第4話 疑念
年に一度、王宮で開かれる国一番の夜会。
王立魔法学園への入学を半年前に控えた十五の歳。
それは起こった。
十四歳を過ぎ、成人を迎えた私は両親や兄の付き添いなしでパーティー会場を練り歩き、同年代の者から何十も年の離れた貴人に至るまで、様々な方と挨拶を交わす。
呪いのせいで待っているだけではだれからも声を掛けてもらえない為、私は自分の足で挨拶回りをしなければならなかった。
どうせ顔は覚えて貰えないのだが、だからといって塞ぎ込み、目上の相手や世話になっている家に挨拶の一つもしない選択はない。
カリスタ・エイミスという令嬢が挨拶をしたという事実や、会話の内容などはきちんと相手方の記憶にも残るのだから。
とはいえ、貴族令嬢としての最低限の務めを果たすべく積極的に声を掛けて回る私に向けられる視線はあまり気分の良いものではなかった。
私の呪いについては周知の事実。
だからこそ実際に『顔を見て話しているはずなのにその顔を覚えられない』という現象を目の当たりにした人々はその奇妙さから怪訝そうな顔になる。
好機の目、或いは気味悪がるような視線。
いい加減慣れるべきなのだろうが、残念ながら呪いにかかってから八年が経った今も、私はこれらの視線に少なからず肩身の狭さを感じていた。
そんな挨拶回りの最中。
「カリスタ」
後方から穏やかで柔らかな声が掛けられる。
最近変声期を迎え、子供らしさが薄れた声音はまだ私の中に少しだけ違和感を与えたが、それでもその声の持ち主が何者であるかはすぐにわかった。
「アルバート」
振り返れば正装に身を包み、王宮の夜会という場に相応しい髪型に整えたアルバートの姿がある。
「ごめん。遅くなった」
そう言って彼は私に手を差し出す。
当然のように私へ真っ直ぐと手を差し出すアルバートは額に若干の汗を滲ませ、息を乱しながら私へ笑い掛ける。
大勢の中から当然のように私を見つけ出す彼の姿に、私は確かな安堵と喜びを抱いていた。
「ううん。お疲れ様」
私は差し出された手に自分の手を重ねる。
アルバートは満足そうに笑みを深め、私の手を引いて中央のダンスホールへと向かう。
「あ、アルバート。来たばっかりでしょう? 一息吐くとか、挨拶に行くとかしなくていいの?」
「ダンスパーティーで、まず婚約者と踊ろうとするのは何も間違った事ではないだろう?」
「それはそうだけど」
私と関われば、奇異の目は必然的にアルバートにも集まるというのに彼は全く気にする様子がない。
周囲の視線や私の呪いに振り回されない彼の振る舞いは、八年前から一切の変化が見られなかった。
ゲーム開始まで半年を切った今。
――アルバートとの婚約関係は未だ継続されていた。
ゲームの筋書き通りに話が進んでいるのであれば、半年の間に私達の婚約は解消される。
けれどゲーム開始が目前まで迫った今、私は現状に僅かな疑念を抱きつつあった。
(本当にゲーム通りに進んでいると言えるのかしら)
アルバートにリードされ、大勢の男女の中に紛れてダンスを踊る。
モブキャラクターとはいえ私も侯爵令嬢。貴族令嬢としての教養は一通り積んでいた。
私は完璧なステップを踏みながらも物思いに耽っていた。
現状が既にゲームの筋書きから逸れつつあるのでは。
そんな可能性が私の頭を過る。
疑問に思う要素はいくつかあった。
まず一つ、私に対するアルバートの態度があまりに変わらない事。また、両家の関係性も同様に良好であり続けている事。
アルバートは元々聡明で隠し事が上手いキャラクターだ。
だからこそ彼自身の変化については私が気付けていないだけという可能性もあるが、少なくとも私目線では彼が私と距離を置きたがっているようには見えない。
おまけにエイミス侯爵家もオルブライト公爵家もそれぞれ社交界で安定した地位を維持している上、関係が悪化するような問題も発生していない。
婚約を解消するに至る理由が存在しないのだ。
(強いて言うのなら私の呪いの件だけれど……それが問題なら、七歳の時点で離縁の申し出があるはずだから、今更この呪いを理由に婚約を解消されるとは思えないのよね。それに……)
アルバートと立ち位置を入れ替わるように身体の向きを反転させる。
その時、同年代の貴族令嬢の一人の姿が視界に収まった。
とある伯爵家の令嬢。
カリスタとしての面識は殆どないが、その名前を私ははっきりと覚えている。
私と同じ――『君紳』のモブキャラクターの一人。
アルバートではない、別の攻略キャラクターのストーリーで当て馬役として登場する人物。
ゲーム内の立ち絵では『カリスタ』同様、個別の立ち絵ではなく、モブキャラ内で使いまわされる、目元が隠れた立ち絵が当てがわれた存在だ。
しかし彼女の顔にはモザイクが掛かっておらず、その容姿もしっかりと覚えていられる。
当然、私だけではなく彼女に関わる全ての人物がその姿をしっかりと認知し、記憶することが出来ていた。
また私は、私に掛けられた呪いと同様の現象に悩む者や、それを目撃した者の話を聞いた事がない。
つまり――『モブ顔の呪い』はどういう訳か私にだけ掛かっているのだ。
この呪いがゲーム上の仕様や、定められた運命、役割などによるものなのであれば当然、私以外のモブキャラクターにも同様の現象が起こっているべきだし、そもそもゲームに登場すらしない者達の顔がしっかりと存在しており、カリスタの顔だけが認知されないという現状をゲームのせいとして片付けるのは聊か無理矢理が過ぎるのではないだろうか。
(そして三つ目に、アルバートの――)
私が考えを巡らせていたその時。
ふと腰に回されていた手が私の体を引き寄せる。
「……っ!」
「折角二人でいられるのに、俺以外の方を気にするなんて」
抱き寄せられた先。
と息が掛かる程近くから、普段よりも低い声でアルバートが囁くのだった。
「……妬いてしまうな?」




