第3話 ヒロインの幼少期
アルバートは私の顔を真っ直ぐと見つめたまま続ける。
「別に、婚約者だから傍に居る訳じゃない。俺が、君と一緒にいたいんだ」
「アルバート……」
「ま、君の置かれた状況を鑑みれば、後ろ向きな気持ちになるのも分かるけどな。それを責めるつもりはないさ」
私の頬に触れる手が優しくて温かくて、不安や緊張が解れていくのを感じる。
アルバートは私の耳元に顔を寄せると小さく囁く。
「ただ、俺は君の傍から離れるつもりはない。……そう、口にした事実は心に留めておいてくれ」
声変わりもしていない、中性的で幼い声。
だというのにその話し方は年不相応に落ち着いていて、折角緩んだ気持ちがまた不意に緊張し始める。
そんな私の心境を知ってか知らずか、彼は私から顔を離しながら、美しい顔にこれまた子供らしからぬ妖艶な笑みを浮かべた。
「後は君が不安に思う事がなくなるくらい、俺が態度で示し続ければいいだけだ」
流石は乙女ゲームの攻略キャラクターという事もあり、幼い顔立ちでありながら目を引く程の色気を漂わせる彼の仕草や言葉に、自然と鼓動が高鳴る。
期待してはいけないと言い聞かせて来る理性と、私へ向けた言葉に少しでも彼なりの本心が混ざっているのならば嬉しいという希望……相反する気持ちが胸の内で渦巻いていて、どんな顔をすればいいのかが分からなくなる。
「ありがとう、アルバ――」
私が彼へ笑い掛けた時。
アルバートの後方から一人の少女が飛び出してくる。
「アルバート!」
黄色い声と共に、彼女はアルバートの腕に自分の腕を絡める。
――シェリル・モンタギュー男爵令嬢。
『君紳』のヒロインで、『女神の祝福』を得た事で世界中から『聖女』と称えられる未来を歩む少女だ。
他の攻略キャラクターのストーリーでは、彼女の幼少期について殆ど詳しい説明もなかった為、同年代の子供達の集まりで初めて顔を合わせた時は驚いたものだ。
しかしこうして私やアルバートの前に姿を見せる機会が度々現れる事を鑑みれば、恐らくはアルバートルートのストーリーで、彼とシェリルは幼少期に顔を合わせていたという設定が明らかになる展開があったのだろう。
(私が把握しているストーリーまででは分からない事ではあるけれど。……それよりも)
私は周囲へ視線を向ける。
シェリルの声は良く通り、そのせいで周囲の視線が私達へと集まっていた。
公爵令息と男爵令嬢と共に視界に入る――見覚えのない少女の顔。
目を逸らしたり瞬きをする度に忘れてしまう『異物』の姿に、奇異の視線が向けられ、各所からはひそひそという囁きが聞こえるようになる。
アルバートも周囲の変化に気付いたのだろう。
彼は先程まで浮かべていた笑みを潜めると、シェリルの腕を振り解いた。
「シェリル嬢。何度も忠告している事だが、たとえ同年代であったとしても爵位の高い家の者や婚約者を持つ異性へ触れるのは褒められる事ではない。ましてや婚約者との間に割って入るなど、そちらの家の評判にも関わりかねないという事はいい加減に理解すべきだ」
「で、でも、このお茶会だって、親睦を深める為のものでしょう? それに私、そちらの方がアルバートの婚約者の方だなんて、分からなかったんだもの」
確かにシェリルの言動は貴族としては浅はかであり、アルバートの忠告は尤もだ。
けれど『モブ顔の呪い』が確かに存在している以上、私がアルバートの婚約者である事に気付かなかったという主張ばかりはあまり責められるものでもない。
……そう、私は考えたのだが。
アルバートはシェリルのその言葉が気に入らなかったようで、日頃は余裕に満ちている彼の表情に珍しく憤りが滲んでいた。
「なるほど。君がどれだけ配慮に欠ける人間であるかはよく分かった」
「へ……?」
「俺の婚約者やその家族が、特異な体質に悩まされている事を知らない訳ではないだろう? 今の言葉を当事者が聞いて、気を良くする訳もない。そんな事すら理解が出来ないような者と深める親睦など、生憎こちらから願い下げだ」
「あ、アルバート」
日頃柔和な笑顔と上位貴族らしく上品な言葉遣いで世渡りをする彼の憤りには周囲も驚かされていた。
貴族は怒りや悲しみなどの激情を隠す事を美徳とする節がある為、彼が見せた精神的な隙は一部から揚げ足を取られかねない要素でもあった。
特に公爵家の子息ともなれば、子供だからと許されるような事ですら批判の種になりやすい。
故に私は彼を宥めようと小声で名を呼んだ。
だがその頃には彼自身も自分が見せてしまった感情に気付いたのだろう。
彼は普段のような笑みを戻してから私へ向き直り、耳元で囁く。
「すまない。またすぐ会いに来るよ」
そう言い残し、アルバートは足早に私から離れていく。
呪いにかかってからというもの、私が周囲から視線が集まる事に対して抵抗感を覚えている事を彼は知っている。
だからこそ彼の謝罪の意味も、その場から立ち去る理由も私は悟っていた。
「あっ、アルバート! 待ってよぉ……!」
遅れてシェリルがアルバートの後を追いかけるが、彼女は彼に追い付くよりも先に慌てた様子のモンタギュー男爵に捕まり、公爵令息への無礼を咎められる事となる。
その最中、シェリルは何故か私を恨みがましそうに睨んでいたが、ゲームのヒロインから怒りを買っても良い事がないという事くらいわかり切っていた為、彼女の視線には気付かないふりをしてやり過ごすのだった。
けれど――それもどうやら意味はなかったらしく。
それから時は流れ、王立魔法学園の入学……ゲーム開始と同じ時期が近付きつつあった頃。
『私は生死すら左右されないモブキャラなのだから』と高を括っていた私の人生は、大きく変わる事となる。




