Pumped Up Kicks
銃声が反響し続けた。
薄暗い室内、テナントとしてビルの1フロアに在ったであろうオフィスのフロント部。
現代において必要とされる品々に対し、目ぼしい物の無さ故か比較的残留物の多く残るこの場所において、永い時を保たれてきたそれらは見るも無残に形を変えていく。
棺の様に大きく、冷たい鉄の塊で構成された弾薬箱を背負う少女の得物は、目に見える全ての物を塵に変えんとする凶暴性を露わにしていたのだ。
全長5〜6センチほどの筒状の容器に包まれ群れを成す8.5mmの小さな鉄球と、それを放出する破壊兵器。
そして、その内に存在を同じくする【決して止まる事の無い連続性】と【照準を一点に保ち続ける正確性】が少女に付加された最大の武器であった。
最初に彼女たちが対峙した時、程なくしてそれは姿を変えた。
棺から伸びた細い金属製のアームが少女の四肢へと伸び、その身体に伝わる衝撃を吸収する為に補助の役割を果たす為。
戦闘の為、この荒廃した現代を生き抜く為に生み出されたテクノロジーは、かつての世界では不可能であった現実をいとも容易く捻じ曲げてしまう。
それが作り上げた少女、コールという存在は優秀な戦闘員か、あるいはそのものを、兵器と呼ぶべきであろうか。
「Fuck……!!サツキ!あれマグナムバックショットだよ!!あいつ無反動で撃ち続けてる!!!」
「どーりでここまで部屋を散らかすのがうまいわけね。リロードする素振りもぜんっぜん無いし、ガチで無限かもねクソッタレ」
「とにかく撃ち続けてアイリ!少しでも反撃を止めるしかないよ!!」
フロントのカウンター裏に身を潜め、卓上に置かれた花瓶を粉微塵にしながら床へと転がった鉄球をつまんでアイリスは叫んだ。
周囲の音やアイリスの声をかき消しながら響く轟音。
これまで遭遇した事の無い脅威に、彼女の隣に身を寄せていたサツキは不機嫌な面持ちで愚痴を零す。
二人は移動し続ける事を余儀なくされていた。
行く手を阻まれ、反撃を与える隙すらも阻害され続ける状況に、その場に留まるという選択は第一に避けなくてはならなかった。
あの弾幕には一切の休息が無く、追い詰められれば最後、成す術無くその身を手榴弾で吹き飛ばされかねないからだ。
サツキとアイリスは撃ち続け、移動し続けた。
コールの注意を引いていない方が先に射撃を行い、その僅かな不意に足を止めるコールへもう片方が射撃を行う。
交互に、交互に。
そして奥へ奥へと歩みを進めて。
チャキン─────
軽い音を立て、アイリスの手にしている拳銃のスライドストップが作動する。
その音を聴いたサツキは軽機関銃での掃射を続けた。
焦る手つきでアイリスはマグポーチに挿さる弾倉を手にし、拳銃へと挿し込む。
ずっとずっと、この戦いの火蓋が切られてからというもの、それを繰り返している。
消費され続ける弾丸はみるみる内にその数を減らし、残された量を推定するのは容易い。
そうして二人は辿り着いた。
あるいは、とうとう追い詰められた。
開かれた空間。
元々はオフィスの一画であったであろう、彩りに欠けた単調な空間だった。
部屋の殆どを個人のデスクを覆う仕切りによって埋め尽くされ、通行の可否を基準に見ればさながらそこは迷路のようでもある。
部屋は閉鎖的で、長い年月によって溜まった湿気が仕切りの所々へ新たな命を育み、埃と共に漂う空気は泥水に浸された雑巾のような臭いだった。
片方の壁際にはボロボロになったブラインドのかかる窓が並ぶが、陽射しは入り難く薄暗い。
この空間を取り巻く陰鬱さはおそらく、ここが現役であった頃からなのだろう。
そんな悪臭にサツキは顔を顰め、また、閉ざされたこの場から逃亡する為の退路を思考して辺りを見渡す。
だが、与えられた時間は少ない。
フロントの方から響いた銃声は立ち並ぶ仕切りに無数の穴を開け、デスクに置かれていた書類の数々を空へと舞い上げる。
二人は隠れた。
身をかがめ、仕切りの中を潜り抜け、一つのデスクの前で腰を下ろして互いの顔を見合わせる。
「はぁ…はぁ…サツキ、どうするの?」
「わからない。見た感じ退路も無さそうだし、追い詰められたかもしれない」
息を切らし、不安な面持ちで問うたアイリス。
サツキは頬を伝った汗を拭い、一度周囲を見渡してからそう答えた。
一向に見えぬ勝機と、逃亡すら許されぬ閉鎖空間。
歯を食いしばり、不安を口にしたサツキであったが、その実一つの打開策を脳裏に浮かべていた。
「聞いてアイリ」
「………?」
「ここに居たらそのうち弾も底を尽くし、あのクソ野郎に勝てるとも思えない」
「だから………私が囮になる」
「Serious?だめ!だめだよサツキ!」
「わかってアイリ。これしかない。あいつは今一人だし、もう一人アイリを狙撃したスナイパーが居たとしても方向は逆だしここは外からも見えにくい」
「私が注意を引いてあいつを引きつけるから、アイリがそこを攻撃して」
「That’s not……違うのサツキ、何かすごく…すごく嫌な予感がするの……」
「……大丈夫だよアイリ、大丈夫」
「百戦錬磨の私があんなやつに負けると思う?心配性なんだから、アイリは」
今にも泣きそうな表情でアイリスはサツキの手を掴んだ。
嫌な予感がすると告げるアイリスにサツキは一瞬言葉を詰まらせたが、決断は変わらなかった。
この場で見出した打開策。
人数の優位を武器に、サツキが囮になりアイリスが攻撃を加えるという算段だ。
この薄暗く入り組んだ場所であれば実現するのは難しい事ではない。
もしかすれば、それは相手も警戒するところであるかも知れないが。
唯一引っかかるのは先のアイリスの予感。
この数年間を共に過ごし、彼女が時に鋭く勘を働かせる事をサツキは理解している。
だが、この状況で彼女を守り、生き抜く方法はそれしかないとサツキは確信していた。
アイリスの頬を流れる涙を掬い取る。
彼女の顎先に触れ、そっと口づけを交わした。
アイリスは手を離す。
サツキの決意を信じ、己の心を抑え込み。
されど、非道くその名残を惜しむように。
サツキの背中を見送る。
二人は別々に行動を開始した。
唐突に訪れた静寂。
つい今まで在ったアイリスの温もりが嘘のように、深い孤独が心を締め付ける。
室内には足音が聴こえていた。
フロントの方面から小さく聴こえる重く鈍い足取り。
室内の床全体を覆う薄汚れたカーペットが掠れる音だった。
コールの装備を考察するに、その足音を隠す事が困難になることは必至であり、位置関係を明確に把握し易いのは唯一優位と言える点であった。
「位置はわかる。あいつを引き離してアイリを守る。私ならできる……」
サツキは呟いた。
己の心と覚悟を再確認し、先の選択を実行に移すため。
彼女は得物のグリップを強く握った。
そして、素早く目の前の仕切りから身を出して射撃を行────
───なうべく、屈んだ姿勢を起こそうとした時だった。
「アンタたちさあ、レズビアンなんだって?」
コールの声だった。
声が向けられた方向はデタラメで、二人のどちらかへ向けて発せられたものではない。
「男と女で愛を語って誓い合ってさー、セックスして子供を育むってのが人間って生き物の本能だとすればだよ?」
「アンタら、世間一般では異常者ってことだと思わない?」
「昔の世界でブイブイ言わせてた神様すらそういうのが悪いことだって言ってたらしいしー?」
「そういう大衆の民意で考えればこれもまた守るべき秩序なんじゃないかなーって思うのね、私」
「つ・ま・り!大勢の健全な人たちが気持ちよーーくこの世界を生きる為にも、アンタたちみたいな不快をばらまく異常者っていうのはね」
「ぶっ殺されないといけないと思うんだけど」
その時、サツキの心の中で何かが音を立てて千切れた。
それまでサツキの心に残留していた不安も、恐れも、何もかもを消しとばし、殺意だけがその身を満たす。
彼女は立ち上がり、躊躇無くその得物を弾いた。
それが彼女たちの位置を割り出す為の挑発であったとしても、行うべき行動は変わらない。
アイリスを守る為。
目の前の敵を殺す為。
突きつけられた言葉の真偽を正す為。
そして何より、容赦無く否定された愛の形を証明する為。
「STOP!!!サツキ!だめ!!!」
その時だった。
叫ぶアイリスの言葉に重なり、何かが窓ガラスを破り、ブラインドを貫く音が聴こえた。
ぽっかりと空いた穴と、そこから滴る血液。
衣服を濡らし、肌を伝い、床へと滴り落ちた赤は────
サツキの足元を濡らしていた。
「あ………え……?」
声にならない声がサツキの口から漏れた時、その身は大きく揺さぶられた。
駆け出したアイリスはサツキの腕を取り、傾く体重を支えて引っ張る。
その顛末を笑みを浮かべて見届けたコールはここぞとばかりにサツキへ向けて得物のトリガーを引き絞るが、その弾が当たる事は無い。
サツキはアイリスの咄嗟の行動により難を逃れ、彼女の肩を借りてその身を隠していた。
「Show me!!サツキ!サツキ!!どこ撃たれたの!?しっかりして!!」
朦朧とする意識と、揺らぐ視界の中でアイリスの声が響いた。
身体中を伝う発生源不明の鋭い痛みと、熱した棒を押し付けられたような熱さ。
「アイリ……アイリス……」
混濁した意識の中でサツキは僅かにアイリスの名を口にしたかと思えば、すぐに左の鎖骨辺りを抑えて身を強張らせた。
「うぐっ……うっ…」
「サツキ!?そこが痛いの!?」
悲痛の声を漏らすサツキの様子に、アイリスは彼女の負った傷を確認せんと必死な様子で顔を覗き込ませる。
力の込もるサツキの身体を抑え、震える彼女の手を退かして見えた傷口は深かった。
左鎖骨の辺りにぽっかりと広がる銃創。
どくどくと溢れ出る血液に青ざめるアイリスだったが、内心僅かに胸を撫で下ろす。
この傷なら助かる───
肩寄りの鎖骨の間。
弾丸こそ体内に残留してしまったものの、鎖骨の下側を貫いた弾丸は骨にまでその影響を及ぼしてはいなかった。
「サツキ!relax!大丈夫だよ!!弾は鎖骨の下を通ってる!!ちょっと痛いけど我慢してね…」
アイリスはサツキを励まし、焦りながら自身のプレートキャリアの背部から救急キットを取り出した。
床に包帯や錠剤状の医療品をばら撒き、その中からパッケージを手に取り、歯と指先でその封を開ける。
ペン型の注射器と、その内部を満たす血液凝固剤。
急いでサツキの傷口付近へそれを刺し、注射器の後部を押して注入を行う。
その痛みに僅かに身を震わせるサツキであったが、そこでようやくアイリスは安堵した様子を見せた。
口笛が聴こえた─────
唐突に、それでいてこの先の結末を予想するかのように奏でられたメロディ。
アイリスはその曲を知っていた。
『俺の銃撃から逃げてみろ』と、繰り返し口ずさまれる歌詞を思い出す彼女は恐怖した。
追い詰められた絶望的な状況に。
勝利を確信して微笑むコールに。
苦しむサツキの姿に。
だが、それ以上に彼女は怒りを覚えていた。
いつかサツキが見せたそれのように、彼女もまた、その気持ちを痛感する。
サツキを苦しめた奴らに溢れんばかりの呪いと死を。
そして、それを必ず己の手で。
決意を固めたアイリスの瞳は鋭く、力強く、轟々と燃える殺意の炎を映し出していた。
◇
「………当たった?」
「んーー当たったみたいだけど、あれは致命傷じゃなかった気がするね」
「そう、残念」
「いやいや、日さし越しだよ?!それにその距離でしょ?やっぱ狙撃の天才だよアンタは」
「コールのおちょくり様ほどじゃ無い」
「あ、聞こえてた……?」
「いやさー、お生憎私とは無縁のマイノリティだしー?理解もできないんだよねー」
「しかもあそこまで効果抜群とはさ?思わないでしょ?」
「あれは怒って当然」
「あは」
「褒めてない」
「でもさでもさ、これで!!…ようやく片付きそうでしょ?」
「そこから見える場所まで追い込むの大変だったんだよー?」
「そこは褒めてあげる。でも油断しないで」
「わかってるよ!ま、いざとなったら頼りにしてるから」
「…それじゃ、さくっと片付けますか」
「忘れないで」
「え?」
「秩序のため」
「あの二人の死がこのレギオンの秩序に繋がる」
「命を奪う事への感謝を忘れないで」
「うん。わかってる。秩序のために、でしょ?」
「そう、秩序のために─────」
「秩序のために」
無線は切れた。
咽喉マイクへとやっていた手を戻し、得物を構え直す。
スコープ越しに室内の様子を伺い、ブラインドを通してコールの顔を見る。
生い茂る森の中。
高く聳える樹木の枝に腰を下ろし、息を殺して自然と一つに同化する。
白に近い金の髪に蜘蛛の巣が触れ、その身を覆うギリースーツに百足が這うことも、彼女は気に留めない。
彼女、ジューンは淡々とその結末を追い、表情を変える事なくその光景を見続ける。
瞼を伝い、眼前を落ちる水滴に目を閉じる事なく。
得物を弾く緊張に顔を歪める事もなく。
秩序のため、任務のため。
人形の様に冷たく、美しく、妖しい少女。
右目に装着された小型のカメラ状の機械は小さく電子音を奏でる。
そして、少女はトリガーに指を掛けた。
決して音を溢さず、死人のように口を噤む、物言わぬ凶器。
構えられたTRG-42の銃口部分に取り付けられた消音装置は、そんな不思議な魔力を内包している。
【人間の性能を遥かに超える視力】と【極限まで無に近い静音性】、それこそが彼女の持つ武器だ。
その時ようやく彼女は表情を崩した。
鉄仮面の様に張り付いた無という感情を壊し、目に映る光景に心を躍らせるように笑みを零す。
自身とは正反対の存在。
スコープ越しに映る、自身の方へ目を向けるアイリスの姿を見て。
少女はただ、声もなく笑った────




