの時間が無駄ではなかったと言う証拠だ。
「それにこうすれば今後手間が増えることはないでしょうし」
「手間?」
「はい。スピネルさんがどういった経緯で私を頼ったのかは聞きました。なので、ソルと同じ班になれば私を一々探さずとも、ソルに伝えていただければ無駄なく様子を伺える、ということです」
「……それはありがたいんですけど、どうしてそこまで?」
アルナちゃんの疑問はもっともだ。
メルディーと二人の関係といえば、ただの先輩と後輩。クラスメイトに身内がいる、というだけの。
ここまでの手当てを受ける義理も、施す義理もないと思うのが普通だ。
だがメルディーは、そんな二人に向かって微笑んだ。その笑みは俺が13の誕生日、一度だけ見せたものとよく似ていた。
「学園長は、この学園を誇りに思っております。そして私は、学園長の娘であることを誇りに思っているのです。誇りに思う方が大切にするものを、私も大切にしたい……そうすればきっと、私の求めるものが手に入ると思うのです」
初めて聞いた、メルディーの本音。
メルディーがミルキールのことを異常なほど慕ってるのは知っていた。けれど、その敬愛の中でそんな思いを抱えていたとは驚きだ。
いや、当然といえば当然なのかもしれない。何せコイツは、今回の件といい見た目に反して優しいのだから。
「——それでは、班の結成を祝して!」
保健室から退室した俺たちは、自身のクラスへ戻って行ったミルキールを見送ると、開口一番リレールが言った。だがしかし、問題があるとすれば。
「……祝す場所が職員室って、どうよ」
そう。俺たちがいるのは職員室前。全くもって場違いである。
「えー? だって先生に報告しなきゃでしょ」
なるほど。それならば仕方ない。しかし、こういう祝い事の場所はちゃんとした場所でやろう。
例えば、食堂とか。
「……ちょ、ちょっと待って! え? いいの? アタシとスピネルが入っても。なんか成り行きでそうなっちゃったけど……クオールさんとリレールくん、他に誘いたかった人とかいたんじゃ……」
「俺は別に。誰かを誘えるほど交友は広くない」
「僕もクオール以外に誘いたい人いないし」
ほんと平常運転だなコイツら。だが、その態度がこの状況に限って功を奏している。
俺はなおも不安そうな表情をするアルナちゃんを見た。
「……ってことらしいし、そんな不安がらなくて大丈夫だよ」
「うん、ありがとうみんな。これからよろしくお願いします」
「……よろしく」
そう言って頭を下げたアルナちゃんはやっぱりいい子だ。
そんな彼女に習うように頭を下げたスピネルも、まあ見直すことにした。




