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モブ顔(物理)の私に隠しキャラの公爵令息だけが溺愛してくるのですが。  作者: 千秋 颯@8/7「~這い上がり令嬢の冷徹な復讐」アンソロ発売!


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15/22

第15話

 それから数週間が経った頃の事だった。

 校舎のエントランスに存在する大きな階段でその騒ぎは起きた。


「キャアアアッ!!」


 シェリルが階段の途中に崩れ落ち、辺りは騒然とする。

 彼女は手すりを掴んだ状態で座り込み、傍に立っていたクラリッサ様を怯えた顔で見上げていた。


「く、クラリッサ様……っ、突き飛ばすなんて、ひ、ひどいです……っ!」


 クラリッサ様はシェリルの様子に驚き、静かに目を見開いていた。

 しかし取り乱す事はせず、すぐにどこか納得したように静かに目を細める。


「一体何を言ってっているのかしら」

「今、すれ違い様に私を突き飛ばしたではありませんか! フェリックス様が私と仲良くしてくださっているからって、お怒りになったのですか……? フェリックス様はただ、私が聖女だからと優しさで色々気遣ってくださっていただけなのにっ!」


 シェリルは顔を覆い、大きな声で泣き喚く。

 周囲にいた生徒達も騒ぎに気付いて集まって来ていた。

 更には――


「クラリッサ、シェリル……! 一体、何の騒ぎだ?」


 王太子フェリックス殿下までもが現場へと駆け付けた。

 するとシェリルはフェリックス殿下の胸の中へと飛びついて泣きじゃくる。


「フェリックス様ぁっ! クラリッサ様が、私を階段から落とそうと……っ。咄嗟に手すりを掴んだけれど、もし間に合っていなかったら私、このまま……っ」

「な……っ」


 フェリックス様は驚愕の表情でクラリッサ様を見やる。

 愛する人に疑いの視線を向けられていると感じたらしいクラリッサ様は僅かに顔を曇らせた。

 しかし野次馬に紛れて現場を見ていた私からは、フェリックス殿下はまだ半信半疑といった様子のように見えた。

 彼はまだ完全にシェリルを愛している訳ではなく、クラリッサ様が彼女を陥れるような人間だとも考えてはいないようであった。


「どういう事だ、クラリッサ」

「どうもこうも。言いがかり以外の何物でもございませんわ、殿下」

「嘘っ! 私、見たんです!」


 婚約者として付き合いが長いクラリッサ様を信じたい。しかし聖女であるシェリルが嘘を吐くわけもない。

 そんな迷いがフェリックス殿下の顔からは見て取れた。


 クラリッサ様はフェリックス殿下からの疑いを恐れる気持ちをその面持ちから消し去ると、凛とした佇まいで、平然を装って話し始めた。

 初めに、彼女は周囲に立っていた複数の護衛を手で示す。


「まずご覧の通り、私は周囲に人をつけておりました。訓練を積んでいる彼らの目を盗み、誰かを害する事が一介の令嬢にできるとお思いですか?」

「……君達の中に、シェリルが階段から突き飛ばされるところを見た者は?」


 クラリッサ様の護衛は皆、困惑した様子で首を横に振った。

 しかしシェリルは引き下がらない。


「護衛が主人を庇うのはおかしな話ではありません。身近な存在だからこそ、口裏を合わせて罪を隠蔽しようと動くものです! そうでなかったとしても、周囲に警戒をしていたからこそクラリッサ様自身への注意が逸れており、そこを上手く衝いた可能性だってあります」


 クラリッサ様とシェリルの一番近くにいた護衛が犯行の瞬間を見ていないというのはおかしな話だ。

 だが身近な人が犯人を庇うという事は確かに珍しくない。シェリルの主張も自然なものではあった。

 そしてシェリルには、何より強力な『自分が聖女である』という立場がある。

 このままでは確かな証拠もないままにクラリッサ様の立場が危うくなりかねない。


最終手段(・・・・)は残しているのだけれど……もう少し様子を見ないと)


 私は出方を窺うべく、現場の様子を見守った。

 フェリックス殿下が周囲へ声を掛ける。


「他にシェリルが階段から落ちる瞬間を見ていた者は?」


 辺りに沈黙が訪れる。

 誰もが自分以外の者の顔色を窺っていた。


(……そう)


 想定内ではあったが最も望ましい結果ではない。

 そう思い、少しだけ落胆した、その時だった。


「あ、あの……」


 一人の男子生徒が人混みの中から恐る恐る手を上げる。


「僕、その」

「見たのか?」


 前へ出た男子生徒へフェリックス殿下が声を掛ける。

 その生徒は政治の問題からクラリッサ様の家とはどちらかといえば敵対した派閥に属する出自の者だ。

 そしてフェリックス殿下の問いかけに、彼は小さく頷いた。


「見ていました。シェリル様が転ぶ瞬間を」


 一度に数え切れない程の視線を浴びる事となった彼は唾を呑み込んでから恐る恐る口を開く。

 顔色はあまりよくないが、それでも意を決したように、はっきりとした口調で言った。


「恐れながら申し上げますが、シェリル様は――お一人で転ばれたものと思われます」

「っ、な……!」


 フェリックス殿下に抱き着いたままのシェリルが驚愕の表情を浮かべる。

 発言した男子生徒を視線だけで捉えていたクラリッサ様は安堵からか真剣な面持ちから小さな微笑みを浮かべて目を伏せた。


「う、嘘です! きっと、彼はクラリッサ様を庇おうとして――」

「い、いや……流石にそれは、考えにくい」


 シェリルは声を上げて、男子生徒を非難しようとする。

 しかしそれを否定したのはクラリッサ様でも男子生徒でもなく。

 驚く事に、フェリックス殿下だった。

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