第19話
私の言葉を聞き、集まっていた人々が一斉に騒がしくなる。
私の呪いについて知らない者などこの学園にはいない。
昔から知っている者も少なくはないだろう。
だがこの呪いをかけたのが『聖女』シェリルであるという可能性が公となったのはこの瞬間が初めての事。
周囲の者が驚くのも当然の事であった。
そしてシェリルもまた、今更になってこの呪いについて言及されるとは思っていなかったのだろう。
「な、何を言うんですか、急に!」
先程よりも驚きを露わにした彼女が声を荒げる。
「あら、違うのですか? 『聖女』様ともあろうお方であれば当時の幼さでも、この程度造作もない事だと思っておりましたが」
「そ、そんな無茶苦茶な当て付け……っ、認められる訳がありません!」
「では私の予感が外れたのでしょうね。安心いたしました。では」
私はゆっくりとシェリルへと近づく。
彼女の手を取って、私は笑みを深めました。
「私の呪いを解いて頂けますね?」
「は、はぁ……?」
「聖女様は神からの寵愛を受ける程の清廉さを秘めたお方。シェリル様もまた、身分に関係なく『女神の祝福』を使って多くの方に施しを行って来たと伺いました。であるならば、どうか私のこの体質も救ってくださいますね? ……私の呪いが解かれる事に、何の不都合もないのでしたら」
聖女だからこのくらいはしてくれるだろう、などという押しつけがましい望みはあまりに身勝手なものだと言える。
しかしこの世界の『聖女』とは、自分にどんな不利益があろうとも見返りを求めず他者に尽くしてしまうような清い心を持つ者……どこまでも自己犠牲的だからこそ周囲が守ってやらなければならない存在を指す。
そして今、『聖女』として信頼を失っているシェリルは多くの疑いの眼差しを受ける中、これ以上立場を危うくさせる事がないように慎重に行動する必要がある。
ここでの最善は言わずもがな、私に『女神の祝福』を使う事だ。
しかし彼女は……
「で、できません……っ、私にこんな風に酷く当たる人のお願いなんて、聞けないです……っ」
目を潤ませて、そう言った。
様子を見ていた野次馬たちの声が更に大きくなった。
そして。
「シェリル嬢。呪いが本当にとけるかどうかだけでも試すのはどうだ? 巷では君が『聖女』という事すら偽りなのではという声も上がっている。今君がここで『女神の祝福』を使い、彼女の願いを聞き入れれば、この場の者達が証言となり、その疑いの声も消す事に繋がるはずだ」
ここまで黙って様子を窺っていたアルバートがシェリルに進言する。
彼の言葉はあくまでシェリルの立場の為という体を装った提言だったが、それすらもシェリルは首を横に振った。
「アルバートも私を尊重してくれないの? 嫌なものは嫌なの!」
「そんなつもりはない。ただ、君を守る為の一案として提示しただけだ。だが……分かった。君には君の事情があるんだろう。ならば、代わりに俺が君の為に手を尽くそう」
「私の為……!?」
たった一言で気をよくしたシェリルの言葉にアルバートは頷きを返し、彼はシェリルの手を引いて中庭の一角……石畳で作られたスペースまで招く。
そして彼は石畳にチョークを走らせ、複雑な魔法陣を記していく。
小気味よい音を鳴らしながら円形の図形を完成させた後、彼はシェリルを手招きする。
「それはなぁに?」
一切の警戒をせず、シェリルはアルバートへと近づく。
そんな彼女の腕を掴んだアルバートは、そのまま魔法陣の上へとシェリルを引き込んだ。
更にその瞬間を狙い、私も魔法陣へと飛び込む。
シェリルが離れないよう、彼女の腕を掴んで魔法陣の上に立った直後。
「え、ちょ……っ」
アルバートは聞きなれない呪文と共に魔法陣へ触れ、魔力を流し込んだ。
刹那。私とシェリルの足元が光に包まれる。
そしてその光が収束すると同時。
私とシェリルの身体には黒い糸のような幻影が纏わりついていた。
私の体に纏わりついた糸を辿れば、それはシェリルへと繋がっている。
まるで一本の非常に長い糸が、私達を纏めて絡め取っているようであった。
「な、何これ……っ!」
「――捕らえろ」
シェリルが自分の顔を見つめて困惑の声を上げた、次の瞬間。
野次馬の中から鋭い命令が飛び、数名の騎士が私達のもとへと駆け付ける。
騎士はあっという間にシェリルを捕らえ、その場に組み敷いた。
「ちょ、ちょっと……!」
「魔力残滓現像化の魔法の効果を確認。これによりシェリル・モンタギューがカリスタ嬢へ魔法をかけていた事が証明された」
そう告げるのは、騎士達から送れるようにして姿を現したフェリックス殿下だった。
彼は非常に冷たい表情でシェリルを見据えていた。
「君はカリスタ嬢の貴族令嬢にとって重要な若き時期を奪い、長年に渡り彼女を苦しめた。そうだな?」
「ま、待ってくださいっ! 一体何のお話か……っ。そもそも、魔力残滓現像化の魔法って何ですか!?」
「最も最近、正式に認められた魔法だからな。魔法学に精通していないものや論文に目を通す立場の者でなければまだ分からないのも無理はない。まあ最も、俺は想いのまま扱うことが出来るが」
状況を理解できていないらしいシェリルが取り乱す傍で、涼しい顔と淡々とした物言いで告げたのはアルバートだ。
彼は眼鏡の奥に侮蔑的な色を浮かべながら、シェリルを見下し、嘲っていた。
「何故なら、この魔法を発明したのは――俺だからな」




