第18話
その後。
当然のように揺るがないと思われていたシェリルの立場はあっという間に悪くなっていった。
公爵令嬢への冤罪に加え、王太子フェリクス殿下から出されたシェリルの身辺の再調査。
この噂は社交界どころか世間や国境を越えてまで瞬く間に広がった。
「さて、と」
研究室の中。
山積みになった書類を整理し終えたアルバートは机に置いてあったチョークを拾い上げてほくそ笑む。
「残りは俺の出番だな」
「……本当に良いの?」
「何を今更。……カリスタ」
出口へと向かう背中に私が声を掛ければ、アルバートはくすりと笑う。
恐らく、私の顔が曇っていることに気付いたのだろう。
彼は私を手招きして呼んでから頬に触れた。
「君が案じるような事は何もない。何度も言っているが、俺が想いを寄せているのは君だけだよ」
今更、彼の気持ちを疑っている訳ではない。
けれど、これから彼がしようとしている事は、全てを理解していても快くは思えないような事だった。
「君を不安にさせるような策に乗り出そうとしている自覚はあるが、これは俺自身の為でもあるから、引くつもりもないんだ」
私はアルバートの顔を見つめる。
彼の表情も口調も、普段と変わらないように感じる。
しかしその声は普段よりも僅かに低く、震えているように聞こえた。
普段通りを装う中で、彼が素を滲ませてしまうのは非常に珍しい事だった。
それだけ、シェリルに対し彼自身が怒りを抱いているという事でもあるのだろう。
「……ええ。ありがとう、アルバート。私の為に怒ってくれて」
私の言葉にアルバートは目を見開く。
それから彼は困ったように苦笑した。
「そんな綺麗な理由ではないさ」
***
それ以降。
彼は学園で孤立したシェリルと共に過ごす事が多くなった。
周囲から白い目で見られ、他の攻略対象からも距離を置かれる事となった挙句、国の力が自分の悪事の為の調査に乗り出した状況。
普通ならば人目を避けるなり、下手をすれば遠方へ逃げ出しそうなものだというのに彼女が堂々と学園で振る舞っていたのには、彼女へ言い寄るアルバートの存在が大きかったのだろう。
彼は聡明で他者の心理を理解する事にも長けていたし、シェリルは自分がヒロインである自負と強い自信を抱いていた。
だからこそこれまで一切靡く様子を見せなかったアルバートが突然シェリルと距離を詰めた事への不自然さを疑う事すらしなかったのだ。
彼女は周囲の視線など気にする素振りもなくアルバートに依存し、彼の甘く都合の良い囁きだけを信じて聖女として振る舞った。
……その裏で、着々と調査が進められている事も知らずに。
そして、その日はやって来る。
***
とある放課後の事。
夕暮れを背に、学園の中庭でアルバートの腕に自分の腕を絡ませるシェリルの姿。
それを見つけた私は二人の前へと躍り出た。
「失礼」
瞬間、シェリルの顔が強張る。
クラリッサ様の冤罪の件に私が一枚噛んでいた事、アルバートと良好な関係を気付いていた事――そして私が転生者であると勘付いている事。
それらを踏まえれば彼女が私に嫌な顔をするのも当然の事だろう。
そして彼女が感じたであろう嫌な予感は――これから的中する事になるのだ。
「ご機嫌よう、シェリル様」
私はカーテシーを披露する。
私とシェリルが対峙した事、またシェリル様の傍には私の婚約者であるアルバートが立っていた事で、周囲の視線は自ずと私達へと集まった。
そしてすぐに、中庭の通行人とは思えない程膨大な人数がこの場に集まって来る。
けれど以前とは異なり、どれだけ人が集おうとも、私へ向けられる視線に鋭さは感じられない。
私が他の令嬢達同様に謂われない罪を着せられているのではという可能性についてはもうすでに誰もが辿り着いた結論だった。
「彼から手を離していただけますか? 婚約者を持つ異性への身体的接触が褒められるべき事ではない事はご理解いただけるでしょう?」
「……っ、カリスタ様……っ、そんなに睨むなんて、怖いですっ」
シェリルは正論に対し、お得意の被害者面を見せる。
しかし既に彼女に同情の視線を向ける者はいなかった。
だがそんな事も気付けないシェリルはお構いなしに、寧ろこれ見よがしにアルバートへとすり寄る。
一方のアルバートは静かに私へ視線を投げかけていた。
私は静かに頷く。
「まあ、その話は一度置いておきましょう。今回はもっと大切なお願いをしに来たのです。貴女が私へ擦り付けた罪について……撤回してはいただけませんか?」
シェリルの顔が険しくなる。
思い当たる事があるのだから当然だろう。
周囲にも聞こえる程の声量で、私は話を続ける。
「私は当時から述べている通り無実ですから、きっと此度執り行われた調査が進めば自ずと、事実は公となるでしょう。しかしその前に、どうかご本人の口からおっしゃっていただきたいのです。私が無実であるという事実と……何故、あのような嘘を吐いたのか」
「う、嘘なんかじゃありません……っ、私は聖女として本当の事しか言いません!」
シェリルは泣いたふりをし、肩を震わせる。
彼女が私の願いを聞き入れない事は想定内だ。
私が何故このような事を話したかといえば、今最も人々が注目している『聖女の悪事』、その有無……それを引き合いに出す事で注目を集める為だった。
「そうですか、残念です。ではこちらの話も一度置いておきましょう。では次のお願いです」
そして私は今度こそ、本題を提示する。
笑みを深め、自分を指し示しながら、シェリルを静かに見据える。
「――私にかけた『呪い』を解いていただけませんか?」




