第16話
攻略キャラクターであるフェリックス殿下から否定の声が上がったシェリルは顔を上げて彼を見やる。
フェリックス殿下は苦渋の表情を浮かべて目頭を押さえた後、自分に抱き着いたままであった彼女を一人で立たせた。
「で、殿下まで私を疑うのですか? 私は神様からのお告げを受けた聖女で――」
「だからこそだ、シェリル」
冷静な話し合いをする為か、既に生まれつつある新たな疑念のせいか。
一度引き剥がされても尚縋りつこうとするシェリルを片手で制したフェリックス殿下は顔を強張らせながら話す。
「彼の立場を鑑みれば、嘘を吐くというリスクを負ってまでメイトランド公爵家のクラリッサを庇う必要がない。聖女の影響力は知っているし、もし言葉を偽るだけなら寧ろ君の肩を持った方がメリットがあるはずだ。にも拘らず、クラリッサの無実を主張するという事は……」
フェリックス殿下が男子生徒を改めて見やる。
生徒は頷きを返すと改めて断言した。
「はい。僕は一部始終を全て目撃していました。確かにメイトランド公爵家と我が家は違う考えを持ち、属する派閥も異なりますが……ここで言葉を偽ってまでメイトランド公爵家を陥れようとする程、我が家は落ちぶれておりません」
「口添えいただき、感謝いたしますわ」
クラリッサ様は公爵令嬢としての品格を示すような優雅なお辞儀を披露する。
男子生徒もまた、緊張で顔を強張らせながらも礼を返した。
「そんな……っ、私は、本当に……っ!」
しかし先にクラリッサ様へ偽りの罪を擦り付けた以上、シェリルは今更撤回する事など出来ない。
彼女は頑なに自らの言葉が正しいと主張しようとする。
だがそんな彼女の心を折らんとするように、更に別の生徒が手を上げた。
「私も見ておりました。階段を上る間、クラリッサ様は片手で手すりを持ち、もう片方の手で扇を持っておりました。シェリル様を突き飛ばす事は出来ないかと」
名乗りを上げたのはまたしてもクラリッサ様とはお世辞にも友好的な関係を築いているとは言い難い生徒だった。
そして更に、同様の立場の生徒が数名、次々と手を上げては前へ出る。
彼らは皆、クラリッサの無罪を証言する。
「……どういう事だ?」
「聖女様のお言葉は絶対だろ?」
「いや、でも……。だとすれば、他の者が全員、嘘を吐いているという事になる。それはさすがに考えられないのでは……」
野次馬たちの間でも様々な憶測が飛び交う。
様々な話が行き交うが、一つ確かだったのは――聖女シェリルへの疑念が皆の中で膨れ上がっている事だった。
周囲の考えの変化を感じ、また私にとって最も望ましい方向へ転がった展開に、私は笑みを浮かべる。
(そろそろ、いいでしょう)
私は靴の踵を鳴らしながら野次馬たちの間を通り抜けて階段の上に立つ。
そして階段の半ばに立つシェリルを見下ろしながら私はカーテシーを披露した。
「私も、見ておりました。シェリル様が突如、何かが起きる前に悲鳴を上げ始めたところを」
「あ、アンタ……ッ!」
「お話し中失礼いたします。カリスタ・エイミスです」
顔を覚えてもらうことが出来ないので、念の為に名を名乗っていく。
私や私の家族の立場についてはフェリックス殿下も把握しているのだろう。
彼は何かを悟ったように目を伏せた。
一礼の後に顔を上げれば、クラリッサ様と目が合う。
彼女が何か言いたげに私へ笑い掛けていた為、私はそれに答えるように笑みを返す。
「フェリックス殿下に、謹んでお願い申し上げます」
それから再びシェリルを見下ろしながら、今度はわざと嘲るように意地の悪い笑みを引っ提げる。
私は何も間違ってはいない。
罪を擦り付けられて地位を失った私が、彼女の悪事が明らかとなる瞬間を目の当たりにして喜ぶのだって当然の摂理だ。
「彼女……シェリル・モンタギューが受けたという被害について、今一度正式な調査をお願いいたします。『聖女』としてではなく――ただの、一個人として」
「ふざけないで! 私は聖女だって言ってるでしょう! 間違った事なんて一つも――」
「殿下。私からもお願いいたします。ご覧の通り、既に聖女様への疑念が広まりつつある。……もし、聖女様がこれまで私たちが考えていたような完璧な存在ではなく、驕り、権力に溺れ、他者を陥れるような方なのであれば、今の国の在り方は、必ずや未来で国の危機を招きます」
声を荒げ、甲高い音をエントランス中に響かせるシェリルは最早、『聖女』や『神の遣い』等といった神聖な肩書きからは程遠い存在であった。
そしてそんな彼女の声を、淡々とした、しかしよく通る凛としたクラリッサ様の声が遮った。
私とクラリッサ様。
そして証言をした生徒達までもがフェリックス殿下へと頭を下げる。
フェリックス殿下もまた、決意を固めたようであった。
彼は狼狽える様子もなく、ただ、落胆するように深い溜息を吐いてから頷きを返した。
「分かった」
「で、殿下っ! 何故――」
「シェリル。そんなに焦る必要がどこにあるんだ?」
そう問い、シェリルを見据えるフェリックス殿下の視線は既に冷え切っていた。
彼はあくまで今回の、そしてこれまでのシェリル絡みの事件を改めて調査すると言っただけ。
立場上、調査の結果が出るまで自身の中にある憶測を軽率に語る事も出来ない。
けれど。
「君のこれまでの主張が本当に正しいものなのだとすれば、それが立証されるだけの話。君が聖女として正しく振る舞っているのならば、余計に焦る事はないだろう?」
――彼の中では既に答えが出ているようであった。
シェリルもまた、フェリックス殿下のこの言葉に、言い返す事は出来なかった。




