第7話 罠
「た、助ける……ですか?」
相手は未来の『聖女』。そして不特定多数から称賛される絶対的な存在。
そんな彼女に対し冷たく接し、それを未来のシェリルが呟きでもすればあっという間に私は批判の対象へと成り下がる。
個人的に苦手とする相手だとしても、シェリルとの関係は表向きだけでもなるべく良好に保っておくべきだと私は考えていた。
「は、はい……っ、あの、わたし――」
シェリルは怯えたように顔を歪めて声を潜める。
しかしすぐに彼女は肩を跳ね上げ、再び頻りに周囲を見回し始めた。
「こ、このままじゃ、殺されちゃう……っ」
「……はい?」
あまりにも突拍子もない発言だった。
そもそも王宮でわざわざ男爵令嬢が狙われるなどという事実が到底信じられるものではない。
加えて、彼女がゲームのヒロインである事を私は知っている。
ゲームのストーリー上命の危機に瀕する事ならば何度もあるが、開始前に命を落とすような事はないし、『君紳』をプレイする過程でそのような過去があったなどという話は一切出て来ていない。
予想だにしていなかったシェリルの告白に、頭の処理が追い付かなかった。
しかし私が思考の整理を終えるのを待つより先、シェリルは私から数歩後退ると首を激しく横に振った。
「や、やっぱり、何でもありません……。へ、変な事言って、すみませんでした……っ!」
「あ、ちょ、ちょっと……!」
シェリルははそう言い残すや否や、私に背を向け、大広間の出口へと向かって走り出す。
走り去るシェリルとすれ違った数名は驚き、彼女の方へ視線を向けて怪訝そうな顔をするだけ。
王宮の大広間で走り出す不躾な令嬢の姿を見ているだけであったのならば、私とて同じような態度で見送っただろう。
けれどこの時の私は気付いてしまった。
大広間の扉を潜って姿を消す瞬間――こちらを向く歪んだ笑顔に。
ゲームの筋書きと現状の乖離の可能性、シェリルへ対する心象の悪さ、ヒロインをぞんざいに扱うリスク……。
それらについて考えた記憶が新しかった事も相まって、嫌な予感は私の中で大きく膨れ上がる。
誰かを貶めるような意地悪さと、何かを確信したような自信に満ちた笑顔。
それが一つの可能性を示唆した。
(もしここまでの違和感に全て彼女が絡んでいるのだとすれば――)
シェリルが何かを企んでいるのだとすれば、それを見過ごすべきではないのではないか。
例えばの話、『殺される』と発言した令嬢の言葉を軽視した結果、当人が実際に危険な目に遭いでもすれば、それだけで批判は生まれる。
それがヒロイン――未来の『聖女』であるとすれば猶更、未来の私の立場を悪くする事など造作もないだろう。
そんな予感が脳裏を過り、悪寒が走る。
(あの表情……少なくとも彼女が何かを恐れているフリをしているだけだという事は明らか。何かを企んでいるというのならばそれを止めないと)
私はシェリルを追うべく走り出す。
その最中、視界の端に驚いたように目を丸くするアルバートの姿が映った。
事情を説明している時間はなかった。
私は彼から視線を外し、前方を見据えて大広間を後にするのだった。
***
屋外に出るもシェリルを見失った私は、客人にも開放されている庭園へと向かう。
夜間の庭園は人気がない上に静かでどこか不気味だ。
上がった息を整えようと深呼吸するも、動悸は未だ落ち着かない。
去り際のシェリルの笑みが頭から離れず、嫌な予感は膨らみ続ける一方だった。
私は庭園の奥深くへ足を踏み入れる。
自分の中に生まれた不安を早く払拭し、安心したいと心から思った。
しかし、広々とした庭園の奥まった場所まで進んだ、その瞬間。
「キャアアアアアッ」
甲高い悲鳴が上がる。
シェリルのものだった。
「……っ!」
声は比較的近く――庭園の最奥の、生垣の先から聞こえた。
私は声のした方へ駆け出す。
庭園と他の区域の境界を担う生垣の中、僅かな隙間が生まれている箇所があった。
導かれるようにしてその隙間を掻い潜った私は、目の前に広がる光景に唖然とした。
「な……っ」
生垣の先、木々が並んでいるだけの、王宮の隅に当たるその場所でミシェルは使用人服を身に纏った複数の男達に組み敷かれ、服をはだけさせていた。
彼女は男達の陰から涙目で私を見やる。
その顔が――勝ち誇ったような笑みへと変わった。
どう考えても状況にそぐわない、その歪な笑みが背筋を凍らせる。
何か私は過ちを犯したのではないかという不安が襲い掛かった。
男達が一斉に私へ振り返る。
身の危険を感じた私が身を強張らせた時。
遠くから呼び掛ける複数人の声が聞こえた。
恐らくはシェリルの悲鳴を聞きつけた、王宮内の衛兵だろう。
私は男やシェリル達から背を向け、声がする方へと駆け出す。
男数名を相手に私一人が現場に残っても出来る事はなく、助けを呼びに行く方が堅実だという判断と、自衛の為だった。
「ここです! 誰か助けてください!」
幸い、現場の近くまで衛兵が駆け付けていた。
生垣の隙間から庭園内へ戻った私は程なくして鉢合わせた衛兵へ助けを求め、彼らと共に再び現場へと戻る。
そしてシェリルが襲われている現場へ私達が駆けつけた瞬間。
男に押さえつけられていたシェリルから、眩い光が放たれる。
それはシェリルが『聖女』として覚醒する合図であり――彼女が世界中から肯定されるべき存在であるという証明にもなり得た。
しかし私は知っている。
シェリルの覚醒の時期は本来、まだ先の事であるという事を。
そしてその神々しい光に包まれる彼女が醜悪な笑みを私に向けていることに気付いた瞬間。
私の予感は確信へと変わる。
彼女は、この現場と私を引き合わせたかったのだろう。
現場が騒然とする最中、私はこれから自らに降り掛かるだろう不幸を悟っていた。
私はどうやら――嵌められたようだ、と。




