第26話
「──”同調開始”!」
身体が解け、意識が広がっていく。
『ち、調弦率マイナス10、マイナス30、40……な、何が起きているんだ!?』
”外”で見ている人たちがひどく慌て始める。目的を完遂した確かな手応えを感じつつ、意識を集約させていく。
◆◇◆◇◆◇
「と、いうことで、無事異常値を叩き出しました!」
5度同じことを繰り返し、ミスティカドール調弦適性検査で爪痕を残してきたことを、家族が勢揃いした屋敷の食堂で堂々と宣言する。
父様母様、お祖父様は満足げにうなづくが、ライ兄様だけは微妙そうな顔をしていた。
「本当に、これで良かったのかな」
「問題はないだろう。やっかみを避けるためには、機体だけでなく本人にも異質な点があると喧伝した方が良い」
「それってつまり私がおかしいってことですよね?」
ライ兄様の呟きに素で答えてしまった父様は、しまったという顔でそっぽを向く。
「大丈夫よリファ。見方によっては、それもあなたの良いところなのよ」
母様がすかさずフォローを入れてくるが、どうにも釈然としない。
そもそも、おかしい数字を叩き出せと発破をかけたのは父様だ。私はそれを忠実に実行しただけなのに。
「ともかく、これで王立学園に入学する上での障害はほぼ消えただろう。あの数字であれば、特待生扱いは固い。あとは学習状況だが……」
「今のところなんとかついて行ってます! だから大丈夫、これ以上は増やさなくて大丈夫です……!」
「そ、そうか……なら大丈夫か」
必死の抗弁が幸いしたのか、これ以上詰め込まれることはなんとか回避できた。今の時点で口からエクトプラズムが出そうなのに、これ以上となれば私の脳が溶け出してしまう。
「あとは、ミスティカドールの操縦訓練だが……」
「僕はそろそろ戻らないと。長期休暇も終わりますから」
「であれば、残る我々で行う他ないか」
ライ兄様はそろそろ学園に戻るらしい。あと半年ちょっとで卒業で、その後は王国機士団へそのまま就職だそうだ。着実にエリートへの道を歩んでいる。父も母も、そして私自身も、そんな兄を誇らしく思う。
「ついにリファと手合わせできるのね〜」
「母様、手加減してくださいね……?」
母様のほのぼのとした笑みが、獲物をつけ狙う肉食獣のそれに見えてしまい、背筋に悪寒が駆け抜ける。
父様がミスティカドールオタクだとしたら、母様は戦闘オタクな節がある。
「私設機動隊に協力を仰ぐのは……無理ですよねぇ」
「リファがコテンパンにしちゃったから無理だろうね」
当然、ケルビーニ伯爵家も私設のミスティカドール部隊を持ってはいるが、以前”銀紅”でボッコボコにしてしまったので、部隊側からNGを出されてしまっている。量産型ミスティカドール3機1組で迫ってくる姿には大層興奮したのだが、普通に空からアルヴィーレを照射したらあっさりと勝ってしまった。それがどうも、士気にかかわるというらしい。
「ふふ、とても楽しみだわ〜」
「母様の知らない一面が……」
◆◇◆◇◆◇
「なんて言ってたのがつい一時間前……」
〈どうしたのさリファリード、そんな遠い目しちゃって〉
今の私は、銀紅に乗り込んで訓練用フィールドの上空を漂っている。
眼下には、審判として出てきた父様の”アイギスクロス”と、準備万端で待機している蘇芳色の機体、母様の”フラワリング”がいる。
両手には短銃のようなロッドを持ち、肩と腰にはそれぞれ2本ずつ、高威力術式の発動を補佐するための長杖が砲門のように聳えている。前開きのロングスカートのように見える装甲は、マナを貯蔵するための充電池であり、私の左眼にはマナの光を纏っているように見える。
スラスターの代わりに纏うマント状の可動装甲は、それぞれに術式を補助するためのユニットが備えられており、全天周がキルゾーンであることを物語る。
量産型ミスティカドール”ブルーム”の数倍の術式補助ユニットを備えた、常人ではまともに実力を引き出せないピーキーな機体。それが母の乗機、”フラワリング”だ。
『ではこれより模擬戦を始める。両者術系機体のため、使用可能なのは着色術式のみ。発動にあたっての変化に関しては、攻撃性を有しない限り有効。攻撃に用いないものに関しては制限をしない』
「シル、アルヴィーレは」
〈ちゃんと調整してあるよ。銀色の塗膜を貼るだけにしてある〉
「ならよし」
『制限時間は10分。それまでに頭部に一定量以上の着色を行った者の勝利とする』
母様の”フラワリング”が、明るい乳白色の陽炎を纏い、膨大なマナを練り上げ始める。すでに術式として練り上げられたものだけで数十、未完成のものを合わせれば……数えたくもない。
『では……試合、開始!』
「フルスロットル!」
父様の宣言を皮切りに、弾幕というのも烏滸がましくなる光の壁が”フラワリング”から放たれる。それをミルヴァススタイルの圧倒的な機動力と加速力で強引に回避する。
しかし、避け切ったと思った大量の術式は方々に四散し、それぞれが意思をもつかのように私を追い迫ってくる。
『あらあら〜、逃げるだけなの〜?』
「攻撃、する余裕なんっ、て! ないですぅ!」
急制動、バレルロール、宙返り。銀紅が優秀な慣性制御システムを有するが故にできる無茶な軌道で必死で捌き続ける。
機体性能にものを言わせた全力の回避を敢行してるが、それでも全てを回避し切ることはできず、四肢や背部バインダー、スタビライザーなどの末端からだんだんと、母様の着色弾のカラーである象牙色に染められていく。しかも回避機動を読まれているのか、避けた先に着色弾が迫ってきたりと、気を抜く暇もなく猛攻が続く。
〈さ、流石にこりゃあ……あの人、本当に人間? 脳にコンピュータでも埋め込んでるんじゃない?〉
「知る、かぁ! 【リアクタウェブ】!」
肩を掠める着色弾は無視して、アルヴィーレを振り、マナで編まれた網を投擲する。大量の着色弾がその網にかかり、かかった端から象牙の閃光を発して、網とともに消えていく。
『ふふ、防護術式よりも簡素に放てるマナの糸で防御……やっぱり、リファは術式に関しては天才かもしれないわ』
〈それには同意するね。発想力はずば抜けてるんじゃない?〉
褒められるのは悪い気はしないが、大体が前世で見たアニメやら漫画やらの受け売りなため、あまり素直に喜べない。最も、それを表明するような余裕も今はないが。
『機体性能もあるとはいえ、ララトリアの猛攻を既に5分も凌いでいる……回避センスはある、が』
『攻撃の隙を与えてもしてこない……いえ、気づいてないのね。やっぱり、攻めるのは苦手なのね』
「はぁ!? 隙なんてありました!?」
〈結構作ってくれてたと思うなぁ〉
ここまで約5分。私ができたことといえば、大量の着色弾をスレスレで回避したり擦過で済ませたりするか、数回【リアクタウェブ】を放って防御するだけ。
こんな術式の雨霰の中に、攻撃する隙があっただなんて信じられない。
〈訓練次第ではあるけど、今の時点でこれなら才能は尖りに尖ってるんだろうねぇ〉
「うっさい! 避けてるだけでも褒めてよ!」
〈回避は本当にすごいと思うよ、うん〉
気持ちが全くこもってないシルの声に青筋を立てつつも、四方から迫ってきた着色弾を回避し、その隙を狙って飛来してきた後続をマナの網で防御する。
そうしてしのぎつつけていると。
『そこまで! 時間切れだ』
父様の声と共に、あれだけ大量に飛び交っていた着色弾が幻のように全て雲散霧消する。
それを見て気が抜けた私は、一瞬だけ機体の制御を手放し、シルの操作で着地させる。酷使させすぎた機体は、重力の下に立っただけで全身の可動部が軋み、思わず片膝をついてしまう。
『引き分けるとは思っていなかったが、ふむ……これは、ララトリアの判定勝ちだな』
全く消耗も被弾もしていない”フラワリング”に対して、頭部こそ死守したものの末端は完全に象牙に染まり、胴体も3分の1以上が染められた私の銀紅。誰が見ても、勝敗は明らかだろう。
「ぐぬぬぬ……くーやーしぃ……」
『私だって、途中からはそれなりに本気で打ち込んでいたのよ? それでも全身を染めきれなかったなんて、こっちの方が悔しいわ』
「舐めプであれとか嘘でしょう」
〈リファリードの家系はみんな人間離れしてるのかい?〉
母様が頬を膨らませてむくれている気配を感じて唖然としていると、それ以上にドン引きしているシルがぼそっと呟く。母様はともかく、私はまだ人間の域だろう。失礼な機体だ。
『ともかく、リファの弱点はこれではっきりとしたな。今後はそこを潰す訓練を主にしよう』
「はぁい……というか疲れ、まし……た……」
〈ちょ、リファリード! ここで寝るの!?〉
極度の緊張状態から解放されたせいか、急激な睡魔に襲われる。
全身を襲う疲労感もあり、それに抗うことなく身を委ねてしまった。




