第31話
王立学園は、「外郭」と2番目の城壁「中郭」に挟まれた位置にあり、そのドーナツ状の空間のうち、かなりの面積を占めている、とにかくスケールの大きな施設だ。各城壁が、それぞれ数kmずつ離れていることを考えれば、それこそ小さな街といっても過言ではないのだろう。
それだけ広い空間なのだから、当然敷地内には様々な施設が存在する。大前提として存在する学舎。学舎には一周で2kmほどはありそうな広い運動場や、青々と茂る木々が整然と並べられた中庭などがあり、様々な活動ができるという。そんな学舎からほど近い位置に建てられた学生寮が12棟。そこから少し歩いたところには、学生や教員が利用する商店街もある。商店街のすぐ脇には、移動インフラとして設けられた、ミスティカドールを利用した小規模鉄道の駅もある。その鉄道を利用することで、先ほどまでいたミスティカドールの整備ドックや、他の施設、訓練場へ赴くことができるという。
前方の窓から覗く、3両の車両を引くパワーに秀でた作業機の後ろ姿に見惚れながら、学生寮へと向かう鉄道の車内で、かいつまんでログルスが説明してくれた。その間向けられる視線が、ずっと生暖かいものだったのは、私が物珍しさに目を輝かせる少女に見えたからだろう。決して、視線がずっと作業機の駆動する関節や吸気排熱のために動くダクトに固定され、一度も目が合わなかったが故の苦笑ではないと信じたい。それはそれとして、失礼は謝罪しておく。
10分ほど揺られていると、商店街駅に辿り着く。駅から出ると、そこには数多の少年少女で賑わう、露店が立ち並ぶ祭りのような空間が広がっていた。
「お、おぉぉ……すっごい人がいっぱい」
「今日から新入生の受け入れ開始だからね。伝統として、僕たち上級生が、新入生に一人ずつついて案内することになっているんだ。僕と君は整備ドックで合流したけど、個人用のミスティカドールを持たない子らは正門で合流するようになっているんだ。ミスティカドールを持っている子は、そんなに多くないから、鉄道の中は空いてたでしょう?」
「確かに、私たち以外には数組しかいませんでしたね。じゃあ、あっちこっちで騒いでるのって、みんな新入生なんですか?」
「そうとも限らないよ。新入生の中でも有望な人間に、今のうちから唾をつけておこうとする貴族の子女とかももちろんいる。君もある意味有名だから、気をつけた方がいいよ」
「私が、有名……?」
「”空飛ぶミスティカドールに乗る、飛び級入学を果たした才女”。巷の評判はそんなところかな?」
「おぉう、恥ずかしい……」
父様も母様も、私が銀紅に乗り込むことはそんなに隠してなかったため、噂が広がるのは理解できる。がしかし、そこに才女だなんていう評価がつくのは、なんともむず痒いものがある。偶然銀紅に乗れただけだというのに、過大な評価だろう。
「……ん? にしては私たち、ちょっと避けられてません?」
学生寮へ向けて、商店街の大通りを進んでいるのだが、青田買いを試みる貴族子女以外からも、何か妙に距離を取られている気がしてくる。周囲の視線をよく観察してみると、ログルスを見て慄き、付き従う私を見て歯噛みする。そんな様子が幾つも散見された。
「彼らは僕が怖いんだと思うよ。色々と、事情があるんだ」
「そ、そうなんですね……」
一瞬だけ、柔和なログルスの瞳がスゥと細められ、尋常ではない威圧感が放たれる。そのわずかな時間だけで、青ざめ踵を返す人影が方々で見られた。
この人は、決して怒らせてはならないのだろう。
「さて、そろそろ学生寮に着くよ」
気がつくと、目の前には団地のように大量の窓が整然と並んだ建物が、見える範囲だけで4棟もあった。話では12棟あるらしいので、この向こうにもまだ同じような建物が建ち並んでいるのだろう。
ログルスは、そのうちの1棟に向けて歩みを進めている。惚けるのも程々に、横に並んでついていく。かなり体格が違うものの、ログルスが私の歩幅に合わせてくれているので、とても快適に歩けている。何故、ここまで気遣いのできる優しい先輩がああも恐れられているのか気になるが、いずれわかることだろう。
「ここだ。ここが、君がこれから生活する寮、”柘榴寮”だ」
見た目は他と変わらない学生寮の1つに辿り着く。入り口には小さな柘榴石を幾つも嵌め込んで作られた看板がかかっている。これだけでかなり金がかかっていそうだ。一般入学生の学費や大貴族たちからの寄付によって運営されていると聞いているが、わざわざこんなものに金をかけるのは、見栄を重視する貴族らしいと感じる。
道中で見えた他の棟の看板には、紫水晶や金剛石のものもあったので、宝石がそれぞれ棟の名前に利用されているのだろう。なんとも贅沢な金の使い方だ。
「入口すぐのところに寮母がいるから、その人から学生寮規則集と、部屋の鍵、それと生徒手帳を受け取ってね。僕は基本的に、学舎か整備ドックか、”藍玉寮”のどれかにいるから、困ったら声をかけて」
「わかりました、ありがとうございます!」
元気よく一礼すると、ログルスは小さく片手を振りながら、去っていく。彼とも長い付き合いになりそうだ。また今度、色々と話がしたい、明日にでも訪ねてみようか。
一先ず、いつまでも入り口の前で佇んでいるわけにもいかない。私は、これから4年を過ごす寮へと足を踏み入れた。




