第4話:ファーストクラスの怪と、パリの裏路地
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「……何これ。人間って、こんな空間で空を飛んでいいわけ?」
成田空港から飛び立ったボーイング777の機内。
ファーストクラスの個室型シート(スイート)に深々と体を沈め、容子は高級な革張りのシートをペタペタと触りながら目を見張っていた。
専用の扉を閉めれば、そこはもう完全にプライベートな個室だ。
フルフラットになるベッド、大型のモニター、そして搭乗した瞬間から差し出される最高級シャンパンのグラス。
「静かにしなさい容子。成金だと思われるでしょ」
「いや、どう見ても成金……というか、今朝までボロアパートでファミチキ食ってたパジャマ女二人組だよ!? ド派手なブランド物の服を空港の免税店で買い漁って着替えたけどさ!」
私たちは成田空港のブランドショップで、適当な高級私服を一式買い揃えて搭乗していた。もちろん、支払いはあの「勝手に増える口座」からの一括決済だ。
キャビンアテンダントが極上の笑みを浮かべ、シャンパンのおかわりを注いでくれる。
「琴陵様、お食事の準備はいかがいたしましょうか? 本日は三ツ星シェフ監修のフレンチフルコースとなっております」
「あ、はい。お願いします」
CAが優雅におじぎをして離れていくと、容子が小声で私に耳打ちしてきた。
「ねえお姉ちゃん。今のフライト時間で、どれくらい稼げてるの?」
「えーと……搭乗してから今で約3時間。私の心拍数がファーストクラスの快適さで安定してて1分間に65回だとしても……13万6500円ね」
「パリに着く頃には、航空券代(片道約200万円×2人分)の元が半分以上取れてる計算……。っていうか、空の上にいるだけでお金が増えるってどういうことなの……」
「これが『不労所得』の究極形よ。……まあ、私たちの本当の勝負は、パリに着いてからだけどね」
私はテーブルの上にノートパソコンを開き、あらかじめダウンロードしておいたパリの地図と、アパレル業界の特殊な供給網に関するデータを表示させた。
妹の容子は優れたデザイナーだが、流通や仕入れの裏ルートに関しては無知に近い。
だが、私には貿易会社の社畜として培った「世界のモノの流れ」に関する知識がある。
「容子。今回狙う『第一の商品』を絞り込んだわ」
「なになに?」
「フランス・リヨンに拠点を置く、創業150年の超老舗シルク織物メーカー『メゾン・ド・ルナール』の最高級シルクジャカード生地よ」
「……っ! ルナール!? ちょっと待ってお姉ちゃん、ルナールって、パリのグラン・メゾン(超高級ブランド)のオートクチュール(高級仕立て服)専用にしか生地を供給しない、一般市場には絶対に流れない幻の窯元じゃない!」
容子が目を丸くして身を乗り出してきた。流石はアパレル業界の人間、食いつきが違う。
「そう。本来なら代理店を通しても仕入れ不可能。日本のテーラーやセレクトショップのオーナーたちが『喉から手が出るほど欲しいのに、サンプル反物ひとつすら手に入らない』と言われている最高峰の生地」
「でも、どうやって手に入れるの? パリの老舗が、日本の怪しい23歳業者に売ってくれるわけないよ?」
「正規ルートで買えるわけないでしょ。だから……『デッドストック(過剰在庫・端切れ)』を狙うのよ」
私ニヤリと笑った。
「どんな超高級ブランドの工房でも、ドレスを一着仕立てた後に『数メートルから十数メートルの微妙な端切れ』が出る。彼らにとっては廃棄するか倉庫の肥やしにするしかないゴミ同然の生地。でも、日本の個人テーラーや高級オーダーメイド店にとっては、一着何十万円ものジャケットが作れる『金の卵』なのよ」
「……それを、現地の職人や工房の裏口から直で買い取るってこと!?」
「ええ。輸送費も関税もかからない私たちが、現地の廃材買取価格(捨て値)で買い叩き、日本の職人たちに適正なプレミアム価格で売りつける。——これぞ、完全なる『情報差と能力チートの錬金術』よ」
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シャルル・ド・ゴール空港に到着したのは、現地時間の夕方だった。
フランスの空気は乾燥していて、少し肌寒い。
私たちはタクシーを拾い、観光客が足を踏み入れないパリ北部の「サントゥアンの蚤の市」のさらに裏手、古い縫製工場や皮革工房が立ち並ぶ職人街へと向かった。
石畳の路地、落書きだらけの壁、そしてほのかに漂う革と洗剤の匂い。
「……ねえお姉ちゃん、ここちょっと怖くない? 夜になったらヤバい人が出そう」
「大丈夫よ。お金なら(文字通り)腐るほどあるんだから、最悪の時は現地の人間に札束を叩きつければ解決するわ」
「発想が完全に悪徳商人なのよ」
目的の場所は、古びたレンガ造りの建物の地下にある小さな仕立て工房だった。
容子の知人である日本のデザイナーから、「パリで独立して端切れを扱っている奇特な職人がいる」と聞いてリストアップしておいた場所だ。
ギシギシと鳴る階段を降り、重い鉄のドアを叩く。
「誰だ? もう今日の営業は終わりだぞ」
奥から出てきたのは、白髪交じりの髭を蓄えた、気圧されるような目つきの頑固そうなフランス人職人——ピエールだった。
私はすかさず、完璧なビジネス用の英会話(と、貿易実務で鍛えた度胸)で切り込んだ。
「ハロー、ピエール。私たちは日本のバイヤーよ。あなたが抱えている『使い道のないルナール社のシルクデッドストック』と『最高級カーフレザーの端切れ』を、すべてキャッシュ(現金)で買い取りに来たわ」
ピエールは怪しむように私たちを上から下まで見つめた。
「ハッ、冷やかしか? 日本の小娘が。ルナールの生地は端切れと言えど高額だ。それに、日本へ運ぶためのエア・フレイト(航空貨物)の手配も通関も、お前たちみたいな素人にできるわけがない」
「運送会社の心配なら無用よ。私たちは『独自の特殊な輸送ルート』を持っているから。……問題は、あなたが今すぐ現金を欲しいかどうか、それだけ」
私はバッグから、空港の銀行で両替しておいた大量の「100ユーロ札の束」を取り出し、作業台の上にポンと置いた。
ピエールの目の色が、一瞬で変わった。
「……本気か。おい、奥の倉庫に来い」
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倉庫の扉が開かれた瞬間、容子が息をのんだ。
そこには、一般の市場には決して出回らない、芸術品のような輝きを放つ生地のロールや、滑らかな最高級レザーの端切れが、ホコリを被って山積みにされていた。
「これ……全部本物だよお姉ちゃん! こっちの刺繍生地なんて、去年のパリコレで大手ブランドが使ってたやつ……!」
「ピエール、この区画の生地とレザー、全部まとめていくらで譲ってくれる?」
ピエールは算盤を弾くような目で計算し、少しふっかけた金額を提示してきた。
「……全部で5万ユーロ(約850万円)だ。持っていけるならな。トラックでも呼ばないと運べんぞ」
「交渉成立よ。現金で払うわ」
私は躊躇なく、用意していた札束をピエールの手に握らせた。
「おいおい、冗談だろ……!? 本当に払うのか!?」
「ええ。ただし、一つ条件があるの。私たちは今からこの荷物の『梱包作業』をするから、10分間だけ部屋の外に出て、誰も入れないでちょうだい」
「あ、ああ……好きにしろ。だが、トラックが来る前に警察が来ても知らんぞ」
ピエールが狐につままれたような顔で倉庫のドアを閉め、足音が遠ざかっていく。
倉庫の中に、私と容子の二人だけが残された。
「……よし、容子。時間がないわ。ピエールが戻ってくる前に、全部片付けるわよ!」
「了解!」
私は山積みになった最高級シルク生地のロールに駆け寄り、次々と手で触れていく。
(格納! 格納! 格納!)
*シュン! シュン! シュン! シュン!*
一瞬。
手で触れるたびに、数百キログラムはあるであろうズッシリとした生地の山が、音もなく私の頭の中の『漆黒の無限空間』へと消え去っていく。
劣化もしない。重さもゼロ。
数千万円相当の超高級素材が、私の脳内倉庫へと収められていく快感。
「すごい……! 倉庫の半分が3分で空になった!」
「容子、あんたもレザーの束を集めて! 私が触れるようにまとめて!」
「任せて!」
二人で息を合わせ、怒涛の勢いで素材を【アイテムボックス】へと叩き込んでいく。
そして、わずか5分後。
あんなに山積みだった倉庫の中身は、ホコリと空っぽの棚を残して、**完全に消滅**していた。
「ふぅ……撤収完了!」
「お姉ちゃん、ピエールが戻ってくる前に逃げるよ! 手を繋いで!」
「待って、その前に……」
私はポケットから一枚の名刺を取り出し、空っぽになった棚の上に置いた。
そこには、私が今朝作成した偽名(仮)の個人事務所の連絡先が書かれている。
「ピエール、良い取引だったわ。またデッドストックが溜まったら連絡してね」
私はニヤリと笑い、容子の手を強く握りしめた。
「容子! 行き先は——日本の私のアパートの六畳間!」
「了解! 空間跳躍!!」
*フッ*
パリの裏路地の古い倉庫から、二人の日本人少女が痕跡もなく消え去った。
次に二人が目を開けた時、そこはパリの冷たい空気ではなく、日本の湿気くさい六畳間のアパートだった。
移動時間、0秒。
仕入れ金額、850万円。
想定販売価格——**約3,000万円以上**。
日本とフランスを股にかけた、双子姉妹の最初の「錬金術」は、完全な大成功を収めたのだった。




