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第27話



〈ヤァヤァ、逃げるように隠れるようにコックピットに乗り込んできてどうしたんだい?〉

「ララニア夫人の魔の手から逃れてきたの」

〈それはただのサボりじゃないかなぁ〉


 ティタンの事件があってからもうすでに1年以上が経過した。

 あれから飛び級詰め込み用の特殊カリキュラムを受けることになり、さらに両親と祖父からのスパルタ訓練を受け、銀紅に乗る限りであれば正規の機士団兵に勝るとも劣らない実力を得た……と、父様からは言われた。

 当然それらについていくために、ララニア夫人による座学も密度が爆増している。

 勉強量が増えること自体は別に構わないのだが、特に興味のない科目を数時間ぶっ続けで叩き込まれるのは、そりゃあもう苦痛以外の何物でもない。ので、私はお手洗いに行くと嘘をついて、銀紅のコックピットまで避難してきたのだ。


「歴史や数学ならともかく、戦術理論とか統治論とか言われてもわかるわけないよ。こちとらまだ9歳だぞ」

〈未だに信じられないなぁ。9つの娘があんな変態機動で避けまくってるの〉


 私の左眼を通して見える銀紅のアバター、シルが遠い目をしている。確かに遺構機(レガシー)故の高性能さに助けられている節は否めない。というかまさに機体性能頼りなのだろう。他の機体に乗ったらそこらの初心者と大差ない動きしかできない可能性も大いにある。

 

「まぁ、シルの性能に助けられてるからね。そこは感謝してる」

〈おや、リファリードがこんなに素直とは珍しい。相当弱ってるんだね〉

「ちょっと礼を言っただけでその扱いは酷くない!?」


 まさかの言葉に反射的に噛み付くと、シルはケタケタと腹を抱えて笑いながら深紅のポニーテールを盛大に振り回す。何がそんなにツボに入ったのだろう。そんなに面白い顔でもしてたのだろうか。そんな益体もない思考が巡る。


「はぁ、まぁいいや。とりあえずこの辺に、なんかいい感じの机っぽい障壁でも出してよ」

〈はーお腹痛い。で、障壁? できるけど、ほれ〉


 痛む腹も物理的に無かろうに、妙に人間臭い言動をするものだ。それでも私のオーダーには過不足なく答えてくれるあたり、能力は高いのだろう。

 そうして出来上がった、作業机のような障壁に、こっそりポケットに忍ばせておいた物を取り出し置いた。


〈何それ、鉄塊と油と、ガラス片?〉

「破損したミスティカドールの装甲の破片と、機械用の差し油。それとこないだ裏庭で剣士ごっこしてたら手の内からすっぽ抜けて飛んでった、いい感じの木の枝が破壊した屋敷の窓ガラスの欠片」

〈……ちゃんと謝った?〉

「ちゃんと謝ったし、こ〜ってり絞られた……」

 

 嫌な記憶を思い出して背筋に悪寒が走る。床に正座する私を、微笑みを浮かべながら睥睨する父様と母様のあの顔は今でも時折夢に出てくる。もう粗相はしないが、何度か真夜中にお手洗いに行く羽目にはなった。

 まぁあれは完全に私が悪いので、おふざけに走った代償ということだったのだろう。


 小さく頭を振ってフラッシュバックした映像を振り切り、鉄塊とガラス片に向けて術式を行使する。

 するとみるみるうちに鉄塊とガラス片が形を変え、酷く細かく精巧な部品がポコポコと泡のように浮かび、組み合わさって行く。


〈それは……何を作ってるの?〉

「さてなんでしょうか」


 手のひらに収まる程度の円形の皿が出来上がり、そこに細かな歯車やバネが、己の居場所はここだと喧伝するようにスルスルと収まって行く。


〈……懐中時計?〉

「せーかい。トゥールビヨン搭載自動巻き機械式懐中時計。ついでに盤面は全面ガラスで内部構造もしっかり演出。所々のフレームは鼓動する歯車たちをより一層引き立てる舞台装置になるように計算されてるのだ」

〈はぇー……なんかすごそう〉

 

 そう、前世では時間的、金銭的、技術的な理由でついぞこの手で造ることが叶わなかった、精密な懐中時計だ。資格こそ取らなかったものの、簡易的な整備なら自分でできる程度には独学で調べ上げ、実践していたため、構造自体は完璧と自賛する程度には把握している。その上で金属加工が非常に容易なこの世界であれば、今のようにロマンに溢れた己だけの機械式時計を造り上げることができる。


「ま、見た目に全振りしすぎたせいで、肝心の機械部分の精度はおざなり。1日あたりで1時間から2時間程度の誤差が出るよ」

〈ダメじゃんか!? 時計としては致命的な欠陥だよ!?〉

「ついでにこのレベルの機械式時計を整備できるのは、私が知る限り、私と魔道具師のルーズベルト先生くらいしかいない」

〈アフターケアも完全放棄!〉

「でも見た目はいいし、ほどほどに自慢しやすい品だから、オークションに出すとめっちゃ高値で売れる。一般市民の収入3ヶ月分くらい」

〈ちゃんと貯蓄してれば、ちょっとの無理で買えちゃう程度が憎らしい〉

「そこそこの貴族なら一括でポンと出せるね」

〈なおタチ悪いわ!〉

「これでかかる費用は屑鉄とガラス片とちょっとの差し油だけだから、ボロい商売だよね」

〈最早詐欺だよ。しかも今回はほぼタダだし。良心というものはないのか?〉

「良心が痛むようなことは何もしてないし〜?」

〈開き直ってる……〉


 ストレス解消にちょこちょこ造っているため、お陰様で私の個人資産はそれなりに潤っている。最近はこの泡銭で、月刊ミスティリアのバックナンバーを揃えたり、街の露店でおっちゃんおばちゃん相手に浪費したりしている。私は二重のストレス解消ができ、購入者は自慢できる逸品を入手でき、街のおっちゃんおばちゃんたちは懐が潤う。三方良しの素晴らしい経済循環だ。

 もちろん、収益の大部分は貯蓄に回している。目標金額まであと少しなので、あともう2、3個は造って売りに出したい。


「あともう少し貯まれば……ふっふっふ、覚悟しときな、シル!」

〈え、何。ボク何かされるの? 下手な改造とかは御免だからね? ほんと、お願いだからね?〉

「ぷっ、あっははは! 必死すぎ、んっふ、ははははっ!」

 

 必死な様子で縋り付いてくるシルがなんだかおかしくて、コックピットの遮音性が高いのをいいことに盛大に声を上げて笑ってしまう。今度は私が腹を抱え、蹲る係になった。



 

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