第20話
先程までとは打って変わり、冷たい顔を見せるアルバート。
その気迫に負けたのか、シェリルは鋭く息を吸う事しか出来ないようだった。
「最近のシェリルの言動の監視と報告、またそれに伴って浮上した証拠の数々の収集と、たった今行われた新たな罪状の提示。感謝するよ、アルバート」
「とんでもございません。殿下」
アルバートがシェリルの傍につき、彼女の機嫌を取っていたのには勿論目的があった。
それが、彼女本人やその周辺からの情報収集と――私の呪いとの関係性の提示。
特にアルバートが発明した魔力残滓の現像化は、魔法の使用者と被使用者が同じ魔法陣に立つ必要があった為、事前にシェリルを油断させておく必要があったのだ。
フェリックス殿下の礼に首を横に振った彼はシェリルを再び見据える。
「それよりも。お願いしていた件については……」
「勿論。今で構わないかい」
「はい」
何やら会話を交えた後、フェリックス殿下はシェリルを捉えていた騎士に目配せをする。
同時にシェリルの両手を縛り上げ、押さえつけていた騎士の元へアルバートが近づく。
彼は騎士に変わってシェリルを地面に押さえつけたまま、彼女の耳元に顔を寄せる。
「わ、私を騙したの!? 私、本気でアルバートの事を信じてたのにっ!」
「勝手に心を寄せられてもな。君の言動については幼い頃から何度も迷惑だと告げていたはずだが。……まあいい」
それ以降もアルバートは何やらシェリルへ耳打ちをする。
しかしその会話の内容は彼が声を潜めた事で私や、有事の際に動けるよう近くに立っていた騎士達の耳に届く事はなかった。
ただ、彼の言葉を聞いている内、シェリルの顔色は見る見るうちに青ざめていく。
「あ、アンタ、どうして――」
アルバートは冷ややかな笑みを顔に貼り付けたまま更に何やら続ける。
押さえつけられたまま、彼の声に耳を傾ける事しか出来ないシェリルは顔を険しく歪め、肩を震わせる。
そしてやがて、弾かれたように叫んだ。
「ッ、ただのゲームのキャラクターの癖にっ!!」
その言葉の意味を理解したのは、この場でも私とアルバートのみだっただろう。
そしてその心無い言葉を向けられた張本人であるアルバートはというと。
「お生憎様。そのキャラクターとやらにしてやられたのは一体誰だろうな?」
そう嘲笑した直後。
無詠唱の魔法で生み出した氷のナイフを目にも留まらぬ速さで地面に突き立てた。
その刃はシェリルの目と鼻の先に存在している。
「ッヒ――」
「早く彼女の呪いを解け。俺が温い脅しをしない質だという事は、お前がよく分かってるだろう?」
耳元で聞こえる低くどすの利いた声と、目の前でチラつく命の危機。
委縮し、震えあがったシェリルは目に涙を浮かべながらアルバートの言葉に従うほかなかったのだった。
縛り上げられたシェリルの前に私は立つ。
騎士に捕まったまま、シェリルは自分がかけた呪いを自分の魔法で解く羽目になったのだ。
シェリルが魔法を使うと同時、私の体を淡い光が包み込む。
眩い光と春の日差しのような温もりは、目の前の愚かで浅はかな少女から放たれたものとは思えない程に心地よく、『漸く全てが終わる』だとか『もう大丈夫』だとか、そんな清々しい感情を私へ植え付ける。
その光が消えて数秒が立った頃。
周囲があっと驚いたような声と感動のような声を漏らした。
私自身は自覚がなかったが、その反応から恐らく『呪い』は解けたのだろうと悟る。
(……鏡でも持って来ればよかった)
そんな呑気な事を思ってしまう程には安堵し、緊張が抜けてしまっていた。
「アルバート……」
今後の話についてか、改めての礼の為か。
騒がしくなる現場でフェリックス殿下はアルバートに声を掛けた。
しかし彼は私を静かに見つめたまま立ち尽くすだけで、殿下の言葉にも反応しない。
彼はそもそも私の呪いを貫通していたはずなので、何も驚く事はないはずなのだが。
そんなアルバートの様子を不思議に思っている私とは異なり、フェリックス殿下は何かを悟ったらしく、穏やかな笑みを浮かべる。
それから近くの騎士にシェリルを連れて立ち去るよう促し、私に軽く会釈をしてからその場を去っていった。
そして更には。
「ほら、皆様。カリスタ様の美しいお顔に見惚れるのはまた別の機会にいたしましょう。今この場に留まるのは――無粋というものですわ」
野次馬の中、パチンと扇を閉じてそう言ったのはクラリッサ様だ。
彼女はより多くの者がシェリルの悪事の真実を目の当たりにし、『聖女は完全無欠の成人ではない』という認識や、私や私のようにシェリルによって立場を失った令嬢たちが冤罪であった事実をいち早く広めるべく、事前に中庭に人を集めるよう立ち回ってくれていた。
そんな彼女によって集められた者達は素直にその言葉に従い、ぞろぞろとその場から離れていく。
そうしてあっという間に、私達は中庭で二人きりとなった。
「何だか、少し大袈裟な気がしてくすぐったいわね」
「大袈裟なものか。君は自覚がないからそう思うだけだろう」
「そんなこと言ったって、アルバートだって――」
笑いながらアルバートを見た私は、そこで漸く気付いた。
彼の瞳が、大きく揺らいでいる事に。
「カリスタ」
アルバートが私の腕を引き、強く抱き締める。
私の背に回された腕も、耳元から聞こえる吐息も、酷く震えていた。
「……よかった」
(……ああ)
彼のその様子を目の当たりにして、漸く私はある真実に気付いた。
(アルバートにも……呪いは効いていたのね)
長年隠してきたのだろう、その事実に。




