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第20話



 この機体(銀紅)は素晴らしい機体だ。数百mの高度を一瞬で飛び上がり、それでいて(操縦者)への負担もほとんどない。機体各部に配されたスラスターや、腰から伸びる3本の連節スタビライザーのおかげで、空中にふよふよと浮かんでいることもできる。

 センサー機器も高性能で、360度全域を手に取るように把握できる。

 だが、この高性能が災いし、私は上空から、はっきりと見てしまった。


 ”ライトブリンガー”が吹き飛ばされる、その瞬間を。


「にい、さま……?」


 当然、現代のミスティカドールには安全装置が標準装備されている。だが、それにも限度というものがある。

 路傍の小石のように吹き飛ばされ、ガガンボのように散らばって。

 嫌な想像が、脳裏にこびりついて思考を蝕む。


〈……あいつ、暴走してるね〉


 視界の端に映り込む銀紅が、鋼鉄の巨人を眺めながらつぶやく。

 刺々しい甲冑を身に纏った鬼神が、悠然とこちらに振り返る。

 胸部の1つ欠けた六芒星から、幽魂を思わせる群青の陽炎が立ち上る。


〈ひとまずあいつを……リファリード?〉


 ”ライトブリンガー”が、ライ兄様が。

 あいつが、やった。


「……許、せない!」


〈リファリード、何を!?〉


 全身のスラスターを背後へ向け、脇目も振らず一直線に突撃する。

 両の前腕に固定されている鉄柱がぐるりと回転して伸び、跳ね上がるグリップを強く握り込む。


「あぁぁぁっ!!」


〈待って、ティタンに物理は……!〉


 トンファー状になった武装を振り上げ、全力で振り下ろせば、煩わしげに掲げられたティタンの右腕に吸い込まれていく。

 クリーンヒットしたはずが、カァンと甲高い音を立てながら盛大に弾かれ、錐揉み回転しながらあらぬ方向へと機体ごと吹き飛ばされてしまう。


〈ちょっともう! 借りるよ(・・・・)!〉

 

「ぅぐ、借りるって……?」


 その瞬間、機体(身体)の制御が私の手から離れた。

 直感的に、銀紅に操縦権を奪われたのだと理解した。


「ちょ、っとあんた、自律起動できるわけ!?」


〈色々制約は大きいけど、ねっ!〉


 背面のメインスラスターや、脚部の可動式スラスター、推進機能付きの連節スタビライザーが、それぞれ別々の生き物のように蠢き、唸り、機体の体勢を整える。


〈ドールスタイルだと、宙に浮かぶだけでも結構な負担なんだけどね。ボクの制止も聞かずに突っ込んじゃってさ。ちょっとは落ち着こうよ〉


「う、ごめん……でも、ライ兄様が……」


〈さっきの吹き飛ばされてたミスティカドール? それなら……うん、かなり遠いけど、まだ機体反応はあるよ〉


「……本当に? てかそんなのもわかるの?」


〈そりゃあね。なんてったってボクはアレイディア統一帝国の誇る、超高性能戦略級ミスティカドールだからね〉


 どうやらこの身体(機体)は、思ったよりも高性能らしい。銀紅の指す方に意識を向けてみると、確かにボロボロになった”ライトブリンガー”のドールコアを、なんとなく認識できた。ドールコアが無事なのであれば、頸部爆砕ボルトなどを使っていない限りはパイロットも無事なはずだ。


〈それよりもリファリード、来るよ〉


 他所へやっていた意識をティタンへと戻す。刺々しい意匠に見えた全身の突起は、どうやら砲門になっているようだ。数十基の砲門へとマナが収束していくのが、妙に感覚の研ぎ澄まされた左眼を通してよく見える。


「さ、流石に一斉砲撃を喰らったらひとたまりもないんじゃ」


〈ドールスタイルだとまぁ無理だね。でも……〉


 銀紅が虹色の腕を振る。

 すると、機体()の全身が外れる(・・・)、奇妙な感覚に襲われる。

 痛みや不快感はないが……全身が造り替えられ、全く別の生き物に変貌させられる。


〈ミルヴァススタイル、変形開始!〉


 そのプロセスは、瞬きほどの時間もかけずに完遂された。

 胸部前面が跳ね上がり、空いたスペースに頭部と両肩が収まる。先ほどまでトンファーとして扱っていた前腕の武装は前方を向き、本来の用途であろう砲門としての役割を担う。

 折り畳まれた脚部は猛禽の爪を携え、地上の敵を引きちぎらんと手荒く吠える。

 三又の連節スタビライザーは音もなく伸長し、揺らぐ軌道に沿って悠然と宙を揺蕩う。

 背負っていた2枚のバインダーは寂しく空いた両脇を埋め、「W」の字のように半分を前方へと跳ね上げる。


 一瞬にして、銀紅()は空を廻る鳶になっていた。


〈空中戦特化のミルヴァススタイル。機動力はドールスタイルの約3倍。ただし、近接戦は超苦手〉


「か、可変機……しかも前進翼機とか、あまりにもロマンの塊すぎじゃない」


〈その感覚はわかんないけど、避けないと焼き鳥になるよ〉


「はっ、焼き鳥?」


 油断したその隙に、極太の熱閃が脇を掠めていく。

 ティタンが全身の砲門から、方々へと無差別に攻撃を放っていた。

 あの熱閃1本1本が、【ヴァーディクトレイ】と同等以上の威力を持っていると、直感的に理解する。いくら高性能な遺構機(レガシー)とて、当たればタダでは済まないだろう。


「こんっ、にゃろう! 環境破壊で気持ちよくなってんじゃない!」


 スラスターを吹かせ、熱閃をバレルロールで回避する。人型形態の時とは比較にもならないほどの推力が、一瞬でティタンとの距離を縮めさせる。だが、乱雑に振り抜かれたティタンの腕に阻まれ、なかなか距離を詰めることができない。二度、三度と繰り返すも、熱閃と剛腕の網を潜り抜けることはできなかった。


〈バカっ! 近接は苦手って言ったろう! アルヴィーレを使って!〉


「アルヴィーレ? これかっ!」


 振り抜かれた腕による風圧で崩れた体勢を立て直し、前方を向いた砲門、アルヴィーレをティタンへ向けて放つ。間違った役割(トンファー)を終え正しい役割(ライフル)に就いた2門の砲口から、銀色に煌めく閃光が放出される。

 空を切り裂きティタンの肩口に到達した銀閃は……壁に向けて放たれたホースの水のように、装甲に当たって弾け飛んだ。


「ちょっ、効いてないんですけど!?」


〈アルヴィーレは特殊な兵装なんだ。そのまま照射して〉


「信じるからね、その言葉!」


 言われた通りにアルヴィーレの照射を続ける。その間も降り注ぐ光の槍を必死で回避していく。すぐ側を熱閃を通り抜けて行くたびに、チリチリと灼かれほのかに残った塗装が剥がれていく。数回避けるだけで、この機体(身体)の”紅”の要素は、ドールコアや関節部から溢れ出す深紅の陽炎だけになってしまった。


「いつまで当て続ければいいの!? 流石にそろそろ限界なんだけど!」


〈あとちょっと! 3、2、1……ゼロっ!〉


 カウントの瞬間、アルヴィーレを当て続けたティタンの右肩が、解けるように弾け飛んだ。

 支えを失った右腕は重力に引かれ地面と衝突し、屑鉄の小山を形成する。

 片腕を失い、重心の崩れたティタンは盛大に膝をつき、熱閃による猛攻を中断する。


「な、なにあれ。ぶわわわって崩れて……」


〈共振型装甲侵食砲”アルヴィーレ”。かったーい装甲を砕くのに特化した、ボクの唯一にして最強の武装だよ〉


 装甲侵食砲、どうやらこの機体はとんでもない武装を積んでいるらしい。【ストリングレイ】の直撃でさえ多少の痛痒も与えることができなかったティタンの装甲を、数秒当て続けただけでいとも簡単に崩してしまったのだから、とてつもなく強力であることを実感できた。


「……あれ、待って。今、”唯一にして最強の武装”って言った?」


〈うん、一言一句違わないね〉


「ということは……もしかして、装甲を砕いた後って、この機体は……」


〈まぁ、何もできないね♪〉


「エネルギーブレードは!? せめて1本くらいあるでしょ!?」


〈そんなものはないよ。だってボクは、”中距離航空支援特化型”だからね!〉


「こ、航空支援、特化型!?」


 これだけ高性能な機体をお出しして、特化支援機とは、前文明はなんと贅沢な使い方をしていたのだろう……。

 唖然としているうちに、ティタンが地響きを上げながら再び立ち上がる。

 あの巨体を崩し切るには、まだ足りない。



 

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