第6話 接触
『モブ顔の呪い』は私や私の家族の大きな悩みの種としてあり続けている。
だからこそ当事者である私がこの呪いについて言及すればどうしたって空気は重くなるし、親しい間柄の相手であれば気を遣ってしまう。
それを理解していたからこそ、自分から呪いに触れる事はあまりしないようにと心掛けていたのだ。
「あ、あと、ほら。凄く綺麗な顔をしているでしょう? スタイルだって良いし」
故に私はこの発言でアルバートが私を気遣ってしまうのではないかと考え、話題を別の方向に切り替えた。
するとアルバートは長い睫毛を伏せてくつくつと喉の奥で笑う。
「生憎、その手の称賛は聞き飽きたさ」
「嫌味な言い方ね。同性の敵だわ」
続けられる軽口に乗っかって、私も笑う。
曲が終盤に差し掛かった頃。アルバートは満足したのか私の腰から手を離した。
自然と私達の距離は開くけれど、アルバートの瞳は常に私へ向けられていた。
「何度だって見つけてやる」
盛り上がる曲の中、はっきりとした言葉が耳に届いた。
驚いて足を止めそうになる私を、アルバートが丁寧に導いてくれる。
「君が俺に対してそうだったように」
大広間の端のオーケストラが一斉に楽器を鳴らし、曲の終わりを告げる。
大きく響き渡る余韻の中、手を引かれ、再び抱き留められた私の耳元でアルバートが優しく囁いた。
「だから、そんな事で不安にならなくていいんだ。カリスタ」
彼が腹黒だろうが、私が想像も出来ないような考えを抱いていようが、これまでの彼が私を見つけ続けてくれた事と、たった今、私が欲していた言葉をくれたという事実は変わらない。
「……ありがとう、アルバート」
私は重ねた手を優しく握り返し、心からの礼を述べた。
程なくして、オーケストラが別の曲を演奏し始める。
それをきっかけに、私はアルバートから離れた。
「なあ。もう一曲、踊らないか?」
「駄目よ、アルバート。この規模の夜会で優先すべき事は他にあるでしょう? 先に挨拶を済ませた方がいいわ。分かっている癖に」
「全く。俺の婚約者は相変わらず頭が固い」
「貴方がいい加減なのよ」
彼が自由奔放で堅苦しい規則やマナーをいい加減にしがちなのはゲームと変わらない。
私は折角の正装だというのに緩められた彼の襟を整えてやる。
「嫌な事を片付けた後の方が気楽に過ごせるでしょう?」
「分かったよ。じゃあ、さっさと済ませて来るから、そうしたらまた踊ってくれ」
「分かったわ。あの辺りに壁際で待っているわね」
「ああ。じゃあ、また後で」
私は大広間の一角を指で示す。
アルバートはそれに頷きを返した後、私に手を振ってから人混みの中へ紛れていく。
公爵家の嫡男であることに加え、既に特待生の噂も出回っている彼は、私から離れてすぐに複数人に取り囲まれて会話を始める。
それを確認してから私は壁際へと移動した。
呪いのせいで存在感の欠片もない私は数え切れない程の人が集まる会場でも一人で佇む事になる。
とはいえ、入学の時期が近づいてきている事や現状に対する疑念が浮上してきた事もあり、孤独の中でも退屈を感じる事はなく、私は自分の立場や半年後に待つ入学の事、前世のゲームの記憶について等、悶々と考えを巡らせ続けた。
そんな折の事だった。
上の空で物思いに耽っていた私の方へ、よそ見をしていた女性がぶつかる。
「……っ!」
「きゃっ!」
私は多少ふらつくだけで済んだものの、相手は辺りを頻りに見回していた事もあって足元が覚束なかったのか、目の前で転倒してしまう。
「だ、大丈夫ですか? 申し訳ございません、考え事をしていて」
「い、いえ……」
私は慌ててぶつかった相手へ手を差し出す。
転んだ相手がその手を取り、顔を上げた時の事だった。
その顔を見て、私は思わず息を呑む。
相手もまた、私を見て驚いたように目を丸くしていた。
(シェリル……っ)
私とぶつかったのは『君紳』のヒロイン、シェリルだったのだ。
「あ、れ……もしかしてカリスタ様、ですか?」
「え、ええ」
「す、すみません、私ったら、よそ見していて」
シェリルを立たせてやると、彼女は私へ頭を下げた。
しかしすぐにその視線は私ではなく左右へ忙しなく動き始める。
終いには背後まで気にする始末であった。
あからさまな程に何かを警戒している、不自然な動き。
もし彼女が私と親しい相手なのであれば間違いなく何かあったのかと聞いた事だろう。
しかし私とシェリルは互いの存在を認知しているだけの関係に過ぎない。
というか主に、アルバートへ積極的に話し掛けようとする彼女を見ている程度のものだ。
シェリルとしても、私に対してはアルバートといつも一緒にいる婚約者程度の認識だろう。
わざわざ相手の事情に首を突っ込むほどの関係ではないし、何より私は前世にゲームをプレイしていた時よりもシェリルに対する心証が悪くなっていた。
ストーリーでは見る事がなかった一面――主に、婚約者がいる異性に積極的にアプローチをするという非常識さ等――を目の当たりにする機会が多かったからだろう。
ヒロインとモブキャラクターという立場の違いを抜きにし、一令嬢として考えても、彼女とはあまり深くは関わりたくないと考えていた。
「いいえ。お怪我はないですか?」
「は、はい」
「よかったです。ここは人が多いですから、お気を付けくださいね。それでは」
私は話を切り上げ、シェリルから距離を置こうとした。
しかしそんな私の様子に焦りを見せたシェリルは突如、私のドレスの袖を掴んだのだ。
「あ、あの……!」
シェリルは目に涙を溜めながら私を見つめている。
「た、助けていただけませんか……っ」
切羽詰まった様子で私に縋るシェリル。
ただ事ではないような気迫に呑まれた私は、このまま彼女を拒絶した際のリスクなどを考慮した上で話を聞くことにした。
……それが過ちであったのだという事に気付いたのは、全てが終わった後だった。




