第1話 モブ顔の呪い
昔、年不相応に隠し事が上手い幼馴染を偉そうに咎めた事がある。
私の家よりも高貴で裕福な家に生まれた嫡男。
何でも手際よくこなせる器用さを備えた彼へ寄せられる期待はあまりにも大きくて、子供である彼の心を圧し潰そうとしている事に大人達は気付いていなかった。
そして身近の大人達が気付かないからこそ、彼は自分の本心など誰も気には留めないのだと心を閉ざし、上っ面だけで人と接するようになった。
だから私は、彼のその本質に気が付いた時に誰よりも先に伝えたのだ。
「貴方の事を見ている人だっているのだという事を忘れないで」
誰にも打ち明けられないその胸の痛みに気付き、案じている存在がいるのだと言う事を訴えた。
少なくとも私は、貴方を気に掛けている。
友として、貴方が独りで壊れてしまわないように見守っているから、と。
そんな想いを込めて、彼の手を強く握ったのだ。
その時の彼の顔は、今でも私の記憶に刻まれている。
日頃の大人びた微笑ではない、あどけなくも泣きそうな……それでいて幸せそうな笑顔を。
***
私に『モブ顔の呪い』がかかったのは、七歳の頃だった。
エイミス侯爵家の長女、カリスタとして生まれた私は元々あまりパッとしない、地味顔であった。
けれど両親からは可愛い可愛いととにかく愛でられ、面識のある貴族の大人達からも子供らしく甘やかされていた。
しかし王宮で開催されたお茶会に出席した数日後。
私の顔が消えた。
鏡の前に立っても、私は私の顔を認識することが出来なくなった。
のっぺらぼうになったとか、そういう事ではない。
けれど中らずと雖も遠からず。
――モザイクが掛かっていた。
私の顔面だけに、ノイズのような砂嵐のような……そんなモザイクが掛かっていたのだ。
比喩ではなく、物理的な意味で。
またその日を境に、両親を含めた誰もが私の顔を覚えることが出来なくなった。
私のようにモザイクそのものを認識している訳ではないけれど、周囲の人達は私の姿を見ても私から声を掛けるまで、もしくは名乗るまで、私がカリスタであると理解できない。
おまけに私から目を離した瞬間に私の顔を忘れてしまう。
そんな体質になってしまったのだ。
どの様な原理かは分からない。
けれど、思い当たる理由ならば一つあった。
それはこの中世ヨーロッパを基盤とした世界で、『モブ』や『モザイク』という言葉を私が知っている所以でもある。
私には前世の記憶があった。
地球、日本、西暦、二十一世紀……。
前世の自分が生きた世界を説明するならばそのような言葉達が飛び交うだろう。
そんな世界で生きた記憶を持ったままこの世に生を授かった私は、周囲の会話を聞いている内に一つの結論に辿り着いた。
この世界が乙女ゲーム『君に恋する五人の紳士』の世界であると。
『君に恋する五人の紳士』、略して『君紳』は、王立魔法学園に通う男爵令嬢の主人公が、『女神の祝福』という特別な力を得た事で学園のハイスペック男子達の障害を取り除き、互いに惹かれ合っていく……という筋書きのゲームだった。
そして私の転生先であるカリスタもまた、そのゲームに登場する。
――名もなきモブキャラとして。
ある攻略対象の幼馴染としてゲーム上にほんの少しだけ登場するカリスタは、主人公の大きな障害となる出番が多い悪役とも異なり、立ち絵は目元が陰で塗り潰されている、モブキャラ内で使い回されるような絵しか宛がわれていなかった。
そのような前世の記憶から、私は周りの認知を歪めるこのモザイクは、カリスタが潜キャラであるが故に発生したゲームシナリオからの圧力のようなものなのではないかと結論付けた。
そしてこの『モブ顔の呪い』とでも言うべき現象の原因が、カリスタがゲーム上で定められたモブキャラだからという根本的な話に直結するのであれば……解決する手段はないのだろう。
……と、思っていたのだが。
***
お母様が主催するお茶会が我が家で開かれた時の事だ。
私は周囲に気を遣わせたり、邪魔にならないようにとお茶会の会場である庭園の隅に佇んでいた。
すると視界の外から柔らかい声がする。
「自分の家で、そんな風に遠慮するものじゃないよ」
声がした方へ視線を向けると、二人分のティーカップを持った少年が立っていた。
さらさらとした、明るい茶髪が風に揺れる。
彼は長い睫毛が添えられた黄緑色の瞳を細め、穏やかに笑った。
「カリスタ」
「……アルバート」
アルバート・オルブライト。
私の幼馴染であり……『君紳』の攻略対象の一人だ。
彼は将来、魔法の天才と呼ばれ、オルブライト公爵家の次期当主としても魔導師としても多くの名声を手に入れる。
勿論、そんな彼の華々しい未来にカリスタは関わっていない。
彼を攻略する際のストーリーですら、私はモブキャラに毛が生えた程度の存在でしかないはず。
だというのに。
「はい。君の分だ」
「あ、ありがとう」
アルバートは『モブ顔の呪い』がかかった私を自ら見つけ、何事もないかのようにお茶の入ったカップを差し出してくる。
私はそれを受け取り、カップに口を付けながらまじまじとアルバートの顔を観察する。
(彼には、効いていないみたいなのよね……)
そう。
何故かアルバートだけは、私の『モブ顔の呪い』を貫通しているのだった。




