第2話:最初の検証と、深夜のファミチキ強奪(仮)
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「……で、具体的にどう試すの?」
時刻は午前一時を回ったところだった。
私はパソコンをそっと閉じ、散乱していた貿易関連の資料を脇に寄せた。
普段なら明日の出社に怯えて胃を痛めている時間帯だが、今は脳内にアドレナリンが過剰分泌されているせいで、目が冴え渡っている。
「まずは基礎実験だよ、お姉ちゃん。魔法だろうが科学だろうが、トライアンドエラーなしにビジネスには落とし込めないでしょ」
容子はスケッチブックを開き、ボールペンでサラサラと図を描き始めた。さすがはファッションデザイナー、図解の手際の良さと手元の一筆書きが妙に様になっている。
「条件を一つずつ潰すよ。
まず第一に、私の【転移】のルール。
1. 行ったことがある場所
2. 景色を明確にイメージできる場所
3. 同行者は『私の身体に触れている』必要があるのかどうか
そして第二に、お姉ちゃんの【アイテムボックス】の保持限界と、持ち込める物体の定義」
「ロジカルで助かるわ。貿易の契約書チェックと同じノリね」
「で、検証の第一段階として……とりあえず、深夜のコンビニに行こう」
「コンビニ? なんで?」
「私、さっき『徒歩3分のコンビニの裏手まで飛べた』って言ったでしょ? あそこなら私が景色を完全に覚えてる。だから、お姉ちゃんの手を握った状態で、そこに飛べるか試すの」
「なるほど。人目がなくて、もし失敗して移動できなくてもダメージが少ない場所ね」
私は立ち上がり、パジャマの上から薄手のパーカーを羽織った。ポケットにスマートフォンをねじ込む。
その時、ふと脳裏に先ほどの「存在X」の言葉がよみがえった。
(そういえば……心拍1回につき10円って言ってたよね?)
自分の手首に指を当ててみる。
緊張と興奮のせいか、脈拍はいつもより速い。ざっと見積もって1分間に90回くらい。
1分で900円。
1時間で5万4000円。
……この20分ほどの間だけでも、すでに10万円近く『稼げて』いる計算になる。
(……いやいや、待って。そのお金、一体どこに入金されてるわけ?)
「ねえ、容子。あの『心拍10円』の特典だけどさ、通帳に振り込まれてるわけでもないよね?」
「あ、それ気になってた。ちょっとアプリの口座残高確認してみて」
私はスマホを操作し、メインで使っているネット銀行のアプリを開いた。
指紋認証を突破し、画面が表示される。
「……うそでしょ」
画面上の『利用可能残高』の数字が、まるで高速アクセスカウンターのように、リアルタイムでパラパラと勢いよく増えていた。
『1,245,600円』
『1,245,610円』
『1,245,620円』
『1,245,630円』……
「……増えてる。トクトクいうたびに10円ずつ直接振込……いや、残高が書き換わってる……!」
「うわ、エグい。税務署が見たら泡吹いて倒れるレベルの不審な残高推移じゃん」
「これ、確定申告どうすんのよ!? 雑所得? 一時所得!? 名義はどこから入金されてるの!?」
「落ち着いてお姉ちゃん! 心拍数が跳ね上がると稼ぎは増えるけど、税務署の査察が入ったら一発で詰むから!」
職業病というべきか、貿易会社でコンプライアンスと経理の厳しさを叩き込まれている私は、怪奇現象そのものよりも「税務調査」の四文字に恐怖して頭を抱えた。
しかし、ここでパニックになっても始まらない。存在Xが与えたシステムなら、なんらかの隠蔽処理(あるいは口座の偽装)が施されている可能性が高い。そこは後で精査することにして、今は目の前の検証に集中するべきだ。
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### 2
「よし……じゃあ行くよ。お姉ちゃん、私の手をしっかり握って」
六畳間の真ん中で、容子が私に手を差し出してきた。
私はその手をぎゅっと握り返す。容子の手は私と同じくらい小さく、少し冷たかった。
「イメージするのは、アパートから裏路地を出たところにある『セブンイレブン野方2丁目店』のゴミ集積所の横。誰もいない、街灯の陰」
「お願いだから壁の中にめり込まないでね。痛いのは嫌よ」
「大丈夫。空間認識はバッチリだから。……いくよ」
容子が深く息を吸い込み、目を閉じた。
次の瞬間。
*フッ*
風が吹いたわけでもない。
浮遊感も、加速感すらもなかった。
ただ、視界の映像が「切り替わった」。
一瞬前まで古い畳と散らかった資料が見えていたはずなのに、目の前にはアスファルトの地面と、緑色の業務用ゴミ箱、そして深夜のコンビニから漏れ出る薄暗い蛍光灯の光があった。
肌を刺すのは、夏の深夜独特のぬるい夜風と、ほのかな廃棄ゴミの匂い。
「……うそ」
思わず声が漏れた。
私と容子は、確かにコンビニの裏手、街灯の影に立っていた。
「成功……! 大成功だよお姉ちゃん!」
容子が声を押し殺しながら、私の手を握ったままピョンピョンと跳ねた。
「マジで一瞬だった……! 電車の乗り換えも、徒歩の3分すらもスキップした……!」
「でしょ!? これで『同行者を連れた転移』は可能だと証明された! 次はお姉ちゃんの【アイテムボックス】の実験!」
私は深く息を吐き出し、冷静さを取り戻そうと努めた。
ビジネスの現場において、興奮は判断を狂わせる。まずは能力の仕様を正確に把握しなければならない。
「よし。じゃあ、何をボックスに入れる?」
「そこのゴミ箱……は汚いからダメとして、えーと……あ、これ」
容子がポケットから取り出したのは、買ったばかりの未開封のミンティアのケースだった。
「これ、お姉ちゃんのボックスに入れてみて」
「分かった」
私は容子からミンティアを受け取り、右手のひらに乗せた。
そして、脳内に存在するあの『漆黒の無限空間』を意識する。
(格納)
*シュン*
一瞬。
手の上にあったはずのプラスチックケースが消え去った。
「消えた! 触れてるものを認識して格納する感じ?」
「そうね。手で触れている物体を『自分の所有物』または『格納対象』として意識すると、タイムラグなしで空間に収容される感じ。重さはまったく感じない」
「じゃあ、出すときは?」
(出現)
*ポトン*
私の手のひらに、再びミンティアが舞い戻ってきた。
「よし、ここまでは基本動作。……ここからが本番だよ、お姉ちゃん」
容子の目が、暗がりの中で怪しく光った。
「【アイテムボックス】に入れたものの『時間』はどうなるか。そして『質量や大きさ』の制限はどこまであるか」
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### 3
検証は迅速に行われた。
まず、私たちはコンビニの店内に入り(もちろん正面入口から普通に歩いて入った)、温かい肉まんと、冷えた缶コーヒーを買った。
レシートを受け取り、再び裏路地の暗がりに戻る。
「じゃあ、このホカホカの肉まんと、キンキンに冷えた缶コーヒーを同時に【アイテムボックス】に入れるよ」
「了解。どれくらい置く?」
「とりあえず10分。その間に、私の転移の『距離』と『回数制限』のテストをする」
私は肉まんと缶コーヒーをボックスに放り込んだ。
そして、容子の手を取る。
「容子、次はどこへ飛べる?」
「うーん……私、先週の休みに吉祥寺の井の頭公園に行ったんだよね。あそこのベンチの前なら、景色を完璧に覚えてる」
「野方から吉祥寺……電車だと20分以上かかる距離ね。いける?」
「やってみる!」
容子が集中し、目を閉じる。
*フッ*
再び、世界が切り替わった。
耳に届くのは、夜の公園特有の風の音と、池の水面が揺れる静かな音。
見上げれば、木の葉の隙間から覗く月明かり。
私たちは確かに、井の頭公園のベンチの前に立っていた。
「……はは、笑うしかないわね」
移動時間、0秒。
運賃、0円。
排気ガス、ゼロ。
「すごいでしょ! 疲労感も全然ない!MP消費みたいな感覚もほとんどないよ!」
「素晴らしいわ、容子。……さて、10分経ったわ。さっきの肉まんと缶コーヒーを取り出すわよ」
私は頭の中の空間から、二つのアイテムを呼び出した。
*ポトン*
私の手の上に現れたのは——
「……あたたかい。ううん、さっき買った瞬間の、アツアツのままだわ」
紙袋越しに伝わってくるのは、蒸したての肉まんの熱気。
そしてもう片方の手にある缶コーヒーは、結露すら凍りついたかのように冷たいままだった。
「時間停止機能つき……!」
容子がゴクリと唾を飲み込んだ。
「生鮮食品、高級食材、医療用ワクチン、薬品……腐敗や劣化が天敵になるあらゆる物資を、完璧な鮮度のまま、世界中に運べる……」
「ええ。それだけじゃないわ」
私は暗闇の中で、静かに自分の拳を握りしめた。
貿易会社で日々、膨大な輸送費と保険料、税関の手続き、そして物流の遅延リスクに頭を悩ませていた知識が、カチリと音を立てて繋がっていく。
「通常の国際物流なら、船便で数週間、航空便でも数日かかる。その間に商品の価値は落ち、輸送コストと保険料で粗利益は削られ、関税でさらに持っていかれる」
「でも、私たちなら……」
「鮮度保持コスト、ゼロ。
輸送エネルギーコスト、ゼロ。
中間マージン、ゼロ。
そして、物理的な追跡が不可能な完全な隠密性」
私は容子の肩をポンと叩いた。
「容子。明日、会社に退職届を出すのはやめましょう」
「えっ!? なんで!? こんな凄い力があるのにまだ社畜続けるの!?」
「バカね。いきなり無職になったら怪しまれるでしょ。まずは有給を消化しながら、会社のアカウントやコネ、物流の知識を『利用』するのよ。私たちが始めるのは、ただの配送業じゃない」
私はニヤリと笑った。
「現代の法と物理の隙間を突く、完全無欠の『個人貿易商社』よ」
夜の井の頭公園で、23歳の双子はアツアツの肉まんを分け合いながら、世界を揺るがすビジネスの第一歩を踏み出したのだった。




