第14話
公爵令嬢、クラリッサ・メイトランド様。
主に『君紳』の王太子フェリックス殿下のストーリーに登場する悪役だ。
彼女は王太子フェリクス殿下の婚約者を心から愛しており、それ故に清廉さに加えて聖女という括弧たる地位と才能を持つシェリルと、そんな彼女とは反対に嫉妬という醜い感情を抱く自分の差に苦しみ、最後にはシェリルに大怪我を負わせようとする……という役目がある。
しかし現在の彼女は嫉妬に狂う様子も見せず、至って冷静で上位貴族らしい品性を持ち合わせた女性のままだ。
クラリッサ様は扇で口元を隠して、私の言葉を聞いた後、静かに視線を落とす。
「殿下が聖女様に関心を寄せている事には薄々気づいていたし、彼女の方も敢えて彼の関心を傾けようとしているのでは、と……そう、私が考えていたのは事実だけれど。何故、これまで大した関わりもなかった貴女がわざわざ、わたくしにそのような話を?」
「王宮の夜会での、私の噂についてはご存じですね」
「……ええ、まあ」
当人を前にして、悪評に触れる事に気まずさを覚えたのか、クラリッサ様は顔を強張らせつつ頷いた。
「では最近、学園に姿を見せなくなった生徒や退学となった生徒達についても?」
「ドローレス様やヘンリエッタ様……シェリル様を害した為に罰せられた方々の事でしたら伺ってはいるわ」
「シェリル様と親交を深めている複数の男子生徒についてもご存じですよね」
「……皆、件の令嬢達と婚約関係にあった方や親しい間柄にあった方々ね」
私が言わんとしている事を悟ったのだろう。
皆まで言わずとも考えを汲む察しの良さには、流石は高貴な地位のお方だと言うべきだろう。
私はクラリッサ様の言葉に頷きを返した。
しかしクラリッサ様は未だ私の言葉を信じられないといった様子で怪訝そうに顔を顰めている。
「貴女は聖女様が罪もない者を貶めるような人間だと言いたいのかしら」
「はい」
この世界の常識。しかし私からすればとっくの昔に崩れた理屈だ。
それを堂々と、一切の迷いなく否定すれば、鋭く息を呑む気配があった。
「聖女様の立場、そして影響力については勿論理解しております。それに今の私は簡単に信じられるような存在ではない事も。ですから今はただ、私の提案に従っていただくだけで構いません」
「……申し訳ないけれど、貴女の言う通りよ。国が聖女様を信仰している以上、国を治める運命にある殿下の婚約者として、私は貴女の言葉を信じる事は出来ない。その上で問うけれど、信用に値しない方の提案が易々と通ると考えているのかしら」
尤もな指摘だ。
信用できない人間の言葉に素直に従うものはいない。
しかしその提案が取るに足らないものや容易に従うことが出来るもの……そして不利益を被る事がないものならば話は別だ。
「難しいお話ではありません。シェリル様と出会う可能性がある場ではただ必ず護衛をつけ、自分以外の監視の目を用意していただければ充分です。最近学園に次々と現れる、聖女様を害そうとした生徒達の話……。それを真実だと考えるのであれば、最近の学園の風紀を鑑み、暫くの間安全に気を配るという考えは理にかなっているとはいえませんか」
現状は聖女を狙う者の動きしか確認されていないが、その存在も短期間で複数現れている以上、今後も現れる可能性は充分に考えられる。
そして聖女を害そうとする存在が、周囲を巻き込んだ悪事を働かないとは限らない。
聖女と鉢合わせる可能性がある学園で生活する以上、クラリッサ様に危険が及ばないという保障はないのだ。
であるならば私の言葉がなかったとしても、学園の風紀が乱れている一時の間だけでも周囲に人を配置するのは自然な判断であり、また人や金に困らない公爵家であればより容易にその選択を取ることが出来る。
それをクラリッサ様も理解しているのだろう。
彼女は難しい顔をし、思案するように視線を彷徨わせた。
「勿論身内だけで固めるだけでも充分ですが……もし少しでも、私の言葉を信じる価値があると考えていただけたのであれば、クラリッサ様と特別親しい間柄にある訳ではない者にも数名、協力を求めても良いかと」
「……何故?」
暫しの沈黙の後、クラリッサ様が私に問う。
「貴女と私はたまに夜会で挨拶を交わす程度で、親しい関係でもない。何故わざわざ私にこんな提案を?」
「勿論、単なる善意などというつもりはありません」
私は笑みを深める。
評判が地に落ち、誰もが私の言葉を信じようとはしないだろう……そう分かっていながらも私が堂々と言葉を発することが出来るようになったのは、アルバートのお陰だった。
共に時間を過ごし、シェリルの悪事を暴く為に作戦を立てる中でアルバートは私にある言葉を向けた。
***
「堂々としていればいい。君は何も間違った事はしていないのだから」
「でも……。そんな姿を見れば誰だって、私が開き直っている奴だと思い、より強い反感を買うでしょう?」
研究室の中。
互いに資料に目を落としたり紙に文字を記す中で投げかけられたアルバートの言葉に私は顔を顰める。
「更に反感を買おうが、君にはこれ以上落ちる評判もないだろう?」
「……とんでもない侮辱だわ」
「まあ、冗談はさておき」
悪意ある言葉に私が肩を竦めて笑えば、彼も声を上げて笑った。
眼鏡の奥、彼は私を真っ直ぐと見据えて不敵に口角を持ち上げる。
「君が罪人らしからぬ振る舞いで強く在れば在る程、立場が覆る瞬間の説得力が増すだろう? 聖女シェリルの罪が明らかとなった瞬間、誰もが過去を振り返り思うはずだ。『ああ、侯爵令嬢カリスタのあの行いは潔白故に生まれた気高さだったのだ』――と」
だから今は存分に悪びれる様子のない悪女として振る舞えばいい。
続けてそう述べた彼の言葉をきっかけに、私は周囲から向けられる印象を気にして息を潜めて生きる事を止めたのだった。
***
「公爵令嬢であるクラリッサ様に貸しを作る事も、私の言葉の正しさを証明できる事も――全ては私の立場を回復させる為の布石になり得る、と。その考え故の事です」
クラリッサ様の為ではなく、あくまで自分の為。
私はそう素直に明かす。
「ですからどうか、この予見が当たった際には――私の事を思い出して頂ければ幸いです」
クラリッサ様は私の顔を観察した後、口元を隠していた扇を閉じる。
「顔を覚えられない事もあるし、あまり印象に残らない方だと思っていたけれど……。以前挨拶を交わした時から随分変わられたようね」
考えておきましょう。
と、クラリッサ様は満足そうに笑みを浮かべて答えたのだった。
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