第21話
アルバートにも『モブ顔の呪い』は効いていた。
彼は呪いを貫通していた訳ではなく、他の人と同様に私を上手く認識できないでいた。
それでも彼は必死に私を探し、見つけ出し、必ず自ら声を掛けてくれていたのだ。
……全ては、私を傷つけない為に。
それを知った途端、私の瞳からいくつもの涙が溢れていた。
「……ありがとう、アルバート」
「全て、自分の為だ。俺が、君を見逃したくなかった」
抱きしめ返した腕の中、彼は首を横に振った。
「君に出来るだけ傷ついて欲しくなかったというのもある。だが…………誰も君を見つけることが出来なくなった瞬間が訪れればそれは、君がどこかに消えてしまっても誰も気付けないという事だ。気付かない内に君が俺の傍から一生消えてしまうかもしれないなんて事、考えるだけで恐ろしかった」
よかった、と再び彼は呟いた。
彼の言葉が僅かに上擦っていて、涙の気配を感じて……彼が私から離れようとはしないのを感じて。
「ありがとう、アルバート。私を見つけ出してくれて」
私は彼の涙に気付かないふりをしながらその腕の中に静かに身を委ねたのだった。
***
その日は突然訪れた。
自分の本質を見抜き、孤独から救ってくれた大切な人は突如顔を失った。
その事実は当時の自分を酷く動揺させた。
愛する人の顔が認識できないなどという現実は到底受け入れがたく、自分の胸を締め付けた。
けれど何よりも苦しかったのは、誰にも気付いてもらえない彼女が下手くそに笑って気丈に振る舞おうとする事だった。
仕方がないと諦めたフリをする彼女のその様子と気遣いが痛々しくて、そして彼女が抱えている胸の痛みを明かしてくれない事が苦しくて、自分は必死に彼女に頼られる存在になろうとした。
声色、口調、仕草、癖、背格好、その日の服装……。顔以外の特徴を必死になって自分の頭に刻み込んだ。
……どこまで覚えているかなんて伝えれば間違いなく顔を強張らせるだろうから、これは彼女にも伝えるつもりはない。
ただ、本来の自分を見つけてくれた彼女を、今度は自分が見つけたいと思った。
この執念深さと、彼女への想いはきっと誰にも負けないのだろう。
幸い、彼女の顔を覚えられないという俺の『秘密』がバレる事はなかった。
不思議そうにする彼女の傍で、俺はそれが当然であるかのように振る舞い続けた。
けれど、例え彼女がその行いに救われたのだとしても、俺自身の心は常に苦痛で苛まれていた。
何度覚えようとしても、彼女の顔を瞬きの内に忘れてしまう。
愛する人の顔を覚えることが出来ない事の不安や焦りは大きかった。
だから、魔法の勉強に打ち込むようになった。
誰もが彼女の呪いの解呪を諦めてしまったので、本当に解決するつもりならば自分が動くしかないと思ったのだ。
自分が器用な類の人間だという事はわかっていたから。
そして――彼女が罪を着せられてから、自分の魔法へ対する執着はより大きく膨らんでいった。
魔力残滓の現像化は彼女の呪いを解く方法を探している最中に生まれた副産物的なものだったが、これを上手く活用すれば彼女に魔法をかけた者の正体がわかり、解呪に繋がるのではという考えに至り、すぐに本格的な研究へ踏み込んだ。
あまりに研究にのめり込んでしまったあまり、視力は落ちてしまったが、彼女の顔を再び見られる事の代償がたかだか視力程度だというのならば安いものだった。
眼鏡で補完できる程度ならば目的の達成に支障もない。
信じられないような話を彼女から聞いたのは、そうして特待生として魔法学校に入学した時だった。
自分が創造の世界の登場人物であると聞かされた時は流石に衝撃的だった。
どこからどこまでが他者から定められた運命だったのか、自分が下している決定は全て本当は第三者の都合によって生み出された発想なのではないか。
そんな不安や焦燥が過った。
けれどその予感はすぐに打ち消された。
――幼少期の自分を救ってくれた時の彼女の言葉や振る舞いが、偽りのないものだった事は接していればわかるものだった。
物語の全貌を知らないという彼女自身の言葉もあり、すぐに立ち直ることが出来た。
ここに至るまでに彼女が与えてくれたもの、そして彼女に影響を受けた自分という存在は少なくとも物語に操られたものではない。
自分の意志は存在し、彼女を想う気持ちは真実だ。
それが分かっただけで、充分だったのだ。
彼女の協力もあり、それからは、とんとん拍子で事が運んだ。
諸悪の根源の悪事を大衆に晒し、後は彼女の呪いを解かせるだけ。
追い詰められた彼女は今後正式に裁かれ、死刑か、『聖女』としての力の身を重宝されて奴隷のようにこき使われるか……少なくとも二度と日の目を見る事はないだろう。
この『聖女』との対話が最後になるこの瞬間だからこそ、俺は確認しておきたい事があった。
何故、こんなにも愚かな女が誰も解呪法を知らない呪いを扱えたのか。
その答えは一つだろう。
物語に記されていたから。
そして呪いを掛けられた彼女では知り得ない物語の結末――俺が深く関わった話の筋書き――そこにこそ答えはある。
そして自分の事をよく理解しているからこそ、自分が見出したこの答えにはある程度自信があった。
「『君紳』、だったか。君とカリスタの前世にあった物語は」




