第17話
その後。
フェリックス殿下に促され、野次馬たちは現場から立ち去っていく。
証言をしてくれた生徒達もクラリッサへ礼を述べられた後にそれぞれその場を離れ、フェリックス殿下やシェリルも話の続きは調査の結果が出てから出ないとできないだろうという事で、それぞれ去っていった。
シェリルは去り際、私やクラリッサ様を恨めしそうに睨みつけて去っていき、私はそれを見送りながら深く溜息を吐いた。
「カリスタ様」
そんな私へ、クラリッサ様が頭を下げる。
確かな敬意と感謝がその一礼には込められていた。
「この度は、お力をお貸しいただきありがとうございました。そして……先日は失礼な言葉を向けた事、深く謝罪いたします」
「とんでもございません。お顔を上げてください」
顔を上げたクラリッサ様は柔い微笑みを浮かべている。
危機を脱した事と、私が警戒の対象ではないという確信を得た為だろう。
「自分の立場は理解しておりましたし、あの時のクラリッサ様のお立場では当然の反応でしたから。それよりも……私の言葉を聞き入れてくださり、ありがとうございました」
「親しくない者に協力を求める……。その言葉の意図は理解出来ましたから。どうせ念入りに対策するのであれば仮に罪を疑われた際、最大限信頼を得られる者へ助力を願い出る方が効率的でしょう」
クラリッサ様はシェリル様が去っていった方を見やり、目を細める。
「あの時、カリスタ様には心無い言葉を向けはしましたが……彼女の最近の言動には個人的に思う事もありましたし、貴女とお話した中で改めて彼女へ疑念を持ちました。ですから、思い違いで済むならばと一度貴女の言葉に乗る事にしたのです。彼女へ密かに不信感を抱いているのが私だけではなかった事も、事が上手く進む要因となりましたね」
「不信感というと……クラリッサ様の無実を主張した方々の事ですか?」
「ええ。ただ険悪な関係の相手を選ぶだけでは下手をすれば約束を反故にされる可能性もあるでしょう? 私が恐れている事や監視役としての役目を真剣に請け負ってくれるような人物でなければ信用は出来ないと考えたのです」
私は先程証言した生徒達の顔を改めていくつか思い浮かべてみる。
そしてある共通点に気付いた。
その殆どが、既にシェリルに嵌められて社会的信用を失った生徒達の親友や親戚――深い関係にある生徒達だったのだ。
「ドローレス様やヘンリエッタ様を始めとした、他のご令嬢達……。彼女達が本当は無罪で、全てがシェリル様による自作自演でしかなかったのだとすれば、その事実を見過ごす事は出来ないだろう方々にお声掛けをしました。中には聖女であるシェリル様の言葉を鵜呑みにしてしまった方々もいましたが、彼らも決して親しき相手の不当な扱いを望んでいた訳ではありませんでしたから」
クラリッサ様の監視役の人選は、私が想定していたよりもずっと優れたものであった。
彼女の人選と、大切な人の為にそれに協力した生徒達。
彼女達の行動が、シェリルの圧倒的に優位な立場をあっという間に覆したのだ。
「貴女には大きな借りを作ってしまいましたね。今後、貴女に望まれた暁には、必ず力をお貸しすることを約束しましょう」
「……ありがとうございます、クラリッサ様。では――」
早速、クラリッサ様へ願いを申し出ようとしたその時。
死角から腕が伸び、私はあっという間に抱き寄せられる。
「どうやら、俺の出番はなかったらしいな?」
「あ、アルベール」
どこからともなく現れたアルベールは私を腕の中に収め、耳元で囁く。
彼の登場に驚いたクラリッサ様は目を瞬かせた後、遅れて挨拶をした。
「アルベール様。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、クラリッサ嬢」
「何故こちらに? 特待生は基本研究棟にいるという話を耳にしていたのですが」
「平たく言えば、保険だな」
「保険?」
「ああ。――貴女が彼女の助言を聞き入れなかった際の、な」
首を傾げていたクラリッサ様はハッとしてバツが悪そうに視線を落とす。
クラリッサが護衛以外の監視役を頼まなかった場合、私だけが目撃者として名乗りを上げるのでは寧ろシェリルを陥れる為に騒ぎを利用したという疑いを掛けられかねない。
そうなれば私もクラリッサ様もどちらの立場も危うくなる可能性がある。
その為、もしクラリッサ様が監視役を用意していなかった場合にはその役をアルバートにお願いしていたのだ。
クラリッサ様とは互いに顔見知り程度の関係であり、私とは違って悪評がある訳でもない。
唯一の不安な要素としては私と婚約関係にある事で、私を庇おうとしているのではと疑われる事だったが、私が前に出るよりはマシな結果が得られることは間違いないし、何よりシェリルはアルバートの立場が悪くなる事を避けたがるだろう。
そのような理由から、彼には予め時間を指定して現場付近に呼び出していたのだ。
シェリルの最近の動向と『君紳』のストーリーの内容を鑑みて、彼女がクラリッサ様を陥れる為に動く可能性が高いと思われる日時はある程度目星がついていたから。
結果はシェリルが動く日時は想定通りだったけれど、クラリッサ様が想定以上に望ましい動きをしてくれた。
その為、アルバートはシェリルの前に出る必要がなくなったのだった。
「アルバート。あまり嫌味な言い方はしないで。そうなっても仕方がないというのは私も貴方も理解している事でしょう」
「ちょっとした軽口だ。君が気にしていないというのなら、俺も気にしないようにするさ。まあ……俺としてもこうなったのは望ましくはあるしな」
私と、私の頭に顔を摺り寄せるアルバートをクラリッサ様はまじまじと見つめている。
婚約者とはいえ、アルバートは異性同士だ。ベタベタとしているところを見られているのは流石に恥ずかしくて、私はアルバートに離れるよう促す。
「アルバート、離れて欲しいのだけれど」
「何故? 君の為に動いていた俺に多少優しくしてくれても良いんじゃないか?」
……半年ぶりの再会以降、彼のアプローチは以前に比べて頻度が増えた上、あからさまになった気がする。
とはいえ私の為に予定を空けてくれた彼の事を考えれば、今の彼を適当にあしらう事は出来ない。
何より、彼に触れられること自体は嫌ではないのだし。
「……なるほど。とても大切にされているのね」
そんなこんなで未だくっついたままの私達だったが、それを見ていたクラリッサ様はアルバートの顔を見てから何やら納得したようにくすくすと笑いだすのだった。




