第2話 定められた運命
私は、アルバートから渡されたカップに口をつける。
(……温かい)
紅茶の香りと温もりに包まれ、私はほっと息を吐く。
上質な茶を好ましく思った事以上に、アルバートの気遣いが嬉しいと思った。
周囲は既に『モブ顔の呪い』に慣れつつあり、また家族も大勢の使用人がいる屋敷の中で私を見つけることが出来ない日々。
家族は未だ私の顔が分からなくなってしまった事に悲しみを抱いてくれてはいるものの、既に呪いにかかってから一年が経過してしまっていた事もあり、解決は諦めつつある空気が漂っていた。
そんな中、私を進んで見つけてくれる人など、彼以外には存在しなかったのだ。
(……駄目ね。いつか彼が離れていく事はわかっているのに)
アルバートは『君紳』の攻略対象の中でも最も攻略難度が高いと言われるキャラクターだ。
その理由は、彼が『隠しキャラ』だから。
彼の性格や個性に触れるのであれば、軽薄な態度を取りつつも誰にも心を開かず、非常に強い警戒心のせいで他者を中々信じられない……そんな一面のせいで本当の意味で分かり合う事が非常に困難な人物といえる。
ゲームのシステム的な話をするのであれば、『隠しキャラ』であるアルバートはゲーム開始直後から選択可能である五人の攻略キャラクター全員のハッピーエンドを踏破してからでしかストーリーが解放されない、六人目の攻略キャラクター。
他の攻略キャラクターのストーリー内でもヒロインの同級生として必ず登場し、必ず登場するものの、アルバートが選択キャラクターでないストーリーでは当然、彼の好感度が左右される事もない。
また、最後に解放される隠しルートや裏ボスのような立場に当たる為、ほか五人のキャラクターよりも攻略難度を上げ、より大きな障害を用意する事でプレイヤー側の期待を満たす必要がある。
制作側はそんなゲーム上の都合を逆手にとったのか、アルバートはゲーム上の都合とキャラクターの性格を上手く結びつけたような『鉄壁の心を持つ軽薄キャラ』となっていた。
それ故に、私自身も前世ではアルバートルートを攻略できないままであった。
アルバートルートの全貌を私は知らない。
けれど確実に言える事は、『ゲーム開始時点のアルバートは誰にも心を開いていない』という事、そして私が『ゲーム内に殆ど登場しないモブキャラクター』であるという事。
ゲームのどのストーリーでも登場するアルバートと、殆ど登場しないカリスタ。
――二人はゲーム開始直後の時間軸で既に、婚約を解消しているのだ。
二人にどのような事情があり、婚約が解消されたのかは私が見たアルバートのストーリーの範囲までで確認は出来なかった。
だがゲーム開始時点でアルバートが誰にも心を開いていない事、そしてゲームの筋書きで婚約が解消される運命が確定している事。
それらの理由から、彼が未来で私の傍を離れていく事は確実であった。
(今の彼の優しさも表向きだけのものなのか、それともこれから彼が心を閉ざしていってしまうのかは定かではないけれど……どちらであれ、この関係が一時的なものでしかない事は決まっている)
「カリスタ?」
物思いに耽る中で気落ちしていると、ふと視界いっぱいにアルバートの綺麗な顔が映り込む。
私と視線が合うように顔を覗き込む彼は、不思議そうに小首を傾けた。
「調子が悪い? 夫人に伝えてこようか」
「だ、大丈夫」
「そう?」
私は慌てて首を横に振る。
呪いにかかってからというもの、私は家族へ迷惑を掛ける事を過度に恐れるようになっていた。
ただでさえこの呪いへの不安や心配で家族には心労を掛けているのだ。
これ以上、家族へ精神的な負担をかけたくはないと思った。
(別に体調が悪い訳でもないしね)
「あ。アルバート」
「何?」
私を案じているアルバートを安心させるべく、私は話題の転換を試みる。
「アルバートも、私に無理に付き合う事はないからね」
胸の痛みから目を逸らし、私は明るく振る舞う。
誰にも留められている訳でもないのに自分は大丈夫だという虚勢を張ってしまうのは、未来で傷つく事が分かっているせいだろう。
『思っていた通りだった』、『分かっていた事だ』と後から自分を納得させる為の布石を無意識的に打とうとしてしまう癖がついていた。
何でもない風に振る舞うように心掛けてはいるけれど、呪いにかかってからというもの、自分が随分後ろ向きな考え方になってしまったという自覚はあった。
アルバートがゆっくりと目を開く。
けれど彼からは特に返事がなく、僅かな沈黙が生まれる。
生まれた静寂に気まずさを覚えた私は、無理矢理話を続けて肩身の狭さを誤魔化そうとした。
「ほら、私って元々パッとしない上に、顔も覚えてもらえないようになっちゃったでしょう? 婚約者という体裁を保つために迷惑をかけたり負担をかけさせるのも申し訳ないからさ。今だって同年代の子達だっているのに、私に声を掛けてくれたりして――」
「カリスタ」
日頃、ゆったりと余裕のある話し方をするアルバートから、鋭い声が飛んだ。
それに驚いて言葉を呑み込んだ私は、正面に立つアルバートが鋭い視線を私へ向けている事に気付く。
(お、怒らせた……?)
胸のざわめきを抱えながら身を固くしてアルバートの言葉を待つ。
彼は美しい黄緑の瞳で私を見据えた後、深い溜息を吐いた。
その頃には目つきの鋭さは鳴りを潜めていて、幼馴染はいつも通りの優しい空気を纏っている。
それからアルバートは私の頬に触れ、困ったように笑った。
「俺がここにいるのは、君と共にいたいからさ」




