第9話:合同会社クオリア・ロジスティクスと、香港の金塊
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会社を設立するのは、想像以上にあっけないものだった。
資本金一千万円。代表社員・琴陵宥子、副代表社員・琴陵容子。
都内の超一等地にあるレンタルオフィスを本店所在地に指定し、司法書士に破格の手数料を払って特急で手続きを進めさせると、わずか数日で『合同会社クオリア・ロジスティクス』の法人登記が完了した。
「ふふふ……ついに『代表取締役』ならぬ『代表社員』よ!」
新設された清潔なオフィス(とはいえ、私たちが実際に作業するのは主に自分たちの移動先だが)で、私は出来立てほやほやの法人印鑑と登記事項証明書を愛おしそうに撫で回していた。
「お姉ちゃん、形から入るの好きだねえ。で、法人化して最初の『お仕事』は何にするの? もう心臓の鼓動だけで口座の数字は増え続けてるから、遊んで暮らしてもいいレベルだけど」
容子がオフィスチェアーに深く腰掛け、クルクルと回らせながら尋ねてくる。
「何言ってるの容子。お金を増やすこと自体が目的なんじゃないわ。『この圧倒的なチートスキルで、世界の経済システムをどこまで自由にハックできるか』というゲームを楽しんでいるのよ」
「完全に悪徳実業家の思考回路じゃん……」
「それにね、法人化したからには『圧倒的な現金の流動性』を正当化する大きなビジネス実績が必要なの。……というわけで、次の目的地を決めたわ」
私は大型モニターに、アジア最大の金融都市——香港の夜景を映し出した。
「香港……? あそこって関税がかからないフリーポート(自由港)で有名だよね?」
「その通り。そして今、世界の富裕層や投資家たちが何をこぞって買いあさっているか分かる?」
「高級時計? 地価?」
「——『純金』よ」
私はモニターの表示を切り替え、金相場のチャートを示した。
「世界情勢の不透明さから、金の価値は過去最高値を更新し続けている。特に香港の金市場は、世界中の投資家や裏のバイヤーたちが現金を金塊に変える一大拠点なのよ」
「金塊……! あの映画とかで見る、ドカンと重い金の延べ棒!?」
「ええ。通常の金取引には、膨大な輸送保険料、厳重な装甲車の手配、そして強盗のリスクが付きまとう。だからこそ、金の国際輸送には巨額のマージン(手数料)が発生するの」
私は容子の前に身を乗り出した。
「でも、私たちの【アイテムボックス】に金を放り込んだらどうなる?」
「……あ。重量ゼロ、盗難リスクゼロ、輸送費ゼロ……!」
「そう! 現地で大量の金塊を買い付け、それを需要が高騰している別の国やバイヤーへ一瞬でデリバリーする。——これぞ、現代錬金術の極致よ!」
2
「香港・中環……懐かしい! 大学の卒業旅行で来たことある!」
フッ
容子の【転移】によって、私たちは一瞬にして香港の中心街、超高層ビルが立ち並ぶ中環の路地裏へと降り立った。
湿度の高い熱気と、街頭のネオンサイン、そして中華スープと香辛料の匂いが漂ってくる。
「容子、ナイスチョイス。まずは事前にアポイントを取っておいた、香港有数の貴金属商『金鳳宝飾』へ向かうわよ」
私たちは高級タクシーを拾い、九龍側の歴史あるビル街へと向かった。
厳重なセキュリティチェックを受け、防弾ガラスで守られた奥の特別応接室へと通される。
そこに待っていたのは、シルクの唐スーツを着た小肥りの老商人——陳社長だった。
「ニーハオ、琴陵様。日本の新進気鋭の投資会社からのお越しと聞いております。……で、本日はどのようなご用件で?」
通訳アプリを介しつつ、私はアタッシュケースから『香港ドルの束(※事前に現地銀行で口座から引き出して両替しておいたキャッシュ)』をテーブルの上にドカンと積んだ。
「陳社長。こちらの現金で、今貴店で用意できる最高純度(99.99%)のインゴット(金塊)を、あるだけ買い取りたいの」
陳社長の目が丸くなった。
「……正気ですか? 金塊は今、歴史的高値ですぞ。それに、これほどの現金を一度に金に変えて、どうやって日本へ運ぶつもりですか? 航空機の重量制限や関税の手続きだけでも大変なことになりますが……」
「運搬の心配なら無用です。私たちには『特別なセキュリティ会社』がついていますから。……それより、今すぐ金塊を用意していただけますか?」
陳社長は半信半疑のまま、インカムで奥の巨大金庫室に指示を出した。
十分後。
頑丈なカートに乗せられて運ばれてきたのは——
ずっしりと重く、鈍い黄金色の光沢を放つ1キログラムの金インゴットが、なんと50本。
総重量50キログラム。日本円にして約7億5,000万円相当の金塊の山だった。
「……圧巻ね」
容子がゴクリと唾を飲み込んだ。
普通の人間なら、50キロの金塊など両手で抱えて歩くことすら困難だ。装甲車と警備員なしで持ち出すなど自殺行為に等しい。
「検品は終わりました。契約成立ですね、陳社長」
私は陳社長と握手を交わすと、作業用グローブを嵌めた手で、50本の金塊の山へゆっくりと手を伸ばした。
「えっ……お客様、お一人で持ち上げるのは無理です——」
陳社長が制止しようとした、次の瞬間。
(格納——!!)
シュン! シュン! シュン! シュン!
金庫室を埋め尽くしていた7億5000万円分の金塊の山が、まるで幻覚のように、音もなく一瞬で消え去った。
「な……!? か……金塊が……消えたーーーっ!?」
陳社長が腰を抜かして床にへたり込み、目を白黒させて叫んだ。
「謝々(シェシェ)、陳社長! 良い取引でした!」
私は唖然とする警備員たちを後目に、容子の手を強く握りしめた。
「容子! 行き先は、東京・六本木のプライベート金庫!」
「了解! テレポート!!」
フッ
香港の貴金属商の応接室から、二人の日本人女性が気配もなく消失した。
3
同日、午後六時。
東京・六本木の超高級会員制セキュリティオフィス。
私たちは、国内大手貴金属ディーラーの幹部と向き合っていた。
「……琴陵社長。香港から本日買い付けたばかりの『LBMA(ロンドン地金市場協会)認定インゴット50キロ』だと……? バカな、通関の手続きも貨物便の記録もないぞ! どうやって数時間で日本へ持ち込んだんだ!?」
幹部が血相を変えて、目の前に整然と並べられた50本の金塊と、その品質証明書を交互に見つめている。
「企業のトップシークレットです。……それより、この金塊、今すぐ国内の最高相場で買い取っていただけますか?」
日本の金相場は、為替の変動と国内需要の高騰により、香港での買い付け価格よりもさらに高いプレミアムが乗っていた。
「か……買う! 買い取らせてくれ! 即座に御社の『クオリア・ロジスティクス』の法人口座へ、8億2,000万円を一括送金する!」
「交渉成立です」
私は不敵な笑みを浮かべ、握手を交わした。
香港への移動時間、0秒。
買い付けから日本での売却までの時間、わずか3時間。
発生した利益——差額だけで約7,000万円の純利益。
しかも、私の脳内倉庫には何の負担もなく、心臓がトクトクと動くたびに、心拍ボーナスもチャリンチャリンと口座に加算され続けている。
「……お姉ちゃん」
六本木のビルを出た後、容子が夜風に当たりながら遠い目で呟いた。
「なに、容子」
「私たち、ついに一度の取引で『7,000万円』の利益を出すようになっちゃったね……」
「ええ。でもこれは、私たちの『現代魔法ビジネス』のほんのウォーミングアップに過ぎないわ」
私は夜空に輝く東京タワーを見上げた。
金塊、宝石、高級食材、希少素材……。
世界のあらゆる『物流の障壁』を無効化し、莫大な富を叩き出す双子姉妹。
「容子。次は……砂漠の国、ドバイの石油王たちに『日本の最高峰の生鮮品』を売りつけに行くわよ!」
「ドバイの石油王!? スケールがどんどん狂っていくよお姉ちゃんーーーっ!!」
クオリア・ロジスティクスの快進撃は、日本を飛び出し、世界の富豪たちを巻き込む地球規模のエンターテインメントへと加速していくのだった。




