第32話
入り口のカウンターにいた優しそうな寮母から諸々を受け取り、自分に割り当てられた部屋へと向かう。廊下を歩いている限りでは、各部屋はそれなりに広そうだ。
私が割り当てられたのは、3階の角部屋。この寮は6階建てなので、ちょうど真ん中あたりだ。
「こーんにーちはー、誰かいますかー?」
部屋に着き、玄関を開けてみる。適当に声を掛けてみても反応も誰かの気配もない。同室の人は不在かまだ着いていないのだろう。この世界では珍しく土足禁止になっていたので、靴箱の前に適当に脱いだ靴を放って中へ入る。
玄関から奥へと入れば、そこは小さなリビングになっていた。数人で囲める程度のテーブルが中央にあり、壁際にはシンクと魔動式コンロだけの簡素なキッチンが備えられている。お手洗いとシャワールームもここにある。全室共用も想定していたが、これは望外の幸運だ。
そして、そんなリビングを挟むように、左右の壁にそれぞれの個室の扉がある。左手側の扉の掛札には、『リファリード・ケルビーニ』と、私の名前が刻まれている。つまりこちら側が私の個室だ。であれば反対側には同室の人の名前が書かれているのだろう。
興味本位で反対側の扉へ寄ってみれば、確かにそこには掛札がかかっていた。
なになに、『サク──
「わたしの部屋に何か用?」
「うわっひゃぁ!?」
突然耳元で囁かれ、変な声を上げながら腰を抜かしてしまう。別に悪いことをした訳ではないのにバクバクと波打つ心臓を押さえながら後ろを見上げると、両手で口元を押さえ、必死で笑いを堪える少女が立っていた。
肩口で切り揃えられた落ち着いた銀灰の髪が、華奢でありながら力強さを感じさせる肩の震えに呼応して小刻みに揺れている。切れ長な瞼の隙間から覗く桜色の瞳は潤んで、頽廃的な魅力を放っている。
「ごっ、ごめ……っ! まさ、か……ふふっ、そんなに驚くとは、思わなくて……っく!」
「ぅ、あ……」
驚かされた衝撃や笑われた恥ずかしさ、そして見ず知らずの少女にドッキリを仕掛けられた遣り場のない怒りで、私はキャパオーバーし爆発した。
「ぅにゃーーー! だれだきしゃまー! こっ、ここ、こんにゃ、うぬぁーーー!!」
「ぷ、くふっ、あ、痛い! 痛い痛い! 脛にグーはやめて!」
しばらく繰り広げられた無為な争いは、私の体力が尽き床に沈んで終了した。
「ぜひゅー……はひゅー……」
「ごめんごめん、そんなに怒るとも思わなかったわ」
桜色の瞳の少女は、私の横でしゃがみ込み恨みがましい視線を向ける私を睥睨しながら笑みを浮かべている。
「改めて、わたしはサクラ。サクラ・ミツキよ」
サクラ・ミツキ……ん? さくら、みつき……佐倉光希?
明らかにこの世界の命名則とはかけ離れた名前ではないか? まさか、彼女も転生者なのだろうか?
「私、リファリード。よろしく、ミツキ」
身体を起こし、手を差し出して握手を促す。この世界では、互いに名乗りあったら家名ではなく個人名で呼ぶ風習がある。もし前世の名をそのまま名乗っているのであれば反応するのではないか、カマをかけてみる。
案の定というべきか、切れ長の瞳がすぅと細められ、友好的な笑みから探るような微笑へと変化する。握手の手は握られるが、妙に強張っている気がする。
「……リファリードちゃんね。これから同室、よろしくね。でも、できればサクラって呼んでほしいな。その方が仲良しっぽいじゃない?」
「わかった、サクラ。私もリファでいいよ」
名前に何かを隠しているのは確定だろう。だが転生者かどうかは確定ではない。まぁ、気にはなるが、これ以上は薮蛇かもしれない。詮索も程々にしておこう。
そのまま握った手を引っ張られ立ち上がる。私以外に飛び級がいるとは聞いていないので、サクラも12歳か。2歳という差は、そのまま身長という形で悲しいほどに示される。
「リファちゃん……なんというか、その……小さいね」
「誤魔化せてないよ!? それにまだ10歳だから、これから成長するの!」
「10歳!?」
信じられないといった風にサクラの目が見開かれる。実際、飛び級入学なんて噂では聞いていても、まさか目の前にいるちんちくりんだとは思わなかったのだろう。自分でちんちくりんなんて言うのは不本意甚だしいが、傍目から見たらその通りなので仕方ない。
「そっか、君が飛び級の、下限突破者……」
「なにその厨二臭い二つ名!? 知らないんですけど!?」
「調弦率が下限振り切って入学を果たしたから、下限突破者。知らない? 王都の入学予定者の間では有名だったみたいだよ」
「ぜっっっったいその名で呼ばないで……はっずかしいから……事実だけど。事実なのが尚更タチ悪いんだけど……!」
「わかったわかった。まぁ他の人がどう呼ぶかはわからないけれどね」
「うぬぁぁぁぁ……」
「うぬぁーって、ふふっ、君は見てて飽きないね」
嫌な未来が想起され頭を抱える私の上から、くすくすとサクラが笑う声が降ってくる。見てるだけの第三者は気楽なものだろうが、当事者からしてみれば憂鬱以外の何物でもない。
「さ、荷解きを済ませちゃおう。わたしの荷物も君の荷物も、既に届いてるはずだから」
「はぁーい……」
自分の個室の扉を開ければ、梱包用の箱がいくらか積まれている。予め発送しておいた荷物は既に運び込まれているようだ。この後もいくらでもサクラと話す機会はある。ひとまず荷解きに取り掛かろうと、私たちは各々の部屋へと入っていった。




