第10話:砂漠の石油王と、朝採れイチゴの奇跡
1
「ドバイ……? 石油王に何を売るって?」
六本木で金塊を売りさばいた翌日。
私たちが向かったのは、高級マンションのモデルルーム……ではなく、山梨県にある観光農園のビニールハウスだった。
真夏の陽光が降り注ぐ中、真っ赤に熟した大粒のイチゴが、甘い芳香を漂わせている。
「売るのはこれよ。日本の農家が手塩にかけて育てた、最高級品種のイチゴ『真紅の美鈴』と『白苺・初恋の香り』」
私は熟したイチゴを優しく手で摘み取り、容子に見せた。
「イチゴ……? たしかに美味しそうだけど、ドバイの富豪がイチゴ一粒で驚く?」
「甘いわね、容子。中東の砂漠地帯……特にドバイやアブダビの超富裕層はね、世界中の最高級品を食べ飽きているの。でも、彼らが喉から手が出るほど欲しがっても手に入らないものがある。それが——『摘みたてそのままの、完璧な日本の生鮮フルーツ』よ」
私は貿易会社時代の知識をドヤ顔で語り出した。
「日本の最高級フルーツは世界一の品質だけど、とにかく足が早い(痛むのが早い)。通常、ドバイへ輸出するには空輸で何日もかかり、途中の温度管理ミスで傷んだり、果汁が飛んで香りが落ちる。現地に着く頃には『一応美味しい高級フルーツ』に落ちてしまうの」
「あ……!【アイテムボックス】の『時間停止(鮮度劣化ゼロ)』……!」
「そう! 朝摘んだ瞬間の、果汁がハチキレそうな超最高状態のまま、ドバイの王族の朝食テーブルへ直接デリバリーするのよ。……ちなみに、ドバイの超富裕層向けオークションでは、完璧な状態の日本のイチゴ一箱に数十万円から百万円の値がつくこともあるわ」
「一箱100万……!? フルーツの値段じゃないよそれ!?」
「農園のオーナーさん! このハウスの最高品質のイチゴ、全部買い取ります! 現金で!」
私は農家のおじさんに札束をドカンと握らせ、ビニールハウス一棟分の超極上イチゴを、片端から【アイテムボックス】へと格納していった。
摘み取られた瞬間のフレッシュな甘い香りが、脳内倉庫の『時間停止機能』によって完全に真空凍結(※物理的凍結ではなく状態維持)される。
「よし! イチゴ500パック、買い付け完了! 容子、ドバイへ飛ぶわよ!」
「了解! ドバイは一昨年、デザイナーの海外展示会で行ったことある! ブルジュ・ハリファの前の広場へ飛ぶよ!」
「手をつないで! 空間跳躍!!」
フッ
夏の山梨の畑から一瞬。
視界に広がったのは、照りつける砂漠の太陽と、天を突く超高層ビル『ブルジュ・ハリファ』、そして巨大な人工池だった。
気温は40度オーバー。一瞬で汗が吹き出す。
「熱ッッッ!! ホントに一瞬でドバイ来ちゃった!!」
「急ぐわよ容子! 予約しておいた『超高級ホテル・バジュ・アル・アラブ』の最上階スイートへ突撃よ!」
2
アラブ首長国連邦・ドバイ。
全室スイートの最高級ホテル『バジュ・アル・アラブ』のロイヤルスイートルーム。
豪華絢爛な金箔とシルクで飾られた応接室で、私たちは白い民族衣装を身に纏った男と向き合っていた。
男の名は、シェイク・ラシード。
ドバイでも有数の総資産数兆円を誇る王族投資家であり、筋金入りの美食家だ。
「……日本の若い女性バイヤーか。わざわざ我々の元へ何を売りに来た? 宝石か? スーパーカーか? 我々は世界中の最高級品をすでに所有しているが」
ラシードは冷ややかな笑みを浮かべ、高級なデーツ(ナツメヤシの実)を口に運んだ。
通訳アプリを介し、私は不敵に微笑んだ。
「ラシード殿下。本日お持ちしたのは、貴方がこれまで食べたどのスイーツよりも甘く、そして新鮮な——『日本の奇跡』です」
私はアタッシュケースから、銀のトレーに乗せた真っ赤なイチゴと、真っ白なイチゴを一粒ずつ取り出した。
「フン、イチゴか。ドバイの高級スーパーにも日本のイチゴは空輸されている。珍しくも——」
ラシードが鼻で笑いながら、差し出されたイチゴをつまみ、口に含んだ。
次の瞬間。
「………………………………っ!?」
ラシードの身体が、雷に打たれたように硬直した。
手に持っていたデーツが、ポロリと床に落ちる。
「な…………なんだ……この果汁の爆発は……!? まるで今、農園で摘み取ったかのような瑞々しさ……! 芳醇な香りが鼻腔を突き抜け、果肉の歯ごたえが完璧に残っている……! バカな……日本からの空輸で、なぜこれほどの鮮度が保てるのだ……!?」
ラシードの目が血走り、カッと見開かれた。
「おい! 今すぐ料理長を呼べ! このイチゴの糖度と品質を計測させろ!」
数分後、ホテルの総料理長が飛んできた。
計測器を当てた料理長が、震える声で叫ぶ。
「で、殿下……! 糖度20度オーバー……! しかも水分保持率、果肉の細胞組織の損傷が『ゼロ』です! まるで摘み取られてから1分も経っていない状態です……! あり得ません、日本からの輸送でこの品質は科学的に不可能です!!」
「奇跡だ……! これぞ『真の日本の宝』だ……!」
ラシードが身を乗り出し、私の両手をがっしりと握りしめた。
「琴陵殿! このイチゴを、今夜開かれる王室主催のシークレットパーティのメインディッシュとして譲ってくれ! いくらだ!? 1パック10,000ドル(約150万円)でどうだ!?」
1パック150万円。
山梨で一パック数千円で買い付けたイチゴが、数百倍の超・プレミアム価格へと化けた瞬間だった。
「500パックすべて、買い取らせていただきます。合計で750万ドル(約11億2,000万円)……今すぐ御社の口座へ送金手配を!!」
3
同日、午後八時。
ドバイの灼熱の太陽が沈み、絢爛豪華な夜景が広がる湾岸ゾーン。
私たちは、ラシードから支払われた11億2,000万円の着手金(即時送金完了通知)が届いたスマホ画面を、ホテルのテラス席で見つめていた。
山梨の農園を出発してから、わずか6時間。
かかった原価と移動費(※0円)に対し、得られた利益は11億円オーバー。
「……お姉ちゃん」
容子がトロピカルフルーツジュースを飲みながら、カクカクとロボットのような動きで呟いた。
「なに、容子」
「私たち……イチゴを売って11億円稼いじゃったよ……」
「ええ。日本の農家さんも大喜び、ドバイの石油王も大感激。全員がハッピーになる、完璧なウィンウィンの貿易ね」
「しかもさ……」
容子が自分の銀行アプリを開いて見せてきた。
そこに表示されている、心拍数ボーナスのリアルタイム加算画面。
『524,180,000円』
ドバイの豪華すぎるホテルと、石油王との11億円の商談による猛烈な緊張と興奮。
心臓がバックバクと早打ちした結果、心拍ボーナスだけでも5億円の大台を突破していた。
スキルの売上とあわせ、クオリア・ロジスティクスの総資産は——一瞬にして20億円を突破したのだ。
「あはは……もう笑うしかないね。心臓が動くだけで家が建つよ……」
「ふふ、容子。驚くのはまだ早いわ」
私は夜風に髪をなびかせ、ドバイの不夜城を見下ろした。
「イチゴで11億が稼げるなら……次は世界中の医療現場で不足している『超希少な血清やワクチン』、あるいは国家レベルで奪い合われている『次世代半導体のレア素材』。
——私たちが動けば、世界の物流と政治のバランスすら書き換えることができるわ」
「よ、スケールが国家レベルになってきた……! 23歳の元社畜双子なのに!!」
「さあ容子! 手をつないで! 次の目的地へ行くわよ!」
「了解! どこへでも行っちゃうよーーーっ!!」
ドバイの夜空に、双子姉妹の無敵の笑い声が弾けた。
一人じゃ倉庫、一人じゃドア。
だが、ふたりが手をつなぐ限り——現代社会のあらゆる常識と物理法則は、彼女たちの最高の遊び場へと変わり続けるのだった。




