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異世界創星記[another mythology]  作者: 亜真
第2章【学園】
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第十二話【変わりゆく】

 翌日。昨日の一件で相当目立ってしまったであろうことを深夜に思い至った俺は、賢者タイムのまま学園へ赴いた。


(こんなに緊張したのっていつぶりだ……? ああやだ。人の目が痛い。ずっと入院生活だった奴にこの仕打ちはキツすぎる)

 まあ、緊張の理由はもう一つあるのだが。それは今日から授業が始まるためだ。

 昨日のガイダンスで配布されたプリントには、この1年で受ける教科とその担当教員の名が記載されていた。


【基礎星神術】――各クラス担当教師

【基礎社会学】――ダイラー

【基礎運動術】――シートリア

【特別星神学】――内容により異なる。


 そして今日はこの中の二つ、【基礎星神術】と【基礎運動術】の授業だ。

 始業の音と共にドアが開かれる。入ってきたガウフは変わらず気怠げな表情をしていた。


 教室は、大学の講義室というより中学や高校での風景と近い。ただ、雰囲気や構造としては西洋を感じる。

 また、それぞれに席が用意されていて、俺はその中でも中央の列で前から3番目だ。良くもなく悪くもなくという感じで、利点は黒板がよく見えること、欠点は先生の目につくことだ。


「さァて、授業を始めるぞガキども。まずは基礎の基礎、星神力の分類からだ」


 挨拶も早々に、黒板に一つの五芒星が描かれる。

 5つの頂点を時計回りに「火・木・土・水・金」と記されていく。


「これは一般的に基礎属性と呼ばれてる。そしてこれらを創生(そうせい)術っつーんだが……まあ、この学園に入学したテメェらには常識だな」


 言葉を区切ると、再び黒板に文字を書く。今度は【天】【海】【地】【冥】という文字を縦に記していく。


「で、逆にこの四つは特別属性とも呼ばれ、創星(そうせい)術と読む。これらに準ずる街の民でも、この属性を扱える者は少ないとされてる」


 淡々と説明を続ける。教室は、筆記具でメモを執る音と、ガウフの声しか聞こえない。

 一通り教科書の内容を板書をすると、手についたチョークの粉を払う。おもむろに、壁にかかった時計を見上げた。時計の針は、授業の残り時間のちょうど半分の位置を示していた。


「さてと……おいテメェら、一旦こっちに来い」


 その指示のもと、生徒は一斉に教卓の前に集まった。

 教卓を囲むように、まばらな半円ができる。ちょうどその真ん中ほどの位置で、俺は話を聞いていた。


「残り時間で、テメェらには星神力で属性の具象化を行ってもらう」


 属性の具象化。その言葉にほとんどの者が不可解そうな表情をしていた。

 だが俺は、その言葉に聞き覚えがあった。


(それって確か、試験でリレールが言っていた……)


 あの時は確か、一本の松明を具象化させたと言っていた。

 それを俺もできるようになるのか。


「星神力が二つに区分されている理由が、属性の具象化にある。基本的に誰でも具象化することが可能なのが創生術。逆に物体として具現化できないのが創星術だ。海や天、大地や冥府を作ることは人間には不可能だからな。そのせいで創星術を扱えるやつは少ねえんだ」


 なるほど、言われてみれば確かに。あの3年間のプロジェクトでも、教わったのは創生術についてだけだった。なぜかと聞いた時、ミルキールからは「学園で教わることを今教えてどうする」と突っぱねられた。


(そうか、使(・)え(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)教えられなかった……ってことか)


「各々、テメェの第一属性は把握してるな? それは、テメェらが一番星神力を効率よく使えるって意味だ。ほとんどは創生術が第一属性になるんだが、稀に創星術が第一属性として現れるやつもいる。ま、それはレアケース。今日からこの授業では創生術の具象化を習得することが目標だ。場合によっちゃ、居残りもあるから覚悟しとけよ」


 ガウフはそう言って、右手を前に掲げた。そしてその右手から、小さな光がタンポポの綿毛のように発光し始めた。ただ、その色は少し紫色を帯びている。


「今はただ星神力を放出しているだけだが、これを物体として具象化させると——」


 ガウフが言葉を切ったのと同時に、発光していた光は、だんだんと濃い輪郭を成していった。

 数回まばたきをした時には、すでに教卓の上に小さく土が盛られていた。砂時計のように流動的に土が流れ落ちる。右手から落下する土だけではない、教卓に乗った土がホロホロと分離していく様まで。しっかりと再現されている。


「これが属性の具象化だ。星神術者の最たる価値はこれだな」


 そう言って、星神力の放出をやめた。その途端、手のひらから流れている土がピタッと止まる。だが、教卓や床に溢れた土は残ったまま。

 一瞬の間のあと、教室にはワッと歓声が上がった。


「すっごーい! 何今の!」

「あれが具現化かあ。俺も出来っかなあ」

「面白そう!」


 その歓声は様々だ。当の本人はずっと変わらない表情で、生徒たちの様子を見ている。


「騒ぐなガキども。ほら、さっさと始めろ」


 それを合図に、生徒たちは一斉に自身の星神力を片手に放出し始めた。教室には、色を帯びた無数の光が咲いているようだった。


「強くイメージしろ。今まで自分が感じたそれは一体どんなふうだったのかを。色、匂い、温度、感触、味。知っている全てを思い出せ。そのイメージが体内を巡る星神力に伝わる」


 生徒たちは目を閉じて、必死にイメージをする。


(第一属性は星神力を一番効率よく使えるって言ってたな……じゃあ俺は【土】の属性からチャレンジした方がいいのかもな)


 というかそもそも、現時点での俺は【土】の属性しか使えない。

 ミルキールは追々対策していくと言っていたが、その時期が来るまでは騙し騙しやっていくしかないだろう。


 そんなことを考えつつ、俺は目を閉じる。それが一体どんなものだったのかを思い出しながら。


(色は、茶色……匂いは、なんと言ったらいいんだろう。あの独特な……そうだ、俺は意外と雨に混じった土の匂いは嫌いじゃない。味は分からんし、感触は……湿っているのもあれば、乾いてるのもあるな。湿ってると掃除が大変そうだし、今回は乾いてる方でいいか。温度は、意外とひんやりしてるよな……)


 などと、大雑把ではあるがしっかりとその輪郭をイメージする。

 とはいえ、当たり前のものをちゃんとイメージするって意外と難しい。


(そういや、リレールとクオールはできるんだったよな)


 一人で延々と考えるより、できる人からアドバイスをもらった方が効率がいい。そう思い、周囲を見渡すと、確かに二人はそこにいた。どちらとも、周囲に人の円を作って。


「……まさか、また」


 リレールの方はいつものことだとしても、クオールのことは昨日の一件がある。それとなく耳をすませた俺だったが、その考えが杞憂だったことをものの数秒で理解した。


「クオールさんすごい! どうやってやってるの?」

「おお、すげえあったかい。ちゃんと炎なんだな……熱くねえの?」

「私も炎が第一属性なの! よかったらコツとか、教えてもらえないかな?」


 色々な人の中心で、片手に小さく炎を灯すクオール。だがそこに昨日のような険悪な雰囲気はない。どころか、彼女は笑顔でそれに応対している。これならもう、心配はいらないだろう。


 それならリレールに教えてもらうか——と思いもう一つの輪の中心を見るが、彼は彼でさらに多くの人に囲まれていた。というか、マンツーマンで教えている様子さえ見える。


(……こりゃ、自力でやるしかなさそうだな)


 安心感と嬉しさが入り混じった温もりが染み渡る。

 さて、気を取り直して俺も、と思った時。

 後方で、ドサッ……という何か重いものが倒れた音がした。そう、それはちょうど人くらいの——。


「……って、え……だ、大丈夫か!?」


 人ぐらいの、どころではない。人だ。しかも俺の真後ろで。

 倒れていたのは桃髪の少女。ショートカットのさらりとした髪が彼女の頬にかかる。

 肩を抱いて起こすが、そのまぶたは苦しげに閉じられていて、息が荒い。


(顔が赤い……熱があるのか?)


 空いた片手で額に触れると、その高熱さが余計に伝わってくる。


「おい誰か! 先生を……!」


「——退いて」


 兎にも角にも保健室に運ばないと——そう思い顔を上げた俺の目の前に飛び込んできたのは、もう一人の見知らぬ少女の顔。


「え、えっと……」


 至近距離でも分かる端正な顔立ちに、俺は思わず体が固まる。

 長いまつ毛に桃色の瞳。右半分だけ白く染まった紫色の髪色は、独特な雰囲気を思わせる。


「……やっぱり、発熱してる。早く運ばないと——ねえあなた」


「は、はいっ……!」


 グイッとさらに顔が近くなる。もはやその吐息さえも分かるほどに。


(ま、待ってくれ。公共の場だぞ……!? それに俺は前世からの想い人が——!!)


 倒れる少女の熱に当てられたのか、俺の頬への熱がこもった——その時。


「——もう一度言うわ。退いて」


 ぐるり。次の瞬間、世界が反転した。

 天と地がひっくり返るとはまさにこのこと。


「……………………へ?」


 ガタン! というけたたましくも情けない音を響かせた俺は、ひっくり返った視界で桃髪の少女を颯爽と抱き抱えて教室から去っていく紫髪の少女を見た。



「……大丈夫か? お前」


 その直後、情けない俺を見かねてか呆れた表情のクオールに手を差し伸べられた。


「ははは……俺は、大丈夫。その哀れみの視線の方が辛いだけで」


 精神的には無事とは言えないが、身体的には何もない。

 逆に、大丈夫じゃないのはさっきの桃髪の子の方だ。

 周囲の視線が痛いのは、もはや気にした方が負けというもの。


(大丈夫かな。あの紫髪の子はなんか手慣れてるっぽかったけど……あとで様子見に行くか? ……でもなあ。ぶっちゃけ、保健室には行きたくねえんだよな)


 なぜかって? 決まっている。あのガタイのいい大男に絡まれるのがゴメンだからだ。



 桃髪の少女の無事を祈りつつ、立ち上がった俺は再びまぶたを閉じた。

 体内に意識を集中させると、以前よりも鮮明に俺はそれを感じ取った。



 ✤✤



 ——こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

 目の前にいる大勢の人が、瞳を輝かせて俺を見ていた。その誰もが、怯えも恐怖もなく、ただ単純な親しみを持って俺に接してくれている。


(こんな光景を見られるなんてな……)


 緩んでしまう頬を抑え込みつつ、色々な人にアドバイスをしていると——突然、離れた位置から音がした。

 見ると、一人の少女が倒れている。


 何があったのかと思っていると、あれやこれやとことが進んで、気づけばもう一人の少女がソルをひっくり返していた。


「……大丈夫か? お前」


 無様にも転がされたソルに手を伸ばす。どうやら倒れてしまった女の子を解放しようとしていたみたいだが、他の子にお役御免だと身をもって示されたらしい。


「あはは……俺は、大丈夫。その哀れみの視線の方が辛いだけで」


 こいつと——誰かと、冗談混じりの会話ができるようになる日が来るだなんて、昔の俺は想像できただろうか。

 立ち上がったソルは、周囲の視線に気恥ずかしそうにしつつも、再び意識を集中し始めた。

 俺もそれに習って、今度は他の属性の具象化を試してみることにした。


(それにしても……ほんと、こいつには頭が上がらないな。まさか俺が、誰かに星神術を教える日が来るだなんて)


 それはいつもリレールの役目だとばかり思っていた。今日も大勢のやつらに囲まれているあいつを、俺はそっと片目を開けて見た。

 俺が星神力を使うと、そこにあるのは恐怖と悲鳴だけ。決して友好的な感情など存在しなかった。


 でも、今は違う。ふと隣を見れば、変わらぬ表情でこいつが居てくれる。それに、どれほど救われているかきっとこいつは知らないんだろう。


(……改めて見ても、やっぱり赤いな)


 まじまじと人の顔を観察する機会も、そういえばなかった気がする。いつも怯えた顔ばかり見ていたから。

 宝石のような赤い髪。よくよく見ると、薄いまつ毛もやはり赤い。中々に苦戦しているみたいで、苦虫を噛み締めたような表情になっている。


「う、ぅ……」


「大丈夫か? うなされてるみたいになってるぞ。分からないことがあったら、教え——」


 てやる、という言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 代わりにポタポタと、あいつの鼻から床へと落ちる赤い血を見た。


「——ソル!!」


 瞬間、その体がぐらりと揺れる。

 床へ倒れ込む前に、慌ててその体を抱き止める。


「おいソル! ソル! ——しっかりしろ!!」


 ゆっくりと床に座り込む。必死に呼びかけてもそのまぶたが開くことはない。

 ドクドクと流れていく赤い血に、俺は恐怖を覚えた。



 ✤✤



 ——鎖があった。

 天井も地面も分からない真っ白い空間の中に、区切るように張り巡らされた鎖。


(ミルキールが封じている、俺の本当の力か)


 目の前にある南京錠。きっとこれは壊すことも解錠することも不可能なのだろうと、直感が理解した。

 もしこの力を使ったら、どれほどの——と俺は慌てて頭を振った。

 気づけば南京錠に向かって片腕が伸びていて、あと少しで触れそうだった。


(あぶねえ……これを使って命が危ぶまれるのは俺の方だってのに)


 息を吐いて背を向ける。

 今度はその反対にある、もう一つの力へと手を伸ばした。


(用があるのはこっち……ミルキールとメルディーからもらった力)


 空間一体を区切るほどではないが、俺の何倍もの大きさがあるそれは、温かみのあるオレンジにも似た黄色い光を纏っていた。


(今度は倒れねえように量を調整して——)


 そう思った矢先だった。

 突然、何かに肩を引かれたような浮遊感に見舞われたのは。

 状況を理解できぬまま、唯一分かったのは自身の意識が遠のいていくことだけだった。


 そしてその奥で、微かに——泣きそうなほど必死に俺の名を呼ぶクオールの声が、聞こえた気がした。





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