第38話
つまらない時間を耐え抜いてしばらく。ようやく長かった入学式が終わり、私たちはそれぞれの教室へと案内される。1クラス約30人で、それがなんと10クラスもある。単純計算で約300人の生徒がいることになる。これがそれぞれ、おおよそ入学試験の成績順でクラス分けがされるらしい。
私とサクラは、どちらも入学試験が免除される特待生のため、上から3番目のクラスに配された。より上位のクラスでないのは、単純により高度な授業が行われるので、一部の成績優秀者、つまり幼少期からそれ相応の勉強を続けてきた人間でないとついていけないからだ。私の生まれる前までは、特待生も最上位クラスに配されていたらしいが、あまりにも落第者が多かったためにこうなった、と噂で聞いた。
割り振られた教室へと入ると、前世でいう大学の教室のように、長机と椅子が並び、正面に大きな黒板が備えられていた。1クラスは30人ほどだが、その倍の人数は余裕で収容できるだろう。席順などは特に決まっていないようなので、私とサクラは揃って適当な端の机に座る。
「なんか、みんなキラキラしてるね」
「半分以上は高位貴族だからね」
ゾロゾロと教室に入ってくる生徒たちは、皆制服に煌びやかな金糸で飾っていたり、大粒の宝石があしらわれたアクセサリーをつけていたりと、いかにも金持ちといった風貌だ。
そんな中で、全く着飾っていないサクラや、せいぜい懐中時計を下げている程度の私は雰囲気的に浮いている。そのせいか、はたまた別の理由か、私たち二人はそれとなく皆にジロジロと眺められている。私は特に気にしないが、サクラは果たして……
「すごい綺麗だねー」
「サクラもああいうの欲しかったりするの?」
「んー……特に?」
「サクラもあまり気にしないタイプなのね」
「綺麗なのもいいけど、それよりは美味しいもの食べたいかな」
「色気より食い気ねぇ」
まぁ、変に気にするよりはよほどいいだろう。年頃の娘ならもう少しオシャレに気を使ってもよかろうというものだが、それを言うと私にそのまま返ってきてしまうので口には出さない。私もどちらかといえば、色気より機械なのだ。
クラスメイトが大方席についたあたりで、教室前方の扉が開き、一人の男性が入ってくる。
歳の頃は30代半ばを過ぎたくらいか。痩せぎすで、猫背を色褪せた紺のローブで覆い、重たそうな足取りで教壇へと向かう。こけた頬には無精髭を蓄えており、窪んだ眼窩にはくっきりと隈が浮いている。適当に切り落としたのだろうボサボサの髪は、松脂を塗りたくったかのように妙な形で固まっている。
明らかに異様な雰囲気を身に纏う彼の姿に、クラスメイトのほとんどはドン引きしている。
「あ゛ー、全員揃ったか? 揃ってんな」
教壇に寄りかかりながら、気だるそうな声で呼びかける。どうもまともに出欠をとる気すらないらしい。
「俺はセオドア・トーヴァードってんだ。面倒なことに、今年一年お前らのクラスの担任やることになっちまった。お前ら、頼むから面倒事は起こすなよ」
「あの人が担任の先生?」
「みたいね。見事なまでのイヤイヤ加減で逆に清々しいわね。ある意味分かりやすくて助かるかも」
あの類は、本当に怠惰で嫌がっているか、自身の研究などに使える時間が減ることを嫌っているか、おおよそこのどちらかだろう。前者ならば救いようがないが、仮に後者であるのなら逆に信用がおけるまである。まだどの科目を担当するかはわからないが、それが彼の専門分野であるのなら、質の高い授業になること間違いなしだ。
とはいえ、今このクラスにいるのは半分が高位貴族。このような態度を取ってくるような相手と接したことは基本ないだろう子供だ。粗雑な扱いにプライドが許さない者もいることだろう。
「貴方が担任だなんて、認められませんわ!」
ほらこの通り。美しい金髪を見事な縦ロールに決めた勝ち気そうな美少女が、椅子を倒しそうな程の勢いで立ち上がり、綺麗にまっすぐと伸ばした人差し指をセオドア先生に突きつけている。あれは誰だったか、ミスティカドールにかまけて社交界へ全く顔を出していなかったせいか、顔と名前が欠片も一致しない。
「あぁ〜? お前は確か、えー……」
「ゼフィカール侯爵家が三女、カタリナ・ゼフィカールですわ!」
「あーそうそう、ゼフィカール嬢ね」
パラパラと名簿をめくっていたその動作に割り込むかのように盛大に名乗りをあげる。
ゼフィカール侯爵家といえば、それなりに歴史のある家だったはずだ。当代の侯爵はひどく有能だという噂だ。
歴史ある大きな家の出身であれば、気位の高さも頷けると言うものだろう。
「ゼフィカール……領主様の名前だ」
「サクラ、ゼフィカール領の出身だったのね」
確かサクラは、鉛蒼を見つけてから領主に引き取られたという話だったか。ということは、サクラのバックについているのはゼフィカール侯爵家なのだろう。
「あれ、それじゃあゼフィカール様のこと知ってるんじゃないの?」
「ううん。領主様に1回だけ会って、そこからはずっとお勉強とか、操縦訓練とかばっかだったから、会ったこともないし何も知らないよ」
そういうものなのだろうか。確かに、ゼフィカール侯爵からすれば、サクラの存在、もといネルニザントの名を冠するミスティカドールは、かなり強力なワイルドカードだろう。関わり過ぎても利がないと判断していたのかもしれない。
「そのような態度、歴史ある偉大な王立学園の教員としてあるまじきものですわ! 今すぐ改めるか、教職を降りるべきですわ!」
「こーゆーのがあるからやりたくなかったんだよなぁ……はぁ……」
「っ!? な、んですのその言い草は!」
ゼフィカール嬢とセオドア先生が盛大に言い合っている。いや、正確にはゼフィカール嬢が一方的にがなりたて、セオドア先生が心底面倒臭そうな顔で受け流しているだけだ。
周囲の生徒を見やれば、同調し頷いているか、ドン引きしているかにおおよそ二分化されている。前者は主に高位貴族、後者はそれ以外だ。
「だいたい、この学園の──」
「あーうるさいうるさい。【サイレント】っと」
「教い──……!? ─、──!?」
「お、おぉ……」
セオドア先生が一瞬でマナを練り上げたかと思えば、その瞬間からゼフィカール嬢の声が一切聞こえなくなってしまった。彼女は驚きと怒りで声を上げ続けているようだが、その声が誰かの耳に届くことはない。
「急に、声が聞こえなくなった?」
「発される声と真反対の音をリアルタイムでぶつけて打ち消してる……相当高度な術式ね」
「へーぇ、そこの君はわかんのね」
「ふぇぁ?」
セオドア先生の視線が私へと向いていることに気づく。それはまるで、獲物を捉えた猛獣のようで、背筋が嫌な強張り方をする。小声で話していたはずなのに気づかれた。その上で、明らかに目をつけられた。平穏な学園生活という夢が儚く崩れ去っていく音が聞こえてくる。
「まーいいや。とりあえずそこの……あー、縦ロールは座ろうか。面倒だが話はあとで学長室で聞いてやる。この後の予定を話すぞー」
「──! ──……」
熟れた林檎よりも真っ赤に染まり上がった頬を引き攣らせながら、ゼフィカール嬢がおとなしく席につく。これは私たちの預かり知らぬところでまたもう一波乱ありそうだ。
「あい、そしたらホームルームは終わりだ。今日は解散だが、面倒事は起こすんじゃねーぞ。あーそれと、そこの……ケルビーニ嬢。あとで俺の研究室来い。いいな」
「おぅっ……はぁいわかりました」
「リファちゃん、早速お呼び出しだね」
「こんなつもりじゃなかったのに……」
「私もついてく?」
「おねがぁい……」
入学初日から、私にも一波乱起きてしまうらしい。
項垂れる私は、己を睨みつけるその視線に気づくことはなかった。




