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第39話



 ホームルームや諸々の説明が終わり、私は校舎の隣に建てられた研究室棟の、セオドア先生に割り当てられた研究室の前までやってきていた。げんなりしている私の横では、サクラが目をキラキラと輝かせて辺りを見回している。各研究室のアピールのためだろう、模造紙程度の大きさにまとめられた研究室の概要が、廊下に何枚も張り出されている。ホームルームでの説明では、3年次の希望者がそれぞれの研究室に所属できるのだとか。前世でいうところの、大学のゼミのようなものだろう。


「なんか、面白そうなのがいっぱいあるね」

「サクラは何か興味あるものでもあった?」

「うーん、まだよくわかんないかも?」

「ま、そんなもんよね」


 セオドア先生の研究室前には、特に何も張り出されていない。在室を表す表札だけが寂しくかかっている。セオドア先生の人嫌いな性格が如実に顕れている。

 ひとまず軽く数回ノックしてみれば、中から「どうぞ」と短く一言聞こえてくる。


「失礼します、1年のリファリード・ケルビーニと」

「付き添いのサクラ・ミツキです」

「おーぅ来たか。まぁそこら辺に座ってくれ」

「そこらへん……」


 セオドアの研究室はとても狭い。

 元々そこまで広くない部屋であるという以前に、あまりにも物が多い。どっさりと積もった紙束は部屋の方々で崩落し、よくわからない高価そうな実験器具や魔道具らしきものがそこかしこに散らばっている。中央に据えられた古い長ソファと、今まさにセオドアが座り何かを書き殴っている執務机くらいにしか足の踏み場がない。


「悪いな、片付けはどーも苦手で。あと茶の類は出ねーぞ」

「あっ、はい。お気遣いなく」


 あれだけ目を輝かせていたサクラの瞳が死んでしまった。確かサクラは割と綺麗好きだったはずだから、この部屋は耐え難いのだろう。あ、今黒光りする彼奴が紙の隙間をよぎっていった。


「り、りふぁちゃん……わたし、そとでまってるね……」

「う、うん……」


 部屋に入る前にサクラがリタイアしてしまった。この惨状を目の当たりにしてしまえば致し方ないことだろう。

 ひとまず、紙束をある程度踏んでしまうのは割り切って、謎の道具類と黒光りする彼奴を踏まないようにだけ気をつけつつ、古い長ソファまで辿り着き、腰を下ろす。


「先生、流石に片付けたほうがいいですよ。今ゴキいましたよ」

「マジか。あとで殺虫香炊いとくか」

「部屋燃えますよ?」

「風で制御すりゃいいだろ」

「そういう話じゃないと思うんですけどね」


 じとっとセオドア先生を睨みつけてはみるが、どこ吹く風で全く気にした様子がない。本人は本気でこの部屋の状態を気にしていないのだろう。正直、あまりこの部屋に居たくないのでさっさと本題を切り出すことにする。


「それで、私はなんで呼び出されたんですか?」

「あぁ。お前、俺の術式見破ってたろ」

「あー、【サイレント】でしたっけ」

「それだ。ちろっと術式をみただけじゃ何が起きてるかわかるはずがねぇんだ。そうなるように創ったからな。だが、お前は一目見ただけでその中身を見抜いた。どうしてんな真似ができたのか、洗いざらい話せ」


 やはり、ホームルームで使われた術式についてだった。確かに、サクラに話した内容はほぼドンピシャりだったのだろう。だが、見抜けた理由が理由だ。私はモノクルで偽装された虹色の左目でマナの流れを掴むことができる。しかし、これはごく一部の親しい人間にしか話していないことだ。この場でそれを言うのは憚られる。

 となれば、それっぽい理由をこの場ででっち上げる他ない。


「”逆の術式”を知ってたので、そこから推測しました」

「ほーぅ、逆の術式?」

「ミスティカドールの音声通信術式です。あれはコックピット内で発された音の波を増幅させて、外へ発するものです。で、波っていうのは真反対の波とぶつかると消えるので、重ねて増幅させる術式があるのなら、反転させて打ち消す術式もあるんだと思ったんです」

「ほーん、面白い考察だな」


 そこまで聞いたセオドア先生は、何かを書き殴る手を止め、私の方へと視線を向けてくる。いやらしい角度で捻り上がった口角に背筋がざわつく。まさか、口から出まかせを言ったのがバレたのか? ミスティカドールの音声通信術式も正直見たことないが、おそらくそう言う術式を使っている機体もあるだろう。私の出自も合わせればさほど不思議ではないはずだ。

 額を一筋の汗が伝ってこぼれ落ちる。


「だがな。そもそも”音が波”って話、俺誰にも言ってねぇんだよ」

「……はい?」

「俺の専門は”音”。音の正体を突き止め、それを利用する。そもそも、ミスティカドールの音声通信は、念話の応用術式だ」

「……へぁ?」

 

 まさか、墓穴を掘ったのか?

 ”音の正体は波”という、前世ではあまりにも当たり前だった事実が、この世界では広まっていないのか?


「俺が音の正体を突き止め、その実験の一環で【サイレント】を創ったのがつい3ヶ月前。今はちょうど検証の段階だから、研究室外の人間には誰にも言ってねぇ」

「え、えーっと……」

「てこたぁ、どっかから俺の研究成果が漏れ出たか、お(・)前(・)が(・)元(・)々(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)かの二択ってわけだ」


 まずい。完全に濡れ衣ではあるが、セオドア先生の研究を盗み出したマヌケな犯人として扱われてしまう。どんな処分が降るのかはわからないが、確実にいい方向には転ばないだろう。


「だが、前者の可能性は低いとみてる」

「んな、なぜ……?」

「俺の研究ににそんな興味を持つとは思えねぇ。みーんなマナの研究のが高尚だなんだと言いやがる。俺の研究する物理にはかけらも目を向けねぇ」


 セオドア先生の語気に怒りが混じる。確かにマナ関係、術式関係の技術はかなり発展している。それに比べて物理現象の研究が軽視されがちと言うのはわからない話ではない。ということは……余計に私にとっては不都合ということだ。


「つまり、元々お前が、音の正体を知ってた可能性が非常に高いわけだ。その上で改めて聞くぞ。お前、どこで知った?」


 完全に、追い詰められてしまった気分だ。今まで前世については誰にも言ったことはなかったが、ついに前世のことを話すことになってしまうのか……?


 

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