第6話:世界一の珈琲豆と、南米エメラルドの噂
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銀座での大勝利から三日後。
私たちは都内最高級タワーマンションの一室……ではなく、相変わらずあのボロアパートの六畳間にいた。
「ねえお姉ちゃん、なんでこんなに数千万円も稼いでるのに引っ越さないの?」
容子がコタツの上で、自分の心拍数カウンター(銀行アプリ)をチラチラ見ながら不満そうに言った。残高はついに千万円単位を突破し、一億の領域へ足を突っ込みかけている。
「バカね容子。23歳の無職(体裁上は有給中の会社員)の双子が、急に港区のタワマンに引っ越してみなさいよ。近隣住民から不審がられて警察か税務署に通報されるわ。成り上がりほど足元を固めるのよ」
私は冷やし中華をすすりながら、ノートパソコンの画面を鋭い眼光で睨みつけていた。
「それより容子、次のターゲットが決まったわ」
「次はなに? またアパレルの生地?」
「いいえ。次は——『食卓の宝石』と『本物の宝石』のダブルコンボよ」
画面に映し出されたのは、世界中のオークションで過去最高値を更新し続けている幻のコーヒー豆——パナマ産『ゲイシャ種・エスメラルダ農園・特別オークションロット』のニュース記事だった。
「珈琲……? 豆を運ぶの?」
「ただの豆じゃないわ。この最高級のゲイシャ豆は、生豆の状態で1キロあたり数千ドル(数十万円)で取引されることもあるの。しかも、珈琲豆は『焙煎する前の新鮮な生豆』の保管状態と鮮度が命。……わかるわね?」
「あ……! お姉ちゃんの【アイテムボックス】の『時間停止(鮮度劣化ゼロ)』と、私の『現地直行』の出番……!」
「その通りよ」
私はニヤリと笑った。
「日本の最高級喫茶店やホテル、スペシャリティコーヒーの専門店は、この『最高鮮度の幻の生豆』を喉から手が出るほど欲しがっている。だが、通常の船便だと現地から日本へ届くまでに数ヶ月かかり、どうしても湿気や赤道直下の熱で品質が落ちる。航空便だと輸送費で原価が跳ね上がる」
「それを私たちが現地で直接買い付けて、時間ゼロ・輸送費ゼロで持ってくる……!」
「そう! そしてついでよ、容子。パナマのお隣……コロンビアの『ムゾー鉱山』周辺で行ったことある場所、あるいは有名な観光地ってない?」
容子はうーんと腕を組んで首をひねった。
「コロンビア……? あ! 大学のバックパッカー時代に、コロンビアの首都ボゴタと、翡翠やエメラルドの歴史博物館に行った! 景色もバッチリ覚えてる!」
「決まりね」
私はパソコンをバンと叩いて立ち上がった。
「南米コロンビアの最高品質エメラルド原石と、パナマの最高峰コーヒー生豆。——この二つを現地で同時買い付けするわよ!」
2
「……で、どうやって現地で農園主や鉱山ブローカーと交渉するの? 私たちスペイン語なんて話せないよ?」
「甘いわね容子。今の時代、AIのリアルタイム翻訳アプリがあれば日常会話レベルの交渉は余裕よ。それに……『大量の米ドル札束(現金)』は、世界共通の言語なのよ」
私たちは前回の成田空港と同様に、容子の【転移】でまずは一度行ったことのあるボゴタの旧市街の路地裏へと跳んだ。
フッ
移動時間、0秒。
湿気の交じる南米特有の空気と、排気ガスの匂いが鼻をつく。標高二千メートルを超えるボゴタの澄んだ空気が、肌を刺すように冷たい。
「うわぁ……本当に一瞬で南米に来ちゃった……」
「感心してる暇はないわよ。まずはエメラルドの宝石市へ向かうわよ!」
ボゴタの中心街にあるエメラルド市場は、街頭でブローカーたちが紙に包んだ原石を売買するカオスな熱気に包まれていた。
怪しい男たちが寄ってくる中、私たちは事前のリサーチ通り、政府公認の厳格な鑑定書を持つ老舗の宝石商の店へと入った。
翻訳アプリを起動したスマホを掲げ、私はカウンターに『USドルの札束』をドカンと置いた。
『最高品質のノンオイル(無処理)のエメラルド原石とルースを、あるだけ見せて頂戴。全部キャッシュで買い取るわ』
店主の目が点になり、次の瞬間にはもみ手をしながら店の奥から金庫を出してきた。
「お姉ちゃん、これ本物……? ガラス玉じゃないよね?」
「鑑定書とレーザー刻印を確認するわ。それに、私のボックスに入れれば、偽物かどうかの違和感(質量や密度の異常)も感覚で掴めるから」
私は店主が提示した、息をのむほど深く鮮やかな「エメラルドグリーン」に輝く未処理の極上原石を手に取り、次々とボックスに格納していく。
(格納! 格納! 格納!)
店主は目の前で数十個の宝石が次々と消え去っていく現象に「マ、マジシャン……!?」と腰を抜かしていたが、机の上に残された本物のドル札の山を見て、涙を流して感謝の握手を求めてきた。
「よし、エメラルドの買い付け完了! 次はパナマの農園へ行くわよ!」
「えっ、パナマは行ったことないよ!?」
「ボゴタからパナマシティまでは国際線の飛行機でわずか一時間半よ! チケットはさっきの移動中にスマホで取ったわ!」
「段取りが早すぎるーーーっ!?」
3
その日の夕方。
パナマ・バル火山山麓の豊かな自然に囲まれた「エスメラルダ農園」。
私たちは緑豊かな農園のオーナーと向かい合っていた。
通常、この農園のオークションロットは世界中のバイヤーが競り合うため、一粒たりとも個人の飛び込み客には売られない。
だが、私は貿易会社のスキルをフル活用した。
「私たちは日本の富裕層向けプライベート会員クラブの代理人です。オークション提示価格の『1.5倍の現金』をその場で支払います。その代わり、今朝収穫され、精製が終わったばかりの最上級生豆を、この場で数十キロ譲ってください」
オーナーは最初渋っていたが、提示された規格外の買い取り金額と、目の前に積まれたドル札の山に折れた。
「……分かった。だが、生豆の輸送はどうする? 日本までの輸送で温度管理を怠れば、この豆の繊細なフローラルな香りは全滅するぞ」
「心配いりません。私たちの『輸送技術』は、世界最高の保存環境を誇りますから」
私は麻袋に詰められた最高峰のゲイシャ生豆に手を触れた。
(格納——!)
シュン!
一瞬で姿を消す数百キロの生豆。
「な……!? 豆はどこへ行った!?」
呆然とする農園主を後目に、私は爽やかに微笑んだ。
「グラシアス(ありがとう)! 最高の豆をありがとう!」
「容子! 手を繋いで! 日本へ帰るわよ!」
「了解! 目指すは日本の六畳間アパートーーーっ!!」
フッ
南米の鮮やかな夕暮れから一瞬にして、湿っぽい日本の夜のボロアパートへと戻ってきた。
時差ボケすら感じる暇のない、地球の裏側への往復移動。
私の頭の中の『漆黒の無限空間』には、輝く無処理のエメラルドと、今朝収穫されたばかりの最高品質コーヒー生豆が、一切の劣化なく眠っている。
「……ふう。無事帰還ね」
「お姉ちゃん……今回の南米出張、現地滞在時間どれくらい?」
「トータルで約5時間ね」
「5時間で南米往復して宝石と超高級コーヒー豆を仕入れてくるとか、世界の物流業者が泣いて逃げ出すよ……」
「泣く暇があったら商売よ! さあ容子、明日の朝一番で、都内の最高級ホテルと外商のVIP顧客にアプローチをかけるわよ!」
「はいはい! ドドーンと売りさばいて、今度こそ美味しいお寿司食べに連れてってよね!」
六畳間のボロアパートで、23歳の双子姉妹は高らかに笑い声を上げた。
世界の物流と経済の常識を置き去りにした彼女たちの「現代魔法ビジネス」は、もはや誰も止められない領域へと突入しつつあった。




