第5話 不確かな情報
不意を突かれた事で我に返った私は、驚きから肩を震わせながらアルバートへと向き直る。
「ご、ごめんなさい」
「ふぅん? 他の奴に気を取られていたのは認めるのか」
アルバートの物言いから推察するに、彼は私が自分以外の異性に目を奪われたとでも思ったのだろう。
彼に指摘された後に気付いたのだが、確かに私が気にしていたモブキャラクターの隣には攻略キャラクターの一人が立っていた。
これまでに関わりはないが、周囲に比べて明らかに美形な上、見覚えのある顔立ちの為、間違いないだろう。
恐らくはその、華やかな見た目の男性に私が見惚れたとでも思わせてしまったのだろう。
(いや、私が気になっていたのはそっちじゃなくて、女性の方……)
「心外だなぁ。俺も中々に優良物件だと思っているんだが。婚約者殿には不満がおありのようだ」
「い、いやいやいや! どこが……! 貴方程優れた人、寧ろ釣り合わないくらいでしょう?」
茶化すような口調と明るい声で彼は話すが、その顔は子供らしくむくれていて、不服という文字が顔に書いていある様であった。
これが他の攻略キャラなら純粋な焼き餅や嫉妬として受け取り、分かりやすい反応に可愛らしいという感想でも抱いただろう。
「例えば?」
「へ?」
しかし相手は隠れキャラ、軽薄腹黒キャラのアルバートだ。
微塵も思っていないような感情を勝手に推察されるような言葉に慌てて否定した次の瞬間、アルバートの瞳が鋭く光り、彼は何かを企むような妖しい笑みを顔に貼り付けた。
「優れていると言っただろう。例えば、俺のどういったところを君は優れていると思ってくれているんだ?」
「え、ええと」
わざと私を誘惑し、困らせているようだった。
未だ曲は止まっていないので、当然ながらダンスも継続されている。
しかし明らかに距離は先程よりも近い。
腰に回された腕はしっかりと私の体を支えていて、『答えるまで離さない』という強い意志を感じさせられた。
彼の優れている点など、わざわざ言葉にする必要もないくらい沢山ある。
しかし面と向かって伝えるのは妙な気恥ずかしさを覚えるものだ。
……それが異性として意識している相手であれば、猶更。
「ま、魔法の知識と技術が優れているところとか。まだ学園も入っていないのに既に研究が認められているなんて、貴方以外で聞いた事がないわ」
「お陰で夜会に間に合わなかったけどな」
お世辞や大袈裟な話ではない。
彼の魔法の腕は既に専門家を唸らせるものだった。
入学予定の王立魔法学園に提出した論文が認められ、特待生としての推薦が決まっている彼は入学後も一般生徒のカリキュラムを無視して自己の研究を優先できる権利を貰い受ける予定らしい。
最近では論文の修正や入学手続き、入学後の研究準備などで時間を取られる事が多いらしく、忙しくしている。
今日も本当ならば同じ馬車で王宮へ向かうはずだったが、彼の用事が長引いてしまった為に現地で落ち合う事となったのだ。
そしてこのアルバートの現状こそが、ゲームとの齟齬を疑う三つ目の要素であり最大の異変であった。
(ゲーム内のアルバートはあくまで一般生徒だったはず。……多分)
そもそも特待生という区分が存在するなどという情報自体、ゲーム内では明かされていなかったが、アルバートが魔法の腕を認められ、学園から特別視されるようになるのはアルバートルートの中盤辺りからだ。
そもそも他の攻略キャラクターのルートでもヒロインの同級生として度々登場しては相談役になったり助け船を出してくれるキャラクターなのだから、ヒロインと同様のカリキュラムを受けてくれていなければ接点が出来ず、ストーリーが破綻する。
(私はゲームのストーリーを変えるような動きをした覚えはない。けれどゲームの本筋から少しずつずれているような気がしてならない。……アルバートルートを踏破していないせいで断言できないのがもどかしいけれど)
現状、疑う要素はいくつもあれど、確証を持つところまで辿り着けるような情報はない。
ゲームで明確に言及されていなかった点、或いは前世の私が途中まで進めたアルバートルートのストーリーの範囲までで明かされていなかったものばかりなのだ。
難易度の高さから、アルバートルートのハッピーエンド踏破を途中で投げ出してしまった自分が憎い。
(でも入学式を迎えるころには、私の憶測が正しかったのかも明らかとなるはず)
カリスタとアルバートの婚約が解消されるという定められた運命。
これが狂う事があるならば、間違いなくゲーム本来の筋書きから外れつつあると断言できるのだ。
(そうあって欲しい……なんてね)
カリスタとしての人生の半分以上を共に過ごし、呪いに掛かった私の悩みを吹き飛ばすように何度だって名を呼び、手を差し伸べてくれたアルバート。
彼の存在は私の中で、どうしようもない程に大きくなっていた。
「他には?」
私の注意を引き戻すように、アルバートが囁く。
鼻と鼻が触れてしまいそうな程近くから、美しい翡翠の瞳が私を見つめていた。
「……私を、見つけてくれるところ」
長年抱き続けていた彼への気持ちを想起していたからだろう。
半ば無意識の内に本音が口から零れていた。
目と鼻の先で彼が息を呑み、目を見開いたのが見えて、私は遅れて自分が何と呟いたのかを自覚したのだった。




