第46話
フライジャンパーを握り締め、マナをグリップから徐々に流し込む。それに応じて、地面を向いた噴出口から少しずつ風が吹き出し始める。なんとなく感覚を掴んできたので、今度は思い切り、マナを流し込んでみる。
「ぬおっ、ぐべっ!?」
「リファさん!? 大丈夫ですの!?」
「ありゃあ、思いっきりいったねぇ」
ぐいんっと空中に引きずり込まれそうになったものの、10歳の握力ではその勢いを堪えることはできず、1メートルほど飛び上がったところで両手が離れ、背中から落ちてしまった。
「いっててて……やっぱダメだったかぁ」
「リファさん、ミスティカドールに乗ると強いですけれど、生身では然程なのですわね」
「そりゃ私、まだ10歳だからね。とーぜんだよ」
「……リファさんが年下なこと、いつも忘れてしまいますわ」
前世の記憶のせいか、私はどうも歳を上に見られやすいようだ。体躯は10歳のそれのはずなのだが。
とは言え、私にはどうもフィルカイトの適性はないらしい。
「……そういえば、このフライジャンパーって絶対に使わないといけないんですか?」
「いんや? 手軽に跳べる手段ってだけで、飛び方については特に定められてないよ?」
ふと気になってエミリア先輩に確認すれば、理想の答えが返ってくる。つまりだ。自力で飛べるならこんなものいらないのだ。
ならば、過去の反省で作ったあの術式が使えるはず。
「だったらこれで行けるはず! 【フェザースラスト】!」
マナを練り上げ、術式を発動させる。背中や両手首足首、腰のあたりからそれぞれ、マナで模られた翼が伸び、そこから強烈な風が吹き出して身体を空中へと持ち上げる。
いつか、銀紅と出会ったあの日、高所から落下した時の反省を生かして空中機動用の術式を開発していたのだ。
「ふ、フライジャンパーなしで飛んでいますわ!?」
「うっそぉ」
5メートルほど下の地面から見上げる二人が驚嘆の声を上げる。が、一方の私にはそれを気にする余裕はなかった。
「ぐ、ぎぎぎ……バランス、崩れたら……落ちるぅ……!」
空中で大の字になりながら、私は完全に硬直していた。体の各部から風を噴出する都合上、少しでも身じろぎすればたちまち制御を失ってしまう。
作ったはいいものの、テストをしていなかった阿呆の末路だ。
「わ、わぁ! リファちゃんが飛んでる!」
声に応じてわずかに首を傾げてみると、どうやら入部届を書き終わったサクラが戻ってきたようだ。しかし、何か反応を返せるような状態ではない。
「リファさんが【フェザースラスト】という、見たこともない術式を使っていましたの。ただ、先ほどから全く動かないのですわよね」
「そーなんだ。んー、じゃあ助けに行くね!」
「助けにって、どうするの? フライジャンパーだと手が塞がるから無理じゃない?」
「んーっと、こんな感じ? 【ふぇざーすらすと】!」
気配だけで分かった。サクラが、私が今まさに使っている術式をそのまま発動させた。直後、ふわりと掬い上げられるように身体を抱えられる。
「やっぱり動けなくなってたんだね。助けに来たよ!」
「あ、ありがとう」
横抱きにされ、淡く揺らめく桜色の瞳に意識が吸い込まれる。そんな私をよそに、空を自在に泳ぐ感覚をすでに掴んだのか、くるりくるりと弧を描きながら地面へと軟着陸する。
「いやぁ、まさかフライジャンパーなしで飛べるとは……」
「サクラさんもその術式を使えたのですの!?」
「んーん、今見て覚えたんだよ」
「今見て、って……もしかして、マナの流れを見た?」
「ギクッ」
私はこの術式を今まで誰にも見せたことはなかった。テストすらしていなかったのだから当然だ。それなのに、私が固まっているのを見ただけで再現できたのだとしたら、マナの流れを直接みることができる他は考えられない。
しかし、よく考えてみれば実際にそうなのだろう。サクラの乗る”鉛蒼”も、私の銀紅と同じネルニザントシリーズだ。とすれば、操縦方式は調弦ではなく同調のはず。私も同調してからマナを見ることができるようになったのだ。サクラも同様に見えるようになったと考えるのは至極自然だろう。
とはいえ、私はマナを見えるようになった左目の虹彩が虹色に変化している。対してサクラの瞳は吸い込まれるような美しい桜色だ。この違いは一体どこから発生しているのだろう。
「え、えっとえっと、なんかうにょ〜ってやったらできたんだ!」
「……もしかして、サクラさんって天才なんですの!?」
「嘘、カタリナも天然なの……!?」
頓珍漢な発言がカタリナの口から飛び出す。まともなのは私だけか。
サクラの反応からして、何かを隠しているのは確定だろう。しかし、あまり詮索しすぎるのも良くない。いつか話してくれる時を待つとしよう。
「それはいいとして、サクラ、そろそろ下ろしてくれない……?」
「あ、ごめんねリファちゃん」
「ううん。助けてくれてありがとう
ここまでずっと横抱き、俗にいうお姫様抱っこを継続されていたため、一言伝えて下ろしてもらう。ここまで揺らぐことがなかったということは、サクラは見た目に反して案外力持ちなようだ。正直悪い気はしなかった。また今度、二人きりの時にこっそり抱っこしてもらおう。
「いやー、まさかまさかの即戦力だ。サクラちゃん、明日っからうちらの練習に混ざってみよっか」
「いーんですか! やったぁ!」
この場で最も得をしたのは、ホクホク顔でサクラの手を握るエミリア先輩なのだろう。
サクラはフィルカイト部に入部が決まり、カタリナも決闘部に入部すると決めている。さて私はどうしようか?




