第40話
まさか、セオドア先生の専門が音な上に、物理現象に関する研究が全くと言っていいほど進んでいないとは思わなかった。まさか、前世のことを話さざるを得ないのか……? まだ誰にも言ったことのない、私の最大の秘密を、ここで……?
「うぇ、えーっとぉ……」
『──っと、─め──!?』
『─しな─い! ───の男──が─るの─!』
「あ、あれ、誰か来ましたかね……?」
「来客の予定はなかったはずなんだがな」
迷いながら口篭っていると、にわかに扉の外が騒がしくなってくる。セオドア先生と目を配せ、首を傾げていると、蝶番の根元がバキリと割れる音とともに、サクラとゼフィカール嬢がもつれ合いながら扉ごと部屋へと倒れ込んできた。
「うっきゅぅ……」
「あいたたた……もう、どうしてこんなに脆いんですの?」
「二人とも大丈夫……ですか?」
「お前ら、扉ぶっ壊すって何しやがったんだ」
変な鳴き声を上げながら目を回すサクラと、その上でのそりと起き上がるゼフィカール嬢。物理的に飛び込んできた厄介ごとに、セオドア先生が臭いものでも見たかのような顔で睨みつける。
「っは、そうですわ! 貴方、学長室で待つと言っておきながら来ないじゃないですの! 学長先生に伺っても、そのようなアポイントはないと! なのでこうして研究室まで乗り込んできたんですのよ! まぁ、そこの平民が邪魔したせいでこんなことになってしまいましたけれど」
「わたしは、お話中だからって止めたんだよ……でも、えっとデカールさん? が風の術式で無理矢理……」
「ゼフィカールですわ! カタリナ・ゼフィカール! 覚えなさい!」
「そうだった、カタリナちゃん」
「貴女、敬称というものを知らないのかしら!?」
「サクラだよ、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いしますわ! ……ってそうではなくて!」
「なんか漫才始まっちゃったよ……」
変なところで噛み合ったのか、サクラとゼフィカール嬢が姦しく騒ぎ始める。どうもゼフィカール嬢も悪い子ではなさそうだが、猪突猛進というか、一度そう思ったならば一直線に突き進む無謀さを持ち合わせているようだ。
「んで? 何の用だ? くだらねぇ用事ならこっちにも考えがあるぞ」
「そうですわ! わたくし、貴方に決闘を申し込みますわ!」
「「はぁ?」」
決闘。
入学式で確か学園長が言及していたはずだ。
お互いに何かを賭け、第三者の立ち合いの上、双方が合意した方式で勝敗を決する。この勝敗の結果には、必ず従わなくてはならない。
「と、王立学園校則及び同細則の第12章、決闘の項目に記述されている、アレのことです?」
「そうそれですわ! 決闘相手に教師を選んではいけないという縛りもない。であれば問題はないはずですわ!」
「でも、そもそもお互いが合意しなきゃ成立しないですよね」
「うぐっ」
「教師と新入生じゃ、実力差もありそうだよね〜」
「がふっ」
「ていうか俺に受けるメリットが皆無じゃねぇか」
「ぐっは!」
この場にいる3人から総攻撃を受けたゼフィカール嬢が膝をつく。この様子だと、本当に何も考えていなかったようだ。
「で、であれば。お互いに勝者の言う事を1つ聞く。勝負の内容は貴方が決める。というので如何かしら!」
「こんだけ言われて諦めねぇのかよ。何がそんなにお前を駆り立てるんだ」
「もちろん、由緒正しき王立学園の生徒としての矜持ですわ!」
セオドア先生が天を仰いだ。この類の人間には言葉で何を言っても聞きやしないと察したのだろう。
と思ったら、何かを思いついたように突然にやりと口角を歪める。
「おーしわかった。受けてやろうじゃねぇか」
「本当ですの!?」
「正気ですか!?」
「ただし、お前が戦うのは俺じゃねぇ。こいつだ」
「「……はぁ?」」
悪ガキが乗り移ったセオドア先生は、人差し指を1本立て、まっすぐに私に向けて伸ばす。一体この人は何を考えているんだ? なぜ私が突然巻き込まれたんだ?
「方式はミスティカドール同士による決闘でいいだろ。んで、賭けるものだが、”俺に対し何かを命令できる権利”に変えさせてもらうぞ。いいな?」
「望むところですわ!」
「よし。お前もいいよな、ケルビーニ」
セオドア先生に対し、何かを命令できる権利。
それはつまり、先ほどまでの追及をここで終わらせることができる、ということに他ならない。
ダメだ。退路を塞がれてしまった。ここでいくら誤魔化したところで、いつかはボロが出る。これでうっかり前世持ちだと話してしまえば、これからの人生が果たしてどうなることやら、見当もつかない。
「……いいでしょう。その話、乗ります」
「よーし成立だ。時間は……この後すぐでいいだろ。お前ら、自分の機体を第三訓練場にもってこい。整備士に言えば決闘用のチューンしてくれるはずだから忘れんじゃねぇぞ」
「わかりましたわ! 首を洗って待ってるといいですわ!」
「あっまっ……行っちゃった」
「リファちゃん、大変だね……」
目を輝かせ、一目散に部屋を出て行ってしまった。おそらく彼女は気づいていないのだろう。決闘の相手が、セオドア先生から私へと、完全にすり替えられたこと。そして、そもそもセオドア先生が、”発された命令を聞く”とは確約していないということに。いつの間にか、セオドア先生は自分に降りかかるリスクを完全に排除していた。
命令を聞いてくれるかどうかは、私としても懸念点ではあるのだが、私の未来を守るためには受けざるを得なかった。
「……敵に回したくない」
「褒め言葉として受け取っておこうか、ケルビーニ」
「聞かなかったことにしてください」
この地獄耳め。こけた頬に浮かぶにやつきが、してやられた気がしてなんとも気に入らない。
「はぁ〜……サクラ、行こっか」
「う、うん。先生、失礼しました」
「おーぅ、後でなー」
行きとは違う理由で項垂れながら、研究棟の廊下をサクラと共に歩いて行く。多少なりとも心配してくれるサクラの存在が、今は癒しだ。




